15-8-7.黒き龍と轟龍、東区における南区魔法使い
それは会話だった。
戦うはずの2人は、未来について意見を交わし合っていた。
確認されるのは覚悟であり、信頼。
そして、会話の結びはこう締めくくられる。
「…分かった。ならばいざという時は我が守ろう。」
「あぁ、頼む。」
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黒き龍の前に立つジャバックには、臆する態度は一切見受けられなかった。
堂々と立ち向かい倒すつもりなのだろう。あとは、それを実現しうる力を持っているか否か。
「黒き龍か…禍々しそうだが、そこに秘めたるは純粋なる力。我とどこまで戦えるものか楽しみだな。」
「グルルルル…。」
巨大な魔力球を打ち消してみせたジャバックを警戒しているのか、黒き龍は低い唸り声を漏らしながら動きを見せない。
或いは目の前にいる相手が秘めたる力を発揮するのを待っているともとれた。
そして、それに応えるようにしてジャバックは己が内に渦巻く魔力を高めていた。
「小手調べ…などはせぬ。我の全力を堪能するが良い。」
高まる魔力が身体の外にも現れ始め…。
「覚醒融合【轟龍】。」
龍の力を顕現する固有技名が発せられた。
ジャバックの頭に左右2本ずつの角が生え、身体の周りには波打つ魔力の線が浮かぶ。同時に強力な魔力圧が辺りを席捲した。
人間を超越した姿と力を顕現したジャバックは頬を歪める。
「黒き龍よ。我を失望させるなよ?」
そして、人間という枠組みを大きく超越した存在同士の戦いが幕を開ける。
ジャバックは魔法陣展開魔法を操り、次々と展開する展開型魔法陣から攻撃魔法を嵐のように放ち、対する黒き龍も同様に展開型魔法陣を中心に対抗していく。
1発毎に込められた力が桁外れの魔法同士が花火を散らす。それは想像を絶する程の戦いでありながら、見る者の目を惹き付ける美しさも誇っていた。
色とりどりの魔法が空間を彩っていく。そこに存在するはずの破壊的な力は、堂々と戦いを続ける黒き龍とジャバックによって存在感が薄れていく。
「…すごい。」
戦いに参加する事も出来ず、逃げる事も出来ず、ただそこに居る事しか出来ない。戦いに参加したくないのではない。逃げたくないのでもない。そこに居たいと本能が訴えるのだ。
今この場で起きている戦いは…これまでに見たどんな戦いよりも激しく美しかった。
自分がまだまだ到達できていない頂の1つを見ている感覚にルフトは身を震わせる。
「すごい…!こんな戦いがあるなんて。」
「おいルフト…。今は感動してる場合じゃないだろ。」
その感動に横やりを入れてきたのはラルフである。
「ラルフはこの戦いを見て体が震えないの?相当に凄いんだもんね!」
「そんなのは分かってる。けど、ジャバックがあの龍を抑えてる間にしなきゃならない事がある。」
「……今回の天地による襲撃の目的を突き止める事?」
「あぁ。セフがこの場所を離れたのが気になる。あの龍と戦ったのも…なんつーか、ついでに戦った感が拭えねぇ。」
「…確かにそうだね。分かった。俺は…本音ではこの戦いを見てたいけど、後衛で何か変化とかが無いか確認してくるよっ。」
「頼む。俺は周辺に何かないか確認してみる。」
ルフトとラルフは頷き合うと、戦闘を継続中の2者を刺激しないように行動を開始した。黒き龍の目的も天地の目的も分からない以上、素早い行動と判断が求められるのだ。
願わくば、最悪とも言える事態にならない事を祈るばかりだった。
盛大に存在を主張する魔法の激突による花火を背に、2人の魔道師は走り出した。
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黒き龍とジャバックの戦闘が開始される少し前、魔法街東区陣営では火乃花とカイゼが天地のキールとユウコを相手に奮闘を続けていた。
魔法街戦争が勃発する直前に東区へ和睦の交渉に訪れていた筈の2人が、今この場所で東区陣営の者達と共闘するに至ったのには理由がある。
