15-6-3.龍人の成長
ビストと睨み合う龍人は針の穴を通すようにビストの動きを注視していた。
獣人化【獣王】を使ったビストの攻撃力や素早さの劇的な向上は既に機械街で体験済み。如何に正確で素早い対応をするかが重要なのだ。
前回は固有技に押し切られて苦渋を舐めた龍人だったが、今は比較的優位に立っていると分析することが出来ていた。その程度には余裕感があるのだ。
(…遼との仮想バトルが役に立ってんな。あいつの弾幕を無詠唱魔法だけで避けられるように特訓した成果が、思った以上に出てる。)
「龍人…僕の邪魔はさせないんですな。」
「だったら俺を倒していけ。」
これが戦い開始の合図だった。
地が爆ぜる程の踏み込みをしたビストは龍人に向けて挌闘技を連続で繰り出してくる。突きや手刀、踵落としに回し蹴り、裏拳…と絶え間ない攻撃が龍人を襲う。
(やるな…けど!)
鎌鼬を発生させるほどに鋭い後ろ回し蹴りを夢幻の刀身でいなした龍人は、ビストの軸足を突き刺すように斜め下へ夢幻の切っ先を突き入れる。体重の全てを軸足で支えている瞬間を狙った絶妙なタイミングの攻撃は、確かに突き刺さった。…筈だった。
「甘いんですな!」
気付けばビストは前宙をして夢幻の切っ先を避け、金の尾を引いた右脚を脳天めがけて踵落としをしていた。
「それはどっちかな?」
これまた必中のカウンター攻撃だが、龍人から余裕感は消えない。ビストを突き損ねて地面に刺さった夢幻に魔法陣が展開発動されると、隆起した地面がビストの体を跳ね上げた。
そのまま上空へ吹き飛ばされるビストへ向けて、龍人は7つの魔法陣を展開。それぞれ別の属性魔法弾をビストに向けて発射する。7つの属性弾はビストに向けて飛翔し、途中で引き寄せあい、1つの属性弾に融合した。
7色の尾を引きながら巨大な属性弾がビストへ直撃。大爆発を引き起こす。
「どうだ…これが少しでも効いてれば…。」
爆発が上空で暴れ狂う中、龍人は静かにビストへどれだけのダメージを与えられたのかを確認する。
直撃させた魔法は複数属性の魔法を後から融合させる後付けの複合魔法だ。それなりの威力を誇る攻撃が、獣人化【獣王】を行なった相手に効果があるのかどうか。
しかし…というか、やはり…というか、そう簡単に倒せる相手ではなかった。爆発の煙が立ち込める中、キラッと光点が見えたかと思うと一筋の線が龍人目掛けて伸びてきたのだ。
「…ちっ!」
 
視認した瞬間には目の前に迫っており、身を捻った龍人の右頬を掠めて地面に突き刺さった線は爆発を引き起こす。しかも、雷属性の爆発…つまり雷爆である。
爆発地点から周りに漏れた雷が辺りを焦がしていき、その直撃を受けた龍人は瓦礫に突っ込んでしまう。
雷爆によって砕かれたコンクリートの小片がパラパラと降り注ぐ中、ビストが軽やかな音と共に地面へ着地する。
「まだやりますかな?」
どこか苦渋の感情が滲んだ顔をしながらも、ビストは対決姿勢を崩さない。それこそがビストが固く決心した意思の表れに他ならないのだろう。
そして瓦礫からゆっくり起き上がった龍人はビスト…機械街で金獅子と呼ばれていた男を見る。彼からは先ほどまでの口論時にあった迷いの雰囲気が一切消えていて、それを認めると同時に龍人の中に悲しみに近い感情が芽生える。
(1回は友達になったのにな…。)
友達になったからこそ、ビストが天地と共にいくという選択をした道を、元の道に戻したい。だからこそ訴えかけた。彼の心が本質的には変わっていない事を信じて。しかし、それこそが間違いである事に龍人は気づかない。
ビストがどれだけの思いで機械街を離れて天地と共にいく決心したのか。そして今、彼がどんな状況に置かれているのか。全てを知らないからこそ、2人の思いや考えにすれ違いが生じる。
そのすれ違いは小さなものかも知れないが、それが続く事で離れた道は大きく…遠くなっていき、後戻りをすることすら叶わなくなってしまうのだ。
無言で龍人がビストを見る中、ビストは浅く息を吐くと再び口を開いた。
「龍人…僕を止めようとしても無理なんですな。僕と龍人の歩く道はもう…交わらないんですな。僕はそれだけの覚悟をして機械街を出てるんですな。他の皆全員と今後会えなくなってもいい。僕1人が犠牲になって皆が幸せになるんなら、僕は喜んで犠牲になるんですな。」
「ビスト…それはどういう…。」
明らかに拒絶の言葉に龍人は狼狽えてしまう。言葉を投げ続ければ、いつかはビストが龍人達の所に戻ってくると信じていたのだが…今の言葉で彼に戻ってくる事が出来ない決定的な何かがある事がなんとなしに分かってしまった。
ほんの数秒だけ瞑目した龍人は、ビストへ力のこもった視線を向け、だらりと握っていた夢幻を改めて構え直す。
言葉で通じないのなら、例えそれがビストが望まなかろうと龍人が取りうる選択肢は1つ。
「力尽くで止める…!」
「龍人が僕に勝てる訳が無いんですな。」
「それはやってみなきゃ分からないだろ。こっから先は…言葉は無しだ。」
ジリ…と足の位置を僅かに動かしながらビストと睨み合う。再び高まった緊張感の中で、2人の視線が交錯し…動き出す。
低姿勢での疾走。そして幾つかの魔法陣を展開した状態で接近していく。先に攻撃を仕掛けたのは龍人だった。斜め下からの斬り上げを放ち、それを避けたビストが反撃を繰り出そうとするタイミングで展開していた魔法陣を発動…真横から衝撃波を叩きつける。
(…ほぼノーダメかよ!)
