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Colony  作者: Scherz
第七章 古代文明と世界の理
933/994

16-2-4.犬を中心に話は進むけど…

 ミリアの前に立つ男は…場違いな程にキチンとした身なりをした人物だった。頭髪は整髪料でオールバックに整えられ、キツそうな顔を柔らかく見せる丸眼鏡をかけ、黒の燕尾服を着こなしている。

 男は眼鏡をクイっと直すと柔らかい笑みを浮かべて口を開いた。


「こんにちはお嬢さん。私はとある者の使いでここにきていましてね、率直に申し上げましょう。その犬を私に預けて頂けませんか?」

「…どういう事?あなたもあの女の子を狙ってるの?」

「……そういう事ですか。えぇ、そうですよ。その為にもあなたの目の前にいる犬が必要なんです。」

「何が目的なの?」


 ミリアは警戒していた。目の前に立つ男の物腰や口調は非常に柔らかい。普通に出会っていれば、とても良い人だと思ってすぐに信頼してしまいそうなオーラを持っていた。

 しかし、今の状況下においてそれはプラスには働かない。むしろマイナスと言っていいだろう。胡散臭く感じられてしまうのだ。

 勿論それだけではない。ドッグテイマーズと同じくこの犬…サリーちゃんを狙っているという事実があって警戒しないわけが無かった。

 男はミリアの問いかけに対して困ったように眉根を寄せると眼鏡をクイっと直す。


「そうですねぇ、目的については申し上げることが出来ないんですよ。」

「だったら…このわんちゃんは渡せない。」

「…ふむ。では話を変えましょうか。あなたは…かの有名な何でも屋ミューチュエルのミリアさんですよね?」

「…なんで私の名前を知ってるの?」

「ははは。ご謙遜を。白金と紅葉の都の住民達が頼るミューチュエルのミリアさんと言ったら有名じゃないですか。あなたは自分が思っているよりも有名人なんですよ。その恵まれた容姿も含めて…ね。」

「う…。」


 なぜかいきなり褒められ始めたことにむず痒さを抑えられないミリアは頬をほんの少し赤らめる。


「そんなミリアさんだからこそお伝えします。この案件からはすぐに降りた方が良いです。私がいるだけならまだしも、他の者が現れたら…引き返せなくなりますよ?」

「それってどういう…?」


 男の言っている意味はさっぱり分からなかった。

 ひとつミリアの中で確信に変わった事と言えば、サリーちゃん捜索依頼の裏に何かがあるという事だ。

 そして、ミリアが男に言葉の真意を問おうとした時に…奴らが再び現れた。


「待たせたねぇ!その犬は渡さないよ!」


 紅葉を散らしながら上から落ちてきたのは…ドッグテイマーズと名乗ったザキシャと3人の男達だった。公園でミリアが見たのは3人なので、1人増えている事になる。

 降り注ぐ紅葉を効果的な演出として現れたザキシャは気持ち良さそうに、楽しそうに登場したのだが…ミリアの前に立つ燕尾服の男を見て表情を強張らせた。


「てんめぇ…なんでお前がいるのかしらねぇ!?」


 顔を見るなりの剣幕。


(どういう事だろ?…この人達は知り合い?)


 ちょっと展開が早くてついていけない感が出てきたミリアである。

 さて、ザキシャに睨まれた男はドッグテイマーズの登場に驚いて見開いていた目を細めると、口元に手を当てて『考える人』のポーズを取った。


「そうですか…。私が予想していたよりも事態が進んでいますね。」

「なぁにごちゃごちゃ言ってるかねぇ!?やるならやってやるよ!」


 ドッグテイマーズの4人が戦闘態勢を取る。

 …が、燕尾服の男は肩を竦めるだけで応じる姿勢は見せなかった。


「悪いが今ここで君達と事を構えるつもりはないんですよ。それにこの状況で、私の状況を合わせると…今の私では役不足だ。しかも誰が敵で味方なのかも不明瞭。まぁ…全員が敵でも、結果が伴えば問題ありませんが。

「やる気がないんなら…さっさとくたばりな!」


 ザキシャの腕が振るわれて風刃が燕尾服の男へ向けて飛翔する。


「…危ないですねぇ。」


 だが、それを容易く避けてみせた燕尾服の男は、何事もなかったかのように綺麗な一礼を披露して見せた。


「私はこれで失礼しますよ。またお会いする時があるでしょう。その時は良しなに。」

「はぁ…?この状況で逃げられると思うなってぇの!」


 男3人とザキシャは散開しつつ四方から攻撃を仕掛けるが、攻撃の着弾で舞った砂埃が消えると燕尾服の男は姿を消していた。


「ちっ…。逃げられたねぇ。」


 一連の行動を第3者的立場から見ていたミリアには、どうやって姿を消したのかも分からなかった。


(あの人…相当の手練れだっ…。)


