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Colony  作者: Scherz
第七章 古代文明と世界の理
948/994

16-4-1.極秘依頼『コスプレイベントの超レア品を護衛せよ』

 ミューチュエルではいつも通りの朝を迎えていた。

 クルルが作った朝ごはんを食べて、美味しいジュースを飲み、テレビをなんとなしに眺めながら本日の依頼内容について確認をする。

 そんないつも通りの朝だ。


 …その筈だった。


「え…今日は依頼が無いの?」


 朝ごはんを食べる所まではいつも通り。しかし、依頼の確認をしようとした所、「今日は無いわ。」と言われたのだ。

 どんなに少なくても、ミリアが1つにブリティが1つは依頼があるものなのだが…。

 こういう事はミューチュエルでは珍しい事態だった。

 ミリアの驚きを含んだ問いかけを受けてクルルは小さく頷く。…が、その様子はただ依頼が無いだけ。という訳でもなさそうだった。

 テーブルで朝のミルクをゴクゴクと飲んでいたブリティがキランと目を光らせる。


「むむっ!?アタイのセンサーがビンビンに反応してるにゃ!クルルは何か隠し事をしているにゃ!」


 ブリティの素早い突っ込みにクルルは困ったように眉根を寄せた。


「隠しているという訳ではないのよ。ただね、今回はちょっと特殊な依頼が来てて…その依頼主の所にミリアとブリティの2人で行って欲しいのよ。」

「え?私とブリティで?」


 意外な内容だった。いつもは依頼内容についてはクルルが確認して受諾するか否かを決めている。少し怪しい案件の時はミリアが同席し、2人でその依頼内容を確認するというのがミューチュエルの基本スタンスだ。

 そのクルルが依頼主の所に行かないというのは…これまた稀な事態だった。


「そうよ。依頼は基本的には受けても良いと思ってるわ。ただ、詳細について現地に行くミリアとブリティの2人に直接聞いて欲しいのよ。」

「あ、そういう事ねっ。」

「むむっにゃ?何でクルルは詳細を一緒に聞きに来ないにゃ?」


 依頼の詳細内容を聞きに行くというのは良いのだが、まだ受けるかどうかが確定していないというのは何かあるに違いなかった。

 用心深いクルルにしては、どう考えてもおかしい。

 そのクルルは困ったように1つのバインダーを取り出した。


「本当は私も行きたいんだけど、今回はこれ。…別の依頼について調整と交渉をしなければならないの。それが丁度今日から3日から4日程掛かるのよ。遅らせたり早めたりしたかったんだけど…どうしても調整がつかなくて。」

「それだったら無理に今回の依頼を受ける必要も無いと思うにゃ。」

「と、思うでしょ?でも報酬額が桁違いなのよ。別に怪しい依頼でも無いしね。」

「ほ、報酬が桁違いにゃ!?煮干しどれくらいにゃ!?」

「そうね…1年分は確実よ。」

「うにゃ!?それは…幸せすぎるにゃぁぁぁ。」


 煮干しに埋もれる妄想でもしたのだろうか。もがくような動きをしたブリティはへにょへにょと椅子から落ちていくのだった。

 ブリティが煮干しの幻に惑わされて口から涎を垂れ流しているのを見たミリアは、詳しい話を進めるチャンスと…早速クルルへ質問をした。


「その依頼主って誰なの?」

「依頼主は…鎧塚玉緒よ。」

「鎧塚玉緒って、あれ?聞いたことある名前…。」

「そうね。有名人よ。ミリアは『武士魂は永遠に』っていうイベントは知ってる?」

「あっ、知ってるよ!都圏全体で行う大きなイベントだよねっ。皆が武士の格好をするイベントじゃなかったっけ?」

「そうよ。そのイベントを主催している武士魂っていう団体の代表が鎧塚玉緒ね。」

「そんな大物から依頼が来るなんて凄いねっ…!」


 ミューチュエルの認知度が上がってきたことを実感したミリアは嬉しそうに目を瞬かせる。

 しかし、クルルは微妙に苦いような表情を浮かべていた。


「まぁ…依頼を受けること自体は良いことなんだけどね…。その鎧塚玉緒っていう人物が曲者らしいのよ。だから依頼の詳細とか条件については私が直接行って決めたいんだけど…。今回はどうにもならないのよ。」

「そっか…。分かった。じゃぁ私とブリティでちゃんと話してくるね!」

「お願いするわね。注意点は…そうね。余計な依頼もまとめて受けない。っていう所かしら。」

「んん…?分かった!気をつけるっ。」

「まぁ、話してみれば分かるわよ。頼んだわ。」


 何かを思い出して疲れ気味の笑みを浮かべるクルルの姿に、不安感を覚えざるを得ないミリアなのだった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 武士魂というイベント団体が拠点とする建物は白金の都の最南端にあった。


