15-7-3.半獣人
ラルフとセフが常人の域を逸した戦闘を繰り広げる横で、龍人とテングは静かに視線を交錯させていた。
テングの纏う雰囲気は、何というか何処と無く哀愁を感じさせる。何かに嘆きながらもこの場所に立っているかのような雰囲気。だが、それでいて立ち去るといった事は許さないであろう強固な意思も感じ取る事が出来た。
「テング。正直、お前と戦っていいのかが分からない。」
だからだろうか。龍人が有無を言わさずに戦闘へ移らず、会話という選択をしたのは。
龍人の戦意を疑う発言に、テングは眉を寄せて怪訝な表情を形作る。
「どういう事ですか?天地であるこの僕と戦う事に躊躇いがあるなんて、覚悟が足りないとしか言えませんよ?」
「そうかも知れないな。たださ、俺…言われてるんだよ。お前を頼むって…朱鷺英裕に。」
「…英裕さんに?」
テングは虚を突かれたのか眼鏡の奥にある双眸を見開き、それからハッとした表情を浮かべて下唇を噛み締める。
「俺は英裕がお前を気にかける理由が分からない。機械街のヒーローズ…そのトップとお前はどういう繋がりなんだ?俺は、どうしたら良い?」
漠然とある疑問を漠然としたまま投げ掛ける。計画的でもなんでもない、飾り気のない言葉だが…英裕の言葉に動揺を隠せないテングを見るに、それが功を奏するかと思えた。
「僕は…僕は…。」
一瞬の沈黙。
「…………僕は、あなたを倒すよ龍人さん。英裕さんが君に僕を頼むっていう言葉を投げかけたのなら、それは…口で説明する類のものではないんです。頼まれたのなら、何を頼まれたのかを自分で考えるべきではないですか?それをこの僕に問いかけるということは、正しいように見えて正しくはないんです。何故なら…僕は天地のメンバーなんですから。」
そう言ってテングは静かに日本刀を構える。長めの刃が特徴の、特に変哲も無い刀だ。
(そりゃそうだよな。天地のテングにさっきみたいな問いかけをして何か答えを得られるんだったら、そんなに簡単な事はないわな。……ん?)
自分の思考に何か引っかかるものを覚える。今、大事な何かを見過ごした気が…。
「いきますよ。僕を簡単に倒せると思って欲しくないんで、最初から手加減はしません。」
自分の思考の残滓を探ろうとするが、テングの構える日本刀から炎が噴き出す。しかも、その炎は…。
「蒼い炎?」
「えぇ。これは僕にしか使えない…いや、僕にしか与えられていない魔法です。」
「その含んだ言い方が気になんな。」
「その辺りは勝手に想像していただいて構いません。龍人さん、ひとつだけ忠告しておきます。あなたの使う魔法…魔法陣展開魔法と魔法陣構築魔法ですが、これまでその特徴を活かして有利に戦ってきたかもしれません。しかし、僕の前では無力です。物事には相性というものがある事をその身に教えてあげましょう。」
「言ってくれんな。」
「全ては…運命の女神が導くままに。」
蒼い炎がブワッと大きくなり、テングは蒼炎の礫にして龍人に向けて放ってきた。
見た目が蒼いという事は単純に考えれば炎温度がオレンジの炎よりも高いという事だが…どうもそれだけではない気がしてならない。故に、龍人は慎重に相手の能力を見極めるべく行動する。
蒼炎の礫を魔法壁で防ぎつつ、迂回するように距離を保ちつつ、龍人は赤い炎(普通の炎)を同じく礫としてテングに向けて乱発する。
それらの炎を簡単に避けながらテングは次々と蒼炎を龍人へ向けて飛ばしてくる。
(何かおかしいな…そこまで脅威度がない。いや、むしろ脅威度が低すぎる。こんなんで俺の事を倒せるわけがないし、天地に属するあいつがそう考えているとも思えない。…何かを狙ってるな。なら、それを待つだけ愚策だ。)
嫌な予感を拭えない龍人は一気に攻勢を仕掛ける決断をする。夢幻を片手に地を蹴り、一気にテングとの距離を詰めていく。そして、炎に対する有利属性である水を纏うべく魔法陣を展開し、発動した。………発動したはずだった。
「…は?」
思わず間抜けな声が出てしまう。確かに魔法陣は展開した。完成もしていた。しかし、発動しない。まるで魔法陣自体が未完成であるかのように反応しない。
自分の魔法陣が発動失敗になるという予想外すぎる出来事に、龍人は動きが一瞬止まってしまう。しかも、それはテングの目の前で…。
「だから言ったじゃないですか。僕と龍人さんでは相性が悪いんです。」
テングの持つ日本刀が斜め上から振り下ろされる。
「ぐっ!魔剣術【一閃】!」
咄嗟の判断で龍人は魔法陣を必要としない固有技を発動、ギリギリのタイミングで日本刀の斬撃を弾き返すことに成功した。すぐに後方へ飛びすさって態勢を立て直す龍人。
(何が起きた?何が?…魔法陣が発動しなかったのはテングが何か仕掛けてきたのか?)
