16-2-7.依頼『サリーちゃんを探せ』後日談
黒いフレンチブルドッグがサリーちゃんだと思って探していたが、実際はその犬がサリーちゃんで、一緒に写真に写っていた美少女が愛子様の若かりし頃だと判明した翌日。
サリーちゃんを乱暴?に扱った事実から、愛子様より報復を受けるかも知れないという恐怖による心労と、愛子様のビフォーアフターの衝撃から立ち直れないブリティは…ミューチュエルに置かれたソファーの上でうにゃうにゃ言っていた。
「信じられないにゃ。人間って怖いにゃ。サリーちゃんが喋ったらアタイの人生が終わるにゃ。怖いにゃ。怖いにゃ…。」
完全に仕事にならない状態のブリティ。
「今日の依頼が偶然無しで良かったわね。それにしても…ブリティがここまで恐れるのも珍しいわ。」
ミューチュエルの帳簿整理をしながら電卓を高速で叩いていたクルルが困ったように首をかしげた。
普段から自由奔放に行動するブリティは、基本的に誰かを恐れる事が無いのだ。それなのにも関わらず、翌日になっても引きずっているのは珍しい事だった。
クルルの隣で依頼一覧を確認していたミリアは、ふと思い出したように顔を上げる。
「あ、そう言えば…愛子様がお礼に来るって言ってた気が…。」
ビクッ…と反応するのはブリティ。
「だ、だ、ダメにゃ!怖いにゃ無理にゃ勘弁にゃ!!」
しかし、ブリティの願いが通じることはなく…。
「こんにちはザマス。お礼をしに来たザマス!」
「ぎにゃー!!」
ソファーの上でくるくるくると回って意識を手放すブリティ。
「あら、今日も元気ザマス。」
「はは…。どうかお構いなく。」
苦笑いを浮かべるしか無いクルルとミリアなのだった。
来店した愛子様のテンションは非常に高く、クルルとミリアの話を聞くことなく、楽しそうにサリーちゃんの惚気話を語りまくったのだった。1時間程のサリーちゃんタイムが過ぎた頃…。
「そう言えば…昨晩、サリーちゃんの首輪が無くなってるのに気付いたザマスが、知ってるザマス?」
「んっ?首輪?」
全く記憶にないミリアは首を捻る。
「そうザマス。赤い首輪に青い宝石が付いてたザマス。」
「…宝石ですか。」
話の流れが悪い方向に進みつつあるのを感じたクルルが引き締めた顔で確認する。
「そうザマス。私も自分で買ったわけじゃないザマスから、どういう宝石なのかは分からないザマスけど…あの人が送ってきたものだから、それなりに高価かも知れないザマス。」
「…ちなみに、あの人とはどなたですか?」
「それは、……いえ、忘れるザマス。特にあの首輪が絶対という訳でも無いザマス。ただ、どこに行ったのかが何となく気になっただけザマス。」
高額な賠償を求められるかと警戒していたクルルが肩の力を横で抜くのを感じながら、ミリアはサリーちゃんを見つけた時のことを思い出していた。
「う〜ん…やっぱり見つけた時には首輪はしてなかったと思います!うん。だって見つけて、スーツの人が現れて、4人組が現れて、抱えて逃げて…。うん。やっぱりしてなかったです。」
「スーツ…?もしかして、あの人が関わって…?」
ミリアの言葉を聞いた愛子様がブツブツと何かを呟いていたが、軽く首を振ると難しい表情を消して微笑みを浮かべた。
その微笑みは、ミューチュエルに初めて飛び込んで来た時のものとは別人のようだった。鬼のような愛子様は本当はとても優しい、慈愛に満ち溢れた人物なのかもしれない。…そう思えるくらいに。
その愛子様は持っていた紙袋をトンっとテーブルの上に置いた。
「こちら、私が懇意にしているお菓子屋さんの限定スイーツザマス。素早く見つけてくれたザマスから、元々の報酬とは別にあげるザマス。あとは…報酬については、クルルちゃんと話せばいいザマスか?」
「お気遣いありがとうございます。報酬についてはそうですね。では、あちらのバーカウンターでお話でも良いですか?」
「もちろんザマス。」
愛子様が席を離れてバーカウンターを移動したのを確認すると、ミリアは愛子様からもらったスイーツを冷蔵庫に仕舞おうと持ち上げた。
しかし、ここで問題が起きた。いつの間にか愛子様への恐怖から復活したブリティが横から紙袋の中身を覗き込んだのだ。そして…
「こっっこっっこ…これは!!!伝説のスイーツにゃ!こんなにあるにゃ!奇跡にゃ!凄いにゃ!愛子様らぶりんにゃ!!!」
どうやらブリティが大好きなスイーツだったらしく、狂喜したブリティは目をハートにして愛子様へ飛びついていった。
「はっ…!?愛子様は怖いにゃ…!でも、スイーツを持ってきてくれたにゃ。でも、怖い?優しい?鬼?天使?幸せ?祟り?……もう訳ワカメにゃ〜〜〜!!!!!!!」
「はは…。」
もはやついていけないテンションで絶叫するブリティを見て、ミリアは口元をひくつかせた笑いをするしかなかった。