体をくの字に曲げながら吹き飛んだのにも関わらず、ビストは左手で瓦礫の一部を掴むと、そこを支点に体を回転させて着地し、龍人へ向けて右手を翳して放射状に広がる雷を放ってくる。
ダメージを感じさせない動きを見るに、獣人化を行う事で速度、攻撃、防御が飛躍的に上昇しているのだろう。龍人化も同じように能力上昇効果があるが、この3点においては獣人化の方が上昇値が高そうである。
いずれにせよ、今のレベルの攻撃ではビストへダメージを与える事が難しい。通常の攻撃から1発1発の威力を引き上げる必要がある事は否めない。
(…龍人化を使えば一気に攻撃力を上げられるけど、その分魔力も体力も消耗が激しくなる。ビストと戦う今ここで使って…この先続く戦いを乗り越えられるか?)
魔法壁を使いながら雷を避けた龍人は4つの魔法陣を直列展開する。魔法陣が光り輝き直列励起することで威力を倍増させた風刃の乱れ撃ちを放つ。
しかし、ビストは回避をするどころか…両腕を体の前でクロスさせて防御をしながら突っ込んできた。
「この程度では効かないんですな!!」
バシバシと風刃が当たっているのにも関わらず、それを物ともせずに突っ込んでくる様は格闘漫画に出てくる筋肉バカ系のキャラクターを連想させる姿だ。
この接近に対して龍人は魔法陣を2連並列展開して待ち構える。右手に構える夢幻は身体の左側に構える体勢。
そして、風刃の嵐を抜けたビストが雷を付帯させた脚による回し蹴りを放つ予備動作を取った。
「ここだ!」
魔法陣が発動し顕現させたのは黒い霧だ。ブワッと噴出した霧はビストを包み込み、完全に姿を見えなくしてしまう。
目眩ましが目的…だけではない。ビストの姿が見えなくなったタイミングに合わせて、龍人の口がとある名前を呟いていた。
「魔剣術【一閃爆】。」
左脇に構えられた夢幻が抜刀術のような軌跡で、黒い霧に覆われた場所を横一文字に切り裂く。更に切り裂いた地点を中心に連続的に爆発が発生した。
爆発によって生まれた強風が黒い霧を晴らしていき…黒い霧が密集した極太の紐に捕らえられたビストの姿が現れる。その身には魔剣術によって負ったであろう傷が腹部で目立ち、爆発の直撃を受けたからか服装が所々破けたり焦げたりしていた。
「まだやるか?」
「…当たり前なんですな。こんな所で負けてられないんですな。」
締め付けられているからか、やや苦しそうな声を出すビストだが、その瞳から闘志は消えていなかった。ギシギシと縛る紐を引き千切ろうと身悶えするが、強靭な紐がそれを許さない。
完全に有利な状況に立った時に…ふと、龍人の中で小さな疑問が鎌首をもたげる。状況的にはすぐにビストを倒し、その上で聞くなりすべきなのだが…。
しかし、敢えてその疑問を投げ掛ける事にした。
「なぁ、天地の目的って…なんだ?そもそもこの戦争自体は目的のための過程だ?本当は何を狙ってる?」
「それを言うと思ってるんですかな?」
「いや、ふとお前なら教えてくれるんじゃないかって思ってさ。」
「そんなアホみたいな事をする訳ないんですな。」
「だよな。じゃあ…お前にはここで気絶してもらう。」
「早くすれば良いんですな。今回の戦争は個人個人が別々の目的を持って動いてるんですな。その結果が天地としての目的が達成される前に得られるか否か…だから、全員が自分の目的を達するために動いているんですな。それを龍人が1人で止められるわけがないんですな。」
「ビスト…。」
さり気なく情報をくれたのだろうか。それとも、素で話したのかは定かではない。だが、天地とその構成員が1つの目的だけで動いているのではなく、組織としての目的と個人の目的を達成するために動いている事が分かっただけでも大きな収穫である。
ブスッとした顔のビストは龍人を睨みつけるばかり。彼の真意は定かではないが、少なくとも完全に龍人と対決しているという訳ではないのかも知れない。ただ、この場でこれ以上の話を続ける事は不可能に思われた。
(ビストが俺に情報を渡してるってのが天地に知られたら、きっとビストの命が危なくなる。ってなると、俺はこの情報を元に各メンバーが何を企んでいるのかを見つけなきゃいけないのか…。結構途方も無いな。)
「ビスト…決着はまた今度だ。」
「…次は負けないんですな。」
「あぁ、楽しみにしてるぜ。」
夢幻を魔法陣の中にしまった龍人は、握り拳に魔力を込めて鳩尾に突き入れる。
「ぐはっ…。」
口から涎を垂らしながら体を折り曲げたビストは頭をがっくりと下に垂れる。
「…よし。天地の個人個人が個別の目的で動いている可能性があるんだったら…まずは南区にいくか。」
こうして龍人が南区に向けて歩き始めようとした時であった。
新たなる脅威が目の前に立ちはだかったのは。
 




