16-4-2.黒水と雪の都
鎧塚玉緒と以来の詳細について話してから1週間後。
ミリアとブリティはイベント会場へ向かうための準備を行っていた。
ちなみに、準備と言っても特別な準備があるわけではない。
いつも依頼を行う時と同じ準備だ。
「2人とも…他の星の人と喧嘩はしないでね。」
「うんっ!仲良くしてくるね。」
「任せるにゃ!アタイのキュートさにきっとメロメロにゃ!」
相変わらずちょびっと趣旨が外れているブリティの返事に、クルルは小さく肩を落としつつも調査した内容について2人へ改めて伝達を行う。
「まず、今回あなた達が向かう黒水と雪の都だけど、知っての通り白金と紅葉の都の属都よ。水上に作られた都が観光の目玉の星ね。基本的に一年中雪が降ってるから、きっと寒いと思うわ。」
「寒いのはヤバイにゃ。炬燵で丸くなりたいにゃ。」
「…サボったら…。」
「ごめんにゃ!」
速攻で反省のポーズをとるブリティ。
肩を竦めたクルルは気にせず話を再開する。
「気をつけなければいけないのが、観光星だから政府みたいな機関がない所ね。観光の防犯として警察組織は常駐しているけど…白金と紅葉の都と比べたら警備はザルね。だからこそ、今回の護衛依頼があったと考えて欲しいわ。」
「それって…これまでのイベントでも誰かしらが護衛で雇われてたって事??」
ミリアの質問にクルルは小さく笑みを見せる。良い質問という事だろう。
「ミリアの言う通りよ。護衛は毎回いるし、レア品を狙う不届き者が騒ぎを起こすのも恒例になってるわ。今回も誰かしらが何かを企んでいる筈ね。」
「何もないことは無いって事かぁっ…。」
想像していたよりも大変そうな情報にミリアは思考を巡らせる。
「他にも……って、そろそろ出なきゃじゃない?」
「えっ…?あっ…!ブリティ!時間に遅れちゃう!」
「うにゃ!?でも朝食後の煮干しさんがまだ…。」
「それは行きながら食べて!」
「それは違うにゃ。ここでのんびりと味を噛み締めながら食べる至福の時間が……うにゃぁ!?」
「いいから行くよ!?」
ブリティの手を引っ張ったミリアが走り出す。
「じゃあクルルも交渉頑張ってね!私達もちゃんと依頼をやってくるから!」
「ま、待つにゃぁ!至福の時間がぁ!」
口の端を微妙にヒクつかせながら騒がしい出立の2人を見送ったクルルは、顎に手を当てると思案する。
「魔法街の話が出来なかったけど…まぁ、あの子達には関係無いわね。」
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都圏の概要について簡単に説明しよう。
都圏は5つの星で構成される。
白金と紅葉の都、黒水と雪の都、蒼木と桜の都、赤火と雨の都、黄土と砂塵の都の5つだ。
この5つの都は3つに分類される。
白金と紅葉の都と、その属都である黒水と雪の都。
蒼木と桜の都と、その属都である赤火と雨の都。
そして、不毛地帯である黄土と砂塵の都。
どこかの圏のように戦争やら戦いなどがほとんどない平和な星群。それが都圏だった。
だからこそ…という訳ではないが、表沙汰にならない事件も実は多発していて、それらは全て政治的な駆け引きの中で生じた悲劇でもある。
都圏の2大主要都である白金と紅葉の都と青木と桜の都は、表向きは友好的な関係を築き上げていた。星間の交流もあり、開かれた両星は共存の道を歩んでいる。
表向きは。
その代表的な例の1つが…ミリアとブリティが依頼で参加することになった都圏最大級のイベント『武士魂は永遠に』なのである。
このイベントに隠された本当の意味を、本当の目的を彼女達は…まだ知らない。
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「す、す、す…凄いにゃ!アタイは感動しているにゃ!」
「そうでしょぉぉう?黒水と雪の都は最高の観光地なのでぇすよぉ。」
白金と紅葉の都から黒水と雪の都へ転送装置を使って移動してきたミリアとブリティ、鎧塚玉緒。
因みに転送装置は都会議事堂の1階に設置されていた。
そして、台詞からも分かる通り…ブリティのテンションは爆上がりである。
黒っぽい水が星の前面を覆い尽くしているので、不気味な雰囲気を想像しがちだが…その上に築かれた水上都市は圧巻の一言だ。まるで中世ヨーロッパに迷い込んだかのような建築美の数々。
都市は至る所に水路が張り巡らされていて、ボートに乗った人々が観光をしながら移動する様子が見てとれた。
チラチラと降る雪が幻想的な雰囲気も演出している。
「本当に凄いねっ。」
ブリティの隣を歩くミリアもウキウキの気持ちに押されて浮かれすぎないように抑えながらも、キラキラした目で周りの様子を眺めていた。
「さぁさぁぁこちぃらでぇすよ。」
玉緒のちょっと怪しげな動きを混ぜたエスコートに導かれながら、ミリアとブリティは歩き出した。
「この都の名前はなんて言うにゃ?」
「このぉ都ぉはぁですねぇ、ヴェンツィアと言うぅでぇすよ。」
「ほへ〜にゃ!」
最早有頂天状態のブリティである。
