16-3-2.お化け退治の準備
お化け?屋敷を一旦離れたミリアとブリティは、屋敷調査を行う為の買い出しに雑貨屋を訪れていた。因みに、発案者はブリティである。
「あったにゃ!塩にゃ!お清めの常套手段にゃ!」
そう言ってブリティが持ち上げるのは食塩2kg。
「ブリティ…それは要らないんじゃないかな?」
ミリアが困り顔で応対するのには理由がある。それは…ブリティが持つ籠の中身だ。
懐中時計、お清めの塩(食塩)、般若心経の読本、水晶(球状)である。
「確かに私もお化けは怖いけど…ここまで揃える?」
「何を言っているにゃ!お化けが苦手なものを揃えないと呪われるにゃ!そしたら人生終わりにゃ!」
「確かに呪われたら困るけど…。」
「まだまだにゃ!備えあれば憂いなしにゃ!」
そう言って買い物カゴを持ったブリティは走り去ってしまう。
「…んー、まぁ…いっか!」
深く考えても、屋敷を訪れることに変わりはないので、ミリアはのんびり待つ事にしたのだった。
「あそこのアイス屋さんって雑誌で人気のお店だ!買いに行こうっと!」
素早く思考を切り替えたミリアは人気のアイス屋に行き、3段アイスを注文して舌鼓を打つ。イチゴ、チョコ、ミントの組み合わせだ。
そうやってのんびり過ごしていると、1人の老紳士が近づいてきた。
「もし、お嬢ちゃん。」
「はいっ、なんですかおじーちゃんっ?」
元気に返事をするミリア。そんな彼女の姿を細めた目で眺める老紳士。
「元気で良いのぅ。どれ、ちょっと隣に座っても良いかな?」
「勿論ですっ。人混みを歩いていると疲れちゃいますよね。大丈夫ですか?」
今いる雑貨屋は人気店。その為、平日や土日を問わずに沢山の人が訪れている。実際問題、気をつけて歩かないと買い物カゴを持った人に当たりそうになる事もしばしばだ。
そんな状況を鑑みて気遣いの言葉を掛けるミリアを見て…老紳士は小さく笑う。
「ふふ…優しいのぅ。」
ミリアの隣へ静かに座ると、老紳士は声を潜める。
「お嬢ちゃん。連れの娘さんが心霊グッズを買い物カゴに沢山入れていた気がするんじゃが…もしかしてあの屋敷に行くつもりかな?」
「えっ?おじいさん…あのお化け屋敷の事を知ってるの?」
「勿論じゃ。元々子供達が良く遊んでいた庭じゃからの。その家にお化けが出るという話は心配なんじゃよ。」
「そうですよね…。」
「じゃが…。」
と、ここで老紳士は一旦言葉を切ると…隣に座るミリアの目を見つめる。
「悪い事は言わん。屋敷に入るのはやめておきなさい。」
「えっ?」
お化けの謎を解明してくれと言われると思っていたミリアは、老紳士の言葉に目を瞬かせた。
「この歳まで生きておるとな、色々な情報が耳に入ってくるんじゃよ。正直、あの屋敷に関わる事は勧められんのぅ。」
「…でも、近所の子供達が困ってるんです。」
「その気持ちは分かるんじゃが…命を落としてしまっては元も子もないじゃろう?」
「命って…?」
物騒な話だった。お化けの真相を確かめるだけなのに、命を失う可能性があるのだろうか。
「ミリアー!遂に見つけたにゃ!これがお化けを浄化するお札にゃ!」
「あ、ブリティ!」
高速で走り寄ってきたブリティは目をキラキラ輝かせていた。
「このお札を背中とお腹に貼っておけば、前から襲われても後ろから襲われても守ってくれるに違いないにゃ!」
「う、うん。そうだね。あのねブリティ…隣のおじーちゃんが屋敷について何か知ってるみたいなんだ。少しお話聞いてみない?」
お化けを怖がっているからこそ、より情報を集める必要がある…と考えたミリアだったのだが、ブリティはミリアの隣を見ると首を傾げたのだった。
「ミリア…隣に誰もいないにゃ?」
「え…!?」
パッと横を見ると…確かにそこには誰も座っていなかった。まるで、元から誰も座っていなかったかのように。
「ミリア…疲れてるかにゃ?」
心配した様子のブリティがミリアの額を触って熱を確かめ始めるが、ミリアはそれに反応する事すら出来なかった。
(え…今のって…もしかして幻覚?…もしかして……お化け?)