糸口が掴めない。周りにはテングがバラ撒いた蒼炎がユラユラと燃えていて、それを使った攻撃魔法をしつ仕掛けてくるか分からない。それなのに、魔法陣の発動に失敗するというのは…致命的だった。
「さぁ、念のために確認しますよ。僕と龍人さんでは相性が悪い。それでも戦いますか?他のお仲間さんに僕の相手を任せた方が良いのではないかと思いますが。」
「…憎らしい事を言うじゃねぇか。半獣人をそんだけ連れてきておいてお前に注力しろってか?」
「……。」
龍人の言葉を受けて後ろを振り向いたテングは、眉を持ち上げた。それが意味するところは正確には分からないが…ともかく龍人へ視線を戻したテングは、もう一度同じ言葉を投げかけてきた。
「僕の相手は別の人に任せて、龍人さんが半獣人の相手をするのが得策だと思いますよ?」
「そんなに俺がお前の相手をするのが嫌か?俺が英裕にお前のことを頼まれてるからか?有利に勝てる相手に忠告するってのは…理解に苦しむんだけどさ。」
挑発的な言葉に首を振るテングは、龍人と会話をすることを諦めたのか嘆息を漏らす。このままテングとの戦闘にもつれ込んでいくかと思われたが、そのタイミングで龍人の隣に親友が並んだ。
「龍人…テングの相手は俺がするよ。」
「遼…。……分かった。ただ気をつけろ。あいつは何かを企んでる。多分、南区を攻める目的の陰に別の目的を持ってる気がする。まぁただの勘だけどな。」
「分かってるよ。相手はあの天地だからね。南区のエリートで有名なテングだからこそ、油断は禁物だね。」
「頼んだ。」
遼に任せて良いのか迷いはあった。しかし、龍人個人の感情を置いておけば最善の選択は明らかだった。
龍人は遼の肩をポンと叩くと、気持ちを無理矢理に切り替えて半獣人の群れに向けて歩き出した。チラリとテングへ一瞬だけ視線を向けるが、先ほどに増して無表情になっていた。最初に現れた時よりも態度が硬化している気がするのが引っかかるが…。
ともかく、相性が悪い相手と意固地に戦う必要はない。適材適所で動くのみである。
遼が双銃を構えてテングとの戦闘を開始したのを横目に確認しながら、龍人は夢幻を握りしめる。
魔法陣の失敗。それは龍人に少なからずとも大きな精神的衝撃を与えていた。それがテングによるものなら、対策をすれば良いだけである。しかし、それが龍人自身に問題があるものだとしたら…心当たりが無さすぎた。
(色々考えてもしょうがないか。まずは…使ってみる。)
炎を生成する魔法陣を組み上げ、発動する。魔法陣が光り輝き…無事に炎は生み出された。
胸の内に膨らんでいた緊張感がスッと下がっていく。つまり、先程の魔法陣失敗はテングが言っていた相性の問題で「失敗させられていた」という事。その原因を突き止める必要があるが…先ずは目の前にいる半獣人達の群れをどうにかする必要があった。
半獣人に対抗する戦力は、龍人とレイラ、スイ、タムを主軸とした南区前衛部隊の面々だ。いや、大怪我を負ったタムの治療を行うレイラの事を鑑みれば、2人は参戦出来ないと考えるのが妥当か。
思ったよりも戦力が少ない。後方に控えている面々が来てくれれば良いのだが…。
(それも難しそうだな…。後方でも魔法による戦闘が行われてるみたいだし。…半獣人の別働隊が攻め込んでるのか?とにかく、今の面子で乗り切るしかなさそうだな…。)
