16-2-2.愛しのサリーを探せ
薄暗く静かな会議室。そこに4人の人物が座っていた。
行儀は…悪い。テーブルの上に足を乗せていたり、肘をついてダルそうにしていたり。
彼らに共通しているのは、その体から発する雰囲気が一般人のそれと大きく異なるという点だろう。好戦的であり、狂気的である雰囲気が会議室の中を充満していた。
ピクリ…と4人の内の1人がドアへ視線を向ける。
ガチャっという如何にもドアらしい音を立てて視線を向けられたドアが開く。
「わざわざご足労を頂戴致しまして誠にありがとう御座います。」
丁寧な言葉遣いで部屋に入ってきたスーツ姿の男は深々と頭を下げた。
「あらぁいいのよ。アタイ達はあなた達の為に存在してるんじゃなぁい。」
「…恐れ入ります。」
肘をついてダルそうにしていた女が呑気な声で応じるが、スーツ姿の男から丁寧な態度が消える事は無かった。
いや…結手をする手が震えていたり、額から汗が流れ落ちるのを見ればスーツ姿の男が緊張しているのは明らかだ。
そんな様子を見て楽しんでいるのだろう。女は口が裂けたかのような笑みを浮かべる。薄暗い部屋の中でギラリと歯が光ったように見えたのは…気のせいではないだろう。
「でだ、ここに呼んだ理由を教えてもらうかねぇ?」
「…はい。実は、今回私達の手元に於いておきたいものが御座いまして。」
「なるほど。じゃぁその強奪対象を教えてもらおうかねぇ。」
「こちらです。」
スーツ姿の男は懐から取り出した1枚の写真を女に渡す。
「へぇ。これはこれは可愛い子じゃないか。こんなに可愛くなければアタイ達に狙われる事もなかっただろうに。で…目的は教えてもらえるのかしら?」
「それは…ご容赦賜れればと存じます。」
「ふぅん。隠し事かい。まぁいつもの事だからいいかねぇ。もし、裏切ったらあんたの身体で埋め合わせしてもらうから、覚悟しておくんだよ?」
身体…という言葉にスーツ姿の男は身を硬くする。その言葉にどんな意味が込められているのかは分からないが、碌なことにならなそうなのは確かだった。
「…それではくれぐれも宜しくお願い申し上げます。私は次の用事が御座いますので、失礼させて頂きます。詳細は…こちらの書面をご確認ください。…では。」
数枚綴りの書類を渡したスーツ姿の男は足早に部屋から立ち去って行った。
「で、どうだ?楽しめそうな任務か?」
ドアが閉まったのを確認した男の1人が女に声を掛ける。
「そうさねぇ…。」
ペラペラと書類を捲って確認していた女は、テーブルの上に無造作に投げ捨てるとニンマリと狂気的な笑みを浮かべる。
「まぁ…楽しめるんじゃぁないの?」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
大通りでサリーちゃんと黒いフレンチブルドッグの写真(失くしたら社会的に抹殺すると愛子様に脅されているので本当は持ちたくない)を片手に聞き込みをしていたミリアは、両手を拳にして天に向かって突き上げた。
「見つからないっ!」
任務『愛しのサリーちゃんを探せ』は大難航していた。そもそも写真の女の子を見たという人が誰もいないのだ。
元気一杯に任務を遂行する事で有名なミリアだが、目標が何処にいるのか分からなければやりようがない。
(それにしても…変だよねっ。あれだけ可愛い子だったら、一目見たら忘れないと思うんだよ。)
片手を顎に当てながら探偵っぽく歩くミリア。気分は世界的探偵だ。
(愛子様の自宅を中心に探しても目撃証言が無いって事は、普段一緒に住んでなかったのかな?…ん、でも毎日ご飯がなんとかって言ってた。じゃあ…家から出た事が無い箱入り娘?愛子様は過保護そうだし…でも、だとしたら誘拐犯の目に止まらない気も…。)
頭の中でカッコよく流れていた探偵系BGMがフェードアウトしていく。
「うぅ…分からないよぉ。…うん。お昼でも食べて気分転換だねっ。」
ミリアは思考の迷宮に入り始めて丸くなっていた背中をシャン!と伸ばすと、元気よく歩き出した。
悩み始めたら切り替える。これも仕事を行う上で大切な事だ。
「今日のお昼は…サンドイッチにするんだよっ〜。」
近くの喫茶店に入ってミックスサンドとミルクティーを頼んだミリアは、テラス席に座ってハムサンドを噛み締めた。ハムの味にマヨネーズとレタスのシャキシャキ感が合わさり、青空の下で食べているというロケーション効果も加わってミリアの心は幸福感に包まれる。
「ほんと…この娘はどこにいるんだろう?」
写真をピラピラさせながら眺める。
ここまで手掛かりが少ない依頼であれば、ブリティと2人で調査をしたい所だ。
しかし、愛子さまの依頼は生憎飛び込みの案件という事もあり、他に進行中の案件をブリティが担当してミリアが愛子様の担当となったのである。
クルルには「この案件は見つけるのが難しい気がします。その他にも、私達が気付かない何かが隠されている気もするので、くれぐれも注意してください。」と言われているので、慎重に事を進めるしかない。
ただ…愛子様からは特に悪意じみたものを感じないのが不思議なポイントだった。
