16-3-6.力
最初は意味不明な言葉の羅列だった。
「…さと……はつぎ……ウケた……して…….ノカ?」
其れは目の前に立つブリティを通り越してミリアを凝視していた。靄のような存在で顔のパーツもない其れだが、見られているという感覚は確かだった。
そして、其れは次第に言葉を明確にしていく。
「………カクゴは……あるノか?」
「………覚悟?」
何の覚悟だろうか。
今、ミリアとブリティは部屋の中央に置かれた白い球体を壊そうとしている。それがこの屋敷の心霊現象を引き起こしていると考えているからだ。
その白い球体の前に立ちはだかった其れは…白い球体を守ろうとしているのだろうか。壊す事で何かが引き起こされるというのか。
もしかしたら、心霊現象を引き起こしているのでは無く…何かを抑えている魔道具なのかもしれない。
だとすれば…ミリア達は選択を間違いそうになっていたのかもしれない。
だが…それでは何故其れはミリア達の前に現れたのか。
白い球体を守る為か。ミリア達を守る為か。それとも別の目的があるのか。
「……オ前は…さ…のケイ承しゃ。」
ピクリ。とミリアの肩が反応する。ブリティは…首を横に傾げていた。
「何を言ってるか意味不明にゃ。」
「……。」
ミリアは反応しない。
其れが何を言おうとしているのか…何を言うのかを見極めるかのように、静かに其れを見ていた。
其れはゆっくり片腕を上げる。その腕…手が指し示すのは…やはりミリア。
そして…。
「オ前は…里のケイ承しゃとして…カク悟はアるのか?」
「…。」
「ミリア、どういうことにゃ?」
純粋に意味が分からないという顔をしたブリティは首を傾げて困っている。
戦うのかと思っていたら、問いかけをされたのでどうしたら良いのか判断がつかないのだろう。
「里の継承者…。あなたは誰?どうして里について知っているの?」
そしてミリアは其れの質問に質問で返す。
だが、其れは揺るがない。
「覚悟はアルのか?」
其れが問うのは覚悟。
しかし…。
ミリアは首を横に振るしか出来なかった。
「あなたが私に覚悟があるのかを聞きたいのは分かるよ。でも、私は…里の継承者がどんな覚悟が必要なのか分からないの。だから答えられないよ。」
ジジっと其れの姿にノイズが入る。…と、突然其れの言葉が明確なものに変わった。
「ならば、里の力について知るのだ。そして、その力が意味するところを知り、受け入れるのか、立ち向かうのか、逃げるのか…それを決めるが良い。継承者…因子を持つ者としての責務と覚悟を決めた時、再び問おう。」
「えっ。ちょっとそれって…。」
しかし、ミリアが問いかけようとする前に其れは霧状の体を霧散させて消えてしまった。
「…どういう事にゃ?」
「……詳しくは後で話すね。先ずはあの白い球体を壊そう。」
「むむぅ。気になるけど分かったにゃ!先ずは幽霊を退治するにゃ!」
切り替えの早いブリティは腕をブンブン振り回しながら球体へ近付き、真上からサンドクローを突き立てた。
金属が叩かれるような甲高い音が響くと、白い球体の全面にヒビが走り…砕け散った。
「あ…。」
「うにゃ。」
白い球体が砕け散った瞬間に、ミリアとブリティは顔を見合わせる。それは不吉な事が起きたからではなく、屋敷に漂っていた嫌な雰囲気が消え去った事を感じ取ったからである。
「もう幽霊は出なさそうだねっ!」
「にゃ!これで一安心にゃ。」
ホロっと笑顔を零す2人である。
この屋敷に入ってから、心霊現象としか言いようのない体験を立て続けにしていた為に、普通の状態という事の嬉しさを思わず噛み締めていた。
「アタイの心霊グッズ…ひとつも使わなかったにゃ。」
「あはは。でも、無事に解決したから良いんじゃないかな?」
「だにゃ。この購入資金は依頼解決の必要経費にしてみせるにゃ…!」
「ブリティ…。多分それはクルルが許してくれないと思うな。」
「…!そんにゃ…!!!???」
地面に両手を落として大袈裟に項垂れるブリティなのであった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その後、ミューチュエルにて緊急会議が開催された。
会議のお題は「幽霊がミリアに言った事について」である。
ミリアとブリティから依頼の報告を受けたクルルは顎に手を当てながら静かに頷いた。
「そう…。その屋敷で起きた心霊現象は不思議ね。何故そんな事が起きたのかが分からないわ。ループする部屋に、追いかけて来た何か。その他諸々が不思議ね。」
「本当にゃ。怖すぎて禿げるかと思ったにゃ。」
「その時は抜け落ちた髪は全部集めておいてね。売るから。」
「ひぃっ!クルルは仲間の不幸もお金に帰る亡者にゃ!?」
「ふふっ。冗談よ。」
「クルルが言うと冗談に聞こえないにゃ!」
小さく笑ってミリアとブリティの雰囲気が柔らかくなる。