それにしても…だ。各区を同時に襲撃して関係悪化に大貢献した半獣人が本当に天地の差し金だったとは、驚き反面納得反面である。つまり、各区の関係が悪化し、そこから始まった魔法街強制統一への一連の流れは天地が裏で糸を引いていたという事になる。
その可能性に気づいていながらも、どうにも防ぐ事も出来なかったのは…今更ながら後悔の念が絶えない。故に、今ここでやりきるしかない。
「スイ。俺とお前の2人がメインで持ちこたえないと厳しそうだ。…やってやろうぜ。」
「無論だ。我が奴らを殲滅してくれる。」
「うし。やりますかね。」
龍人とスイが攻撃に踏み切ろうとしたタイミングで、半獣人の群れが横から叩きつけられた爆発に吹き飛んだ。
攻撃の発生源は…ジェイドだった。靡くパーマを優雅に掻き上げながら、優雅な笑みを浮かべ、優雅に立つという優雅尽くし。
「龍人、スイ。先程までは敵対関係だったが、状況を考えるに敵対する必要がないと私は判断をさせてもらったよ。そもそも各区間の戦争に天地が介入してくるという事は、このまま戦争行為を続ければ奴らの思惑通りという事になる。それは私としても気に食わないのでね。更に、私たちの目的は天地を炙り出すという事。東区にも現れ、南区にも現れたのなら…どちらを撃破しようと変わらない。それならば、手近にいる天地の者達を倒す方が効率が良いという事になるのでね。」
雄弁に語る姿は、何故か人の視線を惹きつけるものがあった。やはり優雅尽くしの男はオーラが違う。
そして、ジェイドの申し出はもちろん歓迎すべきものだった。隣に立つスイに視線を送ると、やや複雑そうな表情をしてはいるものの、僅かに顎を引いて肯定の意を示してくれた。
「なら、共同戦線といくか。」
「そうしようじゃないか。そして、天地の目論見を叩き潰そう。」
半獣人が叫ぶ。
「が…オレ達はオマエ達をだおず!オレだぢのだめに、殺ズ。ジネ!!」
これが合図だった。人の形をした、獣のような動きをする魔法を使う『生物』が一気に動き出す。その数…総勢50以上。
「いくぞ!」
「「「おぉぉう!」」」
龍人含む南区陣営、そしてジェイド率いる東区部隊が迎撃に当たる。
涎を撒き散らし、狂気に支配された目をギョロつかせ、意味不明な叫び声をあげながら襲い掛かってくる半獣人。龍人は夢幻で次々と斬り伏せながら侵攻を食い止める。
個々の戦闘能力はそこまで高くはない。しかし、人の身では有り得ない再生能力を有していた。
どんなダメージを与えても…斬っても、魔法で焼いても…30秒程で再生してしまうのだ。ゾンビ。そう表現するのが最適と思えてしまう気味の悪さである。終わりが見えない。倒しても倒しても立ち上がる半獣人相手に、ひるむ事なく攻撃を仕掛けていく。
再生能力といっても、それ自体に限界があるかもしれないといのが唯一の希望だった。負傷部分の再生を魔法無しで行うということは、該当部分周辺の細胞が異常活性化をすることで細胞自体が持つ本来の再生能力を大きく超えさせているはず。となれば、細胞自体の限界をむかえれば…絶命するはずなのだ。
問題はそれがどのタイミングで、どの程度の再生を繰り返した後に起こるのかということ。前例が無い以上、根気強く倒し続ける必要があった。
(それにしても、スイとジェイドの奴ら…息が合いすぎじゃないか?)
