15-3-4.東区陣営
南区陣営が着々と防衛体制の準備を進める中、そのすぐ隣に位置する東区陣営は攻めに出る体制を整え始めていた。
「ちょっとそこ!談笑する暇があったらクリスタルへの魔法陣記録を少しでも進めるのですわ!」
テキパキと鋭い指示を飛ばすのはマーガレット=レルハ。第6魔導師団の魔導師である。レルハ家の有名な家系というブランドに加え、ボンキュッボンのグラマラススタイル、亜麻色のサラサラロングヘアー、パッチリとした二重瞼に長い睫毛というモデル並みかそれ以上のスペックを持つ…所謂お嬢様だ。
お嬢様と言っても、自身の家系を鼻にかけることはない素敵な性格…とも言い切れなかったりもする。
上から目線の発言になりがちという、やや矯正するのが困難な性格の持ち主ではあるが、その強気な性格が密かにファン層の拡大に一役買っているのもまた事実。
第6魔導師団の魔導師として日々活躍するマーガレットは…最高に機嫌が悪かった。
「そこの貴方!今クリスタルに記録した魔法陣…最後の繋ぎ部分が甘かったのですわ!そんな雑な仕事をしていたら、1番大事な場面で後悔する事になるのですわ!」
と、怒り…。
「貴方たち!1時間前から各区への進撃ルートが変わっておりませんわ。今のルートでは中央区支部に現れた天地達からの襲撃を防ぐ手立てが無いと伝えましたわよね?」
「分かっています。しかし…他区からの攻撃を防ぐ為には今のルートが最適なんです。」
「…甘いですわ。それならば、各区との利害関係からルート変更が出来ないかを探るべきですの。」
「…なるほど。」
バゴーン!…頭をぶん殴る音が響く。
「成る程じゃ無いのですわ!いいですの?今の状況は北区、東区、南区、行政区、中央区支部にいる天地…これら全ての動きを予測した上で作戦を考えるべきですの。それが出来なければ東区に未来はありませんわ。」
「いつつ…分かりました。再度調査し、ルートの再選定を行います。」
「頼みましたの!」
…と、激しくどつきながら指示出しをしたり。
最早東区の中では歩くハリケーンと恐れられ始めているマーガレットだが、その不機嫌の理由は単純明快であった。
(もう…龍人と会うことを封じられるとか…許せませんの!こうなったら意地でも魔法街に平和を取り戻して、龍人とイチャイチャする環境を整えるのですわ!)
要は煩悩が満たされ無い事による不機嫌である。良くも悪くも目指すべき結果が魔法街の和平であるという事がまだ救いだろう。これで、龍人との王国を作る為に魔法街を支配するなどと考え始めたら、ただのテロに成り下がってしまう。
不機嫌なマーガレットが向かうのは、東区陣営の中心地点に設けられた作戦本部である。
作戦本部といっても木造の小さなコテージである。荒々しくドアを開けたマーガレットはそこに寝そべっている人物をみると、眉を釣り上げてビシッと指を差した。
「セラフ学院長!どうして魔聖の貴女がここで居眠りしているのですか!?」
「…あぁ?」
面倒臭そうな声を出しながら寝返りをうってマーガレットの方を向いたセラフは…つまらなそうな表情をしていた。
「私は戦うなら一気に畳み掛けるのが好きなんだ。なんでこんなチマチマとした準備をしたがるかねぇ。」
「しかし、それは東区の総意でもあるのですわ。全員が無事に生還できる為に可能な限りの準備を行うと決まったばかりですの。」
「そうね。ただ、私は必要ないと思ってっから手伝わ無いよ。準備が出来たのに合わせて暴れさせて貰うわ。」
「それで構いませんわ。…とは言えですわ!東区を導く存在の魔聖がダラダラ寝転がるなど…言語道断ですの!少しは働くべきですわ!」
「やだね。なんでそんな面倒くさいことをしなきゃならないのさ。私は動くときだけ動くのよ。」
テコでも動こうとしないセラフと、そこに食ってかかるマーガレット。この2人のやり取りを周りにいる魔法使い達はハラハラした表情で見守っていた。
