15-4-15.戦い。そして覚悟
ラルフの繰り出す次元魔法とセフが操る刀を起点とした闇魔法。この2つは絶え間なく相手に襲い掛かり、相殺し、破壊していく。
これまで見たことがない威力、技力、知力が駆使された戦いは周囲にいる者達を余すことなく魅了していた。もちろんその中には恐れの感情によって動けないものも存在はしていたが。
「…厄介だな。、」
ラルフが連続で放つ次元刃を軽いステップで楽々と避けたセフは、しかし忌々しそうに呟いていた。
それもその筈。ラルフが操る次元魔法はその場にある空間を次元から斬り裂くもの。物理法則などの影響を一切受けないという特性があるのだ。
防ぐ手立ては魔法壁のみ。だがこの魔法壁も空間に固定でしか展開出来ないというデメリットが存在する。つまり、止まらなけれは防御が出来ないということ。それはラルフという強力無比な相手では自殺行為に等しかった。
それでは、全く手立てが無いのか。…というとそういう訳でもない。次元魔法が次元を斬り裂く事を阻害できる密度の属性エネルギーをぶつければ良いのだ。勿論これにはそれ相応の魔力も消費する為、何度も出来る芸当ではない。…普通の魔法使いならば。
ラルフへ闇の斬撃を10連で放ったセフは、大きく距離を取って着地すると左足を前に出し、刀の刃先を上に向けて顔の右側まで持ち上げ、右手で柄の上部、左手で下部を持って切っ先をラルフに向けた。
そして…噴出する濃い闇のエネルギー。無言で佇むセフ。
これまでとは雰囲気が変わった様子を見たラルフは笑みを消さずとも…警戒を強めていた。
(さっきよりは真面目に戦ってきそうだな。)
これまでセフと繰り広げた攻防の応酬で、ラルフは彼が手を抜いていることに勘付いていた。それが油断によるものなのかは分からないが…。ともかく、構えを変えた事実から察するに今までと違う戦い方をしてくる可能性が高かった。
数秒の膠着の後、ラルフはこれまでと同じように次元刃を連射する。対するセフが取った行動はシンプルだった。…それはラルフに向けて真っ直ぐ疾走するというもの。
次元刃に対して正面から突っ込むというのは自殺行為に他ならない。しかし、セフはそれを選んだ。…つまり、次元刃を退けながらもラルフへ接近できる自信があるという事だ。ブラフという可能性も捨て切れないが、悠長に構えていることは出来ないといけない。
(やっぱりか!)
次元刃の群れに飛び込んだセフは、濃い闇が纏わり付いた刀を次元刃に沿わせるような動きで軌道を変え、無傷で突き進む。ただでさえ相殺や干渉が難しい次元刃を相手に受け流すという手法を取れる技術は賞賛に値する。しかも、それが単発の攻撃でなく、複数の次元刃による群れなのだから尚更だ。
セフの勢いは止まらない。このまま次元刃を放ち続けていれば、すぐにラルフの下へ到達するだろう。近距離戦闘になった場合、利があるのは恐らくセフだとラルフは推測していた。
それは、元々ラルフが近接戦闘のスペシャリストでないという理由が最も大きい。対するセフはどう見ても近接戦闘のスペシャリスト。つまりだ、接近を許せば苦戦を強いられる事に間違いはないのだ。
とは言え…である。それでも負けるつもりも、負けない自信もラルフは持ち合わせていた。遠距離も中距離も近距離も…全てにおいて強敵と対抗できる手段を持っていなければ、第1魔導師団を務めることなど出来ないのだから。
「よし!これならどうよ!?」
距離を詰めるセフを止めるべく、ラルフが選択した行動は連射する次元刃の中に時限爆発式の次元刃を混ぜるというもの。見た目も何も変わらない攻撃の為見分けるのは不可能。
そして、時限式の刃はセフと接触する前後で無作為に爆発を始めた。次元を斬り裂く刃が引き起こす爆発は次元の裂け目を広げ、その裂け目が元に戻ろうとする力を誘引する。結果、爆発が起きた周辺で重力が狂う。下に引き付ける力の方向が狂い、更には空間自体が歪む事で強制的に歪みへ向けて引っ張る力が働いた。
常人であればまともに立つことも叶わず、空間の裂け目や歪みに引き込まれて細切れになるであろう状況下で…セフは体勢を多少崩しはしたものの、空間の歪みには闇を当てがい、爆発は魔法壁を置き去りにする形で設置して軽減し…結果、それまでと変わらない速度で次元刃の群れを突き進む。
ならば…とラルフが次に取った手段は自身の前面に空間の断裂を生み出し、それを強制的に戻す事で発生する衝撃波を叩きつける事。次元刃という線の攻撃に衝撃波という面の攻撃を加える事で回避を難しくする狙いだ。
「…ぬるい。」
小さく吐き捨てたセフの動きが更に高速化する。体がブレたかと思うと一瞬で衝撃波に突っ込み…刀の突きによって生じる剣圧で衝撃波を押しのけてみせた。
これによって彼我の距離は4メートル。あと2メートルも接近されれば近接戦闘に移行せざるを得なくなる。
次元弾をショットガンのように散弾として発射して逃げ場のない点の攻撃。セフは闇を噴出させた反動を利用した半円を描く軌道で銀髪を数本散らせながらも回避に成功。そして、彼我の距離は2メートルにまで縮まっていた。