ついさっきまで斬り合っていたからなのだろうか、ジェイドとスイは2人1組のような立ち回りで半獣人の相手をしているが…龍人の目から見て完璧なコンビネーションだった。ジェイドがレイピアによる突き技を中心に進み、突きという特性上弱くなる横の動きにスイが対応していく。次々と半獣人に赤い花を咲かせる2人の戦い方は、鮮血の暴風というジェイドの異名を納得させるものだった。そこにスイが絡んでいるのは…まぁ良しとしよう。
「俺も負けてられないな…!」
横から飛びかかってきた半獣人を回し蹴りで仰け反らせた龍人は、剣先を後ろに構えると魔法陣を連続して発動させていく。両足に纏うのは風、刀身に纏うのは炎、周囲に浮かぶのは重力球。何とも不思議な組み合わせに見える魔法の行使に、半獣人を3体纏めて突き刺したジェイドが面白そうに目を細めた。
「何とも柔軟な発想だ。龍人といつか本気で戦ってみたいものだね。」
「ふん。こいつら相手に余裕だな。我のサポートのお陰でこうして無傷でいられる事を忘れるな。」
「それは勿論だよ。しかし、逆を言えば私の攻撃があるからこそ、君はサポートという役割で最大限の力を発揮できているともとれる。それにだ、いくら再生をするとしても実力としては中の下程度。このような者達相手に余裕を忘れるようでは、魔導師団に連なる者として恥をかいてしまう。だが、スイのサポートが的確で頼りになるのもまた事実だな。」
「…ふん。」
「まぁそう照れないでくれたまえ。私は君とかなり良いコンビが組めていると思っているよ。」
「我はお主とコンビを組みたいと望んでいるわけではない。」
「はは。まぁいいさ。今だけだとしても、ここは力を合わせるべき時だからね。話を戻すが、龍人は魔法の使い方が面白いね。」
「…奴は強い。昔は魔法中心の戦いだったが、今では剣術と魔法を合わせた戦い方
変えてより強くなった。悔しいが、恐らくは我以上。」
「ほぅ。君が実力を認めるとは…。」
「ふん。」
「…素直じゃないなぁ。おっと…!」
死角から飛びかかってきた半獣人の風刃をいなし、レイピアの突きでもって吹き飛ばしたジェイドは楽しげな表情を浮かべる。
「さて、第8魔導師団の実力を見せてもらおうかな。」
ジェイドとスイがそんな会話をしているとはつゆも思わない龍人は、魔法の発動を終えると躊躇なく半獣人の群れに向かって飛び込んでいた。
反撃に放たれる様々な属性の魔法をポイントで展開する魔法壁で防ぎながら、炎を纏った夢幻を縦横無尽に振っていく。半獣人の腕が、脚が斬り飛ばされて宙を舞う。しかし、再生能力を持つ半獣人に躊躇いという言葉は無い。己の身を欠損する恐怖がない者達は、我が身を顧みることなく突っ込んでくる。
その攻撃群は仲間を巻き込む事を考慮していないものも含まれていて、それは回避や防御が困難になる類のものも当然現れてくる。しかしだ、龍人はそこで下がる事
しない。寧ろ前に出る。
目の前に迫る水弾と雷撃。相性の良い攻撃が龍人とその周辺を一気に叩き潰すべく迫る。その質量は魔法壁を全方位に張り巡らさなければ防げないレベル。しかし…ここで周囲に浮かぶ重力球がその真価を発揮した。重力球の力によって龍人は通常では考えられない方向転換を含む移動を見せる。
まず、直角に左へ移動して水弾を迂回する軌道をとり、そこから上、前、右上と移動して雷撃の効果範囲から離脱する。そして、龍人が位置取ったのは半獣人が密集する地点の真上。
「龍人化【破龍】」
固有技によって黒い稲妻を纏った龍人の上下左右7箇所に魔法陣が通常の魔法使いでは不可能な速度で構築される。其々の魔法陣が司るのは火水風地光闇重。
「これで一旦終いだ。」
7つの魔法陣が光り輝く。そして、龍人の前に現れた8つ目の魔法陣に向けてエネルギーが放出され…集まった7つの属性エネルギーによって魔法陣が虹色に輝いた。
