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Colony  作者: Scherz
第六章 終わりと始まり
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15-8-6.対峙する者

 黒き龍がセフと戦っている様子を離れた場所から眺めていた者がいた。その者が立つ場所は…虚空だ。

 筋骨隆々の腕を組み、鍛え上げられた褐色の上半身を惜しげも無く外気に晒す男は、金が混じった白髪を風になびかせながら沈黙を保っていた。

 眼下の戦いは激しさを増し、黒き龍と戦うセフの実力は折り紙付きと言えるだろう。

 やがて、その激しい戦いは終わりを迎えた。セフが影に包まれて姿を消し、標的を見失った黒き龍が南区の魔法使いを…特にラルフをターゲットにしたのを確認すると、ゆっくりと目を細める。

 無感情にも思える視線は…複雑な感情が入り混じっていた。怒り、驚き、喜び…そして憐れみ。

 黒き龍の一挙一動を静かに、しかしその全てを見逃さないように観察する。

 そして、その男は笑み…を見せた。どんな意味があったのかは誰にも分からない。が、何故か好意的なものであるのは間違いがなかった。それ自体にどんな含みがあるのかは別にして。


 同タイミング。

 地上では黒き龍が動き始めていた。鋭い踏み込み…などでは無く、一歩一歩静かに進んできている。その進路上にいるのはラルフとミラージュだ。

 ただ歩いているだけなのに、一歩近づく毎に増すプレッシャーは驚異的だった。像の前の蟻…そんな気分である。


(くそ…ここに来るまでに魔力を使い過ぎてる…。全力で戦えればまだ対抗できるが…。)


 ラルフは胸の奥から湧き上がる歯痒い想いを抑える事が出来ない。残りの魔力は4分の1程。これでは全力の戦いを長く続ける事は出来ず、目の前にいる強敵を確実に倒すとなると一撃に掛けるしかなくなってくる。

 しかし、その一撃に掛けるにしては相手が悪すぎるのも事実である。ラルフの見立てでは黒き龍はセフとの戦いで実力の半分も出していなかった。余りにも強すぎる。余りにも底が知れなさすぎる。

 …それでも、一撃に掛けなければ自分たちが生き残る道はないというのも予測できる未来。


(どうにかあいつの注意を逸らして全力の一撃を叩き込めれば…いけるか?)


 ゆっくりと近づいてくる黒き龍の動きを懸命に観察する。動きに規則性は無いか、癖は無いか、攻撃の予兆となる予備動作は無いか。これまでの経験から学んだことを全て活かし、突破口を探す。

 だが…。


「…おいおい。どうしろってんだよ。」


 歩みを止めた黒き龍は左手をゆっくりと上げ、瞬時にしてビル一棟分はあろうかという大きさの魔力球を生成したのだった。ただ大きいだけではない。巨大な球体の中に込められているであろう魔力は…ラルフが全快の時に魔力全てを出したのよりも…大きい。

 絶望的だった。黒き龍が生み出した魔力球にラルフ1人で太刀打ちする事はほぼ不可能。横にいるミラージュや、周りにいる遼、ジェイド達の力を合わせても…。


(…ん?)


 ふと視界にテングの姿が映る。遼と戦っていたはずのテングは呆然とした表情で黒き龍を眺めていた。遼がセフへ攻撃を行った後からその場所にいるのだろうか。

 そうだとしてもテングの様子には違和感を覚えざるを得ない。そもそもセフが消えたのにテングがこの場所に残っている理由は何なのだろうか。その目的は。


「グルゥゥゥ。ガァ!」


 だが、不可解なテングの様子に対する考察を続ける事は許されない。遂に黒き龍から魔力球が放たれたのだ。


「まずい…!」


 ラルフはすぐさま残っている魔力をかき集めて前方に魔法障壁を展開するべく練り上げていく。しかし…耐えうる強度まで届かない。

 これでは全てが無くなってしまう。

 これまで、どんな想いで歩んできたのか。第1次魔法街戦争の後悔を2度と繰り返さない為に、どれだけ苦労をしてきたか。未だ学院間の溝は深い。表向きは友好関係を築けているように見えるが、他学院の人間が他区に入る事は許されていない。未だに学院生同士の喧嘩も絶えない。魔聖同士も決して友好関係とは言えない間柄もいる。これらの問題を解決すべく…同じ過ちを繰り返さない為にラルフは全力で様々な問題に取り組んできた。

