16-5-3.いざ、黄土と砂塵の都へ
織田重光の陣営とミューチュエルの面々が依頼についての話をした数日後…。都会議事堂に再び同じ面々が集まっていた。
「砂漠に出発にゃー!」
元気よく両手を突き上げるのはブリティだ。
これから砂漠に向かうという事は、昼は酷暑で、夜は極寒の世界に行くという事。従って彼女達の服装は…いつも通りだった。
普通であれば体全体をゆったりとした布で覆うような服装(ガラベーヤ等)を着るのだろうが、生憎彼女達には魔法という存在がある。
しかも、クルルが体感温度を自動で調整するという魔道具を調達していたので、砂漠の民的な服装が全く必要無くなったのだった。
「ブリティさんは相変わらず元気ですね。」
ウキウキルンルンテンションのブリティを見て微笑ましい気持ちになったのか、ザンが丸眼鏡の奥で瞳を緩ませる。
「さて。無事を祈る。」
そう言って偉そうに両手を組んで仁王立ちをしているのは、勿論重光だ。
彼らがいるのは都会議事堂の1階正面玄関ロビー。この後、黄土と砂塵の都へ繋がる転送魔法陣が設置されている地下一階と移動する予定だ。
「重光さんも呉々もお気をつけ下さい。私がいないのですから、十分に周囲への警戒は怠らないように…」
「ザン。俺を誰だと思っている。曲がりなりにも革新党の党首だ。その意味する所は分かるだろう?」
「はっ…勿論です。しかしながら…。」
「それ以上は良い。お前がいない穴は大きいが、お前が行く事に意味がある。故に、俺はお前が帰ってきた時に後悔しないよう努めよう。」
「この上ないお言葉…感謝いたします。」
何故かBLの雰囲気を醸し出す主従愛が展開されるが…それはきっと気の所為で、単純に信頼が強い主従関係なのだろう。きっとそうに違いない。周りにキラキラとしたエフェクトが見えるのも単なる幻覚だろう。
「それではそろそろ行きましょう。」
これ以上のやり取りを見るのが苦痛だと言わんばかりの呆れ顔で、クルルが出発を促す。
「そうだな。ここから先は時間との勝負でもある。分かっているとは思うが、俺は黄土と砂塵の都は油断ならない星だと理解している。誰1人欠けることなく戻ってこい。」
「承知致しました。」
「勿論よ。」
「分かりました。」
「オッケーにゃ!」
ブリティの友達にするような返事にザンの眉がピクリと反応したが、それ以上は何もなかった。恐らく主人の手前、些事に噛み付くのを堪えたのだろう。
こうしてミリア、ブリティ、クルルのミューチュエルメンバーと、執事のザンを含めた4人は都会議事堂地下1階の転送魔法陣に向かったのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ミリア達が地下へ姿を消したのを見送ると、彼女達は静かに目を見合わせた。女が1人に男が3人。
何をするでもなくロビーのソファに座っていた彼女達は、しかし確かに目的を持っていた。
重光がエレベーターへと姿を消したのを確認すると、彼女達は静かに立ち上がると歩き始めた。アーミーバンツにボーダーシャツという…特徴的な姿は何もしなくても目立つ。ともすれば、不審者として通報されそうなものだが、声をかけるものは誰1人とていなかった。
つまり…そういう事なのである。
さて、都会議事堂にそぐわない服装ながら、堂々と歩む彼女達は…とある部屋に到着する。
その部屋で待っていたのは、着物を着た艶やかな女性だった。
窓の外を眺めていた女性は、ボーダーの服装をした男女4人が入ってきたのに気付くと…肩越しに視線を送る。
「ほぅ…負け犬が揃って何をしに来たのかえ?」
いかにも古臭い話し方をする女性は、侮蔑するように口元を歪めた。悪役がすれば邪悪な笑みとなるのだろうが、この女性が行うとなぜか雅な雰囲気が醸し出される。その人が生来に持つ魅力がそう感じさせるのかもしれない。
「なっ…!アタシ達が負け犬だって!?」
「あらぁ?そうじゃないのかえ?たった1人の女の子に負けたんだからのぅ。」
クツクツと笑ってみせる着物姿の女性。
「く…!今日はその失敗を帳消しにするために来たんだよ!アタシ達を黄土と砂塵の都に行かせてくれ!」
「ほぉ…なんとして、まぁあの危険な場所に向かうのだ?」
「織田重光の手先が黄土と砂塵の都に行くのを見たんだよ。きっとそこに何か有益なものがあるに違いないのさ。それを奪ってくれば…アタシ達は大金星だろう?」
「ふふふ…良い良い。そういうハングリーな精神好きじゃ。えぇよ。黄土と砂塵の都に行くが良い。」
「はんっ!久々に会ってみてもいけ好かないのは変わりがないね。一先ず礼だけ言っとくよ。」
「精々頑張るが良い。期待も何もせずに、妾は妾がすべきことをするのみじゃからの。」
「後でその余裕綽々な顔を痙攣らせてやるからね!」
バン!という大きな音を立ててボーダー服姿の女と男の4人組は部屋から颯爽と出て行ったのだった。
