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Colony  作者: Scherz
第六章 終わりと始まり
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15-4-9.思惑通り その2

◆行政区陣営◆

 トバルとビストの天地陣営2人による侵攻は、非常に順調に進んでいた。襲いくる行政区陣営の魔法使い達を次から次へと薙ぎ倒し、2人の周りには意識を失った魔法使い達が積み重なっている。

 2人は無理に攻めず、相手を誘き出して着実に倒すという手法を取っていた。その戦い方に若干の違和感を覚える者もいたが、圧倒的な戦闘力を見せるトバルとビストをどうするかという方向に思考を割かれ、違和感を追求する精神的余裕を持つ者は居なかった。…ただ1人を除いて。


「放せ!私が戦う!」

「いけません!今ここで貴女が出たら、誰が行政区をまとめるのですか!?ここは我慢…我慢して下さい!」

「我慢など出来るか!奴らの戦い方は安牌を踏み続けている。しかもそれだけではない。何かしらの意図がある。それを崩すには奴らを倒すしかないだろう!?」

「それは分かりますが…万が一の事があったらどうするのですか!?」


 行政区陣営の作戦本部は揉めに揉めていた。

 魔法街戦争をなんとか終結させるために行政区から行政区陣営に出陣したレインは、最初は的確な指示によって陣営の防御態勢を確固たるものにしていた。

 だが、そこに現れたトバルとビストという規格外の戦力がのんびりと作戦本部に座っていることを躊躇わせる。

 しかし、戦いに出ようとするレインを止める部下達。それは、レインが前線に出る事は容認しているが、最前線で直接戦う事は何が何でも防ぐという意思の表れだった。

 レインにとって、そんな部下達の行動は煩わしい…とはならない。彼らがそうして止めようとする気持ちが理解できるのだ。曲がりなりにもレインは魔法街行政区最高責任者。その彼女が討たれるなどという事があっては魔法街の行く末に大きな暗雲が立ち込めてしまう。だからこそ、本当にどうにもならない瞬間までは出て欲しくないという思いで止めているのだろう。

 だが、そんな部下達の思いがビストとトバルによる被害を拡大させているという事実もある。被害を少なくするには、それ相応の実力者が相対する必要がある。

 では誰が…?

 行政区で実力者として有名なラスター=ブラウニーは魔法街統一の騒動で音信不通。霧崎火日人はレインが前線に出る代わりに行政区の取りまとめを行なっている。魔導師団は分断され、魔聖は各々の思惑で動いている。他の省庁長官で戦闘能力に秀でたものはいない。一定以上の戦闘能力を持つ者はほぼ全てがこの前線に出ている。…それで今の状況である。

 要は、戦況をひっくり返すにはレインが出る必要があるのだ。もしくは、進撃する2人を現状の戦力だけで倒す奇策を実行するか。

 どちらが良いのかなど、子供でも分かる問題。

 だからこそ、今ではなく、先を見ている部下達に止められている現状が…レインには歯痒くて仕方がなかった。

 今である。今。今が変わらなければ未来は変わらない。未来を変えるためには、今ここから変わる必要があるのだ。

 それに危険が伴うのなら、その危険を防げば良いだけの事。危険を払いのければ良いだけの事。リスクを恐れ、未来を見据え、今この時点で二の足を踏むのであれば…理想の未来を語る資格はない。

 そう考えるからこそ、レインは非常な決断をする。

 目の前に立ち塞がり、口々にレインが戦いに出ることの危険性を訴える部下たちへひとつの問いを投げかけた。


「なぁ…君達は私と戦ってでも私を止める覚悟はあるのか?」


 突然の淡々とした問いかけに、レインを止めようと躍起になっていた部下達の間に動揺が広がる。…それもその筈。レインは第1次魔法街戦争を終結に導いた英雄。その実力は誰もが認める折り紙付き。そのレインを戦って止めるなど、想像する事すら出来ない。

 そして、レインを止めていた者達がその結論に思考を辿り着かせた時、とある考えが鎌首をもたげる。それは『レインが戦闘に出ればビストとトバルを倒せるのではないか?』という考え…そして期待。

