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Colony  作者: Scherz
第七章 古代文明と世界の理
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16-3-3.怪奇現象

 振り向いたミリアの視界には広めのリビングが映っていた。灰色に汚れた窓から僅かに差し込む月明かりが部屋の中を青く照らしている。異常な事態に見舞われた今、月明かりという光ですら心に安堵を齎す材料のひとつになっていた。


「ブリティ…?」


 居なかった。

 …ブリティの姿が消えていた。部屋に飛び込んだ瞬間には居たはずなのに、ドアを閉めている数秒の間に消えたのだ。消えた気配すら感じ取る事が出来なかった。


「ど、どうしよう…。」


 部屋の中は…静かだ。廊下で襲われた事実が嘘だったかのように静まり返っている。

 リビングはシンプルながら趣味が良い事を伺わせる調度品が置かれていた。革張りのソファーと脚の装飾がお洒落なテーブルが部屋の中央に配置され、壁には花畑に立つ少女の絵画が数点飾られ、本棚には難しそうなタイトルの本がギッシリと詰まっている。

 そして、ミリアのいる場所から見て反対側と右側の壁にはドアがあった。


「……探さなきゃ。」


 つい先程まで襲いかかってきた幽霊?は居なくなっている。コケシの頭は、壁から突き出した手は…真っ白な顔の何者かはなんだったのか。本当に存在しているのか、この世に在らざるものなのか。

 …それとも、恐怖心による幻覚なのか。

 静寂が静寂であるが故にミリアの心へ牙を剥く。


(怖い…。)


 指先がピリピリし始める。恐怖が感覚を鋭敏にしているのだ。


「うぅ…行こう…。」


 足音を忍ばせながら歩き始めた。無意識に腕を組むようにして両腕を摩りながら。

 ミリアが恐る恐る選んだドアは、右側の壁に設置されたドアだ。触れたドアノブは冷たく、回すことを躊躇わせる。だが、ここで進まなければ何も変わらない。ブリティを見つける事も出来ない。


 ガチャリ


 力を込めて回したドアノブが鈍い音を立てる。

 ゆっくりと開くドアに合わせて隣の部屋が見えてくる。

 そして…戸惑いがミリアに小さい声を漏らさせた。


「……え?」


 同じ部屋だった。開けたドアと反対側の壁に設置されたドアから、同じ部屋に再び入ったのだ。

 しかし、今自分が入ってきた部屋には、今自分が入ったドアは無かったはず。となると…全く同じ部屋が横並びになっているのだろうか。

 静寂は変わらない。

 …いや、違う。今ミリアが入ってきたのは窓だった。ドアを開けて窓から入ってきたのだ。それとも、窓の中央にドアが現れたのだろうか。


(窓の向こうは…外だよね?)


 今、この部屋にある窓はひとつ前の部屋の壁に隣接しているはずだった。そうでなければドアから入ってきた意味が分からない。

 それなのに、窓からは外が見えて月明かりが薄っすらと差し込んでいる。部屋など存在していない。

 つまり、ミリアが入ってきたのは窓という事に…。


「ドアが…無い?」


 振り向いたミリアの目にドアは無かった。あるのは外の見える窓だけ。


(部屋がループしてるのかな?って事は…空間系の魔法?)

「フフ…。」

「誰!?」


 鼓膜を刺激した笑い声へ瞬時に反応するが…部屋にはミリア以外の誰もいない。

 誰かが、何かが潜んでいるかもしれない。

 部屋の中をゆっくりと見回していく。

 そして…ミリアはふと違和感を覚えた。


(部屋が…狭くなった?…ん?)