「うわぁ…凄いね。」

「時代錯誤にゃ。」


 初めて都会に出てきた田舎者みたいに口を開けて見上げるミリアとブリティ。2人の前には五重塔が聳え立っていた。


「前から何なんだろうとは思ってたけど…まさか武士魂の本部だなんてねっ。」

「ホントだにゃ。興味はあったけど、怪しい匂いがプンプンしてて近寄らなかった…ある意味聖域にゃ。そこにこれから入ると思うと、ゾワゾワにゃ。」

「だね。気を抜かないで行こうねっ!」

「にゃ!」


 改めて気合を入れた2人は武士魂本部へ突入して行く。

 その結果…ミューチュエルの名前を伝えたらすんなりと通され(しかも途轍もなく丁寧な対応)、気付けば代表の部屋で鎧塚玉緒が外出から帰って来るのを座布団の上で正座をしながら待っているのだった。

 因みに待っているのは五重塔の最上階である。

 微妙な緊張感の中待つ事15分。部屋の外から足音が聞こえたかと思うと、スッ…と麩が横にスライドして開けられた。

 そして、そこから顔を出したのは…黒人だった。黒髪のドレッドヘア、左頬の縦3本の傷痕がマフィア感を演出する強面黒人様の登場である。


(もしかしてコスプレ団体は仮初めの姿で、真の姿は白金の都を牛耳る巨大マフィア…!?)