 他の魔聖達を説き伏せる力を持つレインが、例え天地の構成員であろうとも簡単に負ける所は想像が出来ない。ならば……任せるのもありなのではないか……と。


「どうなんだ?」


 全員の思考がまとまる前に追い打ちを掛けるレイン。思考が結論を出す前に揺さぶりを掛け、迷わせる。そうする事で本人が望む結論に辿り着くのを防ぎ、別の道へと誘導していく。

 交渉で基本となるこの揺さぶりをもってレインは己の出陣を押し切らずに叶える事を狙っていた。


「私が出れば、これ以上の犠牲は防げる。ならば…仲間を思うのなら、私が出る事が最善の選択だと思わないか?」


 心が揺さぶられる。真っ当な意見だが、魔法街の最高責任者が、もし、倒されたら…。

 2つの思考が頭の中で鬩ぎ合いを続け、レインを止める者達は言葉を発する事ができない。ひとつ間違った発言をすれば、そこで全ての思考が大流に流されてしまう危険性があった。

 更に言えば、その場にいる者達全員が『他の人たちはレインを止めようと思っている』という考えに囚われ、最善の選択を良しとする事が出来ないでるのだ。

 この心理を読み取ったレインが取る選択肢はひとつ。


「答えが出ないか…。ならば問おう。私が出るよりも最善と言える選択肢をだしてくれ。それすらも無く…ただただ未来の危険だけを見据えて私を止めているのなら……行政区で働く者として有るまじき行為だ。」


 行政区という魔法街にとって中心となる主要区にいる者達。彼等には多少なりとも「魔法街のために働いている」という自負と、プライドがある。

 そこに突きつけられた失格のレッテル。それは彼等を突き動かす原動力となった。

 最初に口を開いたのは、夜会巻きに赤縁眼鏡が秘書っぽさを際立たせる美人な女性。


「そんな…そんな事をいうのなら…私は………。」


 グッと下を向き、下唇を噛み締めた女性は強く握りしめた拳を震わせながらキッとレインへ鋭い視線…決意の篭った顔を向けた。


「……………レイン様を…………いえ、レイン様と戦います!」


 予想外の言葉に思わず目をパチクリさせてしまうレイン。大方、「行政区の未来の為に何がなんでも止めて、別の手段でトバルとビストを倒す」…と言われると予想していたのだ。

 小さな可能性に掛けたレインの勝負は幸いにも勝ちという結果をもたらす。

 口々にレインと共に戦う事を表明する者達。


(ここまて意見の流れが大きく変わるとは思わなかったな…。それだけ全員が止めるのかどうかを悩んでいたという事か。)


 送り出すという選択ではなく、共に戦うという選択をしてくれた部下達の気持ちを考えたレインは思わず微笑みを浮かべていた。

 ただでさえ美形のレインが、嬉しさから浮かべる微笑みはとても柔らかく、見ていると吸い込まれそうになる透き通った蒼い目からその場にいる男女を問わず見惚れる魅力を持っていた。


「みんな…ありがとう。では、行こう。私達の仲間を助ける為に。」


 魔法街戦力…いや、最強戦力が遂に動き出す。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「弱ぇ!弱ぇ!弱ぇ!この程度で俺が倒せるか!」


 トバルによって振り回される槍が周囲に爆発を生み、爆炎と爆風が吹き荒れて行政区の戦闘員達を次々と吹き飛ばしていく。その戦う姿は戦国時代であれば一騎当千と言わしめる程の豪快さである。


「甘いんですな!」


 一方、トバルから少し離れた場所で挌闘技で近づく者を吹き飛ばすのは、髪を金に染めた青年…ビスト=ブルート。両手両足に蓄えられたエネルギーが相手に直撃するたびに放電現象を起こし、打撃と雷撃による重撃は、それを受けた者を悉く地に倒していく。

