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Colony  作者: Scherz
第七章 古代文明と世界の理
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16-5-14.破廉恥から学ぶ戦いの本質

 ブゥン!と?巨大な腕が振るわれる。

 直撃を受ければ大ダメージを免れないその質量もだが、巨大な腕が発生させる風によって体勢を保つことが難しいのも問題だった。


「中々ニ良イ動キヲスル。ダガ、我ハ万能ナノダ。」


 両腕をブンブン振り回し、隙あらば頭突きや踏み付けも行ってくる。原始的で単純な攻撃。だが、それ故に1つ1つに込められたパワーが巨大で、対処が難しいのだ。


「我ノ前ニ屈スルガ良イ。快感ノ世界ニ導イテヤル。」


 そして、1階の小型ゴーレムや2階の中型ゴーレムとの大きな違いが、饒舌である事だ。事あるごとに言葉を話し、しかも毎回下ネタ風要素を織り交ぜる悪質さは、戦いながら集中力を削られる要因となっていた。

 これらが要因となって中々攻めきる事が出来ないミリアとブリティは、破廉恥ゴーレムの連続攻撃を躱して距離を取る。


「ミリア…ヤバイにゃ。」

「…うん。どうしようっ。」


 この「ヤバイ」というのは、快感の世界に導かれつつある。…という事ではない。

 単純に破廉恥ゴーレムへの有用な攻撃手段が無いのである。

 ブリティは魔法で操れる砂がなく、身体強化しか使う事が出来ない。

 ミリアの操る焔は、破廉恥ゴーレムの耐性が高く…ほぼ意味を成さない。

 つまり無詠唱魔法による身体能力強化で、正々堂々と戦うしか方法が無い。…と言うのが、彼女たちが結論付けた戦い方だった。しかし、体格が違い過ぎるという問題が残っている。


「やっぱりここの床を砂にする事が出来ないにゃ…!不思議床にゃ!」

「うん…確かに私の魔法が当たっても全然焦げないもんね。どうやって倒そう…。」

「サァ掛カッテ来ルガ良イ。」


 破廉恥ゴーレムがクイクイっと、指で挑発をする。何故か腰もクイクイッと謎の動きをする始末。


「な、何故にゃ。あの動きを見るとふぉーっと叫びたくなるにゃ…!」


 そして、何かを思い出したかのように体を震わせるブリティ。


「ブリティ…大丈夫?」

「だ、大丈夫にゃ。アタイのアイデンティティはこんな事で崩れたりはしないのにゃ…!」


 ちょっとばかしカオスである。

 ミリアは軌道修正を試みる。


「ブリティ…取り敢えずなんだけど、あのゴーレムを倒す事に集中しない?」

「…はっ。アタイは我を忘れていたにゃ。あの淫乱モーションに惑わされていたのにゃ。ミリア、ありがとうなのにゃ。」


 そして、結構簡単に本筋に戻ってくるブリティなのである。この単純さというか、純粋さみたいなものが彼女の魅力でもあるのだ。

 ミリアはブリティに頷くと細劔を構える。これ以上悩んでいても事態は動かない。攻めを続ける中で勝機を見出すしかないのだ。


「ブリティ…いくよっ?」

「もっちのロンにゃ!」


 2人が翔ける。これまでは破廉恥ゴーレムの淫乱モーション(ブリティ命名)によって集中力を乱されていたが、今は違う。確りと倒して先に進むという意思をもって動いているのだ。

 故に、2人の動きはこれまでとは一線を画していた。

 しかし…だ、問題は解決していない。

 ブリティは砂を操る事が出来ないし、ミリアの焔も効果がない。どうやって破廉恥ゴーレムを倒すのか。そこが解決されない限り、戦っても消耗をするだけである。

 だが、戦わなければ何も変わらないのもまた事実である。


「ブリティ。小手先は無しでいこうっ!」

「にゃ?正々堂々とぶつかるって事にゃ?」

「大体合ってる!属性魔法が効かないから、力勝負しかないと思うんだっ。」

「そういう事にゃ。それなら…アタイの得意分野なのにゃ。コテンパンにゃ!」


 ここでミリアとブリティは2手に分かれる。ミリアは右へ、ブリティは左へ。

 そして、ミリアは細劔を腰の鞘に納め、ブリティもサンドクローを仕舞う。

 戦う武器を己が肉体とした2人は、無詠唱魔法による身体能力強化に魔力を一点集中させたのだ。


(私よりブリティの方が格闘術は上だから…フィニッシュは任せて、私は隙を作ろう。)


 引き立て役を選んだミリアは、身体能力強化に加え、反射神経強化、動体視力強化も行う。

 そして、流星の如き速度で破廉恥ゴーレムに迫った。視界の端ではミリアの動きを理解したのか、少しだけ大回りをしつつ移動速度を落としたブリティが見えた。


「いくよっ!」


 迎撃で振るわれた巨大な腕を掻い潜り、床を蹴ってゴーレムの腕に乗ったミリアは、そのままゴーレムの巨大な顔に向けて体の上を駆ける。狙うのはゴーレムの額。攻撃による衝撃が体勢に1番影響のある額へ強打を叩き込むのだ。

