15-4-12.黒い忍者
氷礫による攻撃が一定間隔で繰り返される南区陣営の前衛。その攻撃に防御を担当する者達は、延々と防御を繰り返す事に嫌気が刺し始めていた。それは指揮を務めるタムも同じである。
集中力が途切れそうな感覚に見舞われたタムは、両手で顔を挟むようにパンパンと叩いて気を引き締める。
そんな中でも氷礫は容赦なく降り注ぎ…仲間の1人が幾度となく聞いたセリフを叫んだ。
「氷礫きました!」
「よし!防御っす!」
降り注ぐ氷礫は相変わらずの広範囲で、そこそこの威力でタム達に襲いかかってきた。また同じ様に魔法障壁を使っての防御…と思ったタムは、氷礫が降り注ぐ光景に違和感を覚えた。
(…ん?なんか今までと違うっす。……………!?)
気付く。氷礫の中に異物が混ざっている事に。今まで通り広範囲にわたって降り注ぐ氷礫と共に黒い何かが降ってきていた。その数は約20程。人程度の大きさのそれは、存在感を発さずに静かに静かに落ちてくる。
「……嫌な予感しかしないっすね。迎撃するっす。精霊召喚【ノーム】!」
タムの前に光が集まり、精霊が顕現する。光の中から出てきたのはゴツい岩男。背丈は2メートルを優に超える大きさで、威圧感が半端無い。
「久々に呼ばれたでごわず。俺、なにをする?」
「上から降ってくる黒いのを迎撃するっす!」
「分かったでごわず。」
ノームがゆっくりと右手を空から降ってくるものに向けると、地面の石が槍の形になって次々と射出されていく。それらは高速で飛翔し、氷礫と黒い物体に容赦なく突き刺さった。
「どうっすか!?」
「…手応えが無さすぎるでごわず。」
芳しく無い反応にタムは警戒を怠らず、次の行動へ移る。
「なら、ぶっ叩くっす!」
「おうでごわず!」
石の槍に続いて出現したのは巨大な石の板。ノームはそれを掴むと地上まであと少しまで迫った黒い物体に向けてフルスイング。ドガガガ!という激しい音を立てて氷礫と黒い物体を横殴りに強打した。
流石にこの強打に耐えることは出来なかったらしく、卓球のスマッシュみたいに地面に向けてぶっ飛び…鋭角で突き刺さる。
「全員警戒を緩めちゃダメっすよ!」
今の攻撃で迎撃出来たのはあくまでも一部。他の黒い物体は地面に着弾…というよりも、降り立っていた。
「なんなんすかこれ?」
それは…黒い人だった。手に持つのは恐らくは刀。
(…真っ黒すぎてよく分からないっすね。まずは撃って様子を確かめた方が良いっす。)
体の凹凸が無い黒い姿は、まるで影が立体化したかのような異形であった。
まずは正体を探るべくタムはノームの力で石飛礫を黒いものへ向けて放った。石の嵐は容赦なく突き刺さり…黒いものは霧散する。
手応えの無さに違和感を感じてしまうタム。
だが、その違和感を感じる暇が無くなる。霧散した黒いものは再び集結すると人の形を形成し…更に分裂したのだ。見れば其処彼処で分裂は進んでおり、最初は20体だった黒いものは40体を超えていた。
そして、さらなる変化が訪れる。黒いものはグニュグニュと体を蠢かせると、それまで片手に持っていた剣を両手に持つシルエットに変えたのだ。凹凸の無かった体は先程よりも立体感を増しており、忍者のような格好を模しているように見受けられる。
同時に殺気に酷似した気配が辺りを充満し始めた。それが黒いものから発せられているのは疑う余地もない。
「はは…これはヤバイっすね。」
ヤバイとかマズイとかネガティブ発言しかしていないタム。ヒクつく口元が、このままでは守り切れないという彼の心境を表していた。