ブリティがそんな状態だからだろうか。ミリアは比較的落ち着いた目線で街を観察する事が出来ていた。もし、ミリアが1人で来ていたのなら…そんな余裕は無かっただろう。
テンション爆上がりのブリティはちょっと騒がしいが、そういった意味で言えば2人で依頼を担当する事になったのは正解と言える。
「あ!あの船に乗りたいにゃ!」
「おぉ…私も乗ってみたいかも。」
「ほほぉうぅ。お目ぇが高いでぇすねぇ。」
ブリティが指し示したのは、一般的なボートタイプの船だ。水上都市であるヴェンツィアは、細い水路が至る所に張り巡らされている。この為、大きくないタイプの船の方が小回りが利くのだろう。先程から見る限り、大きな船はほとんど見かけなかった。
そして、ブリティが見つけた船も同じく大きくない船。一点異彩を放つのは…ボートの漕ぎ手がやたらと筋肉質であるという点だろうか。船の側面には『アクロバットボート』と書かれている。
「やぁやぁ!今日は暇なぁのでぇすかい?」
ミリアとブリティの要望を受けて玉緒は筋肉質な男に話しかける。
ドレッドヘアの黒人である玉緒と筋肉質な男が2人で話している姿は、マフィアの親分と子分のようで…やや近寄りにくい雰囲気である。
「そうでぇすかぁ。じゃぁぁお願ぁいします。」
「おうよ!嬢ちゃん達乗りな!ドンカーレ宮殿まで最高のクルージングで送り届けてやるぜ!」
「ひゃっほーいにゃ!おじちゃんよろしくにゃ!」
船に乗れる事で狂喜乱舞したブリティは前方連続宙返りを披露しながらボートに飛び乗った。流石は猫の亜人である。
「よろしくお願いしますっ!」
ミリアも丁寧に元気にお辞儀をしながらボートへ乗り込んだ。
そして、玉緒は何故かボートに乗ろうとしなかった。
「あれ?玉緒はどうしたにゃ?」
「いやぁでぇすねぇ、俺は別ルートでぇ行こぉうかぁなと…。」
「何言ってるにゃ!こんなボートに乗れる機会なんて滅多に無いにゃ!遠慮しないで早く乗るにゃ!」
最早こうなったブリティを止める事は難しい。
素早く隣に移動してきたブリティに腕を掴まれた玉緒は引き摺られてボートに乗り込んだのだった。
「は…はは…俺…苦手なぁんだぁぁ……」
「おっしゃ行くぜ!」
「ぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
玉緒の苦手宣言は船主(筋肉質な男)の掛け声で船が高速移動を開始したのに合わせ…絶叫へと変化していった。
「うわっ…凄い!」
「最高にゃ!」
そのボートの動きはボートの枠を超えたものだった。急速発進に急旋回、時には空を飛んで別のボートを飛び越したりなど…夢のボートを体現していた。
「最悪ぅだぁぁぁぁぶぼへばばぁぁあ!」
隣にいる玉緒の叫び声が喧しい。
「これって魔法ですよね??」
「おうよ!属性【水】と【風】を組み合わせた操舵技術を堪能してくれよな!」
魔法がメインの操舵となると、店主の筋肉は何のためにあるのか…なんて思ってしまうが、まぁヒョロヒョロよりはムキムキの方が雰囲気が出るから良いのだろう。
ボートのアクロバティックな走行はその後も続き…ドンカーレ宮殿に到着した頃には玉緒は魂が抜けた廃人のようになっていた。
「うっし!到着したぜぃ!」
「ありがとにゃ!また乗るにゃ!」
「そうだねっ。凄い楽しかった。」
「おおお…お、おれぇぃもたのぉしかぁったぁだぁぁあよ。」
ヘロヘロの玉緒は元気にボートから飛び降りたブリティとミリアを追ってヨロヨロとボートから降りる。
「じ、地面がぁ揺れぇてますね。」
相当に苦手なのだろう。地面に降り立っても体がふらふらと揺れている。
黒人ドレッドヘアという強そうな外見が台無しである。
しかし、今回のイベント主催者であるプライドがあるようで、周囲の人々が「鎧塚玉緒だ…。」なんて呟いている声を聞くとシャンっと背筋を伸ばすのだった。
「さ、さぁて…こちらが、ドンカーレ宮殿だぁよ。」
「おぉ…。」
「カッコイイにゃ。」
パッと手を広げた玉緒の後ろには白い建物…ドンカーレ宮殿が鎮座していた。
1階と2階の外壁は無く、代わりに細かい彫刻を施された柱が均一に並んでいる。2階の柱が少し細くなっているのも、趣きを感じさせるポイントの1つだ。
古代ローマにありそうな建物だが、今この場においては違和感が支配していた。
入口やら周囲には幟が立ち、周囲には武士の格好をした人々が屯している。
「凄いにゃ…武士にゃ!」
「すごぉいでぇしょぉ?明日から開催なんでぇすが、有志達ぃがプレぇイベェントを行なっているんでぇすよ。」
「ほぇー、凄い熱気ですね。」
「でしょぉでしょお!?あなた達はぁ素敵ぃな感性ぃをお持ぉちのようでぇすねぇ!そうとなれば早速ぅ中に入りまぁしょぉう。」
全身から歓喜のオーラを迸らせた玉緒はルンルンとスキップをして建物の中に入っていく。
慌てて追いかけるブリティと、少し遅れて小走りでついて行くミリアなのであった。
武士の1人が呟く。
「今年こそは…。」
落武者の1人が呟く。
「栄枯盛衰を操る為に…。」
都圏最大のイベントは、最大の思惑も絡み合ってくる事をミリア達は知っていても…理解はしていなかった。