 ものの数秒で肩まで駆け上ったミリアは、躊躇うことなく跳躍をした。

 目の前に、ゴーレムの顔が迫る。


「やあぁぁ!」


 体を回転させ、体軸を捻ることで速度を最大限に引き出した右脚による回し蹴りがゴーレムの額に吸い込まれていく。


「我ハ淫乱ノ化身。破廉恥ヲ体現スル者ナリ。」


 回し蹴り直撃の直前。破廉恥ゴーレムが不吉な言葉を並べ…、ミリアは突然下から液体の直撃を受けて吹き飛ばされてしまう。


「きゃぁっ…!」


 離れた位置に落ちたミリアは、苦痛に顔を歪めながらも立ち上がろうとする…のだが。


「何これ…!?」


 ミリアを襲った液体の正体は水。…では無かった。白くてネバネバしたゼリー状の液体。分かりやすく表現するのなら…液体状になった蜘蛛の糸みたいなものだ。


「動けない…!」


 どうにか脱出しようとするが、液体の粘度が高くて満足に動く事が出来なかった。


「ミリア!大丈夫にゃ!?」

「あ、ブリティ危な…。」


 ミリアを心配したブリティがゴーレムから視線をズラした瞬間を狙われてまう。

 破廉恥ゴーレムの膝蹴りが、飛びかかろうとしていたブリティを真下から強打する。


「ふぎゅっ!?」


 苦悶の声を漏らし、真上に打ち上げられたブリティは大の字に天井に叩きつけられ、そのままゴミのように落下した。


「そんな…!」


 破廉恥ゴーレムは強い。ミリアとブリティの属性魔法を受けても大したダメージを受けず(そもそもブリティは使えないのだが)、身体能力強化に魔力を集中させても攻撃を避けきる事が叶わない。

 その巨大な体躯に秘めた攻撃手段がどれ程あるのかも未知数。このまま戦えば…負けの未来しか見えない可能性が十分にあった。


(どうしたら…!)


 ホールの端に立つクルルとザンを見るが、2人に動く気配は無い。

 そもそも、ここで全員で戦って全員が消耗してしまえば、この先の階に於ける戦いが不利になる可能性がある。そんな理由からザンの温存を決めていたのだ。彼が動くとしたら…ミリアとブリティが完全敗北を喫した時だけだろう。

 ザン自身が「そうと決まれば、私はどんなにピンチになっても動きません。ピンチになって追い込まれ、足掻いた時に相手が見せる動きを観察します。2人が倒れた時。私が戦うのはその時だけです。」と、言っているのだから、当てにする事は出来ない。


(魔法も効かないし、物理的な攻撃ももしかしたら効きにくい可能性もあるよね。どうやって戦ったら…。)


 ミリアは気付いていなかった。

 戦いとは、属性の相性等が勝敗を決するものではない。という事を。

 攻めあぐねるミリアとブリティを観察するザンの表情は厳しいものだった。


「クルルさん。ひょっとしたら、彼女達にこの遺跡は早すぎたのではないでしょうか。」

「あら。どうして思うの?」

「このような事を言うのは心が引けるのですが…彼女達は戦いの本質を分かっていません。あのゴーレムは、その本質を知る者を選別して上階に送る役目を担っているのでしょう。」

「本質…ねぇ。私は戦い専門じゃないから詳しい事は分からないけど…。」

「クルルさん。本質とはどんな戦いでも同じだと私は考えています。あなたはミューチュエルで様々な情報を武器に、これまで戦ってきた筈です。その戦いをする時に、決して負けてはいけないものがあるでしょう。それが、本質です。」

「…そういう事ね。それならあの娘達には、本質が分かっていない可能性はあるわね。…いえ、知っているけれども、自分の意思でそれを認識していない。というのが正しいかも知れないわ。」


 クルルは地面に落ちて目を回しているブリティと、次の攻撃に移れないミリアを視る。そして、口の端を持ち上げ、小さな笑みを形作った。


「それでも、私は彼女達があのゴーレムを倒すと信じているわ。」

「…。」


 無言のザン。だが、その目は眩しそうに細められていた。

 その視線の先では破廉恥ゴーレムが某鉄製ロボットのように両手を持ち上げていた。


「貴方達ハエロスの世界ヲ甘ク見テイル。」


 破廉恥ゴーレムは両手から水泡を発射する。それは、起き上がろうとし始めていたブリティに直撃し…。


「むにゃっ!?ヌルヌルにゃ…!」


 ツルンと滑ってブリティはズッコケる。


「弱イ。弱イ。コノ遺跡ヲ進ム資格ヲ示セ。」


 ズシンズシンと自身の放ったヌルヌルの水を影響を感じさせずに歩いた破廉恥ゴーレムは、起き上がれないブリティを右手で横から殴りつけた。


「ブリティ…!」


 殴られたブリティは砲弾のように吹き飛び、壁に激突…しなかった。


「あれ…。ブリティは…?」


 もしかしたら攻撃を避けて無事だったのか。そんな推測をする。

 しかし、事態はそんなに甘くなかった。

 ブリティを殴って振り切った腕を戻した破廉恥ゴーレムは、その手にブリティを握っていたのだ。


「グ…にゃ…。出れないにゃ…!」

「コノママ握リ潰ス。弱者ハ快感ヲ得ル資格モ先ニ進ム資格モ無イ。」

「い、痛いにゃ!止めるにゃ!!!」


 ギリギリ…と、ブリティが締め付けられていく。


(どうしよう…ブリティを助けなきゃ…!でも、どうやって助けたら…!?)


