16-4-13.怪盗アルスーヌ
更新が1週空いてしまってすいませんでした。
両手を突き上げた玉緒は、周囲の人々から奇異な視線を受けている事を全く意に介さず…興奮した様子で話し始めた。
「これは…素晴らぁしぃぃい展開なぁのでぇす!遂にぃ怪盗が現れるよぉうぅになったぁという事はぁ、この展示の価値がぁ見出されぇたという事ぉになぁるのでぇす!」
ウキウキワクワクな動作を始める玉緒は、子供のようにキラキラした目をしている。弓矢が盗まれてしまった事など、大した事ではないかのような表情だ。
周囲の視線を気にしてミリアは止めようとするが…。
「玉緒…ちょっと不謹慎な気が…」
「なぁにを言いまぁすか!武士魂は永遠にへ出品される展示品は、その瞬間の為に作られた特注品なのでぇす。イベントが終われぇば、役目も終了なぁのです。その展示品が遂に世間の目を釘付けにするようなぁ盗まぁれ方をしぃたのでぇす。名誉ある負傷と同ぁじでぇすよ?」
「言ってることは分からなくも無いけど…。ブリティ!私、ちょっと追いかけてみるね!展示品の護衛お願いっ!」
「任せるにゃ!」
玉緒の相手を諦めたミリアは、シュビッと敬礼ポーズをするブリティに頷くと、展示室の外へ駆け出した。
展示品護衛の依頼人である玉緒に引き止められるかと思ったが…どうやら興奮していて全く気にしていないようである。
むしろ、「大追跡劇を期待すぅるのでぇす!」と後ろから聞こえたので追跡推奨の気配が強い。
(どこから逃げたのかな…。)
大混戦中の入り口ホールを飛び越えるようにして移動するミリアは、怪盗アルスーヌの逃走経路を考える。
イベント前日にドンカーレ宮殿の中を歩き回ったので、ある程度の構造は頭に入っているが…。
(でも今は決戦イベントの最中だから、どこを通ってもあの格好なら目立つと思うっ…。それなら……。)
ミリアは上を見ると、地面を強く蹴って飛び上がった。そのま三角飛びの要領で窓まで上がって外に出ると、ドンカーレ宮殿の屋根上に飛び乗る。
「きっと屋根の上だよねっ。怪盗って言ったら屋根の上ってイメージあるもん。」
一切の根拠がない推測に基づく行動だが…。
「ほらっ。いたっ!」
ビンゴ。
ビシィッと指を差すミリアの視線の先には、怪盗アルスーヌが腰に手を当ててヤケにカッコいいポーズで、眼下の戦場を眺めていた。
「あら。私の居場所を見つけるだなんて、やりますわね。」
「私、昔から勘だけはいいんだっ。」
エヘンと胸を張るミリア。胸を張っていない怪盗アルスーヌの方が、胸が盛り上がって見えるのは致し方のない事実。
怪盗アルスーヌはそんなミリアの自慢気な態度を鼻で笑う。
「勘が鋭いのは良いことですわ。但し、だからと言って私を捕まえられるかは別問題ですの。」
「むっ!私だってそれなりに戦えるもんっ。」
「それは楽しみですわね。」
腰に手を当てるポーズを解いた怪盗アルスーヌが、ミリアの方を真っ直ぐ見る。
画面越しだが意思の強さを感じさせる。
「折角なのでどちらが強いか試しましょう。」
「望む所だよっ!」
「…と、言いたいのですが、生憎あなたの相手をする暇がないのですわ。」
「えっ!?ちょっと…!」
ヒラリと身を翻す怪盗アルスーヌを見て一瞬呆気にとられたミリアは、すぐに気を取り直して追いかける。
(速いっ…!)
怪盗アルスーヌの移動速度は速かった。しかし、追いつけないほどではない。
ミリアは無詠唱魔法による強化を使い、急激に速度を上げて彼我の距離を一気に詰める。そして、鋭い回し蹴りを叩き込んだ。
「…やりますわね。」
身を低くして回避を試みる怪盗アルスーヌだが、その行動を先読みしたミリアは蹴りの軌道を修正。蹴撃が怪盗アルスーヌの胸元へ吸い込まれていく。
そして、ミリアの攻撃が掠り…プチっとワイシャツのボタンが弾け飛んで胸元が露わになった。
(えっ…ちょっと大き過ぎない!?)
