15-4-5.死闘
クレジとクラックの戦いは熾烈を極めた。
高密集した振動波によって建物は破壊され、地面は抉れ、余波を受けた人が吹き飛ぶ。
次元の断裂刃はそこにあるものを根本から切断し、予測不可能な角度からの斬撃を叩き込む。
クレジは次元の刃による線状の攻撃と火による面状の攻撃をユラリとダンスを踊る様に避け、クラックは振動波による破壊の波を次元をズラした面を発生させる事で防いでいく。
「くくくっ!いいですねぇ!私の攻撃をここまで的確に防ぐとは…あなた、タダの魔法使いではありませんねぇ!?」
「勿論だ。俺は第1魔導師団に所属する魔導師…クラックだ。ザックリ言って上から数えた方が早い位の力はあんぜ。」
「ほぉ…貴方よりも強い者達がまだまだいるのですね。ならば、ココでノンビリ遊びすぎるのも良くないですかねぇ。」
「そーゆー軽口は俺を倒してから言いやがれ!」
明らかに格下に見られているかの様なクレジの言葉にカチンときたクラックは、属性【次元】による攻撃を線から点へと移行する。
クラックの体に内包される魔力が爆発的に膨張し、体の前に複数の魔力球が出現。そしてバチィっという破裂音を響かせながら槍が出現した。そして、合計で20本を優に超える次元の槍がクレジを貫かんと疾走する。
「これまた基本の魔法…私をバカにしてますねぇ。」
属性槍がただ飛んで来るだけ。闇社会の頂点に君臨していたクレジが、そんな簡単な攻撃を避けられないわけがなかった。
「ならば…終わりにしましょうかねぇ!」
これ以上付き合っていても得るものがないと判断したクレジは、一気に勝負を決めるべく動き出した。
これまでの振動を放っていた黒の魔力とは違い、紫と燻んだ緑の魔力をそれぞれの手に宿したクレジは、飛来する槍をコンマ数ミリで避け続け、前へ前へと進んで行く。
そして、クラックとの距離を20メートル程にまで縮めた所で残忍な笑い声を響かせた。
「くくくくくクク………。これで終わりですよぉ。この世では味わえない苦しみと共に天に召されなさい。」
右手の紫と左手の燻んだ緑の発光が強くなる。禍々しさをプンプン匂わせるその魔力は、突如クレジを襲った衝撃によって霧散する事となる。
「ぐ…っ!?これは…。」
衝撃を加えられた横を見ると、そこには薄っすらと何かが空間に停滞していた。細く長いそれはクラックからクレジの後方へと真っ直ぐ伸びている。
「はっ!ザマァねぇな。俺を格下だと思って余裕ぶっこきすぎなんだよ。」
「これは油断しましたねぇ…。」
意識の不意打ちを受けたクレジは、的確に打たれた脇腹の急所を押さえて体をよろめかせる。
対するクラックは、それまでの必死さが嘘の様にニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「これでちょっくらくたばってくれ。次元槍の軌跡を使った空間の爆ぜ…効くだろう?」
途端、クレジの横に停滞していた薄っすらとした何か(クラック曰く次元槍の軌跡)の一部がグワンと歪曲したかと思うと、急速に収縮し、クレジに向けて爆発エネルギーを放つ。
「これは…かはっ……!?」
「お前の敗因は俺の次元槍を避けるだけに徹した事だ。単純な攻撃だからといって甘く見たツケだな。」
衝撃に吹き飛ぶクレジ。その先に待つのは、別の次元槍による軌跡…そして、歪みと爆発。これらが的確にクレジの体を捉え、吹き飛ばし、吹き飛ばし、吹き飛ばす。
まるで吹き飛ばされるために存在するおもちゃのようにその身を躍らせたクレジは、最後の最後で特段大きい爆発エネルギーをその身に受け、地面に叩きつけられ…動かなかくなった。
「「「やった!勝っ………」」」
「………油断すんなよ。」
クラックの勝利を確信したギャラリー達が歓声を上げようとしたのを、片手を上げて制止したクラックは倒れて動かないクレジを凝視する。
確かに手応えはあった。確実に爆発は直撃させたしダメージも通っていたはず。…しかし、何かがおかしかった。生身の人間に当てたのとは何かが違う感覚。それはつまり、通常の相手と同じ判断を下すのは危険という事。
横たわったクレジは動かない。まるで人形のように静かに静かにその場に存在していた。
「………クク。」
小さな、笑い声が、静かにその場を支配する。
「ククククク…。」
倒れたクレジから漏れる笑い声は少しずつその音量を上げていく。
そして、壊れた人形のようにガクガクと体を起き上がらせたクレジはグリンとクラックの方へ顔を向けた。
「属性【次元】とやり合うのは初めてでしたが、私の想像を遥かにこえていますねぇ。…この力、良いですねぇ。進化した私なら……ククククク。」
「オメェ…あれを喰らって無傷かよ。」
「そんなに驚きですかねぇ?あなたも知っているかとは思いますが、私は機械街で闇社会の頂点に座しているのですよ?あのレベルの威力であれば、私にも再現可能!つまり、同程度の攻撃など防げるのが道理!」
両手をバッと広げるクレジ。その姿は天より降り立つ悪魔を迎え入れるかのよう。
「…ご褒美ですねぇ。私のチカラをその身に受けさせて上げますよぉ〜!」
ブワッと黒い魔力がクレジから噴出する。
バチッ
噴出した魔力はうねりながら広がり、辺りを黒に染めていく。その魔力に触れた者に流れ込んでくるのは…憎悪の感情。悲しみ、苦しみ、助けを求め、そして世界に絶望した故に抱く事となった憎悪。
(なんだこの感情は…!?クレジ…こいつはこんな感情を抱えながら生きてやがるのか?)
