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Colony  作者: Scherz
第六章 終わりと始まり
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15-6-4.魔劔士

 南区に向けて歩き始めようとした龍人は、ふと後ろから感じる気配に振り向く。…そこには見知った顔の人物が立っていた。

 全身黒尽くめの忍者風な衣装を身に纏った女。ちなみに女と断定出来るのは、胸元がやや緩めに作られた衣装から。

 そして、この人物は龍人がかつて命を懸けて何度か戦った相手でもあった。


「なんでお前がここにいるんだよ。…ユウコ=シャッテン。」

「五月蝿いわね。私だってこの戦争であなたと会いたいなんて思ってなかったわよ。…出来れば会いたくなかったわね。」

「…?どういう事だ。つまり、何か目的があってここにいるって事だよな?」

「ちっ…。」


 言葉の真意を探ろうと鋭い突っ込みを入れる龍人に対して、舌打ちをしたユウコが黒い何かを投擲してくる。しかし、それ自体に大した殺気を感じなかった龍人は物理壁で防ぐ事を選択。キィン!と激突したものを見ると…黒の苦無だった。


「目的を話すつもりは無いってか?」

「そうね。」

「なら…お前に用は無いな。俺は南区の陣営に行く。お前と戦う必要は無いだろ。」

「本当ならね。でも、今はあなたと戦う必要がある。今あなたを南区陣営に行かせるわけにはいかない。」

「なにを…?」


 企んでいる?と言う事が出来なかった。瞬きをする間に距離を詰められ、ガギィン!と甲高い音を立ててユウコの握る苦無が物理壁に突き刺さる。過去に戦ったユウコとはスピードが違う。そして、胸の内に秘めているであろう何かも違うように思えた。

 ギリギリと物理壁に苦無を押し込みながら、物理壁越しに龍人を睨み付けるユウコ。


「貴方がここに現れたのは予想外だったわ。これから先は決して邪魔させない。その為に長い年月を動いてきた。それを無駄にはさせない。」

「…?何を言ってんだ?お前…いや、お前らは何を企んでるんだ?」

「邪魔をするのなら、命を失う覚悟を決める事だ。」


 ユウコの言葉からは、彼女が何を目的として動いているのかが分からない。しかし、南区陣営にその目的に関わるものがあるのは間違いが無さそうである。

 そうであるのならば…引く事は出来ない。


「だったら、命を失う覚悟を持ってお前と戦う。俺は、仲間を、南区を守るぞ。」

「…だろうと思ったわ。だが、それでこそ…ね。」


 フッとユウコの口元が緩み、続け様に地面から龍人を覆うように伸びた影が鋭い刃となって切り刻みにかかる。


「ユウコ…ひとつだけ言っとくぞ。俺…前より強くなってっから。そう簡単には負けないぞ?」


 再び右手に出現させた夢幻を使い、龍人は銀の煌めきを踊らせる。


「なっ…!?」


 何でもないような剣戟で影の刃を弾かれたユウコは表情から驚きを隠すことができない。


「俺はさ、お前達天地に大事なものを奪われそうになったり、実際に奪われたりしてんだよな。だからさ、もう二度と奪わせたくないんだよ。その為に俺は強くなってきた。自分の特殊な能力だけに頼らないで戦う為にな。…ユウコ。お前の目的、何が何でも吐かせてやる。」


 これまで何度か相対した時と比べ、明らかに様子が違う龍人を見て危険を察知したのだろう。ユウコは舌打ちをしながら後ろへ大きく飛び退る。


「逃がさないぞ!」


 龍人は銀の煌めきを後方に靡かせながらユウコとの距離を詰める。そして、新たに会得した固有技名を口にした。


「魔剣術【水連】。」


 体の後方に持っていた夢幻を渾身の力で斜め上から斬り下ろし、その勢いのまま回転斬りを放ち、燕返しの要領で斬り上げ、そして緩やかな曲線を描きながら斜め斬り上げ、フィニッシュの垂直斬りを叩き込む。

 最初の4発を苦無で何とか捌いたユウコだが、ラストの1撃に耐え切れずに態勢を崩しながら後退する。

 連続剣技ながら、1撃の斬撃がかなり重いのが特徴の剣技だ。

 ノックバック状態となったユウコに向けて、剣を振り下ろした体勢の龍人の前に魔法陣が展開し発動。水砲が連射されると同時に龍人はバックステップでユウコとの距離を取った。


「くっ…!」


 瓦礫の下から影が水砲を防ぎつつ龍人のいた場所を貫くように伸びる。更にユウコの持つ苦無がグニャリと針に形を変え水砲を避けながら龍人目掛けて飛翔する。

 押されている状態から防御だけでなくカウンターも放ってくるのは流石である。

 しかし、龍人はカウンターを撃ったことで心に生まれるある種の余裕感を逆手に取っていた。

 影の針が距離を取って地面に足をつけた龍人の体に吸い込まれていく。物理壁などを使って防御すべきなのに、それすらもせずに無抵抗で受ける。この想定外の結果にユウコは目を見開き、続けて眉根を寄せる。無防備…という非常識な現実。更にユウコの中で疑念が形になりきる前に龍人の形がグニャリと歪んで蜃気楼のように消えてしまう。