魔聖のセラフにここまで堂々と説教をする人物など中々いるはずもなく、そうであるが故にセラフが逆ギレしないかを心配しているのだ。
ふくよかな体型でGカップの爆乳。肩くらいまで緩やかなウェーブを描きながら垂れるピンク色の髪や、長いまつ毛を携えた優しい目という、母性に溢れた外見のセラフ。見る人が見れば甘えたくて飛びつきたくなるかもしれない程の優しさに溢れている。
…というのは外見だけで、中身は極道の女に近しい性格をしている。暴言を吐きまくる暴れん坊。そして曲がった事が大嫌いな性格の彼女は、まさしく自分で言ってた通りにやる時はヤル…いや、やり切る女である。
しかも、魔聖の称号を与えられる程の実力者なのだ。マーガレットの説教に我慢ができなくなってブチ切れたら…惨劇が待っているのは想像に難くない。
「…この分からず屋魔聖!」
言い合いの果てにイライラの限界に達したマーガレットが怒鳴る。
「……ほぉ。この私が何もわからないというんだね?」
ヒートアップしたマーガレットとは逆に、セラフは落ち着いたままで…しかも謎めいた笑みを浮かべていた。
「分かっていたとしても分からず屋ですわ!ここで何もせずに東区が壊滅して…後から後悔するのが嫌なだけですわ!」
「後悔先に立たずってか?一丁前な口を聞きやがって。だったら聞くわ。この魔法街戦争における本当の敵は誰だ?」
「そんなの決まっていますわ!!…………いや、誰と言い切るのは難しいですわね。」
それまでの怒りなど無かったかのように、マーガレットは怒りを鎮めて考え込む。
「ったく。間違っていたとしても、自信を持って言えない時点でダメね。私ならこう答える…敵は天地一択だと。」
「しかしですわ、北区のバーフェンスも怪しいですの。行政区での会議の時に協力する気がサラサラ感じられませんでしたわ。」
「それはごもっとも。けどね、物事の表面しか見えていないわ。あのバーフェンスが本当に魔法街を我が物にしようとするのなら、協力的な顔をして後ろから刺す筈ね。あの場面で協力する気を一切見せないのは、それはそれで違和感。」
「ならばバーフェンスの目的は何だと言いますの?」
「それは…私にも断定する事は出来ないわ。ただ、ひとつ言える事は、彼が本気を出したら今頃魔法街は焦土と化す程の激しい戦闘になっているはずって事だけ。」
「…何もかもが不鮮明ですの。」
「そうだね。もしかしたら、それこそが天地の目的なのかもしれないわ。今回の第2次魔法街戦争に至る過程の色々な部分は天地による工作だとは思っていたけど、まさかあのタイミングで中央区支部の上に姿を見せるとは思わなかったわ。彼らは侮れない存在よ。あそこで姿を見せた事にも何かしらの意図がある筈。全ての行動の真意を見ていかないと…私たちは負けるね。」
「さらっと負けるとか言わないで欲しいですわ。天地に負けるという事は、魔法街の在り方が大きく変わってしまう可能性が高いですの。…今は住む人無き森林街のようになるのだけは勘弁ですわ。」
「それは私も同じだ。だからこうしてここにいるんだろ?」
「…だったら寝っ転がってるんじゃないのですわ!」
真面目な話になったと思ったら、結局のところ怠けるセラフとそれを叱咤するマーガレットの図に落ち着くのだった。
マーガレットとセラフが周りをハラハラさせる漫才劇を繰り広げている場所からもっと東側…東区陣営の後方ではまた別の2人が喧嘩を繰り広げていた。
「あんだこら!?私の言う事が間違ってるっていうのか!?」
「そうイチイチ怒るな。私は間違っていることを間違っていると言っているだけだ。」
「はぁ…!?てめぇ…調子乗ってんじゃねぇぞ!」
「…煩いな。私は怒鳴りあうためにお前に意見をしているわけではない。この東区陣営が潰されないために、必要な事を提案し、不必要な事を不必要と言っているだけだ。」