ひとつだけはっきりした事。それは、ブリティは愛子様と色んな意味で相性が良い…という事である。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ホント…今回はしてやられたねぇ…。」
どこかの会議室。
そこで白黒ボーダーのTシャツを来た男女4人組が座っていた。リーダー格のザキシャはテーブルに肘をついて不貞腐れた顔をしている。
4人の内3人は服が所々焦げて穴が開いていた。ザキシャは胸のあたりが3箇所程破けていて、見る人が見れば興奮しそうな格好である。
ちなみに、もう1人は土まみれだ。
「はぁ…あれだけの大口を叩いていたのに、今回の結果が散々なのは非常に残念ですね。」
心底残念そうな落胆した口調で話すのは、スーツを着た男性だ。
「あぁん?文句あんのかい?アタシ達だって万能じゃないのさ。今回は…相手が悪かったねぇ。」
ムッとした顔で反論するザキシャ。
しかし…。
「それはそうでしょう。しかし、貴女達は自分の置かれている状況を理解しているのでしょうか?私達…博愛党の直属部隊として、今回の重要任務を遂行してもらいました。だが結果は伴わなかった。これの意味する所が分からないとは言わせませんよ。」
依頼内容を説明していた時の弱腰雰囲気が一切なく、むしろ高圧的ともとれるスーツ男の言葉は…負けを喫して悔しさを噛み潰しているザキシャ達にとっては火に油を注ぐとも同義だった。
「ははぁん。私達が失敗したらそういう態度を取るのかい。あんた達だって表の組織を使えないから、汚れ仕事専門の私達を使ったんだろう?それで…失敗したらその態度ってのは気に食わないねぇ。だったらアンタが今回の依頼をすれば良かったんじゃないのかい?」
イライラした感情を隠そうともしない…むしろ敢えて表面に出した話し方をするザキシャ。
だが…次の瞬間にザキシャは自分が選択を間違った事を理解するのだった。
「分かっていませんねぇ。私は…公務で忙しい。故に貴方達に依頼したのですよ。本来であれば私が自分で向かった方が確実に任務達成が出来るんです。それなのに、公務があるとはいえ…貴方達にわざわざ依頼をした理由は、ご理解頂けますよね?」
スーツの男から発せられる雰囲気が、それまでのものと大きく変わっていた。なよなよした、頼りない男だとザキシャは認識していたのだが、今目の前に立つ男からは…異常的な力を感じざるを得なかった。
「…アンタ何者だい?ただの政治家ってわけじゃぁなさそうじゃないか。」
「それを貴方達に説明する義務はありません。それに…私が本当は何を目的として今の地位に抜擢して頂いたのかを知れば、あなた達は後戻り出来ませんよ?」
「どういう…。」
「おっと、そろそろ時間になりますね。それでは、また連絡をします。逃げずに、連絡が取れるようにしておいて下さいね。では、今回の依頼はお疲れ様でした。またよろしくお願い致します。」
スーツの男はキチッとした敬礼を披露すると、ザキシャ達に視線を合わせることなく立ち去っていった。
「…ザキシャ、あの男は油断ならねぇな。」
「そうだねぇ。もしかしたら私達よりも強いかも知れない。…ふん。気にくわないね。」
「これからどうするんで?」
「そりゃぁ決まってるさ。あの男はここから先に引き返せない領域があるみたいに言ってたけど、博愛党の汚れ仕事を行なっている時点で引き返せない領域にいるのさ。…次の仕事に備えるだけだね。」
「わかった。」
「ふん…最後に笑うのは私達だよ。」
会議室の中で、静かに座るザキシャの目には、深く熱い怒りの炎が浮かび上がっているのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
其れは遥か昔から存在していた訳ではない。
其れは人の想いに引き寄せられる。
其れは人々を恐れに陥らせるために現れる。
其れは時に人を導くために現れる。
其れ等は決して個の意志だけで語るのではない。
故に耳を傾けてはいけない。
故に耳を傾ける必要がある。
故に語る言葉だけを信じてはいけない。
これまで静かに眠っていた其れ等は、とある現象をきっかけとして動き出した。
これまで僅かに動いていた個体がいたかもしれない。
だが、過去と今から始まる未来は一線を画す。
それは個としての意志か、全としての意志か。
時に其れは人とも関わるのだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「準備は整ったか?」
「はい。滞りなく。」
「そうか。ならば…仕掛けるか。」
「分かりました。」
「そう言えば…会ったんだろう?」
「えぇ。思ったよりも優秀かと。」
「楽しみだな。」
「はい。」
「なら、今回のは…慎重に頼むぞ。」
「お任せ下さい。」
静かに、静かに、物語が動き始めていた。




