表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Colony  作者: Scherz
第六章 終わりと始まり
893/994

15-5-1.始まり

 天地と魔法学院の戦いが各区で繰り広げられる中、別の場所でもうひとつの戦いも始まろうとしていた。

 場所は魔法街中央区支部最上階。…中央区支部長室前。

 薄暗く廃墟のようになったこの場所は、スーツを着た男達が周囲を警戒しながらウロウロと歩いていた。勿論、普通の男ではない。其々憤怒、悲壮、驚愕などの激しい表情を変わる事なく固定で浮かべ続けている…明らかにおかしい男達だ。

 注意しなければならないのは、表情が普通でないことに加え、身に纏う威圧感も普通ではなかった。勿論…戦いにおいて異常なパワーを発揮する事も確認済みだ。

 その様子を曲がり角の陰から覗く2人の魔法使い。1人は魔法少女の格好をしたミラージュ=スター。もう1人は街立魔法学院の制服に身を包んだ男、ルフト=レーレ。


「ミラージュ…俺の合図であいつらを吹き飛ばしつつ支部長室に突っ込むよっ。」

「うんっ。でもでもさ、本当に支部長室に入ったら中央区支部がどうしてこうなったのか分かるのかな?」

「んー、五分五分だと思うよっ。敵の親玉がいるか、ここの職員が籠城してるかだねっ。」

「親玉だったら前も後ろも敵になるんだよ?」

「なぁに言ってるのさっ!それを怖がってたら、ずっとあいつらから逃げ続けるんだよ?俺は…もう逃げるのは嫌だけどね。」


 ルフトの声が途中からいつもの軽い口調ではなく、真剣味のこもった声質に変わったのに気づいたミラージュは目をパチクリさせるとニカッと笑う。


「ルフトちゃん…久々に本気モードなんだね。じゃあ私も一気に行こうかな。ルフトちゃんは突入したら中の確認と対処、私は3人の変顔男達を牽制するんだよ。」

「オッケー。やりますかねっ。」


 視線を交わして頷き合ったルフトとは静かに3人の男の動きを観察する。狙うのは全員の意識がルフトとミラージュが突き進む予定の支部長室へ続く一本道の中央から外れる瞬間だ。ウロウロと動く男達の意識がタイミングよく外れる瞬間は中々訪れず、忍耐と集中力が要となる時間が過ぎていく。

 行動パターンがあれば良いのだが、男達はプログラミングされて動いているわけでもなく、更には正気を失っているような状態。普通の人間よりも動きを読む事が難しく、だからこそ狙うタイミングを中々掴むことができない。

 そして、永遠とも思える長い時間を耐えきった2人は…遂に狙い通りの状況が揃う瞬間を摑まえる。3人の男の視線が通路の中心からも、狙う先のドアからも、そしてルフトとミラージュが隠れている角からも外れる瞬間だ。


「行くよっ!」

「うん!」


 ルフトはミラージュを小脇に抱えると後方に圧縮した空気の塊を生成、解放し、それよって生まれる推力を利用しつつ風の力を纏って低い姿勢で高速の飛翔を行なった。

 3人の男達はすぐにルフトとミラージュに気付いて攻撃を開始する。風、炎、水の基本属性魔法が行く手を阻もうとするが、空気を巧みに操り、自身の進む軌道を変更したルフトはそれらの攻撃を紙一重で避けて支部長室へ向かう。

 しかし、それだけで終わるはずもなかった。

 突如としてルフトと支部長室の間に男の1人が立ちはだかる。憤怒の表情をした風を操る男…つまり憤怒サラリーマン。…この場所に来る前にひたすらに追いかけ回してきた男だ。


「またお前か!」

「ごのざぎには…行がぜない!」


 濁った言葉を叫ぶ男の前面に風の渦が現れる。そして、それは竜巻となってルフト達へ襲い掛かる。


「マジか!」

「ルフトちゃん真っ直ぐ!」


 緊急回避しようとしたルフトはミラージュから掛けられた声に反応し、躊躇なく竜巻へ突っ込んで行く。これが、昨日今日にあったばかりの人間から言われた言葉なら、無視して回避していただろう。しかし、ミラージュは第7魔導師団として共に戦ってきた仲間。その仲間の言葉を信じるのは、ルフトとしては当然の選択だった。