 赤の爆炎と金の旋風。2つの脅威によって行政区陣営の前線は崩壊目前だった。

 美しく豪快で抗いようのない暴力に、前線部隊の心が折れ掛けた時だった。

 凝縮された空間の塊が空より2つ…トバルとビストに向けて急降下してくる。


「…!?ちっ!」

「なんなんですかな!?」


 それぞれの反応を見せつつも、トバルとビストは受け止めたり、対抗する攻撃を放つのではなく…回避を選択する。

 対象者を見失った2つの空間の塊は地面に激突し、凝縮された力を解放。約直径2メートルの空間を球状に飲み込み…その内側にある物を無に帰して消えていった。


「おいおい!こりゃあ相当な上物が現れたんじゃねぇか!?」

「トバル…喜びすぎなんですな!」

「あぁん!?強ぇ奴が来たんだ。喜ぶだろ!?」


 下手をすれば自分達が消されていたかもしれない攻撃の跡を見ながらも、意気揚々と騒ぐビストとトバルに向けて凜とした声が放たれる。


「お前達…天地のビスト=ブルートとトバル=ニアマだな。これより、私が相手になろう。この場に攻め入った事を後悔するが良い。」


 ゆっくりとした歩みで前に出るのは、レイン=ディメンション。

 怒り、悲しみ、喜び、楽しみ…そんなどの表情も読み取れない、真っ直ぐな表情をしたレインはスタイル抜群な体を揺らしながら2人の男に向けて歩み寄る。


 …無防備。トバルとビストの脳裏に最初に浮かんだのはそんな単語だった。

 しかし、動けない。

 目の前にいるのが、穏やかな表情を浮かべた百獣の王で、偶然機嫌の良い瞬間に目の前に出てしまった子ウサギの様に…動けなかった。

 額に汗を浮かべながら、レインの一挙一動を睨みつける2人に再び声が掛けられる。


「君達がここに攻め入った真意は分からない。しかし、これ以上犠牲が出ることは私としても見過ごす事は出来ない。素直に引くのなら見逃そう。向かい来るのなら、地に伏す覚悟を決める事だ。」


 逃げる選択肢を与える情け。それはレインという人物の甘さでもあり、仲間から信頼を集める強さでもある。

 この場面においてその情けは、トバルという人物…つまり戦闘狂を本気にさせる言葉にしかなり得なかった。


「へっ…。やってやらぁ。俺は、俺より強い者を求めてここに居る。そいつに会ったんだ。戦わない理由はねぇ…それが舐められてるのなら尚更な!」


 ジャキン。…と、槍を構えたトバルから鬼気…そして喜気が発せられる。レインを見る目は鋭く、これまでの『戦闘を楽しんでいる様子』は一切感じられない。

 馬鹿みたいに騒いで戦っていた様子も鳴りを潜め…つまり、これより本気で純粋に戦闘のみに集中するという事なのだろう。


「いぃねぇ……いいねぇいいねえいいなぁ!やってやるぜ!!!!」


 …と思ったのは間違いだった。寧ろ今まで以上のハイテンションで槍を振り回したトバルは、脱兎の如く駆け出していた。

 20メートルは離れていたであろう彼我の距離を一瞬で詰め、豊満な肉体を持つレインを丸裸に…蜂の巣にしようと目にも止まらぬ速さで連続突きを繰り出す。その1発1発には凝縮された爆発エネルギーが込められており、これらの攻撃を余す事なく受けるのであれば、間違いなく肉ミンチになるであろう攻撃。


「私にそういった手合いの攻撃は当たらないぞ?」


 最初の突きがレインに当たったと思った瞬間だった。何かの魔力がレインの体から発したかと思うと、トバルの目の前に居たはずの姿は消え去り…その事実に眉を顰めたトバルの背中に強力な衝撃が襲い掛かった。


「ぐはぁ!?」


 海老反り体勢で吹き飛んだトバルは、体を捻り、どうにか体勢を空中で整えると着地し…次の攻撃に打って出た。


「流石は魔聖!けどな、俺は魔聖を超える!天地の奴らも超え、1番強くなる!だからこんなトコでてめぇに負ける理由はない!」


 次にトバルが選んだ攻撃は槍の突きという長所を捨てた、高速回転を起点とした薙ぎ払いの連撃だ。

 しかし…。


「無駄だと言っているだろう?」


 ふたたび同じ現象が起きる。目の前に居たはずのレインはいつの間にかトバルから離れた右側に立っていて、それを認めた時には横から叩きつけられた衝撃に吹き飛ばされていた。


