15-7-6.タム=スロットル
タム=スロットルは南区で共に過ごしてきた仲間を裏切った。
いや、正確には最初から仲間のフリをしていただけだ。しかし、タムの事を仲間だと思っていた者達からすれば、裏切られたも同然。
だが間違ってはいけないのは、正確には裏切ってはいないという事。ただ…南区の魔法使い達が勝手に騙され、仲間だと信じただけだ。
だから、タムは何も負い目を負わない。何故なら、彼は自身の目的を達するためにここに居るのであって、仲間と仲良しごっこをする為にいるのでは無いのだから。
全ては、力を得る為。
セフという強力無比な存在から数多のことを学び、強くなる為。その為ならどんな手段を使っても彼についていくし、彼の思考を学ぶ為にどんな任務でも遂行する覚悟がある。
それが人としての道を踏み外していたとしても…構わない。
何故なら、タムは過去に人としての人生を一度終えているのだから。
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今から遡ること数年前。
タムはとある星で普通の若者として過ごしていた。
精霊魔法を使えるという稀有な能力を有してはいたが、それは絶対的なものではなかった。魔法が全てではない世界。学生は学力で評価され、社会人はどれだけ社会に、会社に貢献できるかという点に於いて評価される星。
その中で魔法を使える者も一定数は存在するが、あくまでも魔法は付属という考えだ。むしろ魔法を使って悪事を働く者が多く、その者達を取り締まる為に魔法を使える者が警察官として登用されて重宝される程度。
稀に魔法を使った戦いのイベントが開催もされるが、それは多くの人々の中で優勝者を予想する賭けイベントであり、純粋に戦いを楽しむ者などいなかった。
こんな社会背景からか、特別な魔法能力を有していたとしても、それを生かして仕事をしようという者がいないのが特徴でもあった。見方を変えれば才能が生かされない土壌が自然と培われていたというのもまた事実である。
自然とそういう社会が出来上がったのか、それとも誰かの思惑によって形作られたのかは分からない。
だが、その社会に住む者達はそれで満足していた。満足出来ない者は警察として訓練に励むか、裏社会に属して秘密裏に力を蓄えて悪事を働くかという2極化の様相を呈していた。
この社会構造が悲劇を生む。
それは、元からあった悲劇なのかもしれない。ただ単純にタムがその悲劇の存在に気付かないで日々の生活を過ごしていただけなのかも知れない。
だが…ひとつだけ言える事は、その悲劇がタムという男の人生を大きく狂わせたという事。
ある日、いつもつるむ5人の仲間達とゲラゲラ笑いながら大通りを歩いていたタム達は、人気のゲームセンターにいこうという話で盛り上がっていた。
「それ賛成っす。あの格闘ゲームはマジで燃えるっす。特に女キャラが強技を受けた時に服が破けて胸がほとんど丸見えになるのがイイっす。」
「ははははっ!タムは相変わらずど直球のエロが好きだな。もっとゆっくり脱がせて見えるか…見えないか…いや、見えない。いや……見えた!しかも巨乳でたわわ!みたいの方がいいだろ!?」
「いやいや。それじゃぁただのエロゲーっす。俺はエロゲーには興味ないっす。あくまでも純粋に格闘とかの別のことを楽しんでいる副産物でチョイエロがあるのがいいんすよ。何かコンボを決めた時に服を破く!って思うと気合が変わるっすよ。」
「はぁ?それだったら純粋にエロゲーをする方が遥かに良いだろ?」
「分かってないっすねぇ。」
「いやいや!分かってないのはタムだって!」
「あのさ…2人とも大通りで大声でエロについて語るのは…。」
ちょっと真面目そうなメガネ君が気まずそうに辺りに視線を送りながら小声で2人
注意するが、それは逆効果だ。
「いやいや!男ならこの話を語りつくすべきっす!」
「そうだよ!お前はどっち派だ??」
「え、あの…。それは夜にでも…。」
「男は常に発情だろ?」
「いや、発情はおかしいっす。でも、ここで盛り上がっているのに話を終えるのは反対っす。」
こんな感じで馬鹿みたいに、男同士が集まったらいかにも話しますといった内容で盛り上がるタム達。そんな彼らは大通りに設置された時計を見ると動きを止める。
「あれ…確か今日の新作リリースって12時っすよね?」
「そうだけど…。ってあと10分じゃん!」
「そ、それはマズイよ。人気作だから早く並ばないと…。新作リリースの時はゲーセンが大混雑するんだもん。」
