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Colony  作者: Scherz
第七章 古代文明と世界の理
934/994

16-2-5.マダムと犬

 マダム達の井戸端トークは延々と続く。


「まぁ!久々に会ったわねぇ!」

「ホント!いつ見ても可愛いのですわよ。この黒い体に赤い首輪っていうのがまたお洒落ですわよ」

「あらぁ…ウチのロッキーの方が可愛いざますよ!」

「それにしても…最近はサリーちゃんを余り見ないでごわす。」

「そぉぅん?私は先月見たわぁよぉぅぅん?」

「にしても前は毎週散歩してたじゃない!それに比べたら大分見る事が減ったわよ!」

「そうよねぇ。」


 ミリアは会話に入る術を持たない。黒のフレンチブルドッグと共にマダムに囲まれて動けない。


「あぁ!そう言えば!今度グルメ祭りがあるじゃない?そこに…遂にあの店が出店するのよ!」

「えぇ!?もしかして…今まで頑なに出店を拒み続けていたあの…?」

「そうなのよ!」

「その話…私もぉ聞いたぁわぁよぉー!」

「あのーそろそろ…。」

「でも今度のグルメ祭りは他にも人気店で初出店が多いのよっ!これがっ!」


 そして…30分後。灰になったミリアと、彼女の手をベロベロと舐める黒のフレンチブルドッグだけがその場に残っていた。


「はは…おばちゃんパワーは凄いねっ。」


 ベロベロベロベロ


「とにかく…愛子さまの所にワンちゃんを連れて行かないと。」


 ベロベロベロベロベロベロ


「あはっ…!くすぐったいって!」


 ベロベロベロベロ…。


「えっ?ちょっ!」


 ベロベロベロベロ。

 おかしかった。この黒のフレンチブルドッグはここまで舐め回す犬では無かった気が…。もしかしたら愛子様の元へ帰るので、ミリアが恋しくなって舐め回しているのかもしれない。愛情表現…と考えれば納得できなくもないが…。


「あれ?」


 ふと、ミリアは違和感を覚えた。

 このフレンチブルドッグ…何かが違う。


「………。」


 思い出す。おばさま達との井戸端会議に巻き込まれる前と後で何が違うのか。それさえ分かれば…。


「あ…!分かったっ!首輪の色が違うんだ!」


 ミリアはベロベロ舐めまわし続ける黒のフレンチブルドッグを抱える。

 赤の首輪だった筈。だが、今は赤茶の首輪に変わっていた。

 考えられるのは、首輪のすり替えか、犬のすり替え。そして、今の状況から可能性が高いのは犬のすり替えだ。

 つまり、あのおばさまの誰かが犬の井戸端会議の混乱に乗じて犬をすり替えたという事。

 しかし…それをおばさま達が行ってメリットになるのかというと、そんな事は無いはず。


「やられた…!」


 ミリアはキッと立ち上がると、犬の首輪に繋がった紐を近くの木に括り付ける。


「ごめんね。あなたは何も悪くないと思うんだけど、ここでちょっと待っててね。」

「ハッッハッハッハ…。」


 長い舌をだしてミリアを見ながら首をかしげる黒のフレンチブルドッグは、やけに愛嬌があった。ベロベロ舐めまわさなければ、完璧かも知れない。

 ミリアはクシャクシャっと頭を撫でると走り出した。

 おばさま達との駆け引きが始まる…!


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 白金の都にいるマダム達は、様々な趣味を持っている。

 エアロビに傾倒するマダムも居れば、若い男に金を貢ぎまくるダメマダムもいる。

 はたまた若い男をひと晩のお供に誘うエロマダムも居るし…という風に、それぞれのマダムがそれぞれの欲望に忠実に生きていた。

 そして、独り身のマダムはペットを飼っている事が多く、ペットマダム仲間との交流を大切にする者も多かった。

 寂しさをペットで紛らわすというのは、万国共通なのである。


 そのペットマダム仲間は良く公園で立ち話をする事がある。散歩ついでに色々な噂話を楽しむのだ。

 その間に殆どのペットは退屈そうに座って頭を掻いたり、相手のペットにじゃれたりしているのだが、基本的にマダム達は自分の欲望を優先するので…その時にペットが何を感じているのかは殆ど興味が無い。