追跡中で追い詰めている状況だというのにも関わらず、ミリアはそんな考えを持ってしまった。…目の前には、深く、柔らかく魅力的な弾力を持った双丘の谷間が曝け出されていたのだ。
それはクルルと同じかそれ以上のもので…。
「きゃっ…!……この!」
女の子らしい悲鳴をあげた怪盗アルスーヌは、だがしかし胸元を隠そうともせずに両手に光球を発生させ…弾けさせた。
眩い光か迸り、これをモロに受けてしまったミリアは視界を奪われて動けなくなってしまう。
そして、視界に色が戻り始めた時には怪盗アルスーヌの姿は消え去っていたのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「おかえりにゃ!」
怪盗アルスーヌを取り逃がした悔しさを噛み締めながら展示室に戻ったミリアを迎えたのは、やけに上機嫌なブリティだった。
「ブリティ…それどうしたの?」
口元をヒクつかせながらミリアが言ったのは…ブリティが両手に抱える大量の煮干しだった。
「玉緒がくれたにゃ!今回の怪盗アルスーヌの登場で来年の武士魂は永遠にのコンセプトが思いついたから、そのご褒美だにゃ!」
「そ、そっか。」
玉緒がコンセプトを思いついたのと、ブリティに煮干しをプレゼントする相関性が無いように思えるのだが…ノリとテンションで生きている感が強い玉緒相手にそんな事を突っ込んでも何にもならないだろう。
「怪盗さんはどうなったにゃ?」
「悔しいけど逃しちゃった。」
「それぇは良い事ぉなぁのでぇす!」
またまた急に会話に飛び込んできた玉緒は嬉しそうに腕をワキワキと動かし始める。
「これで来年も怪盗アルスーヌぅが登場する可能性がぁあぁるのでぇす!!これぇこそ神様の思し召しなぁのっでぇす!」
最早次のイベントに目を向けて心ここに在らず状態の玉緒。
(…うん。相手をしないのが得策な気がする。)
ミリアは珍しくもスルーという選択肢を採用し、現状の把握へと思考を向ける。
「ブリティ。決戦イベントの状況はどんな感じ?」
「それが…まさかの西軍が有利なのにゃ!」
「えっ!?あの状況から?」
「そうなのにゃ!」
ブリティの話を要約すると、ドンカーレ宮殿ロビーで始まった戦闘は当初はドンカーレ宮殿内に攻め入った東軍が押していたのだが、西軍がロビー内に仕掛けた多数のトラップ型魔法陣による被害が連発して甚大な被害を被る。そして、東軍の士気が怯んだ隙にドンカーレ宮殿の裏口から移動していた西軍の別働隊が、ドンカーレ宮殿入り口付近に陣取っていた東軍本隊を挟撃。
こんな経緯を経て、現在東軍が西軍に追われて敗走を開始し始めたらしい。
「なんか…ちょっと予想外の展開だね。」
「だにゃ。でも、西軍のリーダーさん達の戦略立てが上手かったのにゃ。」
どうやら煮干しを貰って喜んでいただけでは無いらしく、ブリティなりにしっかりと状況把握は行なっていたようだ。
決戦イベントが終了を迎えつつあるとなると、残るは展示品の護衛だけである。
警備を再開しようかと思ったミリアだが、玉緒から思わぬ言葉をかけられた。
「ミリア、ブリティ。もう警備は終わりぃでぇす。」
「えっなんでっ!?」
「展示品の1つが盗まぁれた以上、これ以上の展示を行うぅ事ぉは展示時間に差がぁ出ぇてしまぁうのでぇす。残りの投票ぅは、カタログだけぇで行うのでぇす。」
成る程。政治的な色合いが強い投票だからこそ、あくまでも平等に扱うという事なのだろう。こういった判断をすぐに行えるあたりは、武士魂の代表を務めるだけはあると評価出来る。
「そしたら任務完了なのにゃ!!!」
「だねっ!」
思わぬ任務完了に喜びを示すミリアとブリティ。
だが、玉緒がニヤリと笑いながら人差し指を「チッチッチッ」と横に動かす。
「2人共忘れてぇるのでぇす。コスプレショーに参加した人ぉは、明日のパレード参加を義務付けられてぇるのでぇす。それぇに、展示品への投票は本日で終了するぅので、明日のパレードにぃは展示品が並ぶぅのは問題あぁりませぇんのでぇす。なぁので、今日はゆっくり休んで良いのでぇすが、明日はバリバリ仕事をする必要があるのでぇすよ?」
「そ、そんな…!」
「忍者ニンニンにゃ!」
再びコスプレをするという事実を突きつけられて落ち込むミリアと、喜ぶブリティ。そして両手を腰に当てて豪快に笑う玉緒。
この3者が展示室の中でとても浮いた存在になっている事は…当人達は全く気付いていないのだった。
怪盗アルスーヌの正体やいかに!




