16-5-9.結界突破…ザンの実力
4体のバジリスクに囲まれたミリアは、攻撃に備えて構えながら…額に一筋の汗を垂らしていた。
砂漠が暑いからではない。強敵に囲まれた極度の緊張感によるものだ。
バジリスクは避けた口から「シュウゥゥゥ」と絶え間なく息を漏らし、前方の岩を黒く変色させて崩している。攻撃…では無い。ただの呼吸による副次的な被害のようなものだ。
だからこそ戦う相手としてはタチが悪かった。
(どうしよう…。ちょっとヤバイよね。)
誰がどう見てもヤバイと言わざるを得ない状況である。
バジリスクの攻撃が物理的なものに留まるのならまだ良い。しかし、最も厄介なのはその口から吐く息なのだ。息に触れた物は崩れ去る。しかも物理的というよりも、空間的に作用する為、防いだり避けたりするのが難しいのだ。見えないからこそ、ギリギリではなく安全マージンを保った上で回避や防御を行わなければならない。
これは、通常の戦いよりも無駄に大きな動きをしなければならず、それによって攻撃のタイミングを失う可能性が非常に大きかった。
しかも…だ、追い詰められたバジリスクはその身をもって相手を殺しにかかるのだ。自爆という最終手段で。
自身の命を失う事を厭わない魔獣。その4体に囲まれているというのは…非常にまずかった。
「シュゥゥゥシャァァァ。」
バジリスクが威嚇の声を出す。
ジリ…ジリ…と少しずつ距離を詰められてきていた。
このまま近接戦闘メインの距離まで近付かれれば…ミリアの逃げ場がなくなってしまう。となれば、早めに行動を起こさなければならなかった。
(…しょうがないよねっ。)
ミリアは目を閉じてスッと細劔を下ろす。
決して諦めた訳ではない。
「いくよっ!」
ブワッ。
そんな表現が近いだろうか。熱量を伴った空気が広がり、バジリスク達を押しやる。
「シュアァァアア!」
「シュシャァアッ!」
興奮したように唾を撒き散らしながらバジリスクが叫び始めた。
彼ら…4体の魔獣が睨みつける先には、髪と目が紅に変化したミリアが焔を纏う細劔を手に、自然体で立っていた。
燃え盛る焔。その激しさとは対照的に、ミリア自身は静かなる水面の様に静かだった。一切の揺らぎも見逃さない。そんな眼がバジリスク4体を射抜く。
「いくよっ!」
そして、紅い髪と眼をした少女がバジリスクにとっての惨禍となるのだった。
トンっと軽く岩肌を蹴ったミリアは、高速でバジリスクへ接近する。
「シャァァァアアアア!」
と、バジリスクは息を吐き出して迎撃に挑むが、飛翔魔法を巧みに操るミリアは直角移動を繰り返してバジリスクの息を回避し、そのまま攻撃と移る。
「えいっ!やぁ!とぉぉぉっ!」
纏う雰囲気が変わっても掛け声はかわらないのが愛嬌でもある。
ミリアの細剣が煌き、閃く。
突き刺す。…だけでは無かった。突き刺した部分が発火し、バジリスクは刺された痛みと、焔に焼かれる痛みに叫び声を上げながらのたうち回る。飛び散るはずの血液も、高熱に晒されて岩肌へ落ちる前に蒸発していった。
「まだっまだぁ!」
1体のバジリスクを沈黙させたミリアは2体目のバジリスクへ向き直る。狙うのは1番遠くに陣取っている個体だ。牙突を放つ体勢で細劔を引き絞ったミリアの周りに焔の細劔が無数に現れた。
「えいやぁ!」
突き出される牙突。そして、合わせるように焔の細劔が矢のように放たれた。それらは次々とバジリスクへ突き刺さり…燃やしていく。勿論、体液が辺りに飛び散ることは叶わない。
「…次!」
ミリアの焔が広がり、バジリスクへ襲いかかる。
そのまま残り2体のバジリスクも同様の運命を辿る事となったのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「うにゃぁ!助太刀ブリティ参上にゃ!」
クルクルクルっと空中で宙返りをしながら、忍者のように着地したブリティは、戦隊ヒーローのように謎の決めポーズを披露しながら構えを取る。そして、首を傾げた。
「うにゃ?バジリスクはどこにゃ?」
ハテナマークを頭の上に並べながら、ブリティは細劔を片手にミリアへ問い掛ける。
声を掛けられて振り向いたミリアは、髪や瞳の色はいつも通りに戻っていた。
「あっ、ブリティ。今倒しちゃった。」
てへっ。的なノリで答えるミリアを見てブリティはガックシと頭を落とす。