(そもそも…誘拐したのに窓を開けっ放しにするって…何か違和感があるんだよね。)
とまぁ、違和感しか無い依頼なのだが、報酬はお任せというウハウハ依頼なので、しっかりと達成する必要がある。
「でも…手掛かりが少なすぎるんだよ〜。」
クルクル写真を回す。探し他人発見機があればいいのに。なんて考えてしまう。
「おやまぁ…可愛い娘さんだねぇ。」
「ん?」
横から聞こえた声にクルッと振り向くと、ニコニコと微笑む老夫婦がミリアの手の絵で回る写真を見ていた。
「こんにちはっ!この写真の人、見た事ありますか?」
「この娘を探しているのかい?こんなに可愛い子なら、見たら絶対に忘れないと思うけどねぇ。あんたはどうだい?」
「そうじゃの。僕も見た事は無いかな。」
「ですよねぇぇ。」
やっぱり手掛かりがない事にダレるミリア。
「けど…このワンちゃんはさっき見た気がするねぇ。」
「そうじゃの。一個向こうの大通りの横断歩道を1匹でトコトコ歩いてたんじゃの。」
「えっ。本当ですか?」
「本当だねぇ。10分位前だった気がするねぇ。」
「そうじゃのう。迷子犬かと可哀想だって思ったから間違いないんじゃのう。」
「おじいさん、おばあさん…ありがとう!」
ミリアはミルクティーを飲み干し、残りのサンドイッチを抱えるとテラス席から飛び出した。
因みに、前会計だから食い逃げにはならない。
老夫婦から聞いたワンチャン…黒のフレンチブルドッグ情報は貴重だった。
愛子様の依頼は女の子のサリーちゃんだけど、そのサリーちゃんと一緒に写っている犬なら…仲良しに違いない。
もしかしたら、逃げ出した犬を探しに家を出てしまったのかも知れない。もしそうなら、犬を捕まえて愛子様の家に連れて行けば…サリーちゃんが戻ってくる可能性もある。更に、犬を捕まえる過程でサリーちゃんと合流できるかもしれない。
僅かな可能性に過ぎないが、今までの手掛かりゼロに比べたら大分マシだ。
「よっし。全力でワンちゃん確保するよ〜!」
サンドイッチを食べながらミリアは疾走する。
5分程で老夫婦が言っていた交差点に到着したミリアは辺りを見回す。
当然ながら犬の姿を見つける事は出来ない。
「む〜…犬と言えば…公園っ!」
直感に従って近くの公園に向かって走る。迷い犬は公園でご飯を見つけるだろう。…なんていう理由。
大方こういう直感に従った行動というものは当たらないのだが…何故かミリアは当たる事が多いのだった。
そして今回も例に漏れず大ヒットする事となる。
「よし!この公園のどこかにいる気がするよ!」
公園に到着したミリアはキョロキョロしながら公園を散策する。フレンチブルドッグはそこ迄大きい犬ではないので、注意して探さないと見落としてしまう可能性もあった。
ピクリ…とミリアは反応する。
(ん…?あの人…私と同じように何かを探しているように見える…。)
ミリアが気になったのは、白黒のボーダーにアーミーパンツを着た…軍隊出身っぽいような、脱獄囚のようななんとも言えない服装をした男だった。
辺りをキョロキョロと見回しながら歩いている。
ただ、ミリアの事を気にしている様子は無い。
(ん〜同業で同じ依頼を受けてる人かと思ったけど…違うのかな?)
なんとも判断しにくい所である。
その後も公園内の散策を続けていると…ラブラブカップル広場に到着した。
勿論、正式名ではなく、広場の光景を見たミリアが即興で付けた名前だ。しかし、そう名付けても誰も違和感を感じない位に数多くの男女がイチャイチャベタベタしていた。
流石に警察に捕まる程の行為に及ぶカップルは居ないが…時には男が女の胸にさり気なくタッチしていたりする。
街中で同じ光景を見れば顰蹙を買いそうなものだが、この場所においてはそれ位なら許される雰囲気だった。
「あわわ…これは…。」
カップルのイチャイチャ等にそこまで耐性がある訳では無いミリアは、顔を赤くしながら早く通り過ぎようと足を速める。
この時、ミリアは大事な事を見落としていた。それは…。
「…あれ?」
ふと足を止める。広場の反対側に黒い生き物がいた。
「…いた!黒いフレンチブルドッグちゃん!」
思考からイチャイチャカップルが消える。目標ロックオン。ミリアは一気に捕まえるべく走り出した。
…のだが、横から突如飛来した風刃を回避して着地する。
「なに!?」
ミリアの視線の先には男の太ももに脚を絡ませ、首筋に舌を這わせる女と、それを無表情で受け入れる男がベンチに座っていた。
(…!しまったんだよ…。イチャイチャの光景に恥ずかしくて見落としちゃってた…!)
そのカップルはアーミーパンツに白黒のボーダーシャツを着ていた。ペアルックで。
しかも…つい先程通り過ぎた男とは別人だ。
つまり、ミリア以外にもサリーちゃんを探している者達が存在するという事。今この瞬間に邪魔をしてきたのが何よりの証拠だ。
男に絡ませていた脚を解いた女がゆっくりと立ち上がる。そして、恍惚な表情で舌舐めずりをして言い放った。
「いい獲物が釣れたんじゃないのぉ?」
彼らとの遭遇は、依頼『サリーちゃんを探せ』がそう簡単にはいかない事を示していた。




