15-6-8.撃破
龍人化【破龍】。その言葉を呟いた龍人に変化が訪れる。薄っすらと茶色い地毛は漆黒に染まり、体の周りに黒い稲妻が現れた。この力は龍人の中に眠る(眠るというか潜むに近い気もするが…)破龍の力を顕現させる固有技。
身体の奥底から湧き上がる力が四肢へと行き渡る。そして、1番の恩恵ともなる力…魔力の流れを視認できる力が発動した。
魔法を使用する時にどの方向に魔法を放つのか、身体能力の強化を行う時にどこに魔力が集中するのか、これが見える事により相手の行動を予測する事が可能になる。更に、魔力の切れ目が見える事によって相手の攻撃に生まれる隙も掴みやすくなるのだ。
普段よりも圧倒的に多くなる視覚の情報量に酔いそうになるが、それも一瞬の事。すぐに適応した龍人は一般人とは違う視界の世界に身を置くこととなる。
(うし…。これまでは魔力の線が見えても地力の差で対応できない事が多かったけど、今ならいける…!)
ゆらっと夢幻の切っ先を斜め後ろに向ける構えを取った龍人は、腰を低くしていつでも動ける態勢を整える。
「これはこれは…ここで龍人クンの力を見る事が出来るとはね。しかも以前のデータよりもレベルアップしているか。…ふむ、いいぞ。これならアレを試す機会もあるかもしれないな…。」
「何をブツブツ言ってんだ。来ないなら…いくぞ?」
タンっと血を蹴る音がラーバルの耳に届いた時に龍人の姿は既に視界から消えており、ゴキっという鈍い音がラーバルの横から聞こえ…魔造人獣βが膝から崩れ落ちていく。
「なっ…!?」
驚愕にラーバルが顔を歪めるのを視界の端で捉えながら、下から突き上げた拳を引き抜いた龍人は円を描く動きで魔造人獣αへ接近し、通り抜けざまに胴体を真っ二つに斬り裂いた。
ほぼ一瞬でαとβを倒した手なみにラーバルが何かを言いかけるが、それを無視してもう1体の魔造人獣θを狙う。
人間的な動きをするαβ。獣的な動きをするθ。ぱっと見ではαβの方が強そうに思えるが、龍人は逆の予想をしていた。
「魔瘴の濃度によって失われる理性の度合いが変わる。」…そうラーバルは言っていた。それから推測するにθの方が魔瘴に濃く侵されているというはず。それは人間ならざる力を持っている可能性が高く、だからこそαβとの打ち合いで動かなかったのではないかと予想したのだ。
つまりだ、自分より弱い同族が戦っているのを見学していた…という可能性。
「さて…と、決着をつけようぜ。」
ラーバルが口をパクパクさせる中、龍人はθへそう声を掛けると左手を向けて魔法陣を構築。黒い稲妻を伴う光の矢を連発し、自身も接近して斬りかかる。
「ぐるぁ!」
先ほどと同じように圧倒できるかと思ったが、θは素早い身のこなしで光の矢と斬撃を全て避けると反撃に移る。
人間と人間を失った獣の戦いは熾烈さを極め、周囲の瓦礫を更に破壊しながら持てる力をぶつけ合っていく。
この戦いの様子を見ていたラーバルは、αβが倒された時に浮かべた驚愕の表情を次第に収めると、黒い笑みを浮かべ始める。
「は…はは。そうだ。魔造人獣がそんな簡単に負けるはずがない。そうか。魔瘴の濃度が落ちる事で戦闘力が落ちるのか。理性を保つからこそ本能が邪魔をするのか。ならば、濃度を下げずに理性を保ち、魔の力を発揮できる方法論を確立する必要があるか。くくくく…高嶺龍人クン…本当に良い働きをしてくれる。これで研究がさらに進む。……もうここに用は無いか。すべきことかまた増えたな。」
クルッと背を向けたラーバルは、一瞬だけ儚げな目を龍人に向けた。
「龍人クン…君はこの戦場で己を保ったまま乗り越えられるのかな。」
弧を描きながら龍人化の影響で漆黒に染まった夢幻が踊るようにθの首筋へ吸い込まれていく。
致命打を与える斬撃はしかし、θが見せる生き物としては不可能に近い挙動によって避けられ、下から振り上げる両爪から放たれた闇魔法によって弾かれてしまう。
「…ふぅ。さっきとはダンチの強さじゃねぇかよ。」
「ぐるぁ…。るるるるるるぅ。」
最初よりも明らかにパワーアップしたθの動きに注視しながら、龍人は思考を巡らせていた。
(明らかに強さが違いすぎる。なんつーか、隠してた力を発揮したってより支援魔法を受けてるみたいな感じだ。な?何かの能力を隠してる可能性が高いな…。)
体をバネのように使った体当たりの突進を避けた龍人は風刃を乱れ撃ちして牽制していく。そう簡単には避けられないレベルの密度で放っているのだが、θは防御でなく飛び跳ねるように全てを回避してのけた。
そして、尖った瓦礫の上にピエロのように着地すると、咆哮をあげて口から闇エネルギーのビームを放つ。
「…つっ!?」