常人であればその憎悪に飲み込まれてしまいそうな程の濃い感情に、クラックは冷や汗を額から伝せる。しかし、幸か不幸かそれは長くは続かなかった。
濃く、強く、肥大化していく黒の魔力は、突如として消え失せる。
そして、凝縮した黒の魔力を身に纏いユラユラと揺れるクレジを認識したクラックは大声を張り上げた。
「……!!?逃げろ!!!!!」
無造作に振るわれるクレジの右腕。
極太の範囲で放たれた振動波が周囲を根こそぎ破壊していく。しかもそれだけではなかった。振動波に雷が附帯していたのだ。振動による破壊と雷による雷撃。この2つが相乗効果を生み出し、跳ね上がった破壊の力が容赦なく人を、物を吹き飛ばしていく。
たった一振りの攻撃。それだけでクレジの周囲に立つのはクラックと数名の学院生のみになっていた。あまりに強力な攻撃。なんとか凌いだものの、手に残る痺れを意識の外に追いやりつつ…クラックは次の動きに備える。
「…今のは…。」
「振動と雷の複合魔法ですよぉ。残念ながらまだまだ使いこなせて居なくてですねぇ、融合魔法には辿り着いて居ないんですねぇ。まぁ…この様子だと融合魔法など無くても結果に変わりは無さそうですがねぇ。」
「…くそっ。」
規格外…そう表現するしかない強さ。
(しかも、俺の次元魔法を当てる前にあいつの手が緑と紫に光ってやがった。…他にも能力を隠してるはずだ。こうなったら出し惜しみは無しだな。)
クレジの挑発には乗らず、クラックは出現させた次元の穴に右手を突っ込む。そして、勢いよく引き抜いたその手には巨大な鎌が握られていた。
その鎌は真紅に染まっており、唯一刃の部分のみが、銀に輝いている。
「クラック先生が滅炎の裂鎌を…。」
この鎌を見てどよめきが走ったのはダーク魔法学院の学院生たちの間だった。全員の目が見開かれ、クレジとの死闘中だというのにクラックに対して逃げ腰の学院生も現れ始めている。
「ほぉぉ…中々に存在感の強い鎌ですねぇ。」
「はっ…!俺がこの鎌を使って事は、テメェの体がボロボロに切り裂かれるって事だ。覚悟しろや。」
ギラリと鈍い光を放つ鎌をゆらりと動かしたクラックは、唐突にクレジに向けて急接近し、無造作に鎌を右斜め上から左斜め下に向けて振り下ろした。その刃が切り裂くのはまさしく空間。裂かれた空間から覗くのは別次元の空間。オレンジ色の残滓が放つ高熱の余波がクレジに襲い掛かる。
「これは…!?」
「俺の事を侮った事を後悔しろや!」
攻撃は終わらない。鎌が切り裂いた空間が次第に増えていく。クレジは辛うじて鎌の連撃斬を避けていくが、次元を切り裂く力と熱による衝撃の2つによって体の軸を保つことが出来ずに、少しずつ鎌の切っ先が掠り始めていく。
長い棒の先に垂直に刃先が取り付けられ、その刃先が内側に向かって伸びている鎌は、長い棒…つまり柄の重心を利用する事で回転を加え、止めどない連撃を放つことが可能である。横への薙ぎ払いから遠心力と回転軸の方向変化を使い鎌の刃先を回し、相手の反撃に併せて下や上からの斬撃。これに加えて次元の切り裂きと熱波である。
常人であれば見切ることなく裂かれるであろう攻撃。だが、流石は闇社会の頂点に立つ男、クレジ=ネマである。振動波による反撃、防御、地震の体勢立て直しを駆使する事で、最初は推され気味の攻防をすぐに互角レベルまで引き上げていた。
オレンジの軌跡と黒の振動がぶつかり合い明滅を繰り返す。
幾度かの攻防を繰り返したのち、クラックの垂直斬りおとしとクレジの凝縮された振動波が正面から力をぶつけ合い、2人は大きく後方に飛び退った。
「やりますねぇ。」
「…だから言ったろ?油断大敵だってよ。」
「何を………!?」
それは、唐突に起きた。クラックの攻撃によって刻まれた次元の裂け目が光を放ち、一瞬で空間魔法陣を構築する。
そしてクレジの反応を待たずに次元の歪みによる爆発が空間魔法陣内を席捲した。