通常であれば、この魔法を前にした者は逃げるなり…いや、圧倒的魔法質量から全力で防御に力を注ぐだろう。だが、半獣人にその知能はない。あるのは我が身を失っても相手を八つ裂きにするという思考のみ。それが災いした。半獣人は龍人の攻撃に対抗すべく攻撃魔法を溜めて次々と放つ。総勢30体程の半獣人の放つ魔法が混じり合い、1つの攻撃になって龍人へ襲い掛かる。
「…いけ。」
小さく呟く攻撃の号令。それに呼応して虹色に輝く魔法陣から虹色の奔流が迸る。それは半獣人達の攻撃を飲み込み、赤子の手を捻るようにして消し去り、半獣人の群れの中心に突き刺さった。
まず起きたのが強烈な光。遅れて届くのが轟音。そして、突き刺さった地点を中心に半径30メートル程の円形に属性【聖】のエネルギーが舞い上がった。
「グアァァァア………あぁぁ……あ、、、あ?」
そこで異変が起きる。それまで正気を失っていたはずの半獣人達の動きが緩慢になり、止まったのだ。しかも、目に宿っていた狂気が消えている。
「お、おれは?」
「ここはどこだ?」
「おい、なんで俺たちはここに?」
「体が…!」
「は?」
「おい、まじかよ。」
「どうなってんだ?」
「俺はどうなっちまったんだ?」
半獣人の群れに生じた理性と混乱。
ジェイドとスイの近くに着地した龍人は、悔しそうな顔をしていた。それを見たジェイドが、目の前で起きている不可解な現象の解を求めるべく問いかける。
「これはどういう事だい?」
「前にロジェスって奴がサタナスに胸に魔瘴クリスタルを埋め込まれて理性を失って、体も変貌したのを見たことがあるんだ。今回は体は変わってないが、話し方とか様子が似てたんだよな。んでだ。同じように魔瘴クリスタルが関係してるんじゃないかって思って聖属性の攻撃を叩き込んだんだよ。魔瘴を聖属性が中和すれば動きを止めらるかもしれないって思ってさ。」
「…その結果がこれか。」
「あぁ…。」
半獣人達は混乱の極みにいた。自分の服を破き、体を見て絶叫する。頭を抱えて崩れ落ちる。全員が混乱と恐怖に苛まされていた。
「奴らの体…継ぎ接ぎになってやがる。」
「そうだな。人の形を保ってはいるが…。」
「あれは…動物の体を合成したのではないか?」
「やっぱスイもそう思うか。」
「私も同感だ。あれは…残酷すぎる。」
そう。彼らの体は明らかに様々な動物の部位を集めて『人の形たらしめている』ものだった。つまり、半獣人と呼んではいたが本当に人ではなく半獣人なのだ。しかも、狂気に支配されていた彼らにその自覚はなかったのだろう。理性を取り戻した今、自分の身に起きている現実に耐えきれずに絶叫する者が後を絶たない。
だが、これで半獣人という南区陣営を襲う脅威の1つを排除する事に成功したこととなる。
残るは遼が相手をしているテングと、ラルフが死闘を繰り広げているセフ。脅威度的に一刻も早くセフを止めたい所だが、現実的に考えればテングを無力化してから総力を上げてセフの対処に当たる方が確実にベターである。
ここは確実にいく必要がある。闇雲に突っ走って後ろから刺されは話にならない。
その為にも半獣人達を確実に行動不能にしてからテング倒すべきだろう。まずは全員の動きを封じるべく龍人とジェイド、スイは半獣人達を拘束すべく動き出した。
「あ〜ぁあ。ダメっすね。もう少し時間稼ぎをしてくれると思ってたんすけど。」
その時だった。
緊張感の無い声が龍人の耳に飛び込んできたのは。
後ろから聞こえた声に反応して振り向いた先にいる人物を見て、その人物が抱えているものを見て、龍人は目を疑った。
「…おい、何してんだよ。」
「何って…見たまんまっすよ?」
「惚けるなよ。何が…何でお前がそっち側にいるんだよタム!!」
龍人の叫びを聞いて、ツンツン頭の青年タム=スロットルは飄々とした笑みを浮かべる。その脇に抱える女性…レイラを指差しながら。
「悪いんすけど、レイラさんは人質っす。」
仲間と思っていた彼の反逆により、悪夢が始まる。




