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Colony  作者: Scherz
第七章 古代文明と世界の理
974/994

16-5-11.古代遺跡1階 纏わり付く死

残酷な表現有り。苦手な方はお気をつけ下さい。

 静かに音を立てず起き上がった人物は、小さく息を吐くと隣で眠るブリティへ手を伸ばす。

 ブリティを含めた寝ている3人は気付かない。明日から古代遺跡の攻略を本格的に進めていくという前の晩なのだ。全員が明日に備えて確りと休息を取るつもりで睡眠を取っていた。

 だからこそ、誰も気付かない。気付けない。

 スヤスヤと寝息を立てて。

 その手は細首へと触れ…。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ふと、目が醒める。


(あれ…?ここは…。)


 覚醒しきらない意識の中で、ミリアは自分が今どこに居るのか分からなくなっていた。見慣れぬ白い壁。

 目をゴシゴシ擦りながら、ミリアはボケーっとやけに高い天井を見上げていた。

 まだ朝にはなっていないのだろう。ホールの中は薄暗かった。


(……あ、そっか。私、古代遺跡にいたんだったね。今日こそは上の階にいけるように頑張らなきゃっ。)


 軽く欠伸をしつつミリアは起き上がる。

 と、その手に何かが触れた。

 ブリティの手である。

 どうやら寝相が悪かったらしく、ミリアの寝ている場所まで転がってきたのだろう。


「もうっ。ブリティ朝だよっ?」


 きっと涎を垂らしながら「煮干しら正義にゃ」なんて言いながら寝ているのだろう。

 そんなブリティの脇腹をくすぐって起こしてやろうと思い、ニコニコの笑顔でブリティの方を向く。


「…………………………………………………え?」


 時が止まった。


「……………え?」


 思考が動かない。信じられない。信じたくない。見たくない。目を離せない。現実であるはずがない。現実であって欲しくない。嘘だ。嘘であって欲しい。何故。何故。何故。誰が。誰が何の為に。誰が何の為に何をした。


「そ…ん………な………!?」


 ブリティと目が合う。

 だが、それは虚ろな目。光を失った目。

 目だけではない。首が……。いや、首から下が無いのだ。

 ミリアの隣には手があった。ブリティの手が。…手だけが。

 この場にあるのは手と頭だけなのだ。


「ゔ…えぇ…。」


 込み上げる吐き気にミリアは嘔吐く。


(……何が、何があったの…!?)


 涙目で目線を上げると、少し離れた所に何かが見えた。

 …足。

 胴体。

 ……足。

 ………手。

 周りを見回せば見回すほどに現実が否応なくミリアの視界に飛び込んでくる。

 白い床が赤く染まっていた。真っ赤に、鮮烈に、ドス黒く。


(…なんでブリティが…………誰が……。)


 大切な仲間。仲間なのに、触れる事が出来ない。

 仲間の部位。……しかし、今となっては只の肉塊と変わらない。人は人という形を失った瞬間に、絆も失われてしまうのか。

 錯乱する思考の中で、ミリアはとある事実に気付き…辺りを見回した。


「……居ない……?」


 そう。居ないのだ。一緒に就寝したはずのクルルとザンが。


(2人はどこに行ったんだろう……?もしかしたら……2人も?)


 仲間の心配をする想い。そして……。


(………あれ?でも、寝る前に……寝る前に結界を張っていたんだから、誰かが近付いてきたのなら……気付くはずだよね。そうすると……犯人は、犯人は……。)


 次第に回り始めた思考がミリアにとって望まぬ結論を導き出そうとする。

 ミリアの推測が正しいのなら犯人は…。


「早く、早く探さなきゃっ。クルル…!!」


 蹌踉めきながら、力の入らない足を奮い立たせ、ミリアは立ち上がる。歩き出す。…走り出す。

 古代遺跡1階の様子は寝る前と変わっていない。そして、寝ていた場所から見る限りクルルとザンの姿は見えない。と、なれば…2人が居る可能性があるのは柱の陰か、遺跡の外か。