「がはっ…!」


 横殴りの衝撃に胃を揺さぶられたトバルは、地面をゴロゴロと慣性の法則に従って転がり、口から吐瀉物を撒き散らしながら動かなくなる。


「…これで分かっただろう?君が…君達が私に勝つことは無理だ。ここには圧倒的の実力差があると言うことを理解してもらいたい。」


 レインによる慈悲の言葉。もう一度、引くことを促し、そうすれば助かるということを暗に提示しているのだ。

 ピクリ…とトバルの指が動くと、ギギギ…と鈍い動きで上体を起こして座り込む。


「はは…想像以上、噂以上じゃねぇか。この俺がたったの2撃で動けなくなるとはな。…だが、俺は引かない。引けない。…ビスト。少しばかし本気で行くぞ。」

「…分かったのですな。」


 ビストに本気を出すことを促すトバルの表情には、本当の意味で戦闘狂じみた笑みが消え失せていた。今彼が浮かべる表情は、強者に、負けると分かっていても、一縷の望みに賭けて挑む弱者。

 だが、そんな相手を侮る事をしていけないのをレインは知っていた。窮鼠猫を噛むという諺がある通り、最後の最後で何が起きるのかは分からない。

 故に、レインは手を抜かない。鼠が噛み付く暇すらも与えない。普段は甘えを見せるレインだが、そういった非常な決断も出来る人物でもある。そうでなければ、第1次魔法街戦争を終結に導けるはずがないのだ。

 これまでとは違った表情で立ち上がるトバルと、その横に並ぶビストを見て…レインは小さな深呼吸を行なった。


「引かないか。なら、私もその覚悟に対して真摯に向き合おう。」

「いってくれるなぁ!俺たちを簡単に倒せると思うなよ!?」

「行くんですな!」


 トバルとビストの気合がほとばしり、2人の姿がブレる。そして、赤と金の線がレインに向かって伸び、槍の斬撃と、金の打撃が連続してレインへ叩きつけられる。

 対するレインは空間のズレを発生させて嵐のように叩き込まれる攻撃の数々をいなしながら、次元の刃で反撃を繰り出していく。

 その攻防は凄まじく、遠巻きに見る行政区陣営の者達の視線を釘付けにしていた。

 隙あらば火星をしたい気持ちがあったとしても、そこに介入するだけの実力もなければ、その隙すらを見つけられない彼らは、固唾をのんで見ることしかできない。

 そしてこの戦いは1対2という戦闘にも関わらず、レインが次第に有利に戦闘の流れを操り始める事となる。最初は拮抗していた攻防も、2人の絶妙なコンビネーションによる攻撃の僅かな隙間を狙ったレインの斬撃が少しずつ掠り始め、少しずつ、少しずつトバルとビストは後方へ押しやられ始める。


「おい、レイン様が押しているぞ。」

「あぁ…やっぱりレイン様は凄いな。」

「俺たちも動こう!レイン様が陣営の入り口まであの2人を押し返してくれれば、もう一度防衛体制を整えることが出来る。」

「確かにそうだな。なら、俺たちも武器を持ってレイン様に続くぞ。」

「おうよ!」

「これで、これで行政区が落とされる可能性が低まったな。」

「だが油断はできなだろ。」

「あぁ。そうだとしても、このまま負ける事はないだろ。」

「まぁそれはあるな。」

「ちょっとあんた達!のんびり話している暇があったら、レイン様とあの2人の戦いに敵の戦力が横槍を入れないか…周囲の警戒も行うわよ。」

「確かにそれも大事だな。よし、皆、動くぞ!」

「「「おう!」」」


 レインの戦いぶりを見て力をもらった行政区陣営の者達は、今の状況をより良くするための行動に出始める。




…その動きを視界の端に捉えたトバルが、小さな笑みを口に浮かべたのも知らずに。

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