16-4-10.決戦イベント
顔面床チューという盛大なズッコケを披露した少年は、ガバッと起き上がると散らばっていくビー玉を慌てて掻き集めようとする。
しかし、四方八方に転がるビー玉を全て集められるはずもなく展示室の床に広がっていってしまう。
「あぁっ…!」
鼻血を出しながらも必死にビー玉を集める少年。
普通に誰がどう見ても可哀想なシーンなのだが、周りの大人達は誰も助けようとしなかった。
薄情…なのでは無い。誰しもが少年が展示品を盗もうとする一味ではないかと疑っているのだ。故に、良心の呵責にあいながらも助けることが出来ないのだ。結果…展示室の中が異様な雰囲気に包まれていた。
そんな中、一切の柵や憶測に左右される事なく、少年にスタスタと歩み寄る人物が現れた。
「大丈夫かにゃ?」
…ブリティだ。今にも泣き出しそうな少年の顔を覗き込んで首を傾げる。
「あ…ご、ごめんなさい…!僕、このビー玉を渡してって言われて…でも転んじゃって…。」
「にゃ?誰に渡す予定だったにゃ?」
「えっと…部屋に入れば分かるって言われたんだ…。」
「むむぅ………ビー玉を受け取る人いるかにゃー!?」
ピンっと手を上げて周りに声をかけるブリティだが、誰からも反応は帰ってこなかった。
「これは…あれだにゃ。その人もきっと迷子だにゃ。」
ブリティの予想を聞いて、ガクン…っと周囲にいる展示品を護衛する人達の膝から力が抜ける。
この状況で考えるのなら、展示品を盗もうとした人による何かしらの策略であって、そもそも受け取る人はいないと考える方が妥当なのだ。
「え…でも、そしたら僕はどうしたらいいんだろう…。」
「このビー玉を渡すように頼んだのはどんな人にゃ?」
「なんか…不思議な人だったよ。僕にお菓子をくれたの!」
「むむっ?男にゃ?女にゃ?」
「えっと…分かんない。」
「そうかにゃ…ミリア!どうするにゃ?」
「えっ…私?」
まさかの話を振られたミリアは戸惑いながらも、渋々ブリティと男の子に近寄る事にした。小走りで近寄って男の子の前にしゃがんだミリアは、緊張させない為に笑顔を意識する。
「ビー玉を渡せなかったらどうとか…は言われてない?」
「あ、うん。何も言われてないよ。」
「そっか…。そしたら……。」
「心配する事ぉなぁいのでぇす。」
ヌッと影が差し掛かったと思うと、男の子の後ろに立ちはだかった玉緒がグラサンを輝かせながらニカッと笑う。
「そのビー玉はおじさん達が受け取る人に渡しておいてぇあげぇるのでぇす。僕ちゃんは早ぁく決戦イベントぉを見に行きなぁさい。楽しみぃにしていたぁんですよぉね?」
玉緒という巨漢の出現に一瞬怯んで涙目になった男の子だったが、決戦イベントを見に行くように言われた瞬間に目を輝かせて頷いた。
「うん!僕、毎年とっっっっても楽しみにしてるの!」
「それぇは良いことなぁのでぇす。さぁ、行きなぁさぁい。」
「ありがと!!」
それまでとはうって変わって元気な表情で立ち上がった少年は、グイッと服の袖で鼻血を拭き取ると、ニカッと笑って展示室の外へ走り出ていった。
「あのー…放しちゃって良かったんですか?」
「良いのでぇす。あの子は展示品を盗むにしては目立ちすぎなのでぇす。そぉれに、あの子のポケットからぁは、決戦イベントの特別観覧席のチケットが見えぇていまぁしたからぁね。」
「特別観覧席だと何かあるんですか?」
「はぁい。基本的に本人の身分がしっかりと確認出来ないと発行されないのでぇす。つまぁり、彼が盗人という可能性は非常に少ないぃと判断出来るのでぇす。」
「そうなんだ…。」
玉緒が自信満々に言うのだから、きっと男の子の素性はしっかりと証明されているのだろう。
ただ…何かどことなく引っ掛かりを覚えるミリアだった。
(何が気になるんだろう…。)
違和感の正体を掴めずにミリアはモヤモヤした気持ちのまま、少年が走り去った展示室の入口方面を眺める。何かを見落としたかのような…。
「むむぅにゃ。あの男の子が迷子にならないのかが心配にゃ。」
隣に立つブリティはミリアとは違う方向で心配をしているようだ。
と、ここで玉緒が指をパチンと鳴らす。
「おぉっとぉうぅ。そろそぉろ決戦イベントが始まる時間でぇす。はいはぁい。準備しぃてぇ下さぁいねぇ?」
部屋の隅に立っていた係員に玉緒が声を掛けると、展示室入り口反対側の壁にスクリーンが降りてくる。
「さぁさぁぁぁ、観戦しまぁしょう。」
「おぉっ!凄いのにゃ!」
「大きいね…!」
ブリティもミリアも壁一面のスクリーンに映し出された映像に思わず見入ってしまう。
何せ前述の通り壁一面がスクリーンと化した為、大迫力の映像なのだ。即席の映画館と言って差し支えないだろう。