そんなタムに考える余裕を与えない為か、黒い忍者(仮称)が動き出す。両手に持つ(くっついている?)剣を後方に靡かせるような体勢で、周囲の魔法使いに向けて走り出したのだ。
そして、タムの号令を待たずして迎撃の攻撃が開始されてしまう。異形の物体が自分に向けて走ってくるのだ…防衛本能が働いて然るべきだろう。
しかし、それは同時に誰かの指揮のもとで戦う集団ではなく、ただの乱戦状態に陥った事と同義でもある。指揮系統を失った集団は、個々の力に戦闘の結果が左右されてしまう。相手の実力がわからない状態での激突は、非常に危険であり…。
そして止めるべくもなく…得体の知れない黒い忍者と街立魔法学院の魔法使い達の衝突が開始された。
黒い忍者達の力は…並と評するのが適当だったが、1点だけ大きなアドバンテージが存在した。
「どんなに攻撃しても倒れないっすね…。」
そう。小さなダメージはほぼ無効化され、行動不能にする為には…頭を吹き飛ばしたり、体を真っ二つにするなどの人間が生命活動を停止せざるを得ないレベルでの損傷を与える必要があったのだ。
「おらおら!やるでごわず!!」
イマイチ緊迫感のない声で叫んだノームが石飛礫の嵐を黒い忍者達に横から殴りつける。容赦のない攻撃の直撃をうけた黒い忍者達はボロ雑巾のように吹き飛ばされる。…が、直撃によって凹んだ部分がポコンと元通りになり、何もなかったかのように動き出す。
「こうなったら…精霊の複数召喚をするしか無いっすかねぇ…。魔力が保つか不安っすが、出し惜しみはしてられないっすね。」
身体に循環する魔力を高め、次なる精霊を召喚しようとタムが口を開…こうとしたその時、ポンっと肩に手が置かれた。
「ここからは我も戦う。」
そこに立っていたのはスイ=ヒョウだった。
黒地に青のラインが入った着流しを身に纏うスイは、黒髪を頭の後ろで1本に纏めているからか、新撰組の某人物に似ていると腐女子から密かな人気を誇る男である。しかし、似ているのは外見だけであってその中身は無口な武士そのもの。和菓子か大好きで特に羊羹への愛は一線を画すものがある。
…とまぁ、余計な情報もあったが、とにかく貴重な助っ人である事に変わりはなかった。
スイは腰に差していた日本刀を澄んだ音を響かせながら抜き放つ。薄青の刀身が美しいその日本刀の名は氷冰刀と呼ばれる名刀の1振りである。
「奴らの特徴は見ていた。確認するが、人が死ぬレベルの損傷を与えれば良いのだな?」
「そうっすね。真っ二つにするとから頭と体を切り離すとかが有効みたいっす。逆に打撃とかの効果は薄いっすね。」
「うむ。承知した。ならば問題ない。我が斬り捨てる。」
周りに冷気が漂ったかと思うと、スイは身を低くして疾走を開始していた。向かう先には4体の黒い忍者。両手に持つ剣をもってスイを迎え討とうとするが、構えようとした段階で時既に遅し。構え終わった時にはスイは通り過ぎた後で、4体の黒い忍者達はそれぞれの角度で体がズレていき…霧散した。
「ふん。他愛もない。…タムは打撃系統に特化しやすいノームの召喚をしている時点でセンスが無いな。」
ボソッとタムのダメ出しをしたスイは、次なる標的へと向かっていく。そしてタムもスイの動きを見てノームとの相性が悪い事を確信したのか、召喚を解除すると風の刃を出現させる。これは精霊を召喚せずに力を行使する精霊魔法である。
そして、スイの日本刀による斬撃とタムの風刃が黒い忍者が屯するエリアを席巻した。
斬り飛ばされる黒い忍者の部位が宙を舞い、生存が不可能となった体が霧散していく。スイの参戦によってこれまでとは優劣が逆転した戦場で、虐殺劇が始まった。