見てはいけないものを見て、そして話してしまったという恐怖がミリアの心を支配する。
果たして今の老紳士は、本当に存在する人間なのか。はたまた人間でない何かなのか。
その答えは…まだ出ない。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ジジ…!
空間がブレる。
ジジ…。
其れは現れた。
誰かが喚んだ訳でもない。しかし、必然として現れた。
原因はある。現れる場が整っていたのだ。そして、時が満ちたのだ。
時は…限られている。故に、其れは意思を持って動く。
問う為に。導く為に。守る為に。
其れが求めるのは…。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
雑貨屋でブリティ厳選の除霊グッズを買い漁った日の夜。
何でも屋『ミューチュエル』のミリアとブリティは再び例の屋敷の前に来ていた。
ミリアはいつも通りの服装。
ブリティは背中に大きなリュックサック(中身がパンパンに詰まっている)を背負っていた。雑貨屋で買った物だけではそこまでパンパンにならないはずなので、その後にも何かしらの除霊グッズを買い込んだのだろう。
(何を買ったのか聞いたら…グッズ説明に時間がかかって今日は屋敷に入らなくなっちゃいそうだから、何も言わない方がいいよねっ。)
という事で、ミリアはリュックサックの中身については触れない事にしていた。
「いよいよにゃ…。」
「うん…。」
言い知れぬ緊張感が2人の間には漂っていた。
ブリティがお化けを怖がっているのは勿論、ミリアも得意という訳ではない。出来ればお化けなんかに会いたくないというのが本音である。
暗くなった夜空の下で静かに佇む屋敷は…お化けが本当にいるのだろうかと思う程に静かだった。時折通り過ぎる風に揺られて庭にある木々が揺れる音だけが聞こえてくる。
本来はもう少し人通りがあっても良いはずなのだが、お化けがいるという噂が広まっているせいか…誰1人とて通る者はいなかった。
「ブリティ…行こう!行くしかないっ!」
「うぅ…分かったにゃ。」
中々動けずにいた2人だが、ミリアが振り絞った勇気にブリティも呼応する。
そして…ミリアは鉄で出来た門に手を当ててゆっくりと押し開けていく。
ギギギギギ…。
と、錆びた金属の擦れる音が響き…。
ガッシャァァァァン!!!!!!!