 走る。涙が頬を伝う。


「はぁっ…はぁっ……。なんで…?」


 あちこちの柱の陰を走り回って確認したが、クルルの姿は見つからなかった。


 ピチョン


「中に居ないなら…外に逃げた…のかな…?」


 形振り構わず走り回ったので、息切れが激しい。バクバクと鼓動する心音が鼓膜を震わせる。

 ミリアの思考はクルルが生きているという、いや、生きていて欲しいという希望が反映されたものとなっていた。だが、ミリア自身は気付かない。そんな余裕なんて無かった。


「だったら…外のどこかに隠れてるのかも…ザンが砂を掘って、2人で隠れてるのかも…?でも、ザンは…。」


 思考が纏まらなかった。想像と現実がリンクしない。動けば動くほど乖離していき、希望だけが募る。その希望すらも…現実となる兆しが見えない。


「とにかく…外を探さなきゃ。」


 ピチョン


 普通であれば、ミリアは先ず自分自身の身を守る事を優先すべきだっただろう。

 ブリティが無残な姿で散らばり、クルルとザンの姿が見えない。だとするなら、何故自分だけ無事なのか。次に狙われるのは自分では無いのか。

 そういう思考が働いて然るべきだったのだ。そうすれば、冷静に動いて周りを見る事も出来たはずなのだ。


 ピチョン


 だが、現実はブリティを見た事で思考が止まり、当てずっぽうに希望に縋って動く事しか出来ていなかった。

 もう一度言おう。最初から冷静に動けていれば…気付けたはずなのだ。


 ピチョン


 その場所に立つ事も無かった。


 ポタッ


「冷たっ!?……水?」


 丁度、ホールの中央部分に立っていたミリアは、頬に落ちてきたものに眉を顰める。

 こんな場所で水が垂れてくる事は、環境から鑑みて有り得ない事。そもそも屋内であるし、雨漏りだとしても…ここは砂漠のど真ん中なのだ。雨が降るはずもない。

 触れてみれば…ヌメリとした感触が指先に伝わってきた。


「え…?」


 震える手を懸命に動かし、顔の前に持ってくる。


「………え?」


 声が出ない。声にならない。

 指先は赤く染まっていた。鉄のような臭いが鼻孔を刺激する。

 まだ、まだ、まだ…気のせいかもしれない。

 ミリアは壊れた人形のようにギギギギギ……と顔を見て上に向けた。


「ゔ………ゔぇ……ぇぇぇぇぇ。」


 嗚咽とも、嘔吐とも取れない音がミリアの喉から迸る。

 その目は天井に固定されたままだ。


 クルルがいた。天井に。細い剣が腹部を突き刺し、クルルの体を天井に縫い止めていた。

 手足から力を失ったクルルは壊れた人形のように四肢をぶら下げ、細い剣の柄から血液を等間隔で滴らせている。

 細い剣によって蹂躙されたのだろう。服は無残に引き裂かれ、白い肌が露わになっていた。

 空虚となった瞳がミリアへ向けられているが、そこには何の光も写っていない。

 滴り、ミリアの顔に落ちる血液が、現実である事を証明し続ける。


「なんで…なんで…なんで……?」


 ミリアの精神がビキビキと音を立ててヒビ割れていく。

 もうこの場に崩れ落ちてしまいたかった。全てを放棄し、考える事をやめ、生きる事をやめ、生ける残骸となりたかった。

 絶望がミリアの心を黒く染め上げていく。


 ドォン!


 何かが爆ぜる音が聞こえた。


「な……に?」


 目から、鼻から液体を垂れ流すミリアは、緩慢な動きで音のした方へ首を回す。

 音がしたのは恐らく、遺跡の外。


 ドォン……ドン!


 立て続けに何かが爆ぜる音が響く。


「誰か…いるの?」


 誰だろうか。最早予想もつかないが、誰かが生きてこの場にいる事。その事実だけが皮肉にもミリアの心へ希望をもたらす。

 最早誰でも良かった。生きている人に会える。それだけがミリアの足を動かす。ヒビ割れた精神が砕け散るのを一歩手前で繋ぎ止めていた。

 歩く。ぶつかる。歩く。転ぶ。起き上がる。蹌踉めく。嗚咽する。

 それでもミリアは進む。唯一の希望に縋る、信徒のように。神に救いを求める罪人のように。

 古代遺跡の入り口である大きな扉には、人が1人通れるだけの隙間が空いていた。誰が開けたのか。それを考える余裕もなくミリアは進む。

 この時点でミリアは気付けていなかった。自分が無傷で立っている理由を。

 扉の隙間から外へ体を出したミリアは…少し先で戦う者達を目撃する。

 1人は燕尾服を着た…ザン。もう1人は…黒髪のロングヘアを靡かせる少女…?


「ザン…?え…じゃあザンは……。」


 これまでの惨劇を引き起こしたのはザン。そう思い込んでいたミリアは、事態を飲み込めずに目を丸くする。

 もし、ザンが本当に犯人でないのだとすると…あの少女は誰なのか。何が目的でミリア達を襲い、ブリティとクルルの命を奪ったというのか。

 確かめなければならなかった。そして、少女が犯人だとするのなら、問い正し、倒さなければならなかった。

 ミリアの心の奥底に、黒い炎が揺らめく。憎悪という名の、ドス黒い炎が。


「行かなきゃ、行かなきゃっ…!」


 駆け出す。まだ少女が犯人なのかは確定していない。もしかしたら、ザンが犯人で、少女が自分たちを守ろうと戦ってくれているのかもしれない。

 それらも含めて、確認しなければならなかった。そして、これ以上の犠牲を出す事も止めなければならなかった。


 だが。


 ミリアがたどり着く前に、少女の操る黒い炎がザンの体を切り裂いてしまう。

 動きを止めるザン。その体はゆっくりと傾き、切断面を晒しながら2つに分離する。


「そんな…そんな…!ザンまで………!!!」


 ザンが敵とか味方とか、そんな考えは最早ミリアの中に残っていなかった。知っている人が殺された。その事実だけがミリアの心を黒く塗りつぶしていく。視界が染まり、全てが見えなくなっていく。憎悪が溢れ出す。