魔法街強制統一後に戦争勃発の危機感に揺れる中、南区でヘヴィーと魔道師団の面々と戦争回避のために会議を行い、東区担当になった火乃花とカイゼは東区陣営の前に到着していた。当然のことながら門前払いを受けるであろう事を覚悟しての訪問。それはそうだろう。南区と東区は魔道師団同士ではある程度の交流があるものの、結果的に有効な関係を築けているかといえば疑問が残る程度の関係。
それに、魔法街の強制的な統一によって区間の関係は悪化。そこから戦争勃発寸前の状況までもつれこんでいるのだ。通常であれば他区の者が訪れたら追い返す。
だからこそ食い下がって食い下がって、最悪は実力行使をしてでも東区のシャイン魔法学院学長で魔聖のセラフ=シャインと話すつもりだったのだが…。
「よくいらっしゃったのですわ。貴方達が来るのを待っていましたの。」
陣営の前で腕を組んで立っていたマーガレット=レルハに何故か歓迎?ムードで出迎えられたのだった。
マーガレットに連れられて東区陣営の作戦本部に到着した火乃花とカイゼを待っていたのは錚々たる面々。
第6魔道師団のマリア=ヘルベルト、ミータ=ムール、ジェイド=クリムゾン、火乃花を連れてきたマーガレット、かつて魔法学院対抗の試合で戦ったアクリス=テンフィムス、シャイン魔法学院教師で第1魔道師団のホーリー=ラブラドル。そして魔聖のセラフ=シャイン。
東区の主要戦力の全員が待ち構えていた。もし襲い掛かられたら簡単に負けるであろう事が予想される強者揃いである。
「…何よこれ。私達をハメたの?」
思った以上に豪華な面々による出迎えで警戒心マックスの火乃花に対し、マーガレットは口元に手を当てて豪快に笑う。
「ほーほっほっほっ!何を言っているのでしょうか?私達はそんな姑息な手は使いませんのよ?」
「だったら…俺たちと力試しでもすんのか!?喜んで受けるぜ!」
目をキラキラ輝かせながら戦いたいと主張するカイゼ。それを見た火乃花はため息をつかざるを得ない。
「あんたねぇ…何で戦おうとしてんのよ。」
「へへっ。だってよ、こんなに強い奴等と会えるなんて滅多にないぜ!?」
「カイゼ…だったかしら。あなた馬鹿ですわね。」
空気を読めないカイゼの態度に呆れたのか、腰に手を当てたマーガレットが馬鹿呼ばわりする。しかし…
「おうよ!俺は馬鹿でいいんだぜっ!?細かい話とか苦手だし、何言ってるかわかんねぇもん。」
…という開き直りの反撃を受ける事となる。
腰まである長い赤髪を後ろで一本に纏めたカイゼは、フワッとした前髪やパッチリとした目という事も相まって見方を変えれば相当の美人女性である。勿論男性であるし、これで頭脳が完璧だったら文武両道で非の打ち所がない存在だが…現実的には頭脳は限りなくゼロに近い。天は人に二物を与えずとはまさしくその通り。
だが、状況が状況なだけにカイゼの自由奔放に惑わされるにはかない。
故に火乃花は炎の鉄槌を叩き込むことに決めた。
ズガァン!!
と、耳をふさぎたくなる打撃音が響き、地面にめり込んで動かなくなったカイゼを満足気に見た火乃花は静かに頷いた。
「うん。これでいいわね。じゃぁ話の続きをしましょうか。」
「…おもしれぇなお前。」
と、ホーリーが賛辞を送るのだった。
……………。
そして、シャイン魔法学院の作戦を聞いた火乃花は、椅子に座り、腕を組みながら考え込んでいた。
腕を組む事で豊かな双丘が強調されるが、生憎この場にはセラフやマーガレットという更に上の質量を誇る存在がいるので、大して目立ってはいない。いや、決して目立ちたいと彼女が思っているかとかそういう話ではないが。
「…その話、本当なの?だとしたら区間で諍い合ってる程、相手の思うつぼじゃない。」
火乃花が考え込むのも致し方がない事。なにせ、セラフから聞かされたのは、今回の魔法街戦争が天地によって引き起こされたと東区が判断しているという事実。その天地が戦争の戦いに紛れて攻撃を仕掛けてくるという予測。そして、天地が本性を現したタイミングで討ち取るという東区のプラン。
わざわざ戦争が本格化するのを待つ必要があるのか。というのが火乃花が東区の者達に伝えた純粋な疑問である。
だが、その疑問が幼稚なものである事をマーガレットの言葉によって痛感する事となるのだった。