 そして、水砲を防いだ影の盾に強い衝撃が加わりへし折れる。


「なんだと…!?」


 すぐ目の前に龍人が佇んでいた。


「甘いな。」


 龍人はニヤッと笑みを浮かべると至近距離から夢幻による突きを放つ…フリをしてユウコが切っ先を防ぐべく影を操作した瞬間に夢幻を手放し、掌の先に魔法陣を展開。光属性の爆発を叩き込んだ。

 爆発の衝撃で宙高く舞ったユウコは地面に落ちる寸前で体勢を立て直し、辛うじて着地に成功する。


「く…はぁ…はぁ……。」


 戦闘が開始されて1分程度の応酬だが、確実にユウコを押しているという確信が龍人にはあった。

 宙をくるくる舞った夢幻を掴んだ龍人は、地面に手をつきながら息を切らすユウコへ投降を呼びかける。


「負けを認めたらどうだ?今ので分かったと思うけど、俺はお前には多分負けない。戦うだけ無駄だ。」

「ふふ…分かってないわね。はなからお前に勝とうだなんて思っていない。私は目的を達する為に必要な役回りを演じるだけ。その役回りが負ける事なら、喜んで戦い、負けよう。」


 微妙に回りくどい言い回しに龍人は思考を巡らせる。


「つまり…お前がここで俺と戦ってるのは単純に時間稼ぎって事か?」

「そう捉えて貰っても構わない。そう捉えて貰わなくても構わない。大事なのは私たちの目的を知られる事なく、全てが終わる事だから。」


 龍人の頭の中で警鐘が激しく鳴り始める。

 ユウコが言ったことをそのまま信じるのなら、このまま龍人が南区陣営に行かなければ彼女達の目的が達せられてしまうということ。具体的な内容はわからないが、恐らく良い事は起きないのだろう。

 この推測が正しいのなら、ここでのんびりとユウコの相手をしている場合ではなかかった。


「念のためもう一度聞くぞ。何も話すつもりはないんだよな?」

「当たり前だ。これはお遊びじゃない。」

「……うし。」


 これ以上ここでユウコと話していても埒があかない。ならば、早くユウコを倒し、一刻も早く南区陣営へ向かう必要があった。

 夢幻を構える龍人の周りに複数の魔法陣が展開される。それらは分解構築を行い、4つの魔法陣を組み上げた。

 この龍人の動きを見て、ユウコは爆発で受けたダメージを痛そうにしながらも再び苦無を構える。


「本気でいくわね。貴方がどれだけ力を上げたのかは分からないけれど、それは私も同じ事。そう易々と負けるわけにはいかないわ。」

「…。」


 無言を貫く龍人に対して微笑みを浮かべたユウコが左手を上げる。すると、周りの影から無数の苦無が生まれ…宙に浮かび上がった。そして、ユウコの左手が振り下ろされるのに合わせ龍人目掛けて飛翔する。


(いきなり凄い攻撃だな…。避けるのは難しいか。かといって防御壁を使ってもこれだけの質量だと押し切られる可能性もある…か。なら、攻撃には攻撃か。)


 向かいくる苦無の嵐に対し、龍人が組み上げた魔法陣が再び分解構築を行い、夢幻の刀身が魔法陣の中心を貫く様にして直列に展開、発動すると光の煌めきを生み出す。それらはただ苦無に向けて放たれるのではなく、夢幻の刀身を包み込んで光の刃となった。

 これこそが龍人が遼との仮想バトルで会得した戦い方の1つ…属性剣である。これまでは魔法陣と剣技を別々で扱い、それらを上手く組み合わせていた。しかし、あくまでも紛い物の戦い方であり、ジャバックとの特訓で全く通用しなかった。龍人化【破龍】を使えば渡り合えたが、それでは体力や魔力の消耗という観点で非効率過ぎた。

 そこから龍人化に頼らない為に地力の底上げを目指し、地道に研鑽を積んできたのである。龍人が目指したのが魔法と剣術を組み合わせて操る魔劔士。その為には剣術を上達する必要があった。日々の地道な修行に加え、遼との仮想バトルによる数多の実戦が漸く目指す形へ辿り着かせたのだ。

 そして、今の姿が目指したその姿…魔劔士の完成形である。


「行くぜ。魔剣術【波動光】」


 光の煌めきを纏った夢幻が鋭く横一文字に振るわれる。魔剣術【一閃】と同じモーションだが、その後に顕現した攻撃は大きく異なっていた。魔力の刃が飛ぶのではなく、夢幻の切っ先が通った空間を起点として放射状に光属性エネルギーが放たれる。

