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Colony  作者: Scherz
第六章 終わりと始まり
882/994

15-4-6.東区陣営

 その男は『狂気』という言葉が最も似合う男だった。自身の目的を達する為には、どんな犠牲も厭わない。その為に誰が命を落とそうが、彼は気にしない。例えそれが仲間であっても。

 故に…というのは変な表現だが、彼は仲間を仲間とも思っていない。今いる場所は目的達成の為に必要であり、だからこそ共にいるだけ。その場所を守る為なら、彼は敵を全力で潰す。成果も惜しみなく提供する。

 お互いに必要としているからこそ成り立つ…至ってドライな関係。

 だからこそ、彼は仲間に裏切られようと恨むことはない。それは自分自身の利用価値が仲間から見出せなくなったから。それは弱肉強食であるこの世界で当然の理。

 故に…彼は努力を怠らない。常に上を、常により良い結果を求めて探求し、自分が必要とする相手から必要とされるだけの実績を積み上げる。

 全ては自分の為。自分が達したい望みの為。その望みは果てしなく大きく、何の為になのかは彼しか知らない。しかし、彼は自分の望みが成就されることを確信している。これまで彼は…一度たりとも目的を達成しなかったことはないのだから。


 (ふむ…。中々に堅牢な防御態勢をとっているね。僕が1人でこいつらを動かすとは…彼も大胆な作戦を考えね。まぁ、僕は人…という計算で言えば1人だけど、生き物という計算をすれば…くくく。)


 霧の中に立つ彼は、先に薄っすらと見える東区陣営の入り口部分…防衛最前線の様子を観察していた。5メートル程の幅をもって造られた入り口には1メートル間隔で合計6人が立ち並んで警備を行っている。霧が発生させている魔力妨害のおかげで見つからずに済んでいるが、通常であれば見つかっているだろう。入口以外にも壁の左右には見張り台が立っており、上からの索敵も行っているはずである。

 問題は…どうやって見つからずに侵入をするか。勿論、本来の目的は侵入する事ではない。しかし、目的を達する為には侵入する方が成功確率が上がるのは間違いの無い事実でもある。混乱に陥れ、誘導し、現実を突きつける。それを行うにはどうしても内部‥それも中心地点に近い場所で事を起こす必要があった。


(彼らは比較緊張感を持って入口にたっているか。なら、その緊張感を利用して潜り込むのが最善だね。)


 男は口元にいやらしい笑みを浮かべると霧の中に姿を溶け込ませた。




 当然の事ではあるが、警備の仕事というのは精神をすり減らす仕事である。いつ何が起きるか分からないという緊張感から解放されることはあり得ない。それは、緊張感という聞こえの良い言葉に思えるかも知れない。しかし、人とは慣れる生き物だ。最初は緊張感を持っていた警備も、慣れによって普通になり、集中力が緩慢にやり、見逃してはならない変化を変化と感じなくなってしまう。

 現に、東区陣営の入口を守る6人の男女も同じ状況に陥っていた。最初は無言で立っていた彼らも、何も起きない状況に対して飽き始め…視線を周囲に巡らせながら口だけ動かして他愛のない会話を繰り広げていた。


