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Colony  作者: Scherz
第六章 終わりと始まり
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15-7-4.裏切り

 …信じられなかった。あのタムが敵に回るなど…信じられるはずがなかった。

 飄々としているが常に全力で物事に取り組み、分け隔てなく誰とでも接するタムは、ある意味で龍人が羨ましいなと思う相手の1人でもあったのだ。「ひゃはははははっ。」なんて馬鹿みたいに、楽しそうに笑う姿も好感的だった。

 複数の精霊召喚を操るマルチな実力も仲間として頼りになったし、判断力の高さや分析力の高さもお墨付きだ。


(…どういうことだ?)


 理解が追いつかない。何故タムがレイラを脇に抱えて立っているのか。ぐったりと手足を投げ出して抱えられているレイラは、何故意識を失っているのか。そもそもタムは満身創痍の状態でセフに放り投げられたのでは無かったか。

 今まで彼と過ごした現実は全て嘘だったのか。いや、そもそも龍人がレイラを抱えているタムを見て裏切られたと思い込んだのではないか。タムを全力で治癒したレイラが魔力の使い過ぎで気を失い、それを抱えているだけなのでは無いか。「人質」とタムが言ったのは何かの聞き間違いだったのでは無いか。

 様々な憶測が飛び交い、龍人は動く事が出来ない。真実が…見えない。何が真実なのか。何を信じればいいのか。

 そんな龍人の様子を見て業を煮やしたのか、タムがもう一度口を開く。


「龍人さん。何で固まってるのか分からないんすけど、もう1回言うっすよ?レイラさんは人質っす。これまでの事を考えると少し胸が痛いんすけど、今から俺は南区の敵っす。」


 ……全ては嘘だったのだ。タムと過ごした日々は嘘で塗り固められていた。


(落ち着け。落ち着け。落ち着け。………現実を見て受け入れろ。今、何が起きてる?今、俺は何が出来る?今を見て、今を打開するんだ。)


 必死に自分を落ち着ける。ゆっくりと深呼吸をし、周囲の状況をもう1度確認していく。

 お陰で…少しは理性的に周りを見えるようになってきた。

 今すべき事は大きく分けて2つ。

 1つは、タムに人質と言われたレイラを救出する事。

 1つは、半獣人を確実に拘束して行動不能にする事。

 テングの対処もあったが、レイラが人質にされた事で優先順位に狂いが生じていた。だが、この判断で間違いは無いはずだった。無いと…信じたかった。


「タム…どういうつもりだ?レイラが人質って事は、お前はどっかの区の所属って事か?」

「…なぁに惚けた事を言ってるんすか龍人さんらしくない。分かってるっすよね?俺は天地に所属する構成員の1人っす。」

「…って事は、お前達が南区に攻め込んだ目的の1つにレイラを人質に取る事があったって事か?」

「お、流石っすね。その通りっす。詳しくは言えないっすけど、レイラさんが必要なんすよね。」

「いつから…いつから俺達を裏切ってた?」


 龍人の言葉に目をパチクリさせたタムは、次の瞬間に腹を抱えて笑いだす。


「ひゃははははっ!!いやぁそうくるとは思わなかったっす。じゃぁ念の為真実を伝えるっすよ?俺は一度も裏切った事はないっす。」

「それはどういう…。」

「お主…我らをバカにしているのか?」


 明らかに馬鹿にした態度をとるタムにイラつきを隠せないスイが口を挟んでくる。その目は殺気が迸り、隣に立つ龍人ですら鳥肌が立つほどだった。

 しかし、そんな殺気を受けてもタムの飄々とした態度は変わらない。


「馬鹿になんかしてないっすよ?だって、俺は最初から天地のメンバーっすもん。いやぁ大変だったっすよ。皆に信じられるようにして、サーシャさんを使って魔法の台所を襲わせて疑いの目を俺から逸らして。2年近く学院生のフリをして過ごすのは大変だったっすけど、それなりに楽しめたっすね。最終的にはレイラさんと共同戦線で南区前線を任されるんすから、ホント人って騙されやすいっすよね。」


 残酷だった。これまでの人の思い全てを台無しにする言葉だった。


「けどね、俺、本当に南区にきて良かったって思ってるんすよ。まさかこの場所で俺が大事に思える人に会えるとは思わなかったっすから。」

「それが…レイラって事か?」


 龍人の言葉にしかし、タムはブンブンと顔の前で手を横に振る。


「違うっすよ。レイラさんは最初からの目的っす。俺が大事に思っているのは…これは流石に恥ずかしいんで秘密でもいいっすかね?」


 緊張感が無かった。いつものタムと変わらない。変わらなすぎた。というより…タムが好いていたのは火乃花だろう。周りからすれば当たり前の事実なので、隠されてもしょうがないのだが…今はそこに突っ込むところではない。

 緊張感がないからだろう、裏切られたと分かっているのに信じたくないという思いをどうしても捨てきれないのは。

 そんな龍人の様子を見兼ねたのか、横で静かに事の成り行きを見守っていたジェイドが一歩前に出て口を開く。スイと龍人に向けて手のひらを向け、会話を任せろというジェスチャー付きで。


