15-6-6.魔造獣
意味が分からなかった。その答えが予想と同じものだったとしても、その答えを嬉々とした表情で語るラーバルの精神が理解出来ない。
魔造獣の力を手に入れるという事…それは、ロジェスと同じようになる事を選ぶという事にに他ならない。即ち、人という存在から大きく逸脱する事を意味する。
「魔造獣の力を手に入れた結果、どうなるのかは知ってるはずだ。そこまでして…力を求めんのかよ。」
絞り出すようにして言った龍人の言葉を聞いて、何故かキョトンとした顔をするラーバル。
「龍人クン君は何を…あぁそういう事か。」
得心がいったのか1人で頷くラーバルは、押さえきれない笑いで肩を揺らしながら奇抜な髪型を前髪からゆっくり搔き上げていく。
なんというか…ナルシストと言うしかない動作。笑いを噛み締める様子が加わる事で殺意すら覚えるほどに。
「私が手に入れる魔造獣の力は、ロジェスクンのように体が人から逸脱するものにはならない予定なのだよ。あくまでも彼らは実験段階の姿に過ぎない。私が提供を受けるのは完全に制御できる力。私が私として存在し、人のまま人を超越する力だ。」
「そんな理想…」
「理想ではないのだよ。この私が理想だけを信じて選ぶと思うのか?私は確信を持ってここにいる。」
「…お前は取捨選択をしたんだろ?なのに、何故捨てたものをまた望むんだよ。いってる事とやってる事がズレてんだろ。」
苦し紛れの反論。…だったのだが、それはラーバルに思わぬ反応を生み出した。
「何故だと…?」
低い声がラーバルから発せられ、口元に湛えていた余裕の笑みにが狂気のそれに変わる。
それを見た瞬間、龍人はラーバルの触れてはいけない部分に触れたのだと悟った。しかしもう遅い。
「何故だと?何故…そう聞くか。魔法の才能に恵まれた者が、この私にそう聞くか!」
溢れる。高潔さを保とうとしていた男から、黒い…ドス黒い憎しみが。
「魔法の才能があるだけで、才能がない者を貶める恵まれた者達…そのような人としての価値が無い者共に私は知らしめるのだよ。魔法が全てでは無い事を。知識が…度弛まぬ努力が生み出す頭脳が魔法という才能すらも超えるということを!」
魔法の才能に恵まれた者への深い憎悪。それがラーバルの原動力になっているのは間違いがないのだろう。
だが、それでも解せない点があった。ラーバルは魔法の才能に恵まれなかったのかも知れないが、頭脳という点で言えば類稀なる才能を持っていたはず。そうでなければ魔商庁の長官が務まるはずもない。
魔法街の商業を一手に担う魔商庁は、魔法の才能よりも数字や商才が求められる勉学のエリートが集まるポジションである。その長官ともなれば尚更。
普通の思考でいけば、そこにたどり着いた時点で魔法の才能に対する割り切りは出来ていそうなものである。
(けど…ラーバルはそこに憎しみを持っている。つまり、自分の才能だけではどうにもならない現実に直面した可能性が高い。……次が肝だ。)
ここで何を言うか。どんな言葉を投げかけるか。それ次第でこの後の展開に大きな影響を与えそうな瞬間。龍人は頭をフル回転させて慎重に選んだ言葉を紡いでいく。
「お前は……何があったんだ?自分の才能だけではどうにもならない何かがあったから…魔法の才能を持つ奴を恨むんだろ?」
「………それを聞くとは………お前は中々に面白い。良いだろう。……私は魔法の才能がない故に、同級生に虐められていた。今考えれば魔法は使えないのに勉学の成績が飛び抜けて優秀だったのも良くないのだろう。私は常に成績優秀だった。だから魔法を扱えるが勉学が出来ない者共の妬みの対象になった。…私は耐えた。私の努力がいつか実り、私を虐める者達が私を見直す事を信じて。…だが、彼らはいつしか虐めるという行為そのものに快感を覚えていたのだよ。最早、勉学の才能があり、魔法の才能がないというのはただのきっかけに過ぎなくなっていた。それでも私は耐えた。魔法を人並み以下にしか使えない私には、抵抗するという行為事自体が無意味だった。無駄だった。そして、彼らの虐めは私だけには止まらなかった。私を含めた4人の学院生が虐めの対象になり、無益な暴力と陰湿な暴力に精神をすり減らされていった。次第に私達は生きる気力を無くしていったんだよ。勉強をしても世界は変わらない。力がなければ自分も変えられないし、世界も変えられない。世の中は力が全てだ。…私達はそう思った。同時にその力を持たない私達に生きる価値がない事も悟っていた。故に私達は死ぬことにした。」