激昂しているのは社員魔法学院教師であり、第1魔導師団のホーリー=ラブラドル。スレンダーな体型に赤縁眼鏡を掛け、ポニーテールにした茶髪が可愛らしい…体育教師というとイメージしやすい女性である。但し、可愛らしいのは見た目だけ。その性格は下手な男以上に男らしく、口調は男そのもの。そして汚い言葉も平然と吐く…学院生達から密かに恐れられる存在だ。とは言っても女性である事には変わりなくとある弱点も存在はしたりするのだが…。
そしてホーリーと言い合いをする人物はジェイド=クリムゾン。鮮血の悪魔という異名を持つ第6魔導師団に所属する魔導師だ。スラリとした長身に銀髪のパーマを七三分けにした姿は、なぜかエロい雰囲気を漂わせる男である。真っ直ぐな性格をしているジェイドは、筋が通っていないと納得をしないという頑固な側面を持ちつつも、他人のために自分を犠牲にする事を厭わない強い正義感を持っていることでも有名であり、そこに惚れた女子達が密かにファンクラブを設立していたりする。
さて、こんなお互いに譲り合う事を知らないような2人が言い合いを続けているのだから、収集が付くわけがない。2人の言い合いは次第にヒートアップしていく。
「…お前は本当に分からず屋教師だな。いいか?霧のせいで南区陣営がどうなっているのかが分からない以上、無闇矢鱈に接近するのは危険だ。霧の中に天地の奴らが潜んでいないとも限らない。下手をしたら挟撃を受けて東区の部隊が全滅するだけだ。攻勢に転じるのであれば、迷いなき突進が必要だ。それが無ければ攻めずに守りを固めるべきだ。」
「お前の言うことも最もだっていってんだろ?迷いなき突進って言ってっけど、どこに迷いなく攻めるんだよ。南区か?北区か?行政区か?中央区支部か?世論が暴走して始まった第2次魔法街戦争で…私達は何と戦っている?何が解決すれば、何が倒されればこの戦争は終わるんだ?思い込みだけでこのまま突っ込んでみろ。取り返しのつかない結果しか残らない可能性が高いんだよ。」
「…お前は本当に面倒くさいな。いいか?戦争が起きている以上、東区の敵は他の区全てだ。全てを敵として認識し、その上で動いていかなければ足元を掬われる。そうなったらもう手遅れだ。東区の人々を守るのなら、力で他区を押さえつけ、戦争を終結に導く位の覚悟を持ち合わせる必要がある。」
「…だからよぉ…。」
終わらない主張の言い合い。どちらの言い分も正しく、目的とするところは変わらない。しかし、そこに辿り着くまでの手段に大きな違いがある。しかも、その手段こそ各々が大切にする所であり、譲れない部分でもある。
ギリギリと至近距離で睨み合いながら言い合いを続けるジェイドとホーリーを見ながら、第6魔導師団の残りの2人…マリア=ヘルベルトとミータ=ムールはアイスを舐めながら溜息をついていた。因みに今は1月。普通に寒いはずなのだがアイスを食べる2人は特にそんな素振りは見せていない。寒い日に食べるアイス。暑い日に食べるカレー。こういう食べ方を好きな人はどこにでもいるものである。
「ミータ…何で第6魔導師団のメンバーはこんなに言い合いが好きなのかしらね。…なんて溜息をついてみる私。」
「も〜本当になんで何だろうね?これから戦いが始まるんだからさ、僕は皆が仲良くした方が良いと思うけどね。」
「そうよねぇ…。」
マリアはペロリとアイスを舐めると空を見上げる。各区陣営の上空は、中央区から4方向に伸びた結界壁が形成されると同時に薄い結界壁に覆われている。そこに何もないように見えて、実は相当なレベルで強固な結界壁が張られている。これさえ無ければ他の区とのコンタクトが取りやすくなるのだが…。まぁそれさえも天地の目論見なのだろうと考えれば、してやられたという結論に落ち着く。
未だに言い合いを続け、しかも周りに怒りのあまり漏れ始めた魔力がバチバチいい始めたのを見ながら、マリアとミータは再び大きな溜息を吐くのだった。