「そんにゃ…。バジリスクは強敵だと思ってリザードマンを一気に倒してきたのに…無駄骨ぼーねだったにゃ…。」
「え、あの数のリザードマンをもう倒したの?」
「もっちろんにゃっ。サンドクローの餌食になって儚く命を散らしていったにゃ。」
「儚く…。」
ちょっと謎なブリティの表現が気になったミリアは、岩の端へ移動して下を確認する。そして…顔を引攣らせるのだった。
「あははっ…。ブリティ、凄いね。」
「あたぼうにゃっ!」
自慢気に胸を張るブリティだが…岩の下に広がる光景は、所謂18禁…を超える惨状だった。
因みに、ミリアはバジリスクの自爆攻撃対策で徹底的に燃やし尽くしたので、4体の姿は跡形もなく消え去っている。まぁ…やや臭いが気になるのは否めないが。それでも視覚的にはクリーンである。焦げた岩肌が何があったのかを無言で物語っている程度だろう。
この話を続けてもしょうがないと判断したミリアは、ブリティに別の話を振る。
「それにしても、ブリティがリザードマンを倒して、私がバジリスクを倒したから…これで岩の周りにいる魔獣は全部倒したのかな?」
「むむぅ…それは何とも言えないにゃ。リザードマンも途中から増えたにゃ。この場所の焦げ具合的にもバジリスクも増えたにゃ?」
「あっ。うん。最初に1体倒した後に4体出てきたよ。」
「それは…もしかしたら他の場所にも魔獣が潜んでいる可能性があるかもしれないにゃ。」
「確かに…。そうなると、クルル達がもしかしたら危ないことになってるかもだね。」
「にゃ…!助けにいくにゃ!そして、バジリスクをアタイが倒すにゃ!」
頷きあったミリアとブリティは大岩の頂上目掛けて走り出す。…とはならなかった。
タイミング良く、上からクルルとザンが降りてきたのだ。
「あら。2人とも揃ってるのね。」
「これは…大分焦げてますね。」
そんな感想を言いながらクルルとザンは余裕の表情で岩を軽快に降りてくる。
「クルル!良かったぁ。無事だったんだね。」
「まぁ…ね。頂上で何体かのバジリスクに待ち伏せされてて、ちょっとヒヤヒヤだったけどね。」
「あ、やっぱり他にもバジリスクがいたんだね。」
「えぇ。ま、全てザンが倒してくれたから問題は無かったけれどね。」
「おぉ…大分厄介な能力だったと思うけど…。」
バジリスクの吐く息の事を心配するミリアだが、ザンは口元に微笑を浮かべながら肩を竦める。
「えぇ。迂闊に近づけなかったので、魔法で彼方へ吹き飛ばしました。」
「おぉっ…。」
倒す。ではなく、強制退場という手法にミリアは目を丸くする。確かにそうすれば自爆の被害も無いし、接近する必要も無い。
何というか…発想力でザンの方が遥かに上をいっている事は間違いが無さそうだった。もしくは、強敵との戦闘という場数が違うのかも知れない。
感心しているミリアを見ながら、クルルはポンっと手を叩く。
「そうそう。この大岩について分かった事があるわ。」
「えっ。何??」
「早く教えて欲しいにゃ!」
食いつく2人を見て、ザンと目線を合わせたクルルは頷き合い…報告を開始する。
「この大岩なんだけど、何かしらの結界を張る役割を担っていそうなの。」
「じゃぁ…この岩が私達を古代遺跡に近付けないようにしていた可能性があるって事?」
ミリアの解釈にクルルは頷いてみせる。
「そうね。恐らくだけど、この大岩は複数砂漠に複数あって、それで1つの結界を張り巡らせていると仮定できるわ。つまり、この大岩を壊す事で結界に干渉して中に入る事が出来る…と思う。」
「それは朗報にゃ!この岩のどこを壊せば良いにゃ?」
腕をブンブン振り回してブリティがシャドー猫パンチを披露する。
「それがね…分からないのよ。大岩の頂上には確かに結界の展開に必要な魔法陣が設置されていたんだけど、ザンに色々と試してもらっても魔法陣を無効化する事が出来ないのよね。」
「むむ…にゃ。どうするにゃ?」
「そうねぇ…。」
どうやらどのような手段で結界にアプローチするのかという答えは出ていないようで、クルルも首を傾げてしまう。
「実はですね…私が以前に読んだ文献で似たような話があったのですが…。」
ここで、ザンが口を開く。…だが、どこか躊躇いを感じさせる話し方だった。
「何かしら?ヒントになるかも知れないから、教えて欲しいわ。」
ザンはクルルの言葉を受け、少しの逡巡を経たのちに首肯する。