回り込みによって低姿勢を保っていたセフから、漆黒の闇を纏った銀の輝きが流れるようにしてラルフの喉元へ吸い込まれていく。
そして…。
セフは身を投げ出すようにして大きく横へ跳躍していた。そのセフが直前までいた場所は空間が大きく裂かれていて、セフが退いた直後に裂け目が戻る事で引き起こされる爆発が地面を激しく抉る。
「…それは………。」
鋭い目線でラルフを睨み付けるセフ。対するラルフはニヤリと笑みを浮かべながら澄んだ半透明の刀身を持つ剣を構える。
「これは精霊召喚剣ノルニル。次元を操る精霊剣だ。」
「成る程…。一筋縄ではいかないか。ならば、俺も相応の力を出すか。」
セフが刀をゆっくりと体の前で構えると…細長い銀の刀身に変化が起きる。纏っていた闇が消えたかと思うと、黒に染まったのだ。
「…ふんっ。久々に使ったが、変わらず好調だな。」
「これまた俺の知らない技か。…いいねぇ。」
楽しそうに口の端を上げたラルフはデブちんに似合わない速度でセフへ斬りかかった。
規格外の2人が激しい戦闘を繰り広げる地点から少し離れた場所では、レイラが次々と運び込まれる負傷者へ治癒を施し続けていた。
負傷者の多くは黒い忍者との戦闘によるもので、時々ラルフとセフの戦いの余波を受けて負傷した者も混じっている。
幸いな事に現状ではレイラの技量で治せないレベルの負傷者は出ていない。治癒魔法のエキスパートとも言える属性を持っているレイラに治せない負傷というというと…瀕死レベルだろう。
連続で治癒魔法を使い続けるレイラは、大した疲労も見せずにラルフの戦いを心配そうに見ていた。
「レイラさん大丈夫?」
掛けられた声に横を向くと、レイラと同じく治癒魔法を使い続けているララが心配そうな顔を向けていた。
「ララさん。…ラルフ先生とセフの戦いがやっぱり心配で。」
「あ、そっちは大丈夫だと思うよ。あのラルフ先生だし。簡単には負けないと思うな。それより私が心配なのは、レイラさんの魔力だよ。」
「魔力?……あ、私なら大丈夫。これくらいなら全然。」
「全然なんだ…。レイラさんってもしかして物凄い魔力総量の持主?」
「そんな事無いと思うよ。前に調べた時は、並よりも少し多いくらいって言われたし…。」
「それなのにまだまだ大丈夫って凄いね。私はあと30分位したらいったん補充しないと厳しいな。」
「あ、そうしたら今のうちに順番で魔力補充する?いきなり沢山の魔法を使わなきゃいけない時に、魔力切れだと怖いし…。」
「そうだね。じゃあ…レイラさんにお願いして一旦休んでもいい?」
「うん!任せて!」
元気の良いレイラの返事にニコッと笑ったララは、治療を終えるとクリスタルを取り出して魔力の補充を始めた。
その目線は自然と激しい戦いを繰り広げるラルフとセフへと向けられる。
「なんかさ…あぁやって強い人達と、私達って何が違うのかなって考えたことある?」
突然の質問に目をパチクリさせるレイラだが、ララの問いたい真意を何となく感じて優しい笑みを浮かべた。
「元々の素質もあると思うけど…覚悟が違うんだと思うな。」
「…覚悟?」
「うん。戦う覚悟とか、守る覚悟とか、言い方は良く無いけど…人の命を奪う覚悟とか。」
「それだけで強くなれるのかな?」
「ううん。それだけじゃすぐに強くはなれないと思う。でも、覚悟があるから強くなっていけるんだと思うな。」
「強くなっていける…か。」
レイラの言うことは確かに間違っていないかもしれなかった。ラルフとセフの戦い。それは相手の命を奪うことを躊躇していたら出すことができない威力の魔法を駆使している。
それは覚悟がなければ成せる技では無いし、覚悟があるからこそ成せる技でもある。これが命を奪う覚悟。
何かを守るにしてもそうだ。命懸けで、本気で、全てを投げ打って守る覚悟があるのかどうか。最悪、自分の命を引き換えに守る覚悟があるのかどうか…である。
それは戦いにも当てはまる。自身の命を失ってでも相手を倒す覚悟があるのか否か。
果たして自分にその覚悟があるのかを考えた時、レイラには「ある。」と言える自信は無かった。
どうやらそれはララも同じようで…。
「私にはそこまでの覚悟は出来ないかも…。何かあったら最後には自分が大事になっちゃいそう。」
だが、それは大多数の人が同じ事を言うだろう。だかろこそレイラはララの意見に賛同する。
「うん。私も。」
だが、賛同だけでは終わらない。
「でもね、皆が皆…同じ覚悟を持てなくても良いと思うんだ。其々には其々の事情があって…だからこそ持てる覚悟にも違いが出るんだと思う。だからね、私は私が持てる最大限の覚悟でこの戦争に臨んでるつもり。…でと命を投げ出す覚悟は持てないんだけどね。」
てへっとばかりに可愛く舌を出して片目を瞑るレイラに、「なんて可愛い子なの!?」と密かに胸を打たれたララ。しかし、レイラの言葉を全面肯定するつもりもなかった。覚悟を持つことの懸念を口にしようとするが、戦況の変化がそれを許さなかった。
「…レイラさん。ラルフ先生が押し始めたよ!」
それは、南区陣営にとって光明となり得る吉報だった。
 