1人部屋の中に残った着物姿の女性は何かを思案するように、人差し指を唇に当てる。
「ふむ…。黄土と砂塵の都は都圏唯一、数えきれぬ魔物が巣食う星と聞く。彼奴等はそこに何をしに行ったのか。これはどんな報告が届くのか楽しみじゃ。」
ぷっくりとした唇が薄く横に引き絞られる。
全てを見透かしたかのような、見るものを魅了する笑みを浮かべた女は静かにその場に佇み続ける。
己の出番が今ではないことを弁えているかのように。舞台袖で出番をまつ役者のように。静かに。静かに。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
爆炎が周囲の空間を席巻する。
右手に収束した熱がビームとなって魔獣達を薙ぎ払う。圧倒的な熱量が魔獣を焼き尽くし、鼻が曲がるような異臭が漂っていた。
ここは、かつて…とある文明が栄えた場所だ。とは言ってもそれは過去の事。今では灰色のビルが乱立する、ただの廃墟。
その中心に近い場所で魔獣の群れに囲まれる者がいた。
「全く…キリが無いわね。」
閃く両手に焔の軌跡が生まれ、そこから生じる破壊の力が魔獣を次々と屠っていく。
魔獣は女の相手では無かった。魔獣達は女の周囲を取り囲み、獲物を狩るハンターとしての優位な状況にいながら、魔獣は女から一方的に蹂躙されていた。
だが、魔獣達の目から戦意が消える事は無い。それは、負けない事を知っているからだ。どれだけ自分達が殺されようとも、最終的に獲物が命を落とす事を確信しているからに他ならなかった。
「…キリが無いわね。」
100体以上の魔獣を倒した後に小さく呟く。
魔獣は倒しても倒しても現れる。まるで、この先に行く事を拒むかのように。
「こうなったら…アレで一気に突き抜けるのありかしら。」
そんな事を言った矢先だった。魔獣の群れ。その奥から地から轟くような咆哮が大地を撼わした。
「グルゥォォォオオオ!!」
咆哮が轟くのと同時に、魔獣達の戦意が高揚する。援軍が来た事を示す咆哮は魔獣にとって吉報だったのだ。
同時に対峙する女にとっては、戦意を失いかねない凶方でもある。
「…ちょっとヤバいかしら。」
額を一筋の汗が伝う。
直感が危険を告げていた。今の咆哮は、これまで戦ったどの魔物とも格が違う存在によるものだと。
魔獣の群れ。その奥から怒れる相貌で現れたのは、巨大な狼だった。
「あれは…カオスウルフ?…いや、違うわね…。」
カオスウルフと言うには…体が大きかった。そして、何よりも体毛の色が黒では無く、青みが掛かった銀色なのだ。見たことも無い魔獣だった。
巨大な狼は、興奮して騒ぎ立てる周囲の魔獣達を一瞥し…それだけで黙らせた。
それまで戦場のように騒がしかったこの場所が、一瞬で静寂に包まれる。
そして、巨大な狼は…静かにその場に佇み、動こうともしない。ただそれだけで感じさせる圧倒的な存在感は、対峙する女にも強力なプレッシャーを掛けていた。
「…私がどうするのかを見るつもりなのかしら?だったら答えは……決まってるわ。私は、この先に行く必要がある。こんな所で止まる訳にはいかない。…この星を出る為に、負ける訳にはいかないのよ!」
炎が渦巻く。それは体に纏わり付き、真紅の炎へと昇華していく。
この様子を見た巨大な狼は、関心するように目を細めた。
人の様な表情の変化は、とてもだが魔獣とは思えない。だが、そんなのは関係が無い。今は先に進むための障害でしかなかった。
「おい。1人で先走るな。」
今にも戦いが始まろうとする緊迫した場に入ってきたのは、1人の青年だった。右手には日本刀が握られている。
「あら。来たの。」
「勿論だ。これは全員の問題だ。」
「そうだね。早く先に行きたいのは分かるけど、1人で暴走するのは良く無いと思うよ。」
更にもう1人の青年が現れた。これから1人で戦おうとしていた女を諌める様に言いながらも、その目は真剣に巨大な狼を観察していた。
「それにしても…この狼は?」
「分からないわ。魔獣を倒してたら現れたのよ。」
「…ふん。相手に不足なし。」
「あのさ…こういう時に相手が不足なしとかそういうのってあまり関係ないよね?むしろ、弱い方が良いと思うんだけど。」
「…。」
「うわっ。無視?」
巨大な狼という脅威が目の前にいるというのに、彼等からは緊迫した緊張感を感じる事が出来ない。むしろ、今の状況を楽しんでいるようにも見えた。
この境地に達するまでに、どれ位の修羅場をくぐり抜けてきたのかは想像も付かない。
だが、確かに言える事はある。
それは、彼等が前に進む事を諦めていないという事。
「じゃぁ、行こうか。」
「ふん。今更。」
「行くわよ。私達の目的の為に。」
彼等は走り出す。各々の武器を携えて。
巨大な狼は、向かい来る弱者の勇気に歓喜の咆哮を放つ。
戦いは始まった。負けられない戦いが。嘗てを取り戻す為の戦いが。
そして、終わりの見えない、果てしなき戦いが。