 小さな違和感だった。実際に部屋が小さくなった感じがするというよりも、何か圧迫感が増したかのような…微妙な差。


 カラン


「きゃっ!」


 悲鳴をあげて音がした方を見ると…テーブルの上に置かれた万年筆が倒れていた。

 いや、違う。万年筆なんてテーブルの上には無かった。

 無かった万年筆が現れてテーブルの上に落ちたのだ。誰が置いたのか。それとも万年筆が現れたのか。月明かりを反射する万年筆は、不吉な象徴のように不気味な存在感を放っている。


「……。」


 口を閉ざしたミリアは静かにテーブルから顔を背け…先程とは別のドアに手を掛けた。そして、ゆっくりと押し開けて中に入る。


「…やっぱり同じ部屋。」


 同じ部屋なのだが…テーブルの上に倒れていた万年筆は消えていた。

 その他は前の部屋と同じ…。後ろを振り返れば入ってきたドアはなく、後戻りする事も叶わない。

 部屋を見回す。何かが違っていた。2つ目の部屋に入った時と同じで小さな違和感。しかし、確実に何かが変わっているという…確信めいたものがミリアの中にはあった。

 それを見つけられれば良いのだが。

 観察をする間、部屋の中に変化は無い。

 変な笑い声も、ものが倒れる音も、ドアを何者かが叩く音も、万年筆が現れる事も、こけしの頭が落ちる事も、手が壁を突き破る事も、青白い顔をした何かが現れるとこも、日本人形が動く事も…無い。

 …………。今、おかしな単語が出なかっただろか。

 ミリアは自分の思考に入り込んだ異常に気付かない。気付けない。

 ソファーの中央に置かれた日本人形の顔がミリアの方を向いていた。着物を着せられたおかっぱ頭の人形は、七五三の娘だろうか。愛くるしい顔の口元は薄っすらと微笑んでいるようにも見える。


「フフ…。」


 小さな笑い声がまた聞こえた。

 部屋には誰もいない。

 だが。

 ミリアの視線は日本人形に向けられていた。


「フフ…フフフ。」


 口元が…裂けるような笑みに変わっている。

 可愛らしく、狂気的な笑み。

 しかも…なぜかミリアはそれを異常と感じなくなっていた。それが普通。それでこそ。

 何故か恐怖心が消えたミリアは…日本人形の笑い声に送られながら…無表情に次のドアを開ける。まるで導かれるように。意思のない虚ろな瞳は何も映さない。

 ドアの先に広がるのは…同じ部屋だ。笑い声も何も無い部屋。

 腕をダランと下げたミリアは、静かに佇んでいた。

 無表情に、静かに、ただ、ただ、立っていた。


 …ふと変化が起きる。

 壁に掛けられた絵が動いたのだ。

 花畑に立つ少女が描かれた絵画。その数は全部で4点。どれも同じ構図で描かれているのだが、花畑の色が違った。

 赤、青、白、黄色。それぞれの花畑と同じ色をしたワンピースを着た絵の中の少女が…近寄って来る。

 一歩。一歩。一歩。

 体を横に揺らしながら近寄る少女は…目に穴が空いていた。真っ黒な空洞。描かれなかったのか…くり抜かれたのか。

 少女は絵の縁に手を掛ける。

 そして部屋の中央に無表情で立つミリアへ顔を向け…奇声を上げた。


「キィィィイいいいいァァァァァァ!!!」

「ああアイァァァァァァああああ!!!」

「ウゥゥゥゥゥゥァあああアィァァァイアイアああ!」

「ギャァァァアウアイアアアィァァァァァァ!!」


 重なり合う奇声が不協和音を奏でる。

 絵の中の少女の目から血が流れ落ちる。


 これだけでは終わらない。

 ミリアの前に…其れが現れた。

 其れは不確かな存在だった。輪郭も曖昧で、いるようでいない存在。しかし、人の形を成してそこにいると認識できる存在。

 其れを前にしたミリアは目を瞬かせる。虚ろな瞳から意思のある瞳へ戻る。


「あれ…私…えっ、何この声!?」

「…か?」

「ん?えっ!?君は誰?」


 其れの存在に気づいたミリアは問いかけるが、其れはゆらゆらと揺れるばかり。何かを話しているような気もするが、絵の中の少女の奇声に掻き消されて聞き取る事が出来ない。


「お…えは………か…ご………のか?」

「え…なに!?………うっ……。」


 必至に其れが発する言葉を聞き取ろうとするが、ミリアの頭を急に頭痛が襲う。頭が割れるような感覚にミリアは頭を押さえてしゃがみ込んでしまう。

 もう何が何だか分からなかった。

 何故こんな辛い目に合わなければならないのか。


(もう……無理………。)


 ミリアの意識が途切れる。

 突然電源が落ちるように。


 プツン…。……と。

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