「そうっすよね…。よし、そうしたら全力で走るっす!」
「いや待て。裏通りを通れば早い!それなら間に合うはずだ!」
「裏通り…。確かにこの状況で背に腹は抱えられないっす!行くっす!」
こうして彼らは裏通りを使って目的のゲームセンターに向かう事で一致団結する。
通常、裏通りは悪漢がいる事で有名であり、一般人は滅多なことでは近づかないエリアだった。
しかし、過去にタム達は何度か怖いもの見たさで裏通りに足を踏み入れたことがあり、その時には何も起きていなかった。この事実が彼らに裏通りへ行くというハードルをかなり低くさせていた。しかも今日は人気ゲームの新作リリース。ちょっとの危険を侵す価値があったのだ。
裏通りを走り抜けるタム達。
そしてこんな日に限って悪漢に襲われてしまう。…なんて事は無かった。薄暗い裏通りは相変わらず不気味な雰囲気を漂わせていたが、額に傷がある男が出てくるわけでも、指がない男が出てくるわけでもなく、ただ走り抜けただけ。
敢えてトピックスとして挙げるとするならば、曲がり角を曲がった時に軽く青年にぶつかってしまった位か。とはいえ、ぶつかったと言っても軽く肩が触れた程度であり、どちらかが転んだなんて事もない。通常の生活を送っていればたまに起きるであろう事象の1つに過ぎない出来事である。
そんな小さな冒険?を乗り越えながらも、ゲームセンターに到着したタム達は店の前に並ぶ行列を見てげんなりとした表情を浮かべるのだった。
「まじっすか。」
「これは…過去最大級だね。」
「並ぶぞ。俺はここまで来て帰るなんて出来ない。」
「そりゃぁ並ぶっすよ。けど、待つっすねぇ。」
2時間以上待ちそうな長蛇の列に思わず天を仰ぐタムであった。
そして4時間後。思った以上に待ち、30分という限られたプレイ時間を満喫したタム達6人はギャーギャー騒ぎながらゲームセンターから出てくるのだった。
「やばい!マジでやばい!あの場面であの展開はやばい!マジ、俺泣きそうになったわぁ。」
「それに今回の戦闘システムも良いよね。アクションとタクティクスが上手く融合してるよ。戦略だけだとアクションのレベルが高いと突破されるし、アクションだけに偏りすぎると戦略の前に何も出来なくなるし。これは久々に神新作かも…。」
「間違いないっす。このままだと人気爆発で毎回長蛇の列になりかねないっす。」
「だな!今のうちにゲーセンで腕を磨いて、家庭用で発売された時にどれだけ他の人と差を付けられるかだな。オンラインでのランキングバトルとか…今から想像するだけでテンション上がるぜ!」
と、こんな感じでゲーマー魂を煮え滾らせるタム達は近くのファミレスで新作プレイ後の感想交換と、今後の家庭用ゲーム機でオンラインが実装された時にどうやってトッププレイヤーとして君臨するかという…ある意味ゲームに興味がない人からしたら時間の無駄遣いでしかない内容に全力を注いだのだった。
「じゃ、また明日っす。」
「うん。明日もゲーセン行く?」
「俺は行くぜ!」
「僕も行こうかなぁ。」
「行くに決まってるっす!」
「行くイクゥ!」
「行かない訳がねぇ。」
「じゃぁまた明日っす!今日より1時間くらい早めに集まるっす!」
「オッケー!」
翌日の約束を交わしたタムは、笑顔で手を振ると仲間と別れて帰路につく。大分帰る時間が遅くなってしまったので人通りも少なくなっていた。
(今日も楽しかったっす。)
無論、自分がしているゲームに全力な日々が将来的に何かしらの社会貢献として実るわけではないとは分かっている。それこそゲーム製作メーカーにでも就職すれば話は別だが、そんな人生が簡単に行く訳がないという事も分かっていた。
それでも仲間達と馬鹿をやって馬鹿みたいに騒ぐ日々が好きだったし、それを変えるつもりも無かった。
未来を考えて今を犠牲にするのではなく、今を全力で楽しみ、それが結果として未来に繋がれば良いと思っていたのだ。それも1つの人生観である。
両手をポッケに入れながら、小さく掠れる口笛を吹いて歩くタムはとある路地の前に差し掛かる。裏通りへ続く路地。ここを通れば家まで10分程度短縮出来るのだ。
(…わざわざ危険を侵して家に早く変える必要は無いっすね。無難に表通りからから帰るっす。)
自分の趣味の為にはちょっとした危険も顧みないが、それ以外の部分では堅実路線を選ぶのがタムだった。変なことで人生を無駄にしたくないのである。
裏通りを見ていたタムは、クルッと背を向けると家に向けて再び歩き出した。
ガン!