「分かりました。実は、王土と砂塵の都には王の住まう塔を守る防壁があるという文章を読んだ事があるのです。その防壁は幾つかの柱によって成り立っていて、その柱は途轍もなく頑丈だと。例え壊す事が出来たとしても、すぐに再生するとも記述がありました。つまり、この大岩を壊して結界を緩ませて中に入る事は可能だとは思います。しかし、中に入った後に大岩が再生するとなると…中から外に出れなくなる可能性があるという事になります。」
中に入ったら戻ってこれない。その可能性を告げられて3人は口を閉ざす。
片道切符という事は、使う為にはある程度の覚悟が必要という事になる。
「えっ。でも、それだと王様は塔から出られないって事になっちゃうよねっ?多分、中に入る方法も、外に出る方法もちゃんとした手順っていうか、やり方があるんだと思うなっ。」
ミリアが前向きな意見を言うが、ザンは神妙な顔で頷くのみだった。
「ミリアさんが言ってくれた意見の通りだと思います。しかし、その方法が長年の無人状態によって失われている可能性もあり得るのです。」
「ん〜、考えるのはやめましょう。そもそも、ここで引き返すという選択肢はないわ。強引にでも中に入って、強引にでも外へ出ましょう。私達なら…可能よね?」
最後の確認のような台詞を、ミリアを見ながら言うクルル。それの意図する所は分かるが、ミリアは頷いていいのか判断に迷ってしまう。
(出来るとは思うけど…失敗する可能性も…。……ううん、ここで迷っていても…何も始まらないよね。)
ミリアはすぐに躊躇いを捨てる。今は前に進まなければならない。
「うんっ!任せて。私なら全力で魔法を使えば、結界を抜ける穴は開けられると思う。でも、魔力を殆ど使い切っちゃうと思うから…最終手段でねっ!」
元気に言うミリアを見てクルルが申し訳なさそうに目を伏せた。とは言ってもそれは一瞬の事。すぐに表情を切り替えたクルルは、ザンへ向き直る。
「そういう事だから、臆せず進みましょう。それで…。」
「はて?私に何かありますか?」
「えぇ。これまでの戦いで1番魔力を使っていないのはザン、あなたよ。それに今の話の通り、ミリアは出来るだけ魔力を温存する必要もある。とは言っても戦闘に参加しないって事はさせないけれど。こういう状況なのよ。言いたい事…分かるわよね?」
「…えぇ。つまり、私がこの大岩を壊すって事ですね。いいでしょう。」
クイッと丸眼鏡の位置を直したザンは大岩へ一歩踏み出す。その後ろ姿は、やる気に満ち溢れたお父さんみたいだった。
ザンは背中越しにミリア達へ声を掛ける。
「これから1発で大岩を壊します。その後にどれだけの時間、結界に綻びが生じるかわかりません。すぐに中に突入するつもりで準備をお願いします。」
「はいにゃ!」
「うん。」
「お願いね。」
3人の返事を聞いたザンは両腕に5本の爪をそれぞれ装着する。それにしても…1発で壊すとは大きく出たものである。
「それでは、私の技を披露させて頂きましょう。」
悠然と両手を広げて告げたザンの体がユラリと揺れ、消える。遅れて声が聞こえた。
「還零技【無双空裂爪】。」
大岩の前に現れたザンの前方に無数の光の線が刻まれ、大岩を切り刻み、爆発した。
爆発によって砕け散る。というレベルではない。爆発が大岩を呑み込んだ瞬間に消滅させたのだった。華麗にして一瞬。それでいて抜群の破壊力を持つ攻撃だった。
「ザンが敵になったら…大変ね。」
「そ、そうだね。」
ミリアとクルルは目線を合わせ、頷き合う。大岩を壊す役目をザンに任せはしたものの、ここまでの技を使う事が出来るとは思っていなかったのだ。
流石は織田重光の執事に収まる人物ということなのだろう。
因みにブリティはザンの技を見て目をキラキラと輝かせていた。ザンが想像以上の強者だったという事実、そしてかっこよすぎる固有技に心躍らせているのだろう。
「…空間に揺らぎが……裂け目が出ました!行きますよ!」
着地したザンが叫ぶ。
「…!行くわよ!」
「うんっ!」
「にゃ!」
それを聞くなり、ミリア達はすぐに駆け出していた。
結界の向こうに何が待っているのか。不安はあるが、未踏の地へ踏み込むという高揚感もある。
そして、クルル、ミリア、ブリティ、ザンの4人は空間に生じた揺らぎへ同時に飛び込んでいった。
久々に更新日の朝に更新出来たような気がします。汗
次回からダンジョン編みたいになる予定です。




