16-4-7.コスプレショーは盛り上がる
ピンクくノ一ブリティと、ブラックくノ一ミリアは壁際に座って周りをポカンと眺めていた。
係員に連れられて個室に入ったかと思うと、待ち構えていたフィッティング係に問答無用でコスプレ衣装に着替えさせられた2人。
それだけでも意味不明なのに、特に詳細を説明される事なくコスプレショーの裏手に放り出されたのだった。
係員に唯一言われたのは…「観客を楽しませてください。」というひと言のみ。
そして現在…周りのコスプレイヤー達の気合の入った格好と、気合の入りすぎた本番のパフォーマンスを見て思考停止に陥っていた。
「場違い感半端ないし!」そう叫びたい気分だった。
彼女達の出番までまだ時間があるのだが…何をすれば良いのか分からない。今何をしたら良いのか、本番で何をしたら良いのか。そもそも出場しなければならないのか。なーんにも分からなかった。
「え…私達どうしたら良いんだろう?」
コスプレという世界に初めて足を踏み入れたミリアは、なかなか思考停止から抜け出す事が出来ずに…隣に座るブリティになんとなしに問いかける。
当然ブリティも困惑していて、どうすれば良いのか分からない。…という反応が来ると思っていたのだが、それは違った。
「ミリア…アタイは閃いたにゃ!忍者の踊りを披露するのが良いにゃ!」
ブリティの予想を超えた返事に、思考停止状態のミリアの頭が更に白くなる。
「え…ちょっと待って。ブリティ…出るつもりなの?」
「うにゃ?なんで出ないにゃ?」
まるで出る事が当たり前かのように首を傾げるブリティは、本当にキョトンとした表情をしていた。
つまり、ミリアが思考停止している横で、ブリティはコスプレショーで何をするべきかという一点に集中して思考を高速回転させていた事になる。
「でも…今から忍者の踊りとか…考えて合わせるなんて無理だよっ?」
なんとか必死にブリティを思いとどまらせようとするミリアだが、思考停止状態の彼女が口にする言葉は弱い。しかもノリノリ状態のブリティが披露するぶっ飛んだ思考回路に勝てる訳が無かった。
「ミリア…問題無いにゃ!即興にゃ!直感で忍者が闇を空を舞うように体を動かすにゃ!そうすれば…アタイ達が優勝にゃ!」
「む、無理無理無理!そんな簡単に即興が出来るわけないよ。しかも優勝って…!」
「そうかにゃ?アタイは出来るにゃよ?」
またまたキョトンと首を傾げるブリティ。…だが、これが良くなかった。この行動が必死に話すミリアの奥底にある怒りの琴線に触れてしまったのだ。
更に、怒りによって思考が動き始めたミリアは感情のままに言葉を口にしてしまう。
「ブリティみたいに能天気だったら出来るかもしれないけど…私には無理っ!皆が自分と同じだと思わないで欲しいなっ。」
ミリアの口からそんな言葉が出るとは思っていなかったブリティの…表情が曇る。
「ミリアは…そんな風に思っていたのにゃね。アタイはアタイなりに真剣に考えてるにゃ。それを能天気って言うのは酷いのにゃ。」
ブリティの悲しみが含まれた本心が零れた台詞だったのだが、感情が先走っているミリアはそれに気づく事が出来ない。
「その言い方はおかしいと思うなっ。ブリティがそう考えてたとしても、それを私に押し付けるのは違うと思うの!」
「むむむ……ミリアは酷い奴にゃ!」
「ブリティだって…!」
険悪ムードが漂う。周りで見ていたコスプレイヤー達も、ミリアとブリティの2人が出す怒りのオーラに気付き…距離を取り始めた。
このまま喧嘩が始まるか…!?という緊張感が高まった瞬間、空気を読まない係員が2人の元に駆け寄ってきた。しかも、コスプレショーの熱に浮かされて楽しそうである。
「はい!お待たせしました!ミリアさんとブリティさんの出番ですよ!」
怒りに瞳を燃やしたブリティがキッと振り向く。
「分かったにゃ!アタイが行ってくるにゃ!ミリアは出来ないなら、そこで指を咥えて見てると良いにゃ!」
「あ、そんな事言うんだ…!私だってやれば…やれば出来るもんっ。」
「さっき怖気付いてたミリアがアタイより踊れるわけないにゃ。恥をかくだけにゃよ?」
「むむぅっ!そんな事言うブリティが負けを認める位の踊りを見せてあげるんだからっ!」
「あの…そろそろ…。」
ヒートアップする2人を見て、遅まきながら険悪ムードに気づき…おずおずと声を掛ける係員。ひとつだけ言っておこう。係員は何も悪く無い。
「今行きます!」
「今行くにゃ!」
「ひぃいっ!?」
だがしかし、物凄い剣幕で「行く」と言われて「しぇー」みたいなポーズでビビるのが…ちょっと古すぎるのは否めなかった。
さて、コスプレショーの会場は大いに盛り上がっていた。
特にランウェイ最前列は観客達の中でも1番の盛り上がりを見せている。
その中の1人が…玉緒だった。