 学院間の調整。魔道師団から始まる学院間の共同任務。魔法学院教師同士の交流会。次世代魔法使いの育成と交流を目的とした試合。

 それら全てが無に帰してしまう。今、ここで、死ぬことは出来なかった。

 最愛の妻、リリスは今どうしているのだろうか。半獣人に倒されてはいないだろうか。…信じるしかない。

 セフに突き刺されたレイラは?…セフと共に黒い影に呑み込まれて姿を消してしまった。死体がないのなら、弔う事もできない。

 龍人は?魔力反応も生命力反応も感じる事が出来ない。死んでしまったのだろうか。

 他の区はどうなっている?誰が生きている?誰が死んでいる?天地の誰がどこに攻めている?戦えているのか?負けているのか?それとも…勝てているのか?


(終われない。終われねぇ。…終わらせてたまるか。終わるものか!!)


 感情が爆発する。ラルフは生きなければならない。目の前にいる黒き龍が何を目的として現れたのかは分からない。しかし、今この場において自分達を倒そうと攻撃を放ってきたことは事実。

 ならば、全力で…いや、命を懸けて対抗すべきである。それが、ラルフが自分自身に課した使命を全うするために必要な事。

 魔力?

 足りないのなら、別で補えば良い。死んでは元も子もないのだから。


「うおぉぉぉぉぉおおお!!!」


 ラルフを中心に強力な魔力が巻き上がる。


「え…ラルフちゃん?」


 その魔力を見たミラージュが戸惑った声を上げた。それもそうだろう。なにせ、ラルフから発せられる魔力は…生命力を変換した魔力なのだから。


「ラルフちゃん…使いすぎたら死んじゃうんだよ!」

「分かってる。けどな、俺は皆を守る。これまでの事を無駄になんてさせるか。」


 決意のこもったラルフの声にミラージュは二の句を継ぐことが出来ない。が、数秒後にはミラージュからも魔力が巻き上がり始めていた。


「…おいミラージュ?」

「へへっ。ラルフちゃんが命を懸けるんだから、私も命を懸けるんだよっ。」

「…悪いな。」

「いいのっ。それよりも…いくよ?」

「…ああ!」


 2人が発動するのは防御ではなく、攻撃魔法。ラルフを中心に次元魔法が、ミラージュを中心に光魔法のエネルギーが高まり、2つの属性魔法が迫る魔力球に向けて放たれた。

 …正直、分が悪い戦いだった。黒き龍は強力な魔力球を放ったのにもかかわらず、さもそれが自然な行動のような態度なのだ。それに対してラルフとミラージュは文字通り生命力を魔力に変換した命懸けの攻撃。ここまでしても…届くかは分からない。

 魔力球と2つの属性魔法が激突する。その衝撃波が周囲の地面を、瓦礫を破壊していく。

 力は拮抗…しているように見えて、やはりそうはならなかった。魔法を放つラルフとミラージュの足元後方地面に亀裂が入り始めたのだ。


「…くそっ!強すぎる!」

「ラルフちゃんまずいんだよ!」

「グルウアァァア!」


 黒き龍が再び咆哮する。すると…魔力球が更に大きくなった。


「まずい…!」

「だめぇぇえぇ!!」


 2人の叫び声は魔力球に呑み込まれ…。




 閃光が周囲を包み込んだ。




 音も搔き消え、視界が白一色に包まれる。


 そして…ふと、白の中に男が現れた。筋骨隆々の上半身を晒した男は、腕を組み、ラルフ達に背を向ける格好で立っている。

 その姿は見覚えがあった。


「お、お前は…。」


 ラルフが口にした戸惑いの声に反応した男は、わずかに首を後ろへ向ける。


「うむ。ここから先は我に任せてもらおうか。」

「だが…あいつは…あいつの強さは異常だ。」


 そんなラルフの忠告は…意味をなさない。


「無論心得ている。だが、ここで引くわけにもいかないだろう。我の力を持って奴を止めると約束しよう。ジャンクヤードの王と呼ばれた我の力を見せる時がきたという事だ。…この時が来ぬ事を願っていたが

仕方がない。」


 決意を感じさせる言葉だった。魔法街に来てから一度も本気で戦う姿を見せなかった男が、本領を発揮する。


 ジャバック=ブラッドロード。かつて機械街の巨大勢力であったジャンクヤード。その国を纏めていた男が動き出す。

 …かつての約束を守るために。

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