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Colony  作者: Scherz
第六章 終わりと始まり
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15-7-7.タム=スロットル 絶望の先に

 メガネ君の太腿に杭を叩き込んだ男は、狂気の笑みを貼り付けたままタムを見下ろした。冷たく、どす黒く濁った瞳が細められる。


「お前だな。」

「…何を言ってるっす?」


 だが、男は答える事なく手に持つ杭をクルクルと回し始めた。怪人仮面のような笑みを浮かべる男はタムの頭に脚を優しく乗せる。


「何も知らない。何も分からない。何も出来ない。誰も助けてくれない。誰も赦してくれない。逃げられない。逃げたくない。死にたくない。…お前はそんな感情を一気に味わった事があるのか?人は人が起こす、人が与える絶望に寄って全てを失う。それを知っているのか?絶望は人を狂わせ、歩むはずだった人生を狂わせる。絶望がそれだけの力を、絶望が人の生きる道を変えてしまう事をお前は知っているのか?」

「何を言ってるっすか…。」

「くくくくく…。分からないのか。そうだよなぁ。お前達にとったら俺はゴミダメみたいな存在だ。」

「だから何を…。」


 ガスッ!


「ぐ…がぁぁぁああ!!!ゲホッゲホッ…グエェ。」


 何を言っているのか分からない。そう言おうとしたタムの喉に男の爪先がめり込んで蹴飛ばした。無防備に受けた蹴りは気管を潰し、タムは呼吸困難に陥ってしまう。


「それは痛みだ。痛みは心に突き刺さる。痛いのはやだ。痛くなくなって欲しい。そもそもなんで自分が受けなければならないのか。なんで自分はここにいるのか。逃げたい。逃げ出したい。他の人ではいけないのか。自分が何をしたっていうのか。どこで間違ったのか。何故間違ったのか。平穏な人生を望んでいた。このまま失ってしまうのか。自分は死ぬのか?殺されるのか?どうやって殺される?何故?殺されるのか?理由は?何故?何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故!!!!!!!」


 男は絶叫すると杭をメガネ君の腹へ突き刺した。メガネ君の絶叫が迸る。だが男は意に介さずタムの近くにしゃがみこむ。


「だが…足りねぇ。」

「がはっ…。」

「てめぇは俺にぶつかった。俺は歩いていただけだ。ただ、ただただただ普通に歩いていただけだ。それなのにてめぇは俺にぶつかり、謝る事もせずに去りやがった。ぶつかられた俺がどんな気持ちだったか分かるか?俺がどれだけ痛かったか分かるか?些細な事で人は大きく傷つくんだよ。そんな事も分からないのか?」

「ぐ…。」


 喉を蹴られた衝撃でまだ言葉を発せないタムを見て、男は話を続ける。


「そもそもだ。表通りを歩くお前達が何故裏通りを走る?それぞれの奴らが住むエリアがあるだろう?それを何故侵害する。そして、何故謝らない?世界はお前達の為に回っているのか?お前達は何をしても許されるのか?」


 男の言葉は続く。


「そんなわけねぇよなぁ?神にだって許されない行為ってのは存在する。それが、表通りでゆったりと馬鹿みたいに笑って歩いている連中が…俺たちの権利を住処を侵害するんじゃねぇ!」


 そして、興奮が高まったところで男は急にその熱を冷却した。


「だからよぉ。お前には、全てを失うって事を教えてやるよ。」


 一切の温度を感じさせない無感情な声がタムの背筋へ滑り込んでくる。


「ど…ういうつもりっす…?」

「見てりゃぁあ分かる。」


 スクッと立ち上がった男は静かにメガネ君に歩み寄って行く。

 両手両脚に杭を打たれ、腹と太腿に更に杭を打ち込まれたメガネ君は既に朦朧とした意識レベルだった。項垂れ、羞恥心が激痛によって失われたからか、口から涎を垂らしている。

 重症といって過言ではない状況だが、唯一の救いは杭が刺さったままだという事。もし、これで杭が抜かれていたら出血多量で既に事切れているはずだった。

 メガネ君は男の接近にも気づく事が出来ない。故に自身に訪れるであろう悲劇にも気づけなかった。いや、既に悲劇の最中か。

 男の雰囲気にタムは嫌な予感がして必死に声を絞り出す。


「や…やめるっす!」

「さぁ。始めるか。」


 男の手がメガネ君の体に突き刺さったままの杭に伸び…引き抜いた。


「ぎゃぁあぁぁああぁぁぁあぁっぁああああああああ!」


 迸る絶叫。迸る血液。

 杭によって止められていた流血が開始される。

 そして、男はメガネ君の絶叫などどこ吹く風のようにしながら杭を次々と抜いていった。


「あ…う…。あぁぁぁあぁぁぁ……。」


 全ての杭を抜かれたメガネ君は下を向きながら小さい呻き声を漏らすことしか出来ない。死の間際…だった。


「どうだ?仲間が死にそうなのは。」

「お前…!」

「ははっ!恨めよ。こんな状況になるきっかけをつくった自分をな。まさか忘れてはいないと思うけどよ、お前の仲間はあと4人いるわけだ。そいつらが同じ運命を辿るのを…お前は正気を保って見てられるかな?」