戦況に変化が訪れた様子を見て、腕を組んで笑う人物がいた。
「くっくっくっ。いいぞ。このまま押し切れれば俺様の出番はなし。もし再び劣勢になれば、助っ人で参戦して相手をぶちのめす俺様が英雄だ。…そうなれば俺様のファンが増え、俺様は未来の魔法街でハーレム王となるに違いない!」
男の名はクラウン=ボム。街立魔法学院2年生の魔法使いであり、酷い癖っ毛で猫毛の髪が白い肌に張り付いているのがやや気持ち悪い?男である。中肉中背の体格も相まってハーレムという単語からは程遠い外見をしているが、今の発言からすると活躍すればモテると思い込んでいるのだろう。
勿論、目覚ましいほどの活躍をすれば一定数のファンは獲得出来るだろうが…そもそもの問題として、モテる男というのは外見と同じレベル感でモテる性格をしているものである。
その前提を踏まえた上でクラウンがモテるのかというと…
「俺様がモテるのは必然!運命!今までの苦難はこの日の為にあったという事に違いない!さぁ…舞え、踊れ!俺様という英雄が現れる瞬間を最高の演出で出迎えろ…!」
…甚だ疑問である。しかもこの戦争時において戦う動機がモテる為というのは…。
「むむっ!そろそろ俺様の出番が近いようだな!」
クラウンの見る先では、スイとタムが変わらずに無双を続けている。しかし、2つの問題点が浮上し始めていた。
1つは黒い忍者が次から次へと新たに出現し続けている事。もう1つはスイとタムがいない場所が少しずつ黒い忍者に押され始めている事。
「タムとスイは大丈夫だな。俺様がすべきなのは弱き者を救う英雄となること!俺様が英雄譚カモーーン!!」
叫び、走るクラウンは両手に爆弾を出現させると次から次へと投げ始めた。それらの爆弾は街立魔法学院の魔法使い達を突破しそうな黒い忍者達の前に落ち、次々と爆発していく。その爆発に気を取られた黒忍者は約10人。
「お前ら!そんなひ弱な奴らではなく俺様と戦ったらどうだ!お前らなど…瞬殺だはっはー!」
黒忍者がまともな生命体でない以上、そんな挑発に効果があるのか…という所なのだが、クラウンの挑発に乗った黒い忍者達が一斉に動き出す。
1対多数の図であるが、クラウンはニヒルな笑み(意識して浮かべてある)を崩さない。
「お前達…俺様の実力の前に果てるんだな!」
何もせずに偉そうに叫んでいても、黒い忍者達に勝てなければ意味がない。ただ煩いだけのクラウンが来ても…訪れるであろう結果は変わらず、そのタイミングが遅くなるだけ。
何故だろうか。助けに来てくれたはずのクラウンに対して、その場にいる魔法使い達の心に怒りの感情が芽生え始める。
「俺様の強さに平伏せぇ!」
五月蝿い。喧しい。耳障り。それらの感情が一応仲間という単語と鬩ぎ合う。
そして、自分の仲間がそんな感情を抱いているなど想像だにしていないクラウンは、迫り来る黒い忍者達に対して体を少し斜めに向けて腕を組み、余裕アピールを欠かさない。
もう駄目だ。…あらゆる意味でそれぞれの感情が爆発の限界点を迎える。と、なるはずだった。黒い忍者達の体が何の予兆もなく、次々と爆発に巻き込まれて吹き飛ぶまでは。しかも、爆発に巻き込まれた箇所は消失しており、次々と黒い忍者達は霧散していった。
「はっはー!俺様最強!」
高らかに笑うクラウン。五月蝿い度合いはより増したが、今の現象を引き起こしたのがクラウンであるからか…負の感情は浮かんでこない魔法使い達だった。
そして、新たな参戦者が南区陣営の作戦本部に姿を現わす。…銀髪を揺らめかせながら。