急に襲ってきたのは後頭部への強い衝撃。
それによって意識を刈り取られたタムは深い暗闇の中に沈んでいった。
「…ろぉ。…………れぇ。」
「……………ひゃはは!」
「………わぁ!」
意識がゆっくりと覚醒を始めたタムの耳に何かが聞こえていた。叫び声のような、笑い声のような何かが。新作ゲームの効果音だろうか。しかし、そんな音があったかいまいち覚えていない。
…というよりも頭がガンガンした。後頭部を中心に激しい痛みがジンジンと襲い、僅かに動くのも辛い。
(ここは…どこっすか?)
頭の痛みも深刻だが、それよりも気になるのは今いる場所である。
まず自分が寝ている場所は…硬い。まだ視界が鮮明ではない為に詳細が分からないが、周りは灰色一色に見える。
そして次に気になるのは匂いだ。鉄が錆びた臭いがする。ここまで臭うという事は、全面が錆びたレベルの鉄の上にでも寝転がっているのだろうか。それに、顔がパリパリしていた。
何故こんな場所にいるのか。自分は仲間達と別れて家に帰っていたはずで。
…思い出した。
(…そうっす。頭をガンッとやられたっす。そしてこの場所…。)
思考が通常運転を開始する。そして、視界も鮮明さを取り戻し始めていた。
クリアになっていくタムの視界に映ったのは…受け入れたくない現実だった。
鉄の十字架にこれ見よがしに張り付けられたメガネ君と、床に転がる仲間4人。そして…メガネ君の両手両足には杭が突き刺さっていた。
床に転がる仲間には…傷はない。所々服が血に染まってはいるが、メガネ君ほどの負傷ではない。
そして、メガネ君の前に立つのは狂気の笑い声をあげる男。
「ひゃははははは!!!いいねぇ。もっと苦しめよ?泣けよ?叫べよ?……泣き喚けっていってんだろぉがよぉ!」
ガン!
杭がメガネ君の太ももに突き刺さる。
「うあぁぁああああ!!!!!!ぎゃぁぁあああああ!あぁぁああああああああああああああああああああ!………や…べて………………ゆるじてぇぇ。」
懇願。絶望と激痛に襲われた男の必死な声が弱々しく絞り出される。
「ひゃははっ。なぁにを言ってるんだ?俺をコケにしたんだ。この位の仕打ちは当然だろう。」
「あ…ゔ………。ぼぐはお前のごどなんで…じらない。」
「表の世界で生きる人間はいいよなぁ?些細なことでどれだけ人が傷つくのか……わかってんのかよぉ!?」
ガン!
「ゔ………ぎゃぁぁあああああああ!!!!」
2本目の杭が太腿に突き刺さる。
タムは理解した。自分が頭のおかしい男に囚われているのだと。そして、顔がパリパリするのは、メガネ君の血が自分に降り掛かっていたからだと。
幸せな日常を絶望という悪魔が食い破る音がすぐ傍まで近付いていた。