「それにしても…里の継承者について幽霊が言ってくるなんて信じられないわね。」
「それにゃ!どう言う事にゃ?」
「ミリア…いいの?」
「…うん。ブリティは私達の仲間だから。」
「そう…。」
ミリアの返答に頷いたクルルは、立ち上がると本棚から1冊の本を取り出した。
そして、自身の席に戻ると本をパラパラと捲り、1枚の古い紙を取り出す。
「昔、私が偶然手に入れた古代文献の1ページよ。」
「どれどれにゃ。………難しいにゃ?」
「…そう言うと思ったわ。」
因みに、古代文献に書かれていたのは以下の内容である。
『世界を護る力。私は其れについて調査を続け、その真実に辿り着いた。世界を護る力は1つの圏に集約されている。其れ等が揃う時に真の力が顕現する。』
何とか文章を読み切ったブリティは、首を傾げる。
「つまりにゃ…この護る力とミリアが言われた里の継承者に関係があるのにゃ?」
「そうね。…いえ、正確に言うと関係があるというよりも、護る力こそが里の継承者が操る力と言うべきね。」
「それ…かっこいいにゃ!自慢出来るにゃ!」
テンションが上がるブリティだが、ミリアは複雑な表情で首を横に振る。
「それがね、それだけじゃないんだ。これを見て。」
ミリアが取り出したのは、もう一枚の紙だった。
「…これ、マジかにゃ?」
そこに書かれている文章を四苦八苦しながら読んだブリティは目を見開いてしまう。長々と書かれた文章は良いとして、最後の一文が衝撃的だったのだ。
文章は以下の通り。
『長き困難な旅の果てに辿り着いたのは里。そこは古より存在する者達の住まう星である。そこで私は知った。護る力が5つに分かたれている事を。5つの力は里の力と言えよう。そして、力は因子と言われ、因子を有する者が継承者である。不思議な事に力は因子だけでは顕現しないようである。継承者が力を顕現する鍵となるのが幻創武器という存在だ。だが、既に里には存在していない。では何処に行ってしまったのか。私は旅の中で探そうと提案したが断られた。疑問だった。幻創武器は里にとっての宝ではないのか。そう思っていた。しかし違った。嘗て幻創武器は5つ存在していた。だが、新なる存在が現れた事で旧と呼ばれるようになったらしい。旧新は似て非なる物。だが、辿り着く力は同じ。違うのは在り方と回路。世界が変わる時、旧に対抗する物として生み出された新も大半が行方不明だ。これでは幻創武器の存在意義が無いのではないか。そう考え、説得しようとする私に彼は首を横に振る。理由は言わない。不満だけが募っていった。だが、それは私の浅はかな考えだったのだ。長き時間を掛けて私は知る事になった。世界を護る力は、同時に世界を滅ぼす力である事も。故に私は願う。力が集まらない事を。永遠に出会わない事を。この世界の平穏が永遠に続く為に。』
ブリティの問いかけにクルルとミリアは頷く。
「私も詳しいことは分かっていないのだけれど、ミリアの力が普通ではない事はブリティも分かってるわよね?」
「それは分かってるにゃ。ミリアの力は強くて優しいにゃ!」
「えぇ。そしてミリアの武器の名前と、あの固有技名。文献にある5つの里は神、魔、龍、獣、鳥と言われているわ。」
この説明を聞いて、ブリティもやっと理解したのだろう。両手を口に当てて「気付いてしまった」的な表情をする。
「大変にゃ!悪者がミリアを狙うかもしれないにゃ!」
頷くクルルは人差し指をピンと立てる。
「それだけじゃないわ。強大な、稀有な、惹きつける力は善悪を問わないのよ。時にそれは信仰の対象にもなり得るわ。宗教の象徴にしたい、新世界の導き手…そんな思惑を持った人達の標的にならない為に、これまで人前で力を使わないようにしていたの。」
「でも、そうすると今回の依頼も前回の依頼も見られた可能性があるにゃ。」
「うーん。サリーちゃんの時は多分大丈夫だと思うよ。でも今回は…そうだね。骸骨を誰かが操ってたとしたら見られてたかも。」
腕を組んで記憶を辿るミリア。
それを聞くクルルは隣で深く頷いた。
「そうね。見られたと考える方が妥当だと思うわ。それに…。」
一旦言葉を区切ったクルルは周りを見回して窓が開いていない事を確認する。
「それに、あの屋敷に置かれていた白い球体…恐らく霊寄石ね。それを誰が置いたのかも分かっていないわ。」
「うん…。いきなりいなくなっちゃった老夫婦の行方も結局分かってないよね。」
「そうね。霊寄石を壊した事で、屋敷の心霊現象が無くなれば依頼は解決になるけど…ちょっと気持ち悪い終わり方ね。」
この後数日間、呻き声などが聞こえないかの確認は必要だが、それさえ終われば依頼達成になる。
だが、クルルの言った通り…依頼に関わる幾つかの情報自体が未解決。
なんとも言えない不快感がミリア達の感覚を刺激するのだった。
 