 苦無と光エネルギーが空中で鬩ぎ合う。

 威力として優勢なのは魔剣術【波動光】だが、その質量から次第に苦無が優勢に変わり始める。


「魔剣術【波動風】。」


 だが、苦無に押し切られる前に再び龍人が夢幻を一閃。今度は風エネルギーが光エネルギーに重なるようにして追加された。


「魔剣術【一閃爆】。」


 更に龍人は魔力の刃を飛ばす一閃を連続で放つ。属性【爆】のエネルギーが付与された魔力刃は、先に放たれた2つのエネルギーを追い越し、触れる苦無を爆発で吹き飛ばしていく。これによって苦無の嵐の勢いが一気に弱まったのだった。

 ごり押しの攻撃を行いながらも、龍人はユウコの動きに注意を払っていた。彼女の得意分野は隠密行動。相手の裏をかき、視覚から致命打を与える戦い方を得意としていたはず。となると、今のこの戦いは彼女の不得意な状況な筈で、その状況を変える為に何かしらの行動をとってくるはずなのだ。

 苦無と魔剣術の激突で視界が悪くなる中、ユウコが次々と苦無を生み出して龍人目掛けて飛ばしてきていた。その勢いは衰えることを知らず、寧ろ増しているようにも感じられる。

 しかし、龍人は3発の固有技で一気に形成を逆転した。つまりこのまま苦無を飛ばされ続けても大した脅威にはならないのだ。


(けど、このままでユウコが終わるはずがない。確実に何かしらを仕掛けてくるはずだ。)


 龍人としてもこのままユウコの苦無と力比べを続けるつもりはなかった。後はどのタイミングで仕掛けるのかだ。

 そのまま何発か追加で魔剣術【波動】を放った龍人は、違和感に眉を顰める。確かに苦無の質量は凄いが、あまりにも攻撃が単調すぎるのだ。何かがある…と思考を巡らせた時に1つの可能性に思い当たる。


(まさか…!)


 だが、少しばかし遅過ぎた。龍人が確認のアクションを取ろうとした時に、これまで真っ直ぐ向かってきていた苦無の動きが変わったのだ。魔剣術のエネルギーを迂回するような軌道を取った苦無は龍人の周りを回り始める。そして、一瞬で苦無の竜巻が完成した。


「…やられたな。ユウコは…やっぱいないか。」


 探知魔法でユウコの居場所を探すが、見つからない。この場を離れたのか、影魔法で影の中に潜んで攻撃を仕掛けるタイミングを見計らっているのか。…どちらにせよ、後手に回ってしまった事に変わりはなかった。

 そして、苦無の竜巻が龍人へ牙を剥く。竜巻の中に龍人へ苦無が向かう軌道がランダムに発生し始めたのだ。

 一気に襲いかかって来るのではなく、ランダムに休む間を与えない程度の感覚で襲いかかってくるこの攻撃は、脅威度は低いが地味に体力を消耗させかねないものだった。

 この攻撃の変化を発生させるという事は、ユウコが近くに潜んでいる可能性も高い。ただ、どちらにせよ苦無の竜巻を破壊しない限りは次の行動に移れそうにもなかった。


「よし。」


 物理障壁を全方位に張り巡らせた龍人は、魔法陣展開魔法によって展開型魔法陣を20近く一気に展開。更に魔法陣構築魔法によって展開した魔法陣を分解し、1つの構築型魔法陣を完成させる。そして、すぐに発動。

 顕現するのは強力な重力場。それは飛び交う苦無を次々と引き込み、中心の重力球が飲み込んでいった。そして、ものの数秒で竜巻を形作っていた苦無は全て重力球に飲み込まれて消えたのだった。


「…誰もいないか。」


 苦無が全て無くなって静かになった中央区支部跡に1人で立つ龍人は、辺りの様子を確認するが…人が居る気配は一切無かった。倒れていたはずのビストの姿も消えていることを考えると、ユウコが連れて行ったのかもしれない。

 となると、ユウコの目的は龍人の足止めではなく、ビストの回収だった…と考える事も出来る。


(どちらにせよ…いい予感は全くしないな。)


 状況が改善された感覚はないが、収穫はあった。遼との仮装バトルで会得した魔劔士としての戦い方が相手に通用する事が分かったのだ。それだけで十分である。勿論、反省点もあった。遠距離攻撃を主体にし過ぎてユウコを取り逃がしてしまったのだ。もし、あの時に遠距離攻撃から距離を詰めての近距離戦闘に持って行っていたのなら、結果は違っていたかもしれない。

 こんな分析を行いながらも、龍人は周りをもう1度確認すると南区に向けて走り出した。…胸の奥で蠢く不安を押し殺しながら。


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