 何も知らずに悪の組織の中枢に乗り込んでしまったミリアとブリティ。

 だが、これは逆にチャンスとも言えるのではないだろうか。目の前にマフィアのボスがいるのだから。

 今この場で捕まえれば…白金の都に真の平和が訪れるのだ。

 怯んでいる暇はない。臆している暇もない。必要なのは勇気。そして、戦う決断力。

 ミリアとブリティは目線だけで互いの意思を確認すると…先手を打つべく動き出した。


「よぉく来てくれぇまぁした!ミューチュエルのミリィアにブゥリティィ!待ってぇいたんーだぁよ!」


 そして、鎧塚玉緒の台詞を聞いて動き出す前に力が抜けてしまう。

 緊張感ゼロ。そのフレーズが最適な話し方で笑う鎧塚玉緒だった。



 約5分後(ブリティとミリアは何故か状況を飲み込むのに時間が掛かってしまった。)。

 落ち着きを取り戻したミリアとブリティは、正面で胡座をかいて座る鎧塚玉緒から依頼の詳細について聞いていた。


「つまぁりだぁよぉ?ある人ぉが展示ぃするぅぅコスプレ品を守ってぇ欲しいぃ訳なんだぁよぉねぇ。」

「分かりました。具体的にどこに展示されてるんですか?」

「それはぁねぇ…まだぁなんだぁよ?」

「えっ?」


 鎧塚玉緒は細身の肩を縦に揺らして笑った。


「はぁっはぁっはぁっ!」


 何故か興奮しているように聞こえる笑い声である。


「それはぁねぇ、これかぁら展示されるぅんだぁよ!俺ぇ達が開催ぃする武士魂は永遠に!でぇね!」

「武士魂は永遠にって…あのイベント?」

「おぉぉおお!?知ってるぅね?そうだぁよ!あの、都圏最大級のイベントだぁよぉ!最高のイベントぉにぃは、最高のコスプゥレが用意されるべきぃだろぉ?」


 目を輝かせて話す鎧塚玉緒は、まるで夢を語る子供のようだった。

 団体の代表を務める位だ。並々ならぬ思い入れがイベントにあるのだろう。


「えーっと…分かりました!そうしたら、その守る物が何なのかを知りたいのと、イベント会場の見取り図を見せて欲しいです。」

「おぉお?それじゃぁあ、依頼をぉ受けぇてくれぇるぅのかい?」

「うーん…受けても良いのかなって思ってはいるんですけど…。」


 悩む様子を見せるミリアを見て、鎧塚玉緒はポーンと手を叩いた。


「なぁるぅほど!つまぁり、今回の依頼にぃ何ぃか裏の目的が無いのか….をぉ疑ってぇいるわけですぅね?」


 躊躇なく核心を突く言葉にミリアは目をパチクリとさせてしまう。


「あ、えっと…まぁそうなんですが。」

「それぇなぁら良い考えがぁありますぅよ?」

「良い考え?」

「はぁい!護衛品をぉ輸送するぅぅ所かぁら護衛していただぁいてぇ良いでぇす。そうすれぇば実物も見れまぁすよ?」


 確かにそれなら現地に行く前に護衛品が何なのかは分かる。当日になって予想外の物を守らされる事になるよりは格段に良いだろう。


「それなら…。」

「こぉれぇが最良だぁと思うのでぇす。しかも!輸送のぉお手伝ぁいをしてもらえるなぁら、お食事は私が用意しますぅ!」

「お、お食事にゃ…!?」


 ミリアの隣に座るブリティが小さく呟いた。因みに、鎧塚玉緒が苦手なのか…ブリティは借りてきた猫のように大人しい。

 そのブリティを見て鎧塚玉緒はニカッと笑う。黒人が笑うと白い歯がより素敵に見えるのは何故なのだろうか。


「どうでぇすか?ブリティさんの好きぃな煮干しも用意しぃますよ?」


 悪く無い条件だ。

 しかし、ミリアは心の奥底でどこか引っかかるものを感じていた。

 なんだろうか。疑わしい所は無いのに釈然としないのだ。


(うーん…分からないっ!このまま依頼を受けても良いと思うんだけど、クルルならもうちょっと違う話になりそうなんだよね…。)


 どうしても決断出来ない。

 そんな時である。

 隣に座るブリティがピッと手を挙げた。


「どうしまぁした?」

「聞きたいことがあるにゃ!煮干しさんはどんな煮干しさんにゃ?」

「へ…?」


 突拍子も無い質問に鎧塚玉緒は困惑の表情を浮かべた。彼からしたら、煮干しは全部煮干しなのだろう。


「誤魔化してもダメにゃ!荷物を運んだらどれだけの煮干しをくれるにゃ?」

「いぃやぁ…煮干しは煮干しぃだぁよぉ。」

「分かってないにゃ!煮干しさんにもランクがあるにゃ!さては…玉緒は料理をしないにゃ!?」

「あ…。」


 ブリティの煮干し攻撃を聞いていたミリアはクルルの忠告を思い出す。


「そうだよね。あの…。」

「なぁにぃかなぁ?」

「護衛品を輸送するのは良いんですけど、その対価に何を貰えるんですか?」

「だからぁそれぇは食事をぉだぁね?」

「ちょっと待ってください。そもそも護衛が必要な品を輸送するんですよね?そうすると、輸送にもそれなりのリスクが生じると思うんです。それこそ護衛だけの料金の2倍は貰わないとダメだと思いますっ!」

「に、2倍だぁね?」

「はい。」

「待つにゃ。お金より煮干しにゃ。」

「ブリティ…お金を貰えれば自分の好きな煮干しを買えるでしょっ?」

「はっ…!?そうだったにゃ!金を寄越せにゃ!」


 何故か脅迫みたいな流れになっていく。

 そして、鎧塚玉緒はやれやれという風に肩を竦めた。


「これはぁ私の負けでぇすね。」

「あれ?」


 思ったよりもいさぎのよい諦めにミリアはやや肩透かしをくらってしまう。


「私ぃは話をやや煙に巻きぃなぁがら、自分が得をすぅる交渉をモットーにぃしていぃるのですが…、逆ぅに脅迫みたぁいになるぅのはぁはじめぇてぇでぇすぅねぇぇぇ。」


 語尾の伸ばしのせいでイマイチ台詞が頭に入ってこないのは…スルーしかないだろう。


「じゃぁ、護衛品が何なのかを事前に見せて貰えるんですか?」

「そぉれは出来なぁいですね。何故なぁら、その品が展示されぇることぉが事前に情報としぃてぇ流れぇたらぁ、問題なのぉでぇす。


(つまり…相当有名な物とか、有名人が持ってる物って事なのかな…?)


 鎧塚玉緒の台詞から色々と勘ぐるミリアだが、玉緒の様子から察するに事前に聞くのは難しいだろう。

 ならば…と条件を提示する。


「じゃぁお願いがあります。私達がその品を護衛する場所の見取り図と、護衛品を置く場所。当日予定している警備員の配置予定図をもらえませんか?」

「これはぁこれぇは、その話に戻ってこれるとは…。まぁいいでぇしょう。後程部下にミューチュエルへ届けぇさせぇまぁしょ。」

「ありがとうございますっ。それでは依頼を受諾させて頂きますね。しっかり護衛します!」


 ふんっと腕に力瘤を作るポーズを取ってみせるミリアを見て、鎧塚玉緒はクスクス笑う。


「ふっふぅっふぅっふぅっ!面白いぃでぇすね。では、イベント当日は最高の時間を過ごしてぇ下さぁいね。」


 こうして、依頼『コスプレイベントの超レア品を護衛せよ』の受諾が決まったのだった。


 だが…。


 ミリアとブリティはまだ知らない。この依頼が護衛だけで終わらない事を。


 そして、ミリアとブリティは気づいていなかった。この依頼の詳細についてほとんど何も聞かないまま、受諾を決定してしまった事を。

 玉緒が言った「最高の時間」。その意味も理解していなかった。


極秘依頼『コスプレイベントの超レア品を護衛せよ』…開始である。

鎧塚玉緒の話し方…読みにくいですね。

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