 眼前に迫る竜巻の中心を穿つように星型の光が尾を引きながら発射される。握り拳大の星が次々と竜巻に突き刺さり、竜巻を形作る風の流れを阻害し霧散させる。その中を進むルフトとミラージュは竜巻を発生させた憤怒サラリーマンへ接近し、ルフトが左手に生成した高密度の風球を横から叩きつけた。解放された風の力によって忿怒の男は吹き飛び、遮る者がいなくなった支部長室のドアへ向けてミラージュがドリル回転させた星を発射。ガリガリと削られて空いたドアの穴に飛び込んだ2人は無事に支部長室への侵入を果たしたのだった。

 ミラージュを小脇に抱えたルフトはクルッと回転しながら華麗な着地を決めると、すぐに部屋の中を確認する。そして…


「あれ?」


 拍子抜けした声を出したのだった。

 薄暗い部屋の中には…誰も居なかった。2人の予想では、当初中央区支部に立てこもって和平を訴えていた職員達がここに立てこもっているのだと思っていたのだが…。


「困ったね。ここに居ないってなると、他にいる場所の検討が付かないよね。」


 ポリポリと頭を掻きながら支部長室の中を捜索するルフト。


「ルフトちゃん!あんまりのんびり探してる暇は無いんだよ!」


 焦った声で捜索を急かすミラージュ。彼女は今ドアを壊そうと向かってくる憤怒サラリーマンの攻撃を物理壁と魔法壁の防御壁を使って防いでいるのだ。

 当然ながら、魔法学院の教師クラスの魔力を操る攻撃を防ぐのには限界がある。しかも、憤怒サラリーマンの他に悲壮サラリーマンや驚愕サラリーマンがいるのだ。1人で3人の攻撃を耐えるのは至難の技である。


「分かってるよっ!でも…ここはハズレだね。」

「えぇー!?それじゃあただ袋の鼠になる為に飛び込んだみたいなんだよ!」

「ははっ。そうだね。なら…一網打尽にしてみよっか!」


 ニカッと爽やか&獰猛な表情を覗かせるルフト。その表情をみたミラージュはゾクリと背中が粟立つのを感じた。


(ルフトちゃんのこの感じ…久々なんだよ、多分このままルフトちゃんが戦ったら中央区支部か半壊するかも…。)


 今の表情をしたルフトが戦う時…それは、彼が本気で戦う時なのだ。本気を出したルフトの戦いは凄まじい。それこそ過去に1つの村を全壊させる戦いを繰り広げた事もある位だ。


「ルフトちゃん…やるの?」

「うんっもちろん!ここで負けるわけにはいかないし、これ以上職員の人達が見つからなそうな以上、我慢して逃げる必要もないからね。」


(あちゃー。本気なんだね。じゃあ…私は少し楽しよっかな?)


「あ、ミラージュも手を抜いちゃダメだよ?これ以上ここに留まる理由はないから、変顔サラリーマン達を倒して南区陣営に戻らなきゃだからねっ?」


 ニコッと笑みを向けてくるルフトだが…本気スイッチが入っている彼の目は笑っていなかった。

 当然ながら、ミラージュは楽をしようと思っていたことを言わなかった。言ったら後でどれだけ怖い事か…。


「勿論なんだよ!私もやるよ!」

「うしっ。なら、俺が1発撃つから、倒せなかった奴を頼んだよ!」

「うん!」


 ミラージュは魔法障壁と物理障壁を扉に張り付けると、すぐにルフトの後方へ下がる。少しでもルフトが魔法を発動するまでの時間を稼ぐ算段だ。

 ルフトは静かに右手を上げる。すると空気が、大気が、そして天がルフトの手のひらに凝縮されて行く錯覚感がミラージュを襲った。


「行くぜ!」


 大技を放つであろう前だというのに、ルフトはあくまでも軽いノリを崩さなかった。


ボンッ!


 そんな軽めの音が聞こえたかと思った次の瞬間、ルフトが手のひらを向けた延長線上のドアが、壁が、廊下が、天井が…全てが吹き飛んでいた。


「まだまだ!」


 ダンっと走り出すルフト。討ち漏らしをミラージュに頼んでいたのはどこに行ったのか…という考えが馬鹿馬鹿しくなるくらいの飛び出しだった。


 吹き飛ばされて半壊した中央区支部を駆け抜けるルフトは、起き上がる変顔サラリーマン達へ近付き、風塊を叩きつけていく。そうして5人ほどぶっ飛ばした時である。


 異変が起きた。ジュ…という音が聞こえたかと思うと、中央区支部を呑み込む規模の光が天へと立ち昇った。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 天地の構成員と戦う各区陣営の魔法使い達は、いつしか侵入を始めた中央区に充満していた霧の中で戦いを続けていた。