「甘いのですわ。天地は魔法街だけではなく他の星にも工作員を潜入させているスペシャリスト集団ですの。今回の魔法街統一という大きな工作すら私達は防ぐ事が出来ませんでしたわ。さらに半獣人だって、魔瘴クリスタルの流通だって私達は防げなかったのですわ。これらの事件は全て魔法街の中に天地の工作員が紛れ込んでいるという事を示しているのですわ。それが、この天地にとっても大切であろう場面で尻尾を掴ませると思いますの?もうチャンスは彼らが本性を自ら表すタイミングしかないのですわ。」
言われてみればその通りである。火乃花は過去に何度か天地と遭遇したことがあるが、どの場面でも相手にすらなっていない。
「つまり、このまま魔法街戦争に突入するって事よね?」
「えぇ。それが魔法街を救うために必要なプランですわね。」
「火乃花。私は一時的な平和とかはどうでもいいんだよ。最終的にこの魔法街が平和にならないとしょうがねぇだろ?」
マーガレットに続けて口を開いたのはセラフだ。肩まであるピンクの掻き上げながら、どこ面倒くさそうに言う姿は見方によればスケバン女子高生である。
だが、実際には魔聖という魔法街を代表する最高戦力の1人であり、口が悪く、豪快だが曲がったことが大嫌いという強い正義感を持った女性なのである。
「セラフ学院長の言う事は分かるわ。でも、もし天地が尻尾を出すのを捕まえられなかったらどうするの?それこそ取り返しのつかない事態になるんじゃないかしら。」
「あぁん?そんなの決まってんだろ。捕まえるんだよ。全ての行動を捕まえる為の行動にすんだよ。他区との戦闘行為も、陣営の配置も全てが天地の奴等を捕まえてぶっ潰す為に行う。だから見逃すなんてありえねぇ。」
…物凄い自信である。
故に火乃花は無謀かどうかという話は選択肢から外す事にする。
東区の目的も手段もある程度は分かったのだから、残る大きな疑問は1つだけ。
「その作戦については分かったわ。でも、天地を炙り出すその大切な作戦を何で私達に話したのかしら?それは東区でやればいい事よね。」
「だからだよ。」
「…どういう事かしら?」
「いいか、天地は東区の魔法使いの実力を測って、そこに対抗しうる戦力をぶつけてくるはずだ。その戦力を読み誤らせるんだよ。お前たち2人が伏兵として潜むんだ。」
なるほど確かに…だが、今の話をベースに考えれば問題点も出てくる。
「その考えは分かるわ。そうした場合だけど、私とカイゼがいる事を前提に天地は南区へ戦力を送り込むわよね?そうなった時に南区が負ける可能性があるわ。」
「はん。賢いこったな。そこは大丈夫だ。南区にはジェイドを攻め込ませる。こいつの力はお前らに匹敵する。あとは…1人減った位ならラルフの奴がどうにかするだろ。」
「いや…それは分かるけど、実際問題として南区の戦力が不足するのは目に見えているわ。その中で南区を犠牲にする意味があるのかしら?」
「なぁに生ぬるい事を言ってんだ。いいか?犠牲を出さずに全てを救おうなんてただの夢物語だ。こっちも配慮してジェイドを送るってんだろ?要は東区が天地のやつらをぶっ倒すまで持ちこたえればいい。その後は南区に加勢するつもりだ。」
「……。」
セラフが言う事は間違っていない。確かに南区のメンバーであれば天地の襲撃を受けたからといって、すぐに瓦解する事はないだろう。しかし…しかし、である。
「なぁ火乃花、仲間を信じるのもイイと思うぜ!?」
明るい声でそう言ったのはカイゼである。火乃花にぶっ叩かれた衝撃から立ち直ったのか、元気そうに笑っている。
いや、そもそもそんなに明るい話題ではない筈なのだが。
「あんたねぇ、一応今までの話は聞いてたのよね?」
「もちろん!へへっ。俺、いまいち深い話は分からないんだけどよ、要は仲間を信じればいいんだろ?んでもって天地の奴らを倒そうぜ。仲間を信じないで何を信じるんだよ。」
「ん……。」
核心を突いていた。安全策を取って進む限り、ギリギリの戦いに勝てないのもまた真理。
「…分かったわ。」
「思ったより早く決断したじゃねぇか。私達の事を信じた事に礼を言おう。じゃ、具体的なプランをこれから伝えるぜ。」
火乃花とカイゼに感謝の意を伝える為に頭を下げたセラフは、後ろに置かれたホワイトボードに作戦を書き込み始めるのだった。
そして、場面は第2次魔法街戦争が勃発し、空から凶星が各区陣営へ降り注いだ時へ移っていく。




