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Colony  作者: Scherz
第七章 古代文明と世界の理
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16-4-5.怪しい鎧塚玉緒

 戦国武将の格好をした男が刀を振り上げる。

 そして…声高らかに叫んだ。


「はいはいはいー!武士魂は永遠にの会場はこちら!先ずは入口右側のチケット売り場で入場券をお買い求め下さい!前売り券や招待券を持っている人は真っ直ぐ正面入口に進んで下さいねー!」


 比較的高めの声で案内を叫ぶ男の表情は生き生きとしていた。

 今この場所に甲冑を着て立っている事自体を誇りに思っているような、やりがいに満ちた表情である。

 天候は…雪。気温は0度。

 一般的な常識で考えれば悪天候…となるのだが、黒水と雪の都では寧ろ好天候だったりもする。

 一年を通して寒いこの星では、降雪が当たり前なのだ。

 そして、その特徴を活かす為の仕掛けが施されていた。

 シンシンと降る雪はドンカーレ宮殿上空で虹色に染まっていた。玉緒が言うには、上空に7層の光を曲線状に走らせる事で雪が織りなす虹を表現しているそうだ。


「それにしても…凄い人っ!」


 ミリアとブリティが今居るのはドンカーレ宮殿正面玄関を一望できる外である。

 周囲は数多の人で埋め尽くされていた。都圏きってのイベントというだけあって、今まで見た事がない密度の人混みである。

 蒼木と桜の都と白金と紅葉の都。この2つの都から人が集まっているのだ。しかもこの黒水と雪の都のヴェンツィアは…そこまで広い都市ではない。そんな場所だからこそ、より人の数が多く見えるのだった。

 ミリアが感心したように周りを眺める横で、ブリティはフラフラと頭を揺らしていた。


「むぅ〜人混みに酔いそうにゃ。それに寒いにゃ。猫は炬燵で丸くなるーにゃ。」


 完全にやる気スイッチOFF状態のブリティは、耳も尻尾もだらんと垂れさせていた。


「ブリティ…どうしてそんなに元気が無いの?昨日沢山の煮干しを買ったんでしょ?」


 そう。ブリティは会場の下見をせずに街に繰り出し、煮干しを買いつつ不審人物の捜査を行なっていたのだ。

 しかし、不審人物の捜査は空振り、煮干し購入は大成功のはずだったのだが…。


「それが違うにゃ。アタイの好きな煮干しとは程遠かったにゃ。匂いだけにゃ。あれは詐欺にゃ。第1印象と第2印象の格差詐欺にゃ。アタイは立ち直れないのにゃ。」


 このままでは何か事件が起きた時にブリティをアテに出来るのかも…微妙に怪しかった。いや、やるときはやると信じたいのだが。


「ブリティ…煮干しは残念だったけど、私たちの目的は依頼をちゃんとする事だよ?」

「分かってるにゃ。だからその時まではそっとしておいて欲しいにゃ。」

「ん〜…少しだけね。取り敢えず展示室に戻ろっ!」

「はいにゃぁ。」


 項垂れるブリティを連れて、ミリアは展示室に向かう。

 会場内を歩きながら色々なコスプレイヤー達を眺めるミリアは1つの事実に気が付いた。


(どのコスプレイヤーも家紋?みたいなやつの横にマークがついてるんだ。桜と紅葉だから…出身の都が分かるようにしてるのかな?)


 そこまでイベントの詳細を聞いていなかった為に、イマイチマークの意味が分からない。


「はいはい!みなさん午後に開始するコスプレショーの整理券は奥のイベントブース入り口で配ってますよ!立ち見も出来るけど、良い席で抜群の写真を残したい人は整理券必須ですですよ〜!夕方からは明日の決戦イベント参加者の受付も始めますからね〜!」


 係員が大きな旗を振りながら来場者達へアナウンスを続けている。

 それにしても…今の掛け声を聞く限り、大掛かりなイベントも多数用意されているようだった。

 展示室に到着すると、鎧塚玉緒が「ガハァハァッハァ!」と笑いながら近づいてくる。


「どうでぇすか?この私の衣装はぁ!?」


 その衣装は…まさかの忍者装束だった。黒人の忍者姿を想像した事がなかったミリアだが…玉緒に言われて良く良く見てみると、案外似合っていることに気付く。


「思ったよりも…似合ってますよっ!しかも、強そうです。」

「ありがぁとぉうござぁいますぅぅ!」


 腕を組んで嬉しそうに笑う玉緒は、確かに強そうだった。衣装を来ていても分かるムキムキの肉体に、何故か外さないグラサン。お笑いのコントで現れそうな姿だが、もし…闇夜に紛れて忍者玉緒が現れたら、と考えると恐怖を覚えそうなのであった。


「あ、そうそうぅ。実はまだ言っていなかったぁんですがぁね…。」

「玉緒さん!ちょっと良いですか…?」


 玉緒が何かを言いかけたタイミングで、深刻そうな表情をした係員が玉緒に近づいてきて耳打ちをする。

 それを聞いた玉緒は…笑顔を引っ込めて真顔になるのだった。


「そうでぇすか…。」


 2人は紙を取り出すと何やら話し込み始めてしまった。


「ブリティ。護衛品周辺の結界に異常がないか見てこれる?私は入り口付近の結界をチェックするね。」

「分かったにゃ。」


 話が長引きそうだと判断したミリアは、ブリティと手分けをして、もしもの場合に備えて結界などなどのチェックを行うことにした。

 とは言っても、今日の早朝にしっかり時間をかけて準備をしているので、本当に異常がないのかをチェックするだけである。

 余談ではあるが、他の展示品の護衛を引き受けた人々も同じ時間帯から結界などの設置を行なっていた。その為、それぞれの結界の効果範囲や、設置位置が重なるところが多々あり…それらの調整に苦慮するという予定外の事態が発生していた。