そして、そのスクリーンに映る映像には…ヴェンツィアの街を2分割する形で2つの軍勢が睨めっこをしていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ヴェンツィアの街に布陣を敷いた2つの軍勢…ここでは西軍と東軍と表現しよう…は、まさに一触即発の状態だった。
正確に言えば、早く決戦イベントを始めたくてうずうずしていて、開始の合図を今か今かと待っているのだ。故に、鬼気迫る雰囲気というよりはウキウキルンルンという表現の方が近かったりもする。
この様子をスクリーンで眺めるブリティが玉緒に尋ねる。
「本当にお遊び合戦なのかにゃ?」
「そうなのでぇす。武器は全てプラスチック製でぇすし、魔法も使う事がでぇきません。」
「それは…つまらないのにゃ。」
「でぇすよねぇ?あそこにブリティが参加したぁら、無双になってしまぁうのでぇす。このイベントは一年の憂さ晴らしにぃ参加する人ぉもいるので、極端に強い人が参加するのはぁ良くなぁいのでぇす。」
「…つまんないにゃ。」
「いやいやっ。ブリティ?私達の仕事は展示品を守ることだからね?」
思わず突っ込んでしまうミリアだった。
そんな会話をしている内に戦闘開始の大太鼓が鳴らされ、東軍と西軍が動き出していた。
そして、ヴェンツィア中央広場を主戦場として両軍の前線が激突した。
「おぉっ…武器がプラスチックでもこうやって見ると本格的だね。」
馬に乗った武将風の男が槍に突かれて落馬したり、忍者風の男達が煙玉を使って視界を悪くしたり…と、戦国っぽいシーンが至る所で展開されていた。
特に戦線の南端(位置的にはドンカーレ宮殿から一番遠い地点)の演出が凄い。
東軍に属する10人程の武士達が演武を披露するかの如く流麗な動きで相対する敵を吹き飛ばしていく。
その強さはまるで映画に出てくる合戦シーンを彷彿とさせるもので…。
「……ちょっと東軍のあの人達強すぎない?」
「うぅーむ…あれは…。」
ミリアの指摘を受けて顎を指に当てて考え込む玉緒は、映し出される映像を見ながら首を傾げる。そして、
「ちょっとぉ、調べ物をしに出てきまぁすねぇ。展示品の護衛はお願いしまぁすよ?」
…と言って、足早に展示室から出て行ってしまったのだった。
「ミリア。どういう事にゃ?」
展開についていけなかったブリティがミリアの顔を覗き込む。
「それがね…。」
「おい!西軍が押され始めたぞ!」
展示室にいる誰かが叫ぶ。
その声に反応してスクリーンを確認すると、東軍の強者10人がいる南端を起点にして西軍が押され始めていた。
このまま押されて勝敗が決するのか…と思いきや、事態はそんな簡単には終わらない。
ジリジリと押された西軍は、少しずつミリア達のいるドンカーレ宮殿の方向へ後退を始めたのだ。
戦いの様子を見守る護衛達の会話が聞こえてくる。
「東軍の奴ら…手を抜いてやがる。」
「あぁ。あの突破力があれば、西軍の戦線崩壊は難なく出来るはずだ。それなのに…上手く後退させながら押し続けてるな。」
彼らの話が本当だとすると…東軍には何かしらの目的があって、敢えて西軍を追い込んでいることになる。
それはこの決戦イベントで確実に勝つ為の方策なのか、それとも全く別の…目的があるのか。
展示室の中にどよめきが走る。
「おい…今の魔法じゃないか?」
「いや…でも使えないはずだろ?」
「それじゃあ今のは何かのアイテムって事かしら?」
様々な推測が飛び交う。
今画面に映っている戦闘地点では、風が荒れ狂い西軍を後退させているのだ。その風は明らかに自然の風では無かった。
しかし、この決戦イベントで魔法の使用は玉緒が説明した通り…禁止されている筈だった。
では、目の前で起きている現象は何なのか。
「なんか…嫌な予感がするよ。」
「げげっにゃ。ミリアの嫌な予感は当たるから困るにゃ。」
両手を頬に当ててぶーちゃんポーズを取ったブリティが首をフリフリする。
だが、このミリアの嫌な予感は…見事的中してしまうのだった。
ドンカーレ宮殿の方へ押される西軍。彼らの喧騒が映像越しではなく…直に聞こえ始めたのだ。そして、映像ではドンカーレ宮殿に押し込められていく西軍が映っていた。
「なんてこったぁなのでぇす。戦場がドンカーレ宮殿に移ったのでぇす。」
展示室に戻ってくるなり…右手をパシンっと額に当てて天井を仰ぐ玉緒。
ボケのワンシーンのようであるが…展示室の中は、かつて無い緊張感に包まれ始めていた。
更新が1週間会いてしまいました。
先週は盛大に体調を崩しまして…。
今週からまた更新していきます!
よらしくお願いします。
 