魔法障壁で受け止めるが、エネルギーの圧力に足が地面へ沈んでいく。
「ぐるるぅぅぅうううああああおおぉおぉぉぉおおお!」
θの咆哮と共に放出される闇のビームが増大、龍人が張る魔法障壁にヒビが入り始めた。
(マズイ…!このままだと確実に押し切られちまう。転移魔法陣か?固有技で切り開くか?……いや、ここは…。)
パリン。というガラスが割れる音が響き、魔法障壁が突破されて龍人の姿が闇のビームに飲み込まれた。
……と、思ったのだがビームの上を滑るようにしてθへ向かう龍人。夢幻の刀身に闇魔法を纏い、闇のビームと相殺させるようにして滑っているのだ。
予想外の動きにθの反応が一瞬だけ停滞する。その停滞が致命的だった。龍人はレーザーの下にもぐりこむように回転し、θに激突する直前でレーザーから夢幻を離す。
「龍劔術【黒閃】!」
居合抜きのように放たれた夢幻の切っ先から生み出される横一文字の黒い斬撃が放たれる。それはθの腹に直撃して隆々の筋肉を深く切り裂いた。
痛みに呻く声が尾を引くが、ここで手は緩めなない。続けざまに斬撃を打ち込んだ龍人は瓦礫の側面を蹴るとθから距離を取り、複雑な文様の魔法陣を構築する。
「これで終わりだ。」
龍人が組み上げたのは光属性の槍を生成する魔法陣である。生み出された光の槍は斬撃のダメージでよろめくθの胸に突き刺さり、内側から光属性の爆発を発生させて体を散り散りに消し去っていく。
そして、爆発が収まった頃には魔造人獣θの姿は完全に消滅していた。
「…うし。」
θの消滅に、αとβが沈黙した事を確認した龍人は、龍人化を解除して周りを見渡す。
そしてラーバルの姿がない事に気づくのだった。
「……いないか。」
戦闘で上がった息をゆっくり整えた龍人は、少し休みたい気持ちを押し殺して再び中央区支部の瓦礫地帯を歩き始めた。
戦闘を乗り切ったとは言え、この中央区支部から離れられないという状況を改善出来た訳ではないからだ。他にも考えたい事はあるのだが、今優先すべきなのは中央区支部に向かう事である。
(…こういう結界って、その基点になるものって中心地点にあるのがベターだよな。ダメ元で真ん中に行ってみるか。)
こうして探索を続けていく。主に目と探知魔法による捜索を続ける事30分。
「…見つけた。」
中央区支部のど真ん中にそれはあった。
「にしてもちっちゃいな。」
瓦礫をどけた龍人が見たものは直径5cmに満たないサイズの魔法陣だ。ボウっと淡く光り輝いており、何かしらの効果を発動し続けている事は間違いない。
(魔法陣の文様から見るに結界じゃないな。そもそも魔法陣として完成してない…。描きかけか?いや、それなら発動している説明がつかない。……いや、持続型で発動してるんじゃなくて発動待ちか?そうなると、これ単体じゃなくて他の魔法陣と連動させるのが目的か。つー事はメインの魔法陣が他の場所に隠されている可能性が高いな。)
この魔法街戦争の裏で何かが進行しているのだろうか。今目の前にある魔法陣はその一端である気がしてならない。
ならば、と魔法陣を消そうと干渉を試みる龍人だったが、消すことも、修正する事も…一切の干渉が不可能だった。
術者か近くに居ない状態で、一切の干渉が出来ないというのは龍人の知識にはない現象である。
考えられるのは、この魔法陣を描いた人物の魔力があまりにも強大すぎて龍人の力では及ばないか、この魔法陣自体に永続効果が施されているかのどちらか。前者の場合は術者を倒せば良いが、後者の場合は事はそう簡単には運ばない。永続化効果を打ち消す魔法を当てるしかないわけだが…。これが問題だった。
そもそも、永続化効果などと簡単に言ってはいるものの、そんな技術は現在の魔法街には存在しない。過去にあったとしても、失われた技術という事になる。
つまり、未知の技術を解明しなければならない可能性もあるわけで…。
「いやいや、そんな時間は無いだろ。」
思わず1人突っ込みをしてしまう。ユウコの何かを含んだ言葉も気になるし、そもそも天地のメンバー3人と戦って無事に乗り切れているという現状にもやや疑問が残る。彼らは本当に全力を出していたのか。もしかしたら、龍人をここに足止めするのが目的だったのではないのか。
様々な憶測が頭の中を飛び交ってしまう。
気づいたら中央区支部に戻ってしまうこの空間は間違いなく龍人の足止め。もしくはこの場に入った者を誰も逃さない為の何か。ループする空間を解除しない限り…。
ふと、龍人は足を止めた。そして干渉できない小さな魔法陣の方を振り向く。その瞳は忘れていた何かを思い出したかのような光を湛えていて…。
「……そうか。」
再び南区陣営の方を向いた龍人は走り出したのだった。