 不思議な事に、最初は魔力の流れを阻害していた霧は、今は魔法を使う事に一切の難が無い。

 視界の悪い霧の中、天地という極悪とも言える組織の幹部レベルの者達を追い詰め始めた各区陣営は、攻めの一手を選択。南区はラルフ、東区はジェイド、北区はクラック、行政区はレインを中心として天地の構成員を攻め立てる。

 世界を股にかける天地という組織の構成員を倒すチャンスに、攻撃の手を緩めることはない。

 例え濃い霧の中であろうとも、魔法を駆使すれば敵の居場所を掴む事は容易い。戦闘の全貌が視認できない状況ではあるが、各区の魔法使い達は魔法を使えるからこそ迷う事が無かった。

 かくして、各区の戦闘員達は霧の中で戦いを続ける。


 この時、各区陣営では魔法街戦争を行なっているという認識よりも、天地という侵略者を倒す事が優先事項となってしまっていた。


 この状況に一番最初に気づいたのは、ラルフとセフの戦いを追いかけてララと共に霧の中へ進んだレイラだった。


「なんか…おかしくないかな?」

「どういう事?」


 首をかしげるララ。レイラは不安そうに辺りを見回しながら、違和感の正体を探ろうとしていた。


(なんだろう…霧も変だしラルフ先生の戦いも押し続けてるのに倒せない感じだし…なんとなくだけど、この戦いに決着が見えない気がするよ…。)


 レイラの周りでは街立魔法学院の学院生達が黒い忍者相手に善戦を繰り広げている。しかし、この戦いですら違和感があった。最初に黒い忍者達と戦っていた時…もっと力は拮抗していたはずだ。いくらラルフがセフ相手に優勢を保っていて、それを見て士気があがったとしても…実力差がそこまでひっくり返る事はない。そんなのは漫画や妄想の世界だけである。

 …そう。言ってしまえば全力でぶつかり合っていない…つまり、手を抜かれている感覚がどうしても抜けないのだ。

 戦闘の最前線にいないレイラだからこそ感じたのかも知れない。しかし、この感覚がレイラに与える不安感は…軽視できないものだった。

 だからこそレイラは違和感を不安を消し去るための行動を決断する。


「ララさん…私ね南区の魔法使い全員を…」


 ドォォオオオン!!


「えっ…!?」


 大きな音と共に大地が震える。そして、眩い光が目を焦がす。

 何が起きているのか理解が追い付かない。

 そして…光が強くなるのに合わせて霧が晴れていく。白に覆われていた視界は彩りを取り戻し、レイラが光の発信源の方を見ると…そこは…中央区支部があったはずの場所だった。


「ルフト君とミラージュさん大丈夫かな…。」


 不安そうな声を漏らすララは、震える手を胸の前で組んで必死に押さえていた。

 中央区支部を飲み込んで立ち上る光の存在感は当然ながら凄まじく、周囲にいる人々も戦闘の手を止めて呆然と見上げるばかり。

 

 そして、霧が完全に消え去る。

 そして、光がゆっくりと収縮して消えると魔法協会中央区支部という建物は完全に消え去っていた。

 そして…


「あ…。」


 改めて周囲を見回したレイラは、取り返しのつかない状況が作り上げられている事に驚愕の声を漏らす事しか出来ない。


 彼女の目が捉えたのは、消えた中央区支部を囲むようにして各区陣営が顔を付き合わせている状況。

 そして、セフの姿を見失って辺りを見回すラルフ。

 …最悪だった。なぜ他区の陣営がこの場まで進行しているのかが分からない。

 しかし、相手目線で考えた時に南区がこの場所にいる理由として推測できるものはたった1つ。

 それは…第2次魔法街戦争を有利に進めるために、中央区支部があった場所を占拠しようとしているというもの。更には中央区支部を消し去ったのも南区による工作で、自分達は偶然にもその場に居合わせた。

 例え、セフと黒い忍者と戦っていて攻めている内に知らず知らずして中央区支部まで来ていたとしても、そんな言葉が通じる状況ではない。

 それは南区陣営が他区陣営がこの場にいる理由を推測するにしても同じである。


 結果。


 誰の意思とかでもなく、場の雰囲気が中央区において各区が本格的に戦争へ突入する事を選択させる。


 数多の尊い命が散りゆく地獄の時間が始まった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