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Colony  作者: Scherz
第六章 終わりと始まり
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15-4-7.狂気に次ぐ狂気

 獣の咆哮が轟き、人の叫び声が響き渡る。


「や、やめろ。やめろ!」

「ぐるぉぉおおお!」


 続いて響くのは肉が引きちぎられる音、そして液体が地面に撒き散らされる音。不快な音にスパイスを加えるのは笑い声。


「はははははっ!ふむ。思った以上に良いじゃないか!暴走の兆候もなく、獣のような無差別さもない!またひとつ前進したな。」


 殺戮劇を繰り広げるのはヒューマノイドキメラ。命を奪われているのは東区陣営の入口警備を担当していた6人の男女…残り男2人。そして、笑うのは白衣の男。

 蹂躙される男2人に最早戦意はなかった。今彼らが考えるのはどうやって狂牙から逃れるか。彼らが取りうる手段は…慈悲を乞う事。


「た、頼む…許してくれ…俺たちが何をしたっていうんだ!?」


 だが、悲痛な叫びは届かない。


「ふむ。何をしたのか?それは簡単だ。東区陣営に所属し、偶然にも僕が来るタイミングで入り口に立っていた。それだけだ。」


 ケロッとした顔で、さも当然のように言い放つ白衣の男の表情からは罪悪感、楽しさ、喜びなどの感情は一切読みとることが出来なかった。あくまでもそれが当然の出来事であり、起こるべくして起きた事実…必然だと捉えているのだろう。

 そしてそれは…命乞いをする2人の男にとって残酷な事実でしかなかった。白衣の男にとって自分達の命は何の価値もないという事なのだから。

 ならば…すべき事は1つ。命乞いが無駄なのであれば、足掻いて足掻いて足掻きまくる事。ほんの小さな、生き残れる可能性に賭けて諦めずに抵抗する事。


「くそ…くそくそくそクソクソ!!」


 体の中に溜まった感情を口から吐露する男。


「だから…だから言ったんだ。あんな犬ころに構うなって。」


 男を中心に魔力が高まる。戦意を喪失していたとはいえ、腐ってもシャイン魔法学院に入学を許されたのだ。それなりの実力は有していて当然である。


「ふむ。今更ながらやる気を出したか。だが、既に遅い。」

「何言ってんだこの白衣野郎!俺が…俺が皆の仇をとってやる!」

「……それは、僕の作品を倒せるという自信の表れかな?」

「あぁ…ぶっ倒してやるよ!こうやってな!」


 会話中も高められていた魔力が、男が身に付けるネックレス型の魔具を媒体として光属性へと昇華する。そして、極大の光の奔流がヒューマノイドキメラをかき消した。

 シャイン魔法学院の代名詞でもある光魔法の力が遺憾無く発揮された結果に、しかし白衣の男は余裕を崩さない。あろう事か手を叩いて賞賛の意を表す始末。


「…馬鹿にしてんのか!?」

「まさか。素晴らしい実力に感心しているのさ。もうお別れだと思うと寂しいがね。」

「なにを…がふっ……!?」


 男の体が傾ぐ。原因は脇腹に加えられた激痛を伴う衝撃。


「…な…さっき……倒した……だろ……くそっ…。」


 見下ろす男の視線が捉えていたのは、自身の脇腹に噛み付くヒューマノイドキメラだった。


「ふむ。よっぽど馬鹿なのかな?君の敗因は1つだけだ。それは…ヒューマノイドキメラが一体だと思った事だね。」

「が……ぐっ…くそっ…!」


 脇腹から発生する激痛が脳を揺らす。赤く点滅する視界。血液の放出とともに抜け落ちて行く力。


「あぁそうだ。時間を稼いで助けを…なんて考えも無駄だよ?君達を助けにくる余裕は無いはずだから。」

「な…にが…。」


 ここで脇腹にヒューマノイドキメラをぶら下げた男は2つの事実に気づく。

 ひとつ。生き残っていたもう1人の男の声が聞こえない事。

 ひとつ。東区陣営内から叫び声や魔法が炸裂する音が響いている事。

 ひとつ目の答えは直ぐに得られた。横を見れば、もう1体のヒューマノイドキメラが男の上にまたがり、グチャグチャと湿り気のある音を奏でていた。生死を問うまでもない状態である。