 そして、遅まきながら1つの事実に気付く。

 ドッグテイマーズ4人とミリアという…如何にも不利な状況に立たされている事に。


「えっと…多勢に無勢は良くないと…思わない?」


 フェア精神をを訴えてみるミリアだが…。


「なぁに言ってるのさね。こういう時にフェアもクソもないのさ。結果が伴えばそれでいいんだ。」


 ザキシャにその言い分は伝わらないようで…。4人のドッグテイマーズはジリジリとミリアを包囲すべく移動を開始していた。


「はは…。マズイよねこれ。」


 額から汗を垂らしたミリアは足元に座る黒のフレンチブルドッグを抱きかかえ…引き攣った笑みを浮かべるのだった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 10分後。

 白金の都と紅葉エリアの境目付近に座り込むドッグテイマーズの姿があった。

 彼らからミリアを襲う前の勢いは一切感じ取る事が出来ない。


「はは…ありゃぁ化け物じゃないか。」


 そう言って空を見上げるザキシャの姿は酷いもので、服のあちこちが焦げている。白黒のボーダーだった服は白茶のボーダーに見間違う程に変色していた。

 周りに座る3人の男たちも同様の姿だ。

 見方を間違えば刑務所から命からがら逃亡してきた4人…である。近くに一般人が通れば通報されてもおかしくないレベルだった。


「これからどうするよ?」


 男の1人がザキシャに問いかける。


「そりゃぁ…あの犬を捕獲する事に変わりはないねぇ。ただ、真正面からぶつかるのは得策じゃなさそうだね。少しやり方を変えるわよ。」

「どうするんで?」

「そうだねぇ。」


 ニマァ…と狂気的な笑みを浮かべたザキシャは白金の都を眺める。


「こりゃぁ…楽しくしかならないねぇ。」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「ぷっはぁぁぁ!!危なかった!!」


 スッポォォンという謎の効果音と共にミューチュエル店内に飛び込んできたミリア。そのまま縦に1回転するとソファーの上に華麗なる着地を決めたのだった。


「ミリア…そんな危ない帰宅方法をしてどうしたんですか?」

「あ、クルル!!」


 困った我が子を見守るかのようにキッチンから出てきたクルル。その姿を見たミリアがパッと表情を輝かせた。


「どうしたんですか?」

「それがね、ドッグテイマーズっていう4人組に襲われて…2回も力使っちゃったんだ。」

「あら…。まぁしょうがないですね。こういう仕事をしている以上、そういうケースに出会う事は覚悟の上ですから。ただ、目撃者が多いと困っちゃうかも知れませんね。」

「それは…大丈夫だと思う!1回目は具体的には分からないと思うし、2回目は他に見ている人はいなかったと思う!都の外れだったしっ。」

「じゃぁ…不幸中の幸いかもしれないですね。因みに…あなたが抱えている黒いのは犬で合ってますか?」

「うんっ!このワンちゃんが依頼のサリーちゃんと一緒に写っていた黒いフレンチブルドッグだよっ!……って、えぇぇええええ!?」


 胸元に抱えるサリーちゃんを見てミリアが驚きの声を上げる。

 そこには目を回して口から泡を吹く黒のフレンチブルドッグの姿があった。


「ちょっとミリア貸して!」


 素早く近寄ったクルルがミリアの腕から黒のフレンチブルドッグを優しく受け取ると介抱を始める。


「…………うん。これで大丈夫ね。少し経てば目が覚めると思うわ。」

「おぉ…。」


 流石はクルルである。ソファーの上で穏やかに眠る黒のフレンチブルドッグは、口からちょっと涎を垂らしていた。気持ち良さそうな寝顔である。


「さて…と、ミリア。」

「はいっ。」


 いきなり自分に話を振られたのに驚いたミリアは、サリーちゃんの鼻を突こうとしていた指を止めて背筋をピンと伸ばした。


「力を使っちゃったのは良いとして…襲ってきた相手の特徴を教えてもらえるかしら?」

「あ…うん。えっとね…。」


 ミリアは相手の服装の特徴、ザキシャの名前、そしてドッグテイマーズという組織名を伝えていく。


「……。おかしいわね。」

「ん?どういう事??」


 腕を組んで右手を顎に添えたクルルは椅子に座ると足を組んだ。

 抜群のプロポーションを持つクルルがこの体勢を取ると…エロさが漂う。同じポーズをミリアがとってもそうはいかないのだから、天から与えられた外見というのは不公平なものである。