「……え?」

「言っただろ?全てを失わせるって。」


 そういう男の手にはナイフが握られていた。それは振り上げられ、無造作に振り下ろされた。


 再び絶叫が木霊し、空間が赤に染まっていく。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 …………………………………。


 どれ位の時間が経ったのか分からない。時間を気にする余裕すら無かった。

 …心が憔悴しきっていた。

 何故自分がこんな目に合わなければならないのか。どうして。

 何がいけなかったのだろう。新作ゲームをする為に裏通りを走り抜けたからだろうか。それとも、男に軽くぶつかったからだろうか。

 タムの仲間5人は、タムの目の前で蹂躙され…死の間際で喘いでいる。いや、もしかしたら死んでいるかもしれない。

 近くにいって確かめたい。仲間の無事を確認したい。生きていて欲しい。救いたい。誰かに助けて欲しい。


 しかし、タムは動く事が出来なかった。拘束なんて一切されていない。それなのに、体が動かなかった。恐怖…ではない。むしろ抱いている感情は男に対する怒り。


 いや。……違う。

 タムが自分の中で感じている怒りは男に向いているようで、その実…自分に向いていた。何もできない自分への怒りだ。

 タムは動きたくなかったのではない。動けなかったのだ。

 自分が動いても仲間を助ける事は出来ないと感じてしまっていたのだ。それは、ナイフを突き刺す男が魔法を使っていることに気づいてしまったから。

 もちろんタムも魔法を使うことは出来る。しかし、誰かとの戦いなどで使えるほどのスキルは持ち合わせていたなかった。稀有な能力を自分が持っていることは知っていたが、それを使いこなせるようにしようと思った事が無かったのだ。

 追い込まれた先に能力が開花して敵を圧倒的な力で倒す。…そんな空想の世界にあるような事が起きれば良かったのだが、現実は甘くない。ただただ、男と自分の実力差を知って何も出来なかっただけ。

 自身の身を投げ出して仲間を助けようとする事もできたかもしれない。しかし…それをしても助けることは出来なかっただろう。ただ死ぬ順番が変わったであろうというだけの話。


(…力が欲しいっす。大切な人を…守れる力が。)


 そんな絶望という蟻地獄にハマったタムへ男が近づいてくる。


「さぁ、どうだ?お前は全てを失った。失った責任はお前にある。」

「俺に………力がないからっす……。」

「……くくくく。くくっ。ヒャハハハはははは!」


 男は笑い出す。


「そうだ!良く分かってるじゃねぇか!そうだよ。世の中は力なんだよ。どんなに頭が良くたって、力のないやつは力のあるやつに蹂躙される!力があれば頭脳なんて関係ねぇ!誰かを守るのも、誰かを殺すのも全てはそれに見合う力が必要なんだよ。そんな当たり前のことも知らない平和ボケした阿呆どもがこの星にはわんさかと溢れてやがる。くだらねぇ。何が学歴だ。何が家柄だ。力がない奴はそれに変わるものに力を見出そうとして縋りやがる。だが、そんなもの仮初めの力に過ぎねぇ。本当の力の前には全てが砕け散るんだよ!」


 …正論だった。タムは今までの自分を後悔する。もし、自分の能力を伸ばす努力を常日頃から続けていたら、仲間が蹂躙されるのを止められたかもしれない。捕まることすら無かったかもしれない。

 全てが仮定の話に過ぎないが、それでも自分を責めるには十分だった。


 そして…。


「さぁ。絶望は出来たか?」

「そりゃ…するっすよ。」

「そうか。なら、絶望と共に死ね。」


 男の両手にナイフが現れる。どんな原理なのか分からないが、男はナイフを自由に出現させたり、消したり出来る力を持っていた。魔法…なのだろう。

 これまで魔法を勉強してこなかったタムには…さっぱり分からない未知の力だった。

 魔法の素養があるために魔法と分かるが、魔法の知識がないために何も分からず、何も出来ない。

 男が言う力とは、単純に暴力の事を指しているのだろう。タムはその暴力が……欲しい。


 いや…そんな事を思うはずが無かった。

 欲しいのは力だ。その中には暴力も含まれるかもしれない。しかし、それだけではない。求めるのは様々な脅威から大切な人を守れる力。

 知識も必要だ。戦う力も必要だ。仲間という力も必要だ。

 漠然としているかもしれないが、この時この瞬間…タムはそういう力を欲していた。


(けど…この男に殺されるっすから………もう意味がないっすね。)


 自分が欲するものが分かった上で、最早その力を手に入れても使う機会が無い事も分かっていた。なんと侘しいことか。

 男のナイフが振り上げられる。死が近づいて来る。


 そして…。

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