 そんな公園での立ち話も今日はいつもと違うイベントがあった。

 愛子さまが飼う黒のフレンチブルドッグを連れた女の子が現れたのだ。しかも、その女の子が何でも屋『ミューチュエル』のミリアとくれば、食いつかない訳がなかった。

 何でも屋を営んでいるミリアから、色々な秘密情報を聞けるかと思ったのだ。

 結果としてミリアが口を割る事はなかったのだが。


「それにしても…愛子さまのワンちゃんは本当に可愛いわよね。フレンチブルドッグのブサ可愛い顔は…反則よ。」

「本当ねぇ。これで愛子さまも時々私達と色々話をしてくれれば、もっと良いのにねぇ。」

「それは…家柄もあるから難しいのかも知れないわ。」

「そうだとしても…よ。独り身って寂しいじゃない?」

「本当ねぇ…。私たち皆、愛子さまには憧れている部分があるものね。」

「そうそう。」


 こんな感じでミリアを解放した後も噂話を続けていたマダム達だが、そろそろお開きの時間となった。


「それでは御機嫌よう。」


 いかにもマダムらしい挨拶をしながら解散していく。

 帰路が同じ2人のマダムは、帰りながら…ふと疑問に思っていたことを口にした。


「そういえば…今日は新人の方がいらっしゃいましたね。」

「あ、あなたも気付いてらしたのね。」

「勿論ですわ。でも…お名前を聞けませんでしたわ。」

「そうですね。なんというか…大分馴染んでいらしたから、誰かの知り合いだとは思うのですけれど。」

「ん〜、また明日も会うと思うので、その時にちゃんと自己紹介をしましょうね。」

「そうね。あの…白黒ボーダーをアレンジした上着は奇抜だけどお洒落でしたものね。きっと…有名なデザイナーとかかも知れないわ。」

「あらぁ!それは楽しみじゃない。また私達のフィールドが広がりますね。」

「あら、ではここで。」

「もうこんな場所だったのね。御機嫌よう。」

「御機嫌よう。」


 2人のマダムはお淑やかに手を振ってそれぞれの帰路に着く。


 さて、2人のマダムの話題になっていた白黒ボーダーをアレンジした上着を羽織ったマダムはどうしたのかというと…。


「はぁ〜はっっはっはっは!!ちょろいねぇ!」


 ズバッと早着替えのように黒ズボンに白黒ボーダーTシャツの姿に服装を変えたマダム…いや、女は3人の男を引き連れて高笑いしていた。

 男の1人が腕の中に黒のフレンチブルドッグを抱えている。


「くくく…。これで私達がこの犬は押さえた。後は…引き渡して必要な情報が引き出せれば…報酬金で1ヶ月は豪遊出来るじゃないかぁ!」

「うっす!」

「上手くいくもんだな。」


 お察しの通り。ドッグテイマーズである。


「まずは…依頼人の所にこの犬を連れていくよ!」

「任せておけ。」

「ダメだよ!」


 割り込んで来た否定の声に、眉間を寄せたザキシャがグルンと後ろを振り向く。


「ははぁん。あんた…本当にしつこいねぇ。」


 そこには、肩で息をしながらほんのりと頬を紅潮させたミリアが立っていた。

 マダムによる井戸端会議に巻き込まれた場所からここまで全力で走ってきたのだろう。


「しつこいのはそっち!なんで…そのわんちゃんを狙うの!?」


 ちょっと怒り気味のミリアを見てザキシャが笑う。


「ははっ!なんでこの犬を狙うかだって?そんな重要なことをあんたに言うわけなじゃない。そもそも、この犬がどれだけ重要か分かっていない時点で、アタシ達とは立っているフィールドが違うのさ。」

「……難しい話はいいの!とにかくわんちゃんを返して!」

「ふん。断るね。返して欲しいなら…実力で取り返しな。さっきは油断したけど、次はハナっから全力でいくから、同じヘマはしないよ?」


 ザキシャが手を上げると黒のフレンチブルドッグを抱えた男が走り出し、ザキシャと2人の男がミリアの前に立ちはだかった。


(出来るだけ早く3人を倒して、あの男を捕まえないと…!)


