15-8-10.中華料理店の攻防
火乃花が言った言葉を聞いて怒りに燃えるマーガレットの動きが止まる。
動きは止まったが…身体から立ち昇る鬼気が、より怒りが高まったことを証明していた。火乃花よりも一歩前に出ている為、マーガレットの表情は見えないが…正直それを見たくないというのが本音である。
「火乃花…。つまり、ユウコは私達が魔法陣を消そうとしたり、発動の邪魔をしようとしたら…あの8人の命を使って私達を抑えるつもりって事ですわね?」
「そうね。そうじゃなきゃ態々ここまで連れてこないだろうし、顔を見せる必要もないわ。」
「だとしたら…外道ですわね。」
マーガレットは責任感が強い。故に人質といった卑劣な手法に対しての怒りも人一倍に感じるのだろう。
触らぬ神に祟りなしという気持ちが火乃花の中で捨てきれないのは…まぁ良しとするべきか。
「あなた達の言う通りね。まぁそういう事。私の魔法陣を設置するっていう目的は達したけれど、無効化されるのは困るのよ。だから、仲間を殺されたくなかったら大人しく引き下がりなさい。」
「なら、ひとつ聞かせて欲しいですわね。この魔法陣が何を目的としているのかを。」
核心に触れるマーガレットの言葉を受けて、ユウコは右手で髪をさらさらと流す。
「その質問。私が本当のことを答えると思っているのかしら?」
「思っていませんわ。しかし、今のこの…圧倒的に有利な状況であれば話しても問題はないと思いますわよ?」
「…ふふ。上手い切り口ね。確かにそれはあるわね。けれど…私に優越感を煽って真実を突き止めようとしても無駄よ?例えば、その首元のネックレス…どこに通じているのかしらね?」
「…バレてましたか。」
「勿論よ。他の魔道師団の人と繋がっているのでしょう?そして私との会話が今現在もダイレクトに伝わっていると考えるのが妥当よね。それで真実を引き出して、私をここに惹きつけている間に問題の解決を図る…といった所かしら?」
「流石ですわね。」
ユウコの推測を聞いたマーガレットから怒気が消え去る。
この瞬間に火乃花は今までのマーガレットの行動に納得がいった。何故あれ程まで怒っていて、冷静さを欠いていたのか。全てはユウコから情報を引き出すつもりだったのだ。
今、魔法街は危機に瀕している。天地の目的を正確に把握する事も出来ず、攻め込む天地の構成員を迎撃しているのが現状だ。つまり、何も相手も狙いに対して先手を打つ事が出来ていない。
だからこそ、その状況を変える為に、マーガレットは怒り、相手に優越感を与えて情報を引き出そうとしていたのだ。
(…上手く騙されたわね。敵を欺くには仲間から…か。)
真っ直ぐな性格をしている火乃花には中々出来ない芸当である。戦闘においてもそこが火乃花の弱点でもあるので、直さなければいけない事は自覚しているのだが。
…と、話が少し逸れてしまったが、ユウコから情報を引き出す事に失敗した以上、する事は限られる。
ユウコを倒す事。魔法陣の発動を防ぐ事。
(でも、どちらをするにしてもあの8人が人質に取られているから…迂闊に動けないわ。)
所謂…八方塞がりである。
しかし、動きようがない筈なのに…マーガレットの言葉は予想外のものだった。
「私の渾身の演技がばれてしまった以上、もう戦わないという選択肢はないのですわ。では…ユウコ、これから貴女を倒しますの。」
「…え?」
疑問の「…え?」を発したのは火乃花である。
ちょっと理解が出来なかった。8人も人質に取られていて、これでユウコに対して攻撃を仕掛ければ1人ずつ殺されてしまう可能性があるのだ。迂闊に攻撃を出来るわけがなかった。
「…火乃花。もしかして貴女はあの8人全員を助けようとか思っていますの?」
「普通そうでしょ…?」
「甘いですわ。あの8人が捕まったのは、其々の研鑽が足りなかったが故ですわ。つまり、彼らの命を救うという尻拭いをする義理はありませんの。」
非情とも取れる発言にユウコが肩を竦める。
「思ったよりも薄情なのね。これじゃぁ人質を取った意味が無いじゃない。」
「そうですわね。私達シャイン魔法学院は何かあった時に人命よりも優先する事項を幾つか持っていますの。今回は、数名の命で魔法街に済む大勢の命を助けられる可能性が高いのですわ。心は痛みますが、必要な犠牲と割り切りますのよ。」
「そう。じゃぁ、この人達を態々ここで捉えておいて魔力を無駄に消費する必要はないわね。」
8つの柱状にそそり立つ影が蠢く。
「これを待ってましたわ!」
赤い光が薄暗い中華料理店の店内を走り抜ける。それはギリギリ視認できるレベルの速度でユウコへ迫り、直撃直前で下から伸びてきた影に阻まれた。
受け止めたユウコは無表情。だが、人質の8人が取り込まれている影の柱の動きが止まっていた。
「まだ行きますわよ。」
マーガレットの周りに赤い光が瞬く。それらは光速でもってユウコに襲い掛かる。
「…やるわね。」
感嘆の台詞を漏らしながらも、赤い光の攻撃を的確に防ぐユウコ。
沈黙からいきなり始まった魔法戦。そこにやや置いてけぼりにされている感が否めない火乃花だが、赤い光を絶え間なく放ち続けるマーガレットと目が合う。その視線は素早く動き…再びユウコに向けられた。