「なぁ…お前ってさあいつと付き合ってるんだろ?」

「えっ?なに?いきなりプライベートに踏み込んで来るとかあり得ないんだけど。」

「いや、だってさ、この前手を繋いで歩いてんの見たし。」

「それ…別の人じゃない?私彼氏とかいないし。」

「えー!?お前みたいに目立つ女を見間違うことは無いと思うんだけど。…にしても、あいつも良くお前と付き合おうとか思ったよな。」

「ちょっとどういう意味よ!?だいたい付き合ってないし、付き合ってたとしても今のは失礼よね!?」

「オイオイお前達。こんな時に痴話喧嘩か?青春だな、ハッピーだな、エンジョイしてんじゃねぇか!」

「あんたは黙ってなさいよ。」

「ハッー?俺は恋に生き、恋を生み出し、恋の素晴らしさを世の中に広める伝道師だぜぃ?お前達の密かに隠してる淡い恋心が甘酸っぱすぎて割り込んだんダヨ!?」

「な…なに言ってるのよ!」

「そうだそうだ!なんで俺がこんな女を好きになんなきゃいけねぇんだよ。」

「ホゥホッホー…そういう割にはチラチラ見てるじゃなぁい?」


 恋の伝道師による的確なツッコミで思わず顔を赤らめる男女。それはつまり肯定を表しており…それはつまりここに新たな恋の物語がスタートしたことを表していた。

 そんな甘酸っぱい時間。他人が近くで見ていたら微笑ましくもあるやり取り。因みに他の3人は呆れているのか顔を見合わせて肩をすくめている。

 これが通常の学院生活のひとコマだったらどれだけ良かっただろうか。しかし、今は第2次魔法街戦争の最中。のんびりと会話ができる時間は唐突に終わりを迎える。

 甘酸っぱいやり取りの終わりを告げたのは…


「クゥーン。」


 可愛い甘え声を出す白毛の子犬だった。


「なにこれ…………可愛い!!」


 目がハートになる。


「確かに可愛いな…。なんつーか保護欲をそそられるってかなんてーか。」


 この戦争時に場違いな子犬という存在。しかし、その場違い感が可愛らしさをより引き立ててもいた。


「クゥーン。」


 白の中でウルウルと潤んだ目で見上げてくる子犬は、女子の心を鷲掴みにする。


「やだもぅ。私抱っこしちゃう。」


 今が警備中である事を完全に忘れ去った女はしゃがんで「おいで」と子犬に声を掛けた。

 トコトコと歩いた子犬は迷う事なく女の腕の中に飛び込んだ。これを可愛いと言わずしてなんと言おうか。警備疲れの濁った雰囲気がほんわかと温かくなる。


「クゥーンクゥーン……。」


 女の腕に飛び込んだ子犬はそれでも切なげな声をやめない。よっぽど寂しかったのだろうか。…と、ここで子犬を抱きしめていた女へ男の1人が苦い表情で声をかける。


「なぁ、一応この入口を守るっていう任務中だろ?その子犬に構ってる間に襲撃を受けたら…対応が遅れる可能性がある。気持ちはわかるが、その子犬はもう放せ。」

「ぇえー?中央区に紛れ込んだこの子をここで放したら…霧の中で迷子になっちゃうよ。そしたら…天地が潜んでいるのに…殺されちゃうかも…大規模な戦闘が始まったら…巻き込まれちゃうかもしれないんだよ?」

「けどよ…。」

「クゥンクゥーン。」


 警備6人の中で葛藤が生まれる。確かに可愛い子犬。その命を無下にすることは出来ない。かといって、それを優先したが為に自分達が危機に瀕することも出来ないのだ。


「クゥ……。」

「あれ?なんか様子が…。」


 女は子犬の様子の変化に首を傾げる。周りの男5人はそれには気付かず、子犬をどうするかの話し合いを始めていた。


「俺は、保護しても良いと思う。」


 女への恋心を秘めた男が擁護する発言をするが…。


「いや、ここは放り出すべきだ。今犬に構っていることが原因で東区が危機にさらされる可能性を無視出来ない。」

「その意見も分かるけど…保護するってのも悪くないんじゃないか?そんなに人手が掛かるもんでもないし。30分くらいここの警備が5人になるか、別の人を代理で呼べば良いだろ。」

「だったら、その代理のやつを見つけてこいよ。この場から動かずにだぞ?」

「それなら、交代の時間までその辺りで犬を保護してれば良いんじゃない?魔法でケージみたいなのを作るとか?」

「あぁ…それなら良いか。」

「確かに。」

「確かに。」

「おーい、今の意見でどう………だ?」


 女に声を掛けた男は、違和感に言葉を詰まらせる。

 子犬をあやしていた女はしゃがんで頭を撫でていたのだが、その体が奇妙に前傾姿勢になっていた。


 …いや、前に傾いた体の中心…背中から何かが飛び出ていた。


「はっ…!?」


 恋心を抱いていた男が状況を飲み込めずに言葉にならない言葉を発する。息は乱れ、脈は高まり…正常な思考回路が働かない。


「ガゥ。グルルルル。」


 女の下からは、それまでの可愛い鳴き声とは違う唸り声が聞こえ始めていた。


「おい…。」

「なんなんだよ…。」

「これ…マジか?」


 男達は浮き足立って顔を見合わせるばかり。女の安否は…にすら思考回路が届かない。唯一まともに近い思考を巡らせたのは、恋心を抱く男。恋のチカラ…とでも評価すべきか。…皮肉ではあるが。


「だ、だ、大丈夫か…!?」


 思わず駆け寄る男。その足取りは覚束なく、想像できる最悪な未来に足が震えを抑えきれていないことが伺える。


「クックックッ。どうだい?僕の作品は?」


 そんな、場の雰囲気にそぐわない明るい声が聞こえ、霧の中から白衣を着た男が姿を見せる。両手を白衣のポケットに突っ込んだ姿は、底しれぬ余裕感を感じさせた。


「誰だお前!?」


 怪しい人の出現によって警備の男達の思考は急速に回転を始める。女に起きた不可解な現象ではなく、現実として怪しい人物の登場。これには何度も頭の中で思い描いていたシナリオに近い対応が可能。


「なぁに。僕のペットがここに迷い込んでしまってね。可愛いだろ?」


 しかし、白衣を着た男の返答は予想と全く違うものだった。普通といえば普通の返答だが理解不能。

 そして、次に起きた現象も理解不能。


「グルァァァァ!」


 獰猛な叫び声が警備の男達の耳を打ったかと思うと、次の瞬間にはグチャリ…ビチャリという何かを咀嚼する音が耳の奥に忍び込んでくる。

 見ればしゃがみ込んでいた筈の女の上半身が無くなっていた、見えるのは噴き出す鮮血とピンク色の物体。溢れる臓腑。


「え…あ…。」


 男達は衝撃の光景に身動きが取れない。全員が硬直する中、女の姿を激変させた子犬が残った下半身の陰から姿を現した。

 その姿は鮮血に濡れているとはいえ、真っ白な子犬からかけ離れたものになっていた。


 耳まで裂けた口。長く伸びる下。額からは長いツノが生え、変わらないつぶらな瞳は…漆黒に染まっている。前足の爪は長く鋭く伸びて鎌のようになり、背中からは黒い羽が生えていた。


「なんだよこれ…。」


 男の1人がどうにか絞り出したのは、現状についてや女についてでも無く…目の前にいる奇怪な生物の存在に対する疑問。それに答える白衣の男は愉快そうに肩を震わせていた。


「くくくく。…ふむ。答えよう。これは私の作品…ヒューマノイドキメラ。美しいだろ?」

「……ヒューマノイドキメラ…?キメラって事は…複数の動物を掛け合わせたのか?」

「ご名答。多くは語るまい。その身をもって感じてもらおうかな。…行け。」


 白衣の男の掛け声で元子犬の生物…ヒューマノイドキメラが動き出す。


 狂気の科学者による殺戮劇が始まった。

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