「やぁ、タム=スロットルだったかな?彼らに変わって私が話を聞かせてもらう。ある意味で部外者の私が話した方が効率が良さそうなのでね。」

「ひゃはははっ!…その判断力は侮れないっすね。まぁイイっすよ。俺としても長話をするつもりはないっすから。話が早く終わるならそれに越した事はないっすね。」

「ふむ。会話をするつもりはあるという事か。この状況下でその姿勢を見せてくれた事には感謝を伝えねばなるまいな。」

「建前はいいっす。聞きたいことを聞くとイイっすね。」

「ふふ。ならば問おう。レイラをどうするつもりだ。」

「いきなり確信っすね。」


 ド直球なジェイドの問いかけにタムは楽しそうに笑う。


「残念ながら、それは言えないっす。」

「なるほど。ならば、もう一つ問おう。魔法街に住む者達…特に街立魔法学院の者達への仲間意識は一切ないのかな?」

「……ないっすよ?」

「そうか。だったら…何故君はそんな辛そうな目をしているんだ。」

「……!?」


 ヘラヘラと笑うタムの表情が凍る。がそれも一瞬のこと。次の瞬間には表情を消したタムが低い声を出していた。


「何を言ってるっすか?俺は自らこの任務に当たってるっす。そこに他意はないっすよ。だから辛いなんてありえないっす。」


 完全なる決別とも取れる言葉にジェイドは小さく頭を振る。


「残念だ。しかし…君がそういうスタンスであるのなら、私も気兼ねなく君を倒せるというもの。覚悟したまえ。」

「物騒っすね。そもそもレイラさんを確保した時点で俺の目的は終わってるっす。ここでジェイドさんと戦う必要性が無いんすよね。」

「だが、全てが君の思い通りにいくわけではないだろう?君が戦いを望まぬとも、この状況が戦わないことを許さない。」


 毅然とした態度でタムと話すジェイド。

 タムが気付いているかは分からないが、それが龍人達の思考復活の為の時間稼ぎなのは明白だった。


(…落ち着け。落ち着け。)


 現実を受け入れるしかなかった。ジェイドと話すタムの態度は明らかに敵方のものであり、仲間だったという過去に囚われて今を直視しなければ…自分の身を滅ぼしてしまう。

 それが分かっているからこそ…いや、分かっていながら龍人はいまだに受け入れる事が出来ない。

 しかし、そんな現実逃避はタムが放つ言葉によって終わりを迎える。


「…いつまで話すつもりっすか?どれだけ話しても俺の心は変わらないっす。」


 呆れたように、イラついたように表情を歪めながらタムは動かない龍人をみる。


「いい加減硬直しすぎっすよ。だったら動けるように真実を伝えるっす。レイラさんは天地で実験に使われるっす。生きるか死ぬかの瀬戸際で死ぬよりも辛い人生を送ることになるっすね。」

「……何を言って…。」

「真実っすよ。俺はこの為に長い時間を偽って過ごしてきたっす。』

「……。」


 横に立つスイが何かを言おうと一歩前へ踏み込むが、龍人は手を前に出してその動きを制する。

 その龍人の表情を見たスイは龍人の怒りと悲しみが混じり合った表情を見て口を噤むのだった。


「タム…分かったよ。今からお前は俺の敵だ。」

「だから元から敵だったって言ってるっす…」


 龍人の姿が消える。


「俺はお前を倒す。容赦しないぞ。」


 その声が聞こえたのはタムの真後ろからだった。


「……!」


 咄嗟に身をひねって回避をするタム。直後、彼がいた空間を銀色の剣閃が走り抜ける。

 龍人は外側から内側へ横一直線に走らせた夢幻を居合抜きの構えに落ち着け、続け様に魔剣術【一閃】を放った。

 魔力の刃が飛翔しタムに迫るが、レイラを抱えたタムから余裕の表情は消えない。


「精霊召喚【シルフ】!」


 召喚魔法を唱えたタムの前に銀髪を揺らすナイスバディなシルフが現れ、龍人の放った魔力の刃を容易く弾く。そして周りを見渡すと困ったように眉根を寄せる。


「あら。厄介な状況ね。」

「厄介っすよ。ここから離脱する必要があるっす。」

「そう。見知った顔が敵になっている気もするけど、まぁ良いわ。どうするの?」

「風の暴力を見せつけるっす。」

「いいわよ。」


 途端、シルフの周りに暴風が吹き荒れる。


(今までのタムと違う強力な魔力だ。油断は禁物だな。)


 思わぬ強力な攻撃にでも対応ができるように、龍人は細心の注意を払って対峙する。

 しかし…。


「そんな簡単に私の攻撃は防げないわよ。」


 冷笑を浮かべたシルフが右手を翳す。すると…荒れ狂う風が視界を覆い尽くすほどの密度で龍人達に襲いかかった。

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