 空気が張り詰めていく。

 ミリアの頭には、クルルとの約束がリフレインしていた。それは、人が見ているところで力を使わないというもの。

 しかし、その約束は守れそうになかった。

 何故ならば…ミリアは怒っていたから。こっそり犬を差し替えたりなどの卑怯な手段を行うドッグテイマーズを許せなかったのだ。

 キィィンという澄んだ音を立てて、ミリアの腰に下げられた細剣が引き抜かれる。

 その細剣は綺麗だった。美しい銀色の刀身が光を反射し、赤の装飾が施された柄は燃えるようなミリアの怒りを表現しているかのように、鮮やかに存在を主張する。


「おっと…その剣を使うのを見るのは…初めてだねぇ。」

「うん。私…怒ってるからっ。」

「くくく…。威勢が良いのは嫌いじゃないよ?私達の連携を前にどこまで通じるのか見ものだねぇ?…いくよ!」


 ザキシャと男3人が地を蹴った。

 3人はミリアへ向けて真っ直ぐ進む。そして、3人が同時に右手に装着された爪を上から下に振り下ろした。

 単純な一直線の攻撃。細剣を構えるミリアは横に飛ぶ事で回避を狙う。…が、甘かった。


「えっ!?」


 3つの爪が振り下ろされるのと同時に、ミリアの右左上から風の刃が迫ってきたのだ。

 単調な攻撃に見せかけての同じ魔法の同時使用。

 見極められれば回避は容易だが、それが出来なければかなり有用な攻撃術にミリアはまんまとハマってしまっていた。

 前、右、左、上という4方向から迫る爪と風刃によってミリアは次々に引き裂かれ…血飛沫を上げて倒れ込む。

 …となれば良かったのだろう。普段の元気いっぱいなミリアならそんな結果もあったかも知れないが、今は怒ったミリア。違う結果が導き出されるのだった。

 風刃の出現を予測できなかったミリアだが、瞬時に目付きを鋭くさせると…細剣を閃かせた。

 一瞬の剣技。そこに織り交ぜられたのは目に見えない速度で繰り出される突きを中心に組み立てられた斬撃。そして、紅蓮の焔だ。

 ミリアの剣技は3方向から迫る合計9つの風刃を打ち砕き、正面から迫る3人のボーダー男女の爪を弾いてみせた。更に、ノックバック状態となった3人へ向けて横一文字の斬撃が放たれ、焔の剣閃がドテッ腹へと叩き込まれる。


「がはっ…!な、なんだってぇ!?」


 吹き飛ばされるが、猫のように体勢を直して着地したザキシャと男2人は驚愕に目を見開いていた。


(今の攻撃を受けて傷が無いっていうのは…油断ならないね…!)


 1度の応酬で相手の実力を高く評価したミリアは気を引き締める。そして、警戒度を上げたのはザキシャ達も同じのようだった。


「あんた…あのタイミングから全ての攻撃に対応してアタイ達にカウンターを叩き込むなんて…相当の手練れじゃないか。」

「…。」


 無言で答えるミリアだが、ザキシャはミリアの反応などお構いなしに言葉を並べ立てる。


「いいね。アタシはあんたみたいな相手を求めてたんだよ。この星の奴らは軟弱者ばかりだ。だからアタシはここにいる。だからアタシはあんたと出会えた。この巡り合わせは…大事にしなきゃぁダメだよねぇ!?」


 ザキシャから発せられる魔力圧が強大化していく。


(…来る!)


 相手の様子からも強力な攻撃技が放たれるのは間違いなかった。

 ミリアは細剣に魔力を溜めつつ、相手の攻撃が発動した瞬間にその隙を突くべく…全神経を集中させて相手の動きを注視する。


「さぁ…アタシが認めてやるんだ!最高の舞いを披露しようじゃぁないかねぇ!いくよ!風檻斬!」

「風檻斬!」

「風檻斬!」


 ある意味で衝撃の展開。

 まさかの3人が同じ固有技名を叫んだのだ。

 固有技は、その名前の通り個人が天啓ともいえる形で手に入れる技。勿論、それを習得するには血の滲む努力と才能が必要だ。

 同じ固有技を習得するのは血族が一般的とされているが…その常識を今ここでザキシャは覆してみせたのだった。しかも、実戦披露という形で。


 風の線が幾重にも重なって形成した風の檻がミリアのいる空間を包み込む。


「ははは!これで終わりじゃぁないよ!?斬り刻まれて憐れな姿を晒しな!」


 そして…無数の風の刃が風檻内に氾濫し…ミリアを斬り刻まんと襲いかかったのだった。

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