「…は?」
唐突な自殺の話に龍人は耳を疑う。プライドの塊であるラーバルが自殺を考える事自体が信じられなかった。
しかし、ラーバルは龍人の疑問の声が聞こえなかったのか…淡々と話し続ける。
「私達が選んだのは逃れられない死だ。首吊りは躊躇えば生き延びる。薬は飲んだふりをすれば生き延びる。だが、練炭は逃れられない。私達は一室に集まり全ての出入り口を固く閉ざし練炭に火をつけた。そして…私だけが生き残った。共に命を投げ出した仲間が、目が虚になり、口をパクパクさせ、手足を痙攣させてゆっくりと命を消していく様は…地獄だったよ。例えそれがクリスタルによって自分の周りにだけ酸素を精製して、私だけが助かっていたという裏切り行為に基づくものだったとしてもだ。涎を流しながら芋虫のように緩慢な動きにで助けを求める姿は…今でも忘れられない。」
「だったら…!」
「だからだ。だから私は悟ったのだよ。私が生き延びたのは優秀だったからだ。他の3人は死ぬ事しか考えていなかった。だが、私は万が一に備えたのだ。これは大きな違いだろう?そして、同時に私は1つの可能性にも思い当たったのだ。優秀であるからこそ命を保つことが出来たのならば…私の頭脳で魔法を超える力を手に入れられるかも知れないと。」
「その力はサタナスが…」
「例え手に入れる力が私の頭脳が導き出した力でなくとも、その力を手に入れたという事実が大事なのだよ。私の頭脳がなければその力を手に入れるという結論にも辿り着かないのだからな。」
「……。」
龍人が反論しようとする内容を次々と論理的に潰してくるラーバル。その声に込められたのは…恐らく恨み。
(ラーバルは自分が自殺に追い込まれたっていう過去を憎んでいるのか。それによって自分のプライドが傷つけられたっ事が許せないのか…?ってなると復讐ってなるが…さっきの話が途中で屈折してて読みきれないな…。)
そもそも、ラーバルが龍人の前に現れて何をするつもりだったのかが謎である。わざわざ龍人に自分の過去を話すために現れたとは思えない。
であるのなら、考えられるのは……。
「さぁ、これで私が天地にいる理由が分かっただろう?私は魔法という才能に恵まれて我が物顔で立ち続ける魔法使いどもに、魔法の才能がなくとも優秀な頭脳があれば対等に渡り合えることを証明するのだよ。その為にはどんな犠牲も厭わない。全ては…私という存在を証明する為なのだよ!」
髪を搔き上げたラーバルが右手を掲げる。そこに握られていたのは拳大のクリスタルだ。
「そして、私が力を手に入れるにはまだ実験が必要だが、使役する力は手に入れた。この力をもって…高嶺龍人クン、先ずは君を血祭りにあげよう。」
クリスタルが眩い輝きを放つのを見ながら、龍人は夢幻を構えていつでも戦闘を行える態勢を整える。
(クソっ。わからない事ばかりじゃねぇか。ラーバルが俺を狙う理由も分からないし、どんなに移動しても中央区支部に戻る原因も不明だ。……………はは……こりゃあヤバいかもな。)
龍人がヤバいと感じたのはクリスタルの光の中から姿を現した存在が主な要因である。
それはかつて一度だけ相対した存在。圧倒的な力で龍人達を蹂躙し、ルフトと協力する事で何とか倒しきった存在…。いや、本当に倒しきったと言って良いのかも分からない存在。
その異形の生物の横に立つラーバルは、優越感に浸った目で龍人を見下しながら…残忍な笑みを薄く浮かべる。
「私が使役する魔造人獣によって絶望を味わうが良い。」
魔造人獣…。真黒の瞳と白髪を揺らし、巨大な薄青の体から伸びた太い腕の先には長く鋭い爪が光り、凶悪な顔には太い牙が存在を主張する。…ロジェスがその身を変貌させたのと同じ姿をした生物が雄叫びを上げた。