「あなたは…あなたは誰なの!!!?」


 叫ぶ。そうでもしなければ、崩れ落ちてしまいそうだった。

 怒り。それを煮え滾らせる事。それしか己を保つ手段が無かった。

 ミリアの叫びを聞いた少女が黒髪を靡かせながら振り向く。


「……………ぇ。」


 ミリアの口から声にならない声が漏れた。

 走り寄ったミリアの前に立つ少女。

 その顔は…見た事がある顔だった。白金と紅葉の都で何度も見た顔。


「……わたし?」


 そう。それはミリア自身だった。

 黒いミリアが立っていた。静かな水面のような、落ち着いた目で、ミリアの全てを見透かすかのように。


「何が…。」


 理解できない現実。何故自分が2人も存在するのか。何故黒いのか。もしかしたら、自分の知らない双子の姉妹なのだろうか。

 疑問が巡る。巡って巡って巡って思考を掻き回す。


「貴女は…想像した事がある?」


 徐に黒いミリアがミリアへ問い掛けた。


「な、何を?」


 戸惑うミリアへ冷え切った視線を送る黒いミリア。


「貴女の大切な人達の命が消える瞬間を。自分に力があるのに、何も出来ず、目の前で失っていく命を眺める事しか出来ない無念を。悔しさを。不甲斐なさを。あなたは想像した事がある?私は知っている。私は体験したの。大切な人が目の前で殺されて、私は私を失った。だから、私はこれ以上失う事を恐れたの。だから、私は私を捨てた。放棄した。逃げた。私に背を向けた。だから、私は今も生きている。そんな私を、貴女は受け入れる事が出来るのかしら?」

「なに…を?」


 分からなかった。黒いミリアが言っている事が分からない。

 少なくともミリアはそんな経験をした事が無かった。…つい先程までは。

 大切な人達を失った事を認識した時、ミリアの心の奥底に黒い感情が湧き上がったのは紛れも無い事実。

 だとするのなら、目の前にいる黒いミリアは、ミリアの憎悪が生んだ存在なのだろうか。

 言葉が出てこない。


「貴女は幸せね。笑顔が溢れる日々を送ってきたんでしょう。でもね、貴女が笑顔でいる時に、涙を流す人がいるのよ。その悲しみを受け止める事が出来るのかしら?」

「悲しみを…?」

「そうよ。貴女には責任がある。自分だけ笑っていれば良いわけじゃ無い。貴女には、責務がある。笑顔を守る責任がある。」

「でも、でも、私も、私だって失った…。大切な人達を失ったの!」


 感情のままに叫ぶミリア。もう何を言えば良いのか分からなかった。


「そうね。失ったわ。でも貴女は生きているわ。これからも生きていくわ。死んだ人の他に守るべき人も生きているの。ここで立ち止まるの?」

「ここで…。」


 立ち止まるのか。クルルとブリティという大切な、家族のように大切な仲間が殺された。恐らく、目の前にいる黒いミリアによって命を奪われた。

 それは、ともすれば自分が命を奪った事と同義になるのかもしれない。だが、ミリアは…。


(私は…皆の笑顔を守りたい…。だから、だからミューチュエルをやってきたんだ。でも、一緒にやってきたクルルも、ブリティも…もう居ない。私は…。)


 答えが出なかった。

 そんなミリアの様子を見た黒いミリアは静かに頭を振る。


「答えが出ないのなら、出せないのなら、貴女はここまでね。これ以上先に進む資格が無いわ。」


 黒いミリアの手に細い剣が現れた。それは…クルルを天井に縫い止めていた物と同じで…。

 それを見たミリアは問わずにはいられなかった。


「やっぱり…ブリティとクルルを……2人を殺したのはあなたなの…?」


 信じたく無い。違って欲しい。

 例え自分でなかったとしても、全く同じ外見の黒いミリアが殺したのだとなると、自分とは無関係のように感じてしまう。

 そんなミリアの思いを知って知らずしてか…黒いミリアは淡々と事実のみを告げる。


「そうね。私よ。2人とも信じられないって顔をしながら死んだわ。」

「…やっぱり、やっぱり貴女なんだ…。」


 心に渦巻くのは、仲間を殺された怒り。それと同時に自分と同じ容姿の人間が仲間を殺したという恐怖。

 恐怖から逃れるため、ミリアは無自覚に怒りを爆発させる。


「許さない…!!」


 だが。


「何を許さないのかしら?私は貴女。つまり、これは貴女が望んだ結果なのよ。」

「えっ…。」


 逃れられない現実がミリアの心を否応なく締め付ける。


「そんな…わ、私が……え、私?」


 限界だった。

 ミリアの心が砕け散る。


 視界が…暗転する。

久々の残酷回。

黒いミリアが意味するもの。分かりましたか?

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