 少しの間考え込んだクルルが思考の内を明かす。


「この仕事をしていると同業とかの情報とかは自然と入ってくるのよ。勿論、私自身も情報収集をしているしね。でも…ドッグテイマーズの名前は聞いた事が無いわ。」

「クルルが名前を知らないって珍しいね。」

「そうなのよ。となると…最近出来たばかりの組織なのか、もしくは…普段は表に出てこない裏の組織って事になるわ。」

「裏の組織…。」


 その単語は不穏な空気を感じさせるものだった。

 もし、ドッグテイマーズが裏の組織だった場合、彼らに指示を出している者が誰なのか…という点が非常に重要になる。


「何にせよ、サリーちゃんを見つけて愛子様へ無事に送り届けるまで油断は出来ないわね。」

「そうだね。私もちゃんと警戒しなきゃっ。」


 拳を上に向けて頑張るぞポーズを取るミリアを見てクルルが口元を緩める。

 

「じゃぁ、この後にどうやってサリーちゃんを見つけるかを考えましょう。」

「うん!作戦会議だねっ!」


 ゴロン…と寝返りをうった黒のフレンチブルドッグは、クルルとミリアの苦労も知らずに口をモグモグ動かしていた。夢の中で美味しいご飯でも食べているのだろう。


 さて、ミリアは1つ失敗をしていた。黒い燕尾服の男性についてクルルに報告するのを忘れていたのだ。ドッグテイマーズに襲われてからの逃亡劇が大変だったのと、犬が泡を吹いた事で頭からすっ飛んでしまったのだった。

 この失敗が後々に響くのは当然だった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 作戦会議をした翌日。

 黒のフレンチブルドッグの首輪に紐を付けたミリアはルンルン気分で白金の都を歩いていた。

 クルルと今後の方針について話し合った結果、まずは確保したワンちゃんを愛子様に引き渡すことにしたのだ。

 ワンちゃんの体や首輪などを色々調べたのだが、サリーちゃんに繋がる情報は何も見つからなかったのだ。それなら敢えてミューチュエルで保護している必要もなく、元の飼い主の元に返してあげる方がワンちゃんにとっても良い。という結論に至ったのだ。

 最初は少し嫌そうにワンちゃんを調べていたクルルだったが、途中から真剣な表情であれこれと何か情報が無いかを探していたので、見落としは恐らく無いだろう。


「いやぁ〜良い天気だねっ!」

「ワンっ!」


 ミリアに懐いているのか、空を見上げて手を上げる彼女を見て黒のフレンチブルドッグが呼応する。

 普通に飼い犬の散歩中の女の子にしか見えない光景だった。


(…周りに変な人の気配は…無いね。)


 通常であれば犬の姿を見えないようにしてパパッと運ぶのだが、今回は敢えて散歩という人の目に付く方法でのお届けを選択していた。

 これを行う事で、ひょんな所からサリーちゃんについての情報を得られる可能性があると睨んだからだ。

 勿論、ドッグテイマーズがミリアと犬の居場所を見つけやすくなるため、再度襲撃を受ける危険性が高まることは否めない。

 だが、依頼を達成するための手段としての選択だ。

 その危険性を冒す位の覚悟がなければサリーちゃんの情報が得られない…と、クルルが判断したのだった。

 ミューチュエルを出てから周囲の状況を探り続けているが、変な気配は無く、サリーちゃんに繋がる情報も特に無いのが現状だが。


 だが、遂に動きがあった。


 愛子様の自宅まであと10分程…の所で1人のおばさんが声をかけてきたのだ。


「あらぁ久々にワンちゃんを見たわね。あなた…愛子様の新しい使用人かしら?」


 そう言って近寄ってきたのは、ブルーの帽子にブルーの服装を合わせた、派手に見えるギリギリ一歩手前のラインを上手く掴んだおばさんだ。恐らく…金持ちマダムの1人だろう。マダム仲間…といったところか。


「いえっ。使用人と言うよりは、今回依頼を受けたんです。」

「あらそうなの。愛子様はこのワンちゃんを本当に大事にしてるからねぇ。使用人以外の人にお散歩を任せるなんて珍しいわね。よっぽどあなたの事を気に入ったのかしらね。」

「あ…そうかも知れないですねっ。」


 何かを勘違いしているみたいだが…それを指摘することはしなかった。寧ろ別の問題が勃発したのだ。

 話している内にと、通り過ぎようとしたマダム達が次々と足を止めて会話に参加してくるという事態に発展した。

 井戸端会議マダムバージョンの開幕。


(え…ちょっと……いつになったらこの話終わるの…!?)


 ミリアの悲痛な叫びは、マダム達が発するマダムオーラによって喉から発せられる前に掻き消されてしまうのだった。

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