 これによってミリアが考える最善の結界を設置する事が出来ていないというのが、不安要素ではある。

 とは言っても、他の人々が設置した結界が展示室の至る所に張り巡らせれているので…普通にミリア達だけで警戒する以上の警戒網が敷かれている事は間違いなかった。


「わぁ凄い!この金ピカの鎧かっこいいよお母さん!」

「そうね。凄いわね。」


 小さな男の子が目を輝かせてミリア達が護衛している展示品の鎧を眺めている。隣に立つ母親は優しく微笑みながらも、手元に持つバインダーに何かを書き込んでいた。


「あのお母さん何を書いてるんだろう?」


 ポソッと疑問に思った事を口にする。

 すると、隣に立っていた別の展示品を護衛する男が小さな声で話しかけてきた。


「なんだ。嬢ちゃんはここに展示品を置いている理由を知らないのか?」

「あ、はい。特に依頼主からは聞いてなくて。」

「そんな事も…ってあの金ピカのやつを護衛してんのか。って事は…依頼主は鎧塚玉緒か。…あいつならあり得るか。」

「玉緒と知り合いなの?」


 その男…至って普通の私服を着た一般人風の男は小さく笑う。…何故かその笑みは自嘲気味なものだった。


「鎧塚玉緒の護衛依頼を去年俺がやったんだよ。あいつはな、色々と裏で画策してっから気をつけな。俺も去年は相当酷い目にあったからな。」

「え…ど、どんな事をされたのっ?」

「それはよ…。」


 男は遠い目をして何かを思い出し始めた。そして、


「…駄目だ。アレは言えねぇ。」

「そこをなんとかお願いしますっ!」


 とても嫌な予感がし始めたミリアは両手を合わせて頼み込むが…。


「いや、あいつが今年も何かを企んでるとは限らねぇ。嬢ちゃんを無駄に心配させる必要はねぇだろ。おっと…噂をすれば…だ。じゃぁな。」


 男は係員との話を終えた玉緒が近づいてくるのを見ると、そそくさと離れていった。

 イケメンといい今の男といい…今回の依頼で話す人々は何故かミリアが心配になるような事しか言わないのだった。


(凄い不安になってきたんだよ…!)


 そんなミリアとは反対に、玉緒は上機嫌だった。さっきまでの真剣な表情はどこにいったのか。


「ミリアさん!お願いしぃたぁい事がぁあるんでぇす。」

「はいっ。なんですか?」

「それぇはですぅね、…ブリティさんもいまぁすか?」

「えっと…あ、あの端で結界のチェックをしてます。」

「ほほぉぉうぅ。感心でぇす。それぇでは、2人とも係員についていってもらぁえますか?」

「え、でも…護衛は?」

「大丈夫ぅでぇす。私もこの場所にいまぁすし、他の展示品を護衛してぇいる人達もいぃます。誰かが盗みを働こうとしぃても、未然に防げるでぇしょう。それよりもちょっとだけ大事な事がぁあるのでぇす。はいっ君!」

「はい。かしこまりました。ミリアさん、ブリティさんと一緒にお願いします。」

「えっと…。」


 いきなりの展開にミリアは戸惑ってしまう。

 本来の目的は展示品の護衛。しかし、依頼主である玉緒が離れて別の事をして欲しいと言う以上…無下に断る事も出来ない。

 ミリアが困っているのに気づいたブリティが近寄ってきた。


「こら!玉緒!ミリアを困らせるのはダメにゃ!」

「おっとぉ。ごめぇんなぁさあぁいねぇ。でぇも、楽ぉしい事をしてもらいたぁく思ってぇの提案んでぇすよ?」

「楽しいことにゃ?」

「はぁい。だぁからぁ、係員について行って欲しいぃのでぇすぅ。」

「…むむぅにゃ。アタイ達の仕事は護衛なのにゃ。」

「お礼に超高級煮干しをぉ用意ぃしてぇいるのでぇす。」


 キラリ〜ンとブリティの目が光る。


「ミリア!行くにゃ!依頼主のお願いを断るのは可哀相にゃ!」

「え、ブリティ?」

「レッツゴーにゃ!」


 超高級煮干しにつられたブリティは、ミリアの手を掴む。


「係員さん!ほらほらにゃ!進むにゃ歩くにゃ行きますにゃ!」

「はい。それではこちらへお願いします。」

「え?え…っ?え〜〜〜!?」


 ミリアにズルズルと引っ張られて移動を開始するミリア。

 玉緒はニコニコ顔で手を振って見送り、周りの人たちは何事かと笑いながらミリア達を見ている。


(なんか私…今回の依頼で蔑ろにされてないっ!?)


 そんなミリアの悲痛な叫びは、しかし誰にも届かないのであった。


 ミリアが引き摺られて展示室から出ていったのを見た玉緒は楽しそうに肩を揺らす。


「今年も…遂にこの時間がぁ来たぁのでぇす。」


 その玉緒を斜め後ろから見る1人の男(さっきミリアが話した私服姿の護衛人)が呟いた。


「これからが…本番だな。」


 『武士魂は永遠に』のパーティーが始まる。

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