(そういう事ね。本当に油断ならない女だわ。)
マーガレットの意を汲み取った火乃花はすぐに行動を開始した。目指す先は…中華料理店の外だ。
「仲間を置いて逃げるの?臆病なのね。」
店内から走り去ろうとする火乃花の背中にユウコから挑発的な言葉が投げかけられる。
マーガレットが放つ怒涛の攻撃を受けながら言えるのだから、まだまだ余裕があるのだろう。
普段の火乃花ならイラッとして攻撃魔法でも放つものだが、今回はそういうわけにはいかない。一刻も早くこの中華料理店内から脱出する必要があるのだ。
後方から追撃があるかとも思ったが…どうやらマーガレットの攻撃を受けながらそこ迄手が回るわけでもないらしく、火乃花は妨害を受ける事なく薄暗い店内から外へ脱出する事に成功する。
「…ふぅ。これでいいわね。」
店の外には他の魔法使いたちが未だに待機を続けていた。まぁ、マーガレットが出した指示を破るのはよっぽどの事があった時だけだろう。そうでもしないと…火乃花ですら後が怖いなと思うのだから。
「火乃花さん!中の様子は!?突入した8人とマーガレットさんは無事ですか!?」
シャイン魔法学院の1人が必死な表情で問いかけてくる。
「待って。今はまだのんびり答えられる状況じゃないわ。先ずは今出来る事をするのが先決ね。」
そういうと火乃花は焔を操って巨大な剣を生成した。
「あの…火乃花さん。何をするおつもりで…。」
火乃花の視線が中華料理店を向いていることに不穏な気配を感じた1人の女性魔法使いが話しかけてくる。
「何をって、こうするのっよ!」
ブン!と巨大な焔剣が横に振り払われた。それは中華料理店の屋根の少し下部分に直撃し、斬り裂き、屋根から上を吹き飛ばし、燃やし尽くしてしまう。
「え…え…!?」
火乃花が暴挙に出たと勘違いした東区の面々は慌てふためく。が、火乃花はそれに目もくれずに中華料理店の上空へ向けて跳躍していた。
そして、眼下でマーガレットとユウコの攻防が続いていることを確認する。
「…いくわよ。」
焔鞭剣を右手に生成した火乃花は、躊躇うことなくユウコに向けて降下した。途中、迎え討つべく影が踊るように迫って来たが、それら全てを火乃花の焔鞭剣が斬り裂いて無効化していく。
正面からはマーガレットの魔法が襲い掛かり、上からは火乃花。この挟撃をユウコが避け切れるとは思えなかった。
それほどまでに隙間のない連携攻撃。
…その筈だった。
目の前に迫ったユウコに向けて焔鞭剣を振りかざした火乃花は、ユウコが薄く笑みを浮かべたのを見ていた。
不可解。自分が攻撃の直撃を受けそうな状況下において、笑みを浮かべるのはそれを気にしていないという証拠だ。
つまり、8人の人質の他に別の何かがあるという事。
ギュルン!と影が地面から伸び、ユウコの体を包み込んで地面へ消える。
「なっ…!?」
着地目的を失って着地した火乃花は慌てて周りを見回すが、ユウコだけが姿を消していた。人質になっている8人は相変わらず影の柱に取り込まれたままだ。
「…どうなっているの?」
「火乃花!あそこですわ!」
マーガレットが指差した先を見ると、少し離れた物見櫓の上に立つユウコの姿があった。
「少しは楽しませてもらったわ。まぁ、私がやりたいことを貴女達が勝手にやってくれたのは嬉しい誤算だったけれど。ともかく、これで私の役目は終わり。…次、生きて会えた時は正々堂々と戦いたいわね。」
「どういう意味ですの!?」
マーガレットの叫びはしかし、再び影に身を包んで姿を消したユウコから返答がくることはなかった。
「マーガレット。まだ警戒した方が良いと思うわ。」
「…えぇ。そうですわね。何が起きるか分かりませんが…。」
その時である。中華料理店に描かれた魔法陣の淡い光が、強い光へと変化する。
「なっ。」
そして、空から降って来た光の柱が魔法陣に落ちた。
「どういうこと…?」
いきなり起きた現象に眉を顰めながら、火乃花は空を見上げる。
そして…悟った。
「そんな…私の行動が裏目に出たの…?」
空には巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。中央区を覆う以上のそれは、空間型魔法陣だろうか。
通常では考えられないサイズの魔法陣が描かれていた。そして、ユウコの言葉から推測するに、この中華料理店に描かれた魔法陣が空に通ずる状態にしてしまったことが、今の現象に繋がっているとしか考えられなかった。
空が輝く。
それは、歓喜の光などではなく、狂気の光である事を思い知ることになるのだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
椅子に座って本を読み耽る男はゆっくりと顔を上げた。
空には大きな大きな空間型魔法陣が光り輝いている。
「遂にこの時が来たね。」
男は立ち上がった。
そして首を左右に振ってコキコキと関節を鳴らす。
「さぁ、世紀のショーが始まるよ。」
顔には優越感に浸った笑みが貼り付けられる。男はこの時を待っていたのだ。長い年月を掛け、自らの目的を達成する為に動いて来たのだ。
その悲願が成就する瞬間がやってきた。
故に、男は自らの正体を晒す。
そして、自らの目的を…知らしめるのだ。
 