というガラスの割れる大きな音が響き渡った。
「ひゃっ!?」
「うにゃにゃにゃにゃ!???」
ピョンっと跳ねて驚くミリアとブリティ。ブリティに関しては地面に這いつくばって辺りをキョロキョロと警戒する有様だ。
「何にゃ誰にゃ何事にゃ!?」
もうパニック状態である。
ミリアも、と思いきや…。
「今の…おかしくないかな?」
「何でにゃ!?」
「だってさ、私達が門を開けるのを狙ったみたいなタイミングだったよ?」
「それはお化けがアタイ達の事を監視してるからにゃ!」
「そうかもだけど…うん。中に入ろっ。なんかね、怪しい感じがする!」
「な、なんでこうなるにゃ!?ミリアの怪しいセンサーがここで発動するにゃ!?」
と、急にスイッチが入ったミリアに引きずられてブリティは屋敷の敷地内に入る事になるのだった。
正面玄関に行くまでの道中、ミリアは庭の様子を確認したが…特に何も異変はなかった。むしろ手入れがされていた頃は広くて綺麗で、子供達にとっては最高の遊び場だったに違いない。という感想を抱くくらいにはステキな庭である。
…正面玄関に到着する。
「よし。中に入るよ?」
「もう…好きにするといいにゃ。アタイは後ろを付いていくにゃ…。」
完全にスイッチが入ったミリアを止められないと諦めたブリティは、項垂れながら促すのだった。
ミリアは力強く頷くと、木造りのドアに手を掛けて押しあける。目に飛び込んできたのは、慎ましい雰囲気の玄関だった。人が10人くらいは入れそうな広さだが、豪華絢爛という雰囲気は一切ない。
まるで住んでいる人が本当に慎ましやかな性格をしていたのでは…と思える造りだ。
右手にある下駄箱には数足の靴が綺麗に置かれているが、埃を被り、蜘蛛の巣も張っている。
「誰も…いないみたいだね。」
「だにゃ。」
玄関の先には廊下が伸びていて、左右に数メートル感覚でドアが設置されている。
事前に聞いた情報では、この廊下の突き当たりにあるドアの先に老夫婦が住んでいたリビングがあるはず…である。
ミリアとブリティは視線を合わせると頷き合い、暗い廊下をゆっくりと歩き始めた。
廊下の窓ガラスは埃まみれで曇り、外の様子を見る事は出来ない。廊下も大分痛んでいるのか、足を乗せる度にギィッという音が廊下に響く。
横にあるドアからドンッ!!!…という音がいつするか分からないという恐怖感が絶え間なく襲ってくるが、それでも気丈に2人は歩み続けた。
廊下の半分程を進んだ時だろうか。
コトン
そんな小さい音がしたのは…後方だった。
ビクッと反応して動きを止めたミリアとブリティは、前を向いたまま…。
「ミリア…見るにゃ?」
「…うん。一応ね。」
そうして2人がゆっくりと後ろを振り向くと、そこにはコケシの頭が落ちていた。
そして…その少し上に…真っ白な顔をした何かが…いた。
「………し………………ぬ……。」
メキ…メキ…。
更に木が押されて歪む音が響く。
バキィ!!
それは…左右の扉からだった。手が…突き出てきた。真っ白で薄青い…肉の削げ落ちた手が。ミリアとブリティを狙って伸びる。
「わぁぁぁ!!!!」
「無理にゃ死ぬにゃ祟られるにゃ!」
ミリアとブリティは…全力で廊下の突き当たりに向かって走った。
リビングまで行ければ…そんな思いが2人の足を突き動かしていた。
ヒタ…ヒタ…ヒタ…。
足音が後ろから迫ってくる。
その正体が何なのか。確かめる余裕も無かった。
ブリティは廊下の突き当たりにあるドアへ体を丸めてタックルし、部屋の中へ飛び込んで行く。
コンマ数秒遅れてミリアもドアを通り抜け、急停止を掛けながらドアをバァン!と閉じて近くにあった棒をつっかえ棒にする。幽霊相手に効果があるのか…という判断が出来るまともな思考回路は残っていなかった。
「はぁ…はぁっ…。」
再び静けさが戻ってくる。聞こえるのはバクバクと脈打つ己の心臓の鼓動だけだ。
今しがたまで襲ってきた得体の知れない存在が奏でる奇音が聞こえなくなっただけで…安心感が違った。
(…あれ?)
ふと、気付いた。
静か過ぎた。
確か、ミリアよりも先にブリティが部屋の中に飛び込んでいた筈だ。
そのブリティはどうした?いつもなら「怖かったにゃ!死ぬかと思ったにゃ!今すぐ帰るべきにゃ!」みたいに喧しい筈なのだが…。
(もしかして…。)
嫌な予感がミリアの脳裏を過る。
ミリアはゆっくりと…後ろを振り返った。
「…えっ…?」
そこには…。