 ミリアの脳裏に、昨晩夢で見た光景がリフレインする。

 ブリティ、クルル、ザン。全員が酷い有様でその生を終えていた。その犯人は…黒い自分。

 その黒い自分は言っていた。「大切な人を殺される瞬間を見たから逃げた。だから今も生きている。」…と。

 だが、今この瞬間ミリアは思う。殺される前に何か出来なかったのか。例え、殺されることになったとしても、何故逃げるのか。それ以外に選択肢は無かったのか…と。


(…ううん。違う。違うよっ。私は誰も失いたくない。守りたい。…私は、皆に笑顔でいて欲しい。だからミューチュエルにいるんだもん。だから…私は、逃げない。立ち向かって、皆の笑顔を…守るんだ。)


 何かがミリアの中でカチリとハマる。

 攻撃が効かないと、怖気付いていた自分の愚かさに気付く。


(私が私を信じなきゃ。そうしなきゃ…誰も守れないんだっ。)


 自分に何が出来るのか。


(私は、焔と細劔を使って戦う事しか出来ない。)


 だが、それは通用しない。


(耐性があるから通用しないって…言い訳してたよねっ。きっと私には覚悟が足りなかったんだ。)


 一体どんな覚悟というのか。


(戦う覚悟。誰も失わない覚悟。誰かを失うかも知れない覚悟。)


 失う覚悟など…本末転倒である。そんな覚悟にどんな意味があるのか。


(違う。違うの。失う覚悟があるから、守る覚悟が出来るんだっ。失う覚悟を持って、失わない為に、私は私の力を信じて戦わなきゃいけないんだ。)


 ミリアの中で迷いが…消えた。

 逃げない。守る。皆の笑顔を守る為に。

 この決意は、ミリアに変化を齎した。


《その覚悟。確かに受け取りました。》

「え…!?誰っ?」


 いきなり聞こえてきた声に戸惑うミリア。


《私は貴女が持つ里の力を司る者。鳥の里長のフェニックス。これまでも貴女に微力ながら力は貸してきました。けれど、貴女の覚悟には力が必要でしょう。だからこそ、私は里の力を真の意味で貴女に託します。その細劔…不死鳥の細劔も私の力を極限まで引き出してくれるでしょう。》


 突然の展開で驚きである。だが、なんとなくの納得感があるのも否定できなかった。

 内側から聞こえてくるフェニックスと名乗った女性の声からは、温かみを感じるのだ。これまでその力に助けられてきたのも事実なのだろう。要するに意識していたのか、していないかの違いなのだ。


「私…強くなれるのかな。皆を守れるかな。」

《それは貴女次第でしょう。しかし、私は貴女の覚悟が本物だと思ったから、こうしてここにいます。》

「…ありがとう。私、皆を守ってみせる。」

《期待しています。私から2つばかし忠告を。1つは、私の力に呑まれ無いこと。負の感情による力の行使は、暴走を引き起こし、貴女自信を破滅に導きます。2つ目は…貴女が昨晩見た貴女…黒い貴女は、貴女ではありません。とある事象による影響が貴女の夢に作用したのです。しかし、それは…夢であって、事実でもあります。だから…決して忘れないで。貴女の覚悟を。想いを。》

「それって…。」

《……。》


 2つ目の忠告の意味を理解しきれなかったミリアは、真意を聞こうとしたのだが、内なる声…フェニックスはそれ以上何かを言う事は無かった。

 更に、破廉恥ゴーレムに締め付けられているブリティの状況が急を要するものになっており、それ以上会話の時間を取ることも出来なくなっていた。


「ぐ…にゃ…。」


 ミシミシという音がミリアの耳に入ってくる。

 破廉恥ゴーレムに握られたブリティは精一杯抵抗をしようとしているが、力の差が大きすぎてどうにもならないようである。苦悶の表情を浮かべて顔を赤くしている。このまま放置すれば…命を落としかねない。


「ブリティ…。今助けるねっ!」


 先ずは目の前の状況をどうにかしなければならない。意識を切り替えたミリアは細劔を握り締める。細劔の柄からは温かみを感じる気がした。

 小さく頷く。守るのだ。笑顔を。皆を。その為に、覚悟を貫くのだ。


 ミリアの脳裏に、単語が浮かび上がる。

 それは、世界で1人しか使う事の出来ない技の名前。

 本来は長い修練の果てに得るもの。

 だが、ミリアは使う事を躊躇わない。


 細劔…不死鳥の細劔がキラリと輝いた。まるで、その力を使えと言わんばかりに。


 ミリアはその言葉を口にする。固有技名を。


「鳥人化【不死鳥】!」


 焔が…空間を埋め尽くした。

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