「むむーぅ。今回はぁ中々ぁのレベェルでぇすね。」
実は、展示品の護衛を務める者をサプライズでコスプレショーに参加させるのは、知る人ぞ知る恒例行事になっていたのだ。
どんなコスプレをさせるのかは依頼主の直感と趣味にかなり左右される。
完全に嫌がらせ…のようにも思われるが、このサプライズがきっかけでコスプレにのめり込んだ人が多数いるので、一概に悪いとも言い切れないのが実情だったりもする。
そして、今回玉緒はコスプレショーへ送り込んだミリアとブリティに大いなる期待をしていた。
彼女達をひと目見た瞬間に「くノ一コスプレ」が頭に浮かんだのだ。女忍者の格好をした2人が観客を魅了すると…直感が囁いたのだ。
それから本番当日まで、どんなくノ一衣装にするのか…どれだけ玉緒が頭を悩ませたのか分からない。
悩みに悩んだ結果、玉緒が辿り着いたのはシンプルイズベストだった。
昨今のコスプレレベルの進化は目覚しいものがある。衣装も細かいところまで凝っていて、中にはギミックを仕込んだコスプレも少なくない。
しかし…だ。玉緒は思う事があった。コスプレの真髄は格好ではない…と。その格好をした者がどれだけ成り切る事が出来るのかが重要なのだと。
だからこそ、シンプルなくノ一衣装を着せ、彼女達が披露する「演技」に期待する事にしたのだ。
そして…ミリアとブリティの出番が遂にやってきた。
音楽は…トランペットが渋い音でソロを奏でる必殺系の有名音楽。
ソリストがソロの最後でアドリブでシェイクをして盛り上げた所で、弦楽器が雄大な、そして躍動感あるメロディを奏で、ティンパニが体の芯に響く打音を踊らせる。
この盛り上がりに合わせて出てきたのはミリアだ。
少し戸惑い気味な様子もあるが…どこか強気な雰囲気も醸し出していた。
(おっとぉ?もぉっと戸惑うかも思ってぇいたけぇど、全然肝が座ってぇいるぅのでぇすね。)
あたふたする所を見るのも楽しみだった玉緒は、意外に感じながらも足を組んで優雅に鑑賞を続ける。
追い込まれたその場で何をするのか。それこそが人の本質が現れる瞬間なのだ。それを見る事ができるサプライズ参加は、彼にとって最高の時間だった。
ゆっくりとランウェイを無表情で歩くミリア。その後方にブリティが登場する。戦隊モノの決めポーズを取って現れたが、イマイチ観客にはウケない。
それもそうだろう。観客は普通ではないショーを求めているのだから。ありきたりなショーなど既に見飽きているのだ。
「ふぁふぅっふぅっ…。さぁ、楽しませぇて下さぁいねぇ。」
楽しみに心震わせる玉緒のニヤニヤ笑いはどんどん深くなっていく。
そして…ここで動きが出た。
キッとブリティの方を振り向いたミリアが、決めポーズがウケなかったブリティを見て小さく笑ったのだ。
その笑いを見たブリティが…キレた。
「ミリアは…何もやらないのに笑う資格なんかないにゃ!」
ブゥン!っとブリティの姿がブレる。
次の瞬間にはミリアの立っていた場所にブリティの叩きつけた拳が突き刺さっていた。ランウェイに蜘蛛の巣状のヒビが刻まれる。
この攻撃を間一髪で避けたミリアは頬っぺたを膨らませる。
「何するのっ!?ブリティがそうするなら…私もやっちゃうんだから!」
ミリアは左脚を軸にして、下半身を横に向ける踏み込みから上半身を捻る事で生み出される遠心力を乗せた右脚による回し蹴りをブリティへ放つ。
「ほっ!にゃ!」
バック転の要領で回避を試みるブリティの鼻先をミリアの回し蹴りが掠めるが、直撃はしない。そのまま両手を地面についたブリティは、後方で着地した瞬間に地面を蹴りながら両手を交差させる事で体を捻って下から上に向けた回し蹴りをミリアに叩き込んだ。
ガスっという鈍い音と共にミリアの体が宙に浮き…そこへ追い討ちのロケット頭突きが叩き込まれる。
「うっ…!」
直撃を受けていたら危なかっただろう。しかし、ミリアはギリギリのところでブリティの頭と自身の体の間に両手を差し込んでいた。
この両手が緩衝材の役目を果たし、体は突き抜ける衝撃を大きく和らげた。
「まだまだにゃ!」
「いくよっ!!」
そこからミリアとブリティの2秒に満たない空中戦が繰り広げられた。
ハイレベルな格闘術の応酬に観客は息を飲むのを忘れて魅入っていた。
2人の拳が正面からぶつかり合い、その衝撃で互いに距離を置いて着地したのを境に…客席から歓声が巻き起こる。
「すげぇ!一瞬だったけど…ヤバイ!」
「あのくノ一衣装の下に隠れている素顔がみたいのよ!」
「ってかあの2人なにもんだ!?」
コスプレショーの輝かしい舞台で歓声を浴びるという最高の体験。…その筈なのだが、当の本人達は違った。
「なんなのにゃ!」
「それはコッチの台詞だよっ!」
ミリアとブリティは…全く周りが見えていなかったのだった。
喧嘩するほど仲が良いって言いますよね。