 そして、もうひとつの答えはサタナスによってもたらされる。


「君達だけが襲われたと思っていたのかな?甘いね。僕のヒューマノイドキメラはお利口なんだ。そして沢山いるんだ。人の知性を持った獣が沢山いたら…脅威だろう?そして、その獣が魔法を使うなら…それは全てにおいて人を凌駕する存在となる。その為の贄になってもらおう。」


 男は白衣の男が口にした意味を解することが出来ない。それは噛みついていたヒューマノイドキメラが容赦なく脇腹を噛みちぎった事による激痛による思考の混乱もあっただろう。だが…それだけではない。常識としてあり得ない事を口にする白衣の男の真意が見えず、理解できない…いや、理解する事を本能が拒んだのだ。

 …白衣の男が言う事が現実となるのなら、人間という種の優位性は完全に失われる事となる。それがもたらすモノは想像の範疇を遥かに超えていた。

 そんな死にかけの男の思考を知ってか知らずしてか、白衣の男は獰猛な笑みを口元に浮かべて歩み寄る。


「僕の実験は世界の理を壊す。その瞬間、全ての常識は消え去り、新たな世界が生まれるのだよ。まぁ…君はその世界を見る事が出来ないが。」

「な…にお…。」


 白衣の男の言葉を合図として、食い千切った脇腹を咀嚼していたヒューマノイドキメラが再び男に襲いかかる。

 男は…絶望を胸に命の灯火を消して行く。全身を襲う痛み。四肢を食い千切られ、命の液体が零れゆく虚脱感。自分の夢が何も達成されなかったという虚無感。

 様々な感情に押しつぶされ、そして…男は永遠の闇に意識を旅立たせた。


「…ふむ。人とは思った以上に生命力を見せることもあるみたいだな。」


 食い千切られ、噛み砕かれた男…最早肉塊と呼ぶしかない物体を冷めた目で見下ろした白衣の男は両手をポケットに入れ、悠然とした態度で東区陣営の中に入っていく。

 そして、目の前に広がる阿鼻叫喚の光景を見て退屈そうにため息を漏らした。


「これでは僕の実験結果の限界が分からない…か。全てのヒューマノイドキメラを倒す位の存在を求めていたんだが。」


 周囲では子犬だったであろうヒューマノイドキメラに体の部位を噛みちぎられたであろう人々が倒れていた。恐らくは子犬の姿に警戒心を解いた哀れな者達の末路なのだろう。

 そういった意味で考えれば、子犬に駆け寄った女に反対した警備の男が1番まともだったのだろう。だが、全ては過去の出来事。

 サタナスが求めるのは、今の状況をひっくり返す程の存在。


(…ふむ。東区のミラージュとルフトはそこそこの強さだっからな。同じ期待をしたのが間違いだったか?)


「…ならば、死んでしまえ。」


 一陣の風が吹き、白衣をはためかせる。


「この、世界を変える科学者サタナス=フェアズーフの前で無様に命を散らすといいさ。」


 ヒューマノイドキメラの咆哮が歓声のように響き渡り、サタナスを賞賛する。

 狂気の科学者による狂気の殺戮劇。それはとどまる事を知らない。求めるのは…サタナスの目的を達する為の結果。その為であればヒューマノイドキメラの命など幾らでも差し出せる。

 この覚悟が、今の惨状に繋がっているのだ。


 ならば、この覚悟に相対する覚悟が必要である。


 全ての仲間を犠牲にしてでも、サタナスを倒すという覚悟が。


 その、覚悟を持つ者が居た。仲間が、同じ東区陣営の者達がヒューマノイドキメラに蹂躙される中、それらをを目に留めず、サタナスだけを見据えて歩み寄る者が。


 性別は男。七三分けにした銀髪のパーマがどことなくエロい雰囲気を持つ男は、口元に笑みをたたえれば女の心をいとも簡単に射止めるだろう。180cmはある高身長の彼は、だが、無表情で惨状の中を歩いていた。

 不思議なのはどのヒューマノイドキメラも彼に襲い掛からない事だろう。

 静かに、周りの騒ぎなど無いかのように。


「その制服…またシャイン魔法学院の学院生かな?」


 サタナスの少し呆れたような問いかけに対して足を止めた銀髪パーマの男は、シャキン!という音を鳴らしてレイピアを構える。


「私の名はジェイド=クリムゾン。第6魔導師団に所属する魔導師だ。お前を倒すためにここに来た。サタナス=フェアズーフ…覚悟する事だ。」


 狂気の科学者に相対するジェイド。鮮血の爆風の異名を持つ男が、その真価を発揮する。

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