15-3-1.霧
第2次魔法街戦争が勃発し2週間が過ぎた。実は、魔法街戦争は12月24日のクリスマスイブに勃発。今日は1月7日である。クリスマスイベントと年越しイベントが全て戦争によって塗り潰されていた。
そして、主戦場である中央区支部屋上に天地が現れてから約1週間。事態はより逼迫していた。
というのも、天地のメンバーが一斉に動き出した時、各区へ攻撃を放つ…とレイラとララ率いる南区陣営は警戒をした。しかし、天地の動きは意外…のひと言に尽きた。11人の天地のメンバーは中央区支部屋上の端へ均等に広がり、中央へ向けて手を伸ばす。そして、彼らの中心に巨大な魔法陣が浮かび上がった。それは平面にして中央区支部と同等の大きさ。しかも複雑な構成だ。
この魔法陣がどんな現象を引き起こすのか。各区の陣営へ強力な攻撃魔法が同時に放たれるのではないか。もしかしたら中央区支部を破壊し、新たな建造物が召喚されるのでは無いか。強力な魔獣が召喚されるのでは無いか…。
様々な憶測がその光景を見る者達の頭の中を駆け巡るが…もたらされた事象は予想の斜め上をいくものだった。
巨大な魔法陣から発せられたのは…霧。真っ白な霧。それは中央区支部を即座に飲み込み
その周囲をも覆っていく。そして、霧が発現してから1分程で各区陣営のすぐ1m前までが濃霧によって支配されていた。
「これで…終わりかな。」
霧によって天地の動きが全く分からなくなった以上、警戒を緩めるわけにはいかない。探知魔法によって前方の様子を調べながら、レイラは隣で厳しい表情をするララに小さな声で話しかけていた。
霧に紛れて攻撃が飛んでくるか…とも思ったのだが、30分程経った現在では特段の動きはない。ひと安心という事も出来るが、相手が相手なだけにそうも言ってられない。いつどのタイミングで何が引き起こされるのかが全く予想がつかないのだ。
「レイラさん…私の予想だけど、この程度で終わる人達じゃないと思うな。これから何かが起きるんだと思うよ。」
「そうだよね…だって、天地の人達は自分達の目的を達成する為には…人の命を奪うことにも躊躇わないもんね…。」
レイラの頭の中にはサタナスに捕まった時…生きるか死ぬかのギリギリラインで魔力を吸収され続けた記憶。魔導師団の任務として機械街に向かった時…目的達成の為にクレジが引起した機械街紛争で多くの人たちが犠牲になった記憶。…これらが鮮やかに思い出されていた。
「どうにかして皆を守らないと…。」
「そうだね。その為にも、まずは天地の目的を知る必要があるよね。」
前方の探知を粘り強く行なっていたララは、そう話すと探知魔法の使用を止めて小さく息を吐いた。目の前に漂う濃霧はただ単に視界が悪くなるという以外にも、探知魔法を妨害する効果も持っているようで…どれだけ頑張っても探知魔法が散らされてしまう。
レイラも同じ結論に達したのか、魔法の使用を止めると後方へ心配そうな視線を向けた。
「天地の目的…なんなんだろう。私は魔法街戦争を引き起こす事だと思ってたんだけど…中央区支部の屋上に現れて霧を発生させたって事は、魔法街戦争は何かの目的を達成するための手段って事だよね。」
「う〜ん。戦争の混乱に乗じて誰かを暗殺…とか、もしかしたら何かのお宝を狙ってるっていう線もあるよね。」
2人の想像は大きく間違ってはいないと言えよう。戦争を起こすという事は、それによって引き起こされる何かしらの現象が、何かしらの利益を誰かにもたらすという事。戦争によって武器商人が儲かる。…これと同じような話なわけだ。
そして今回の場合、この戦争によって魔法街にもたらされたのは大きな混乱。そして中央区の秩序喪失だ。ここに現れた天地が狙うのは暗殺か、奪取か、はたまた別の何かなのか。それとも…。
「よぉ!レイラとララ、お疲れさん。」
難しい顔で話し合うレイラとララに声を掛けてきたのは…ラルフ=ローゼスだ。ぽっちゃり体型で、普段からセクハラばっかりしていて、基本的に女子から良い話を聞くことが無い彼だが、今回に限ってはレイラもララもラルフの顔を見てホッとした気持ちになっていた。
というのも、ラルフは第1次魔法街戦争に於いて『消滅の悪魔』という異名を得る程の実力者なのだ。天地という脅威が迫る中、彼が前線に出てきた事は2人にとって喜ばしい事なのである。
ラルフは前方に立ち込める霧を見ると肩を竦める。
「こりゃぁ相当厄介だな。視界も悪いし探知魔法も阻害してんのか。もし内側から俺たちの様子が丸見えな仕様だったら最悪だな。確かめたい気持ちもあるけど、侵入したら最後で迷って出てこれなくなる可能性もあるか…。」
「ラルフ。あなた…勇んで前線に来たわりには随分消極的なんじゃないの?」
カツカツとヒールを鳴らしながらラルフの後ろから現れたのはキャサリン=シュヴァルツァー。ロングの綺麗な、メガネをかけた秘書…といった出で立ちの街立魔法学院教師の1人だ。
「キャサリン。そりゃぁ警戒もすんだろ。相手は天地だぞ?しかもその天地の脅威と同時並行で他区に対しても警戒もしなきゃなんねぇ。最悪のケースは他区と天地が共謀してた場合だな。そうなったら正直抑えきれるか自信が無い。」
「…確かにそのケースは最悪ね。ヘヴィー学院長に前線で戦ってもらう必要も出てくるわね。」
大して深刻そうじゃない雰囲気で、大分深刻な話を続けるラルフとキャサリン。これまで乗り越えて来たものが違うのだろう。余裕感はレイラとララと比べると大きく違う。
ラルフは両手を頭の上で組んでグンっと伸びをすると、ニヤリと笑みを浮かべた。
「おし。一先ず攻めはストップだ。ここからは防衛戦のつもりで部隊の編成を行うぞ。」
「はい!」
「わかりました。」
「そうね。それが1番無難な選択ね。適材適所でいきましょう。」
こうして、南区陣営は天地や他の区が攻めてくる事を想定し、迎撃するための準備に取り掛かるのだった。
さて、場面は移り、とある地下。
ピチョン、ピチョン…と水滴が滴る音が絶え間なく続くこの場所で、龍人と遼は無言で椅子に座っていた。
「…。」
「…。」
沈黙。2人とも腕を組んで目を瞑り、微動だにしない。
この様子を少し離れたところで紅茶を飲みながら眺めているのは浅野文隆と森博樹だ。この2人の目線は龍人と遼…ではなく、その横に置いてあるモニターに注がれていた。そこに映っていたのは、龍人と遼が戦っている様子だ。
良く良く見てみれば、龍人と遼の頭には何かが巻かれていて、そこから伸びた一本のケーブルがモニターに繋がっている。
モニターに映っている龍人と遼は、各々が持つ技を出し惜しみする事なく使い、相手を倒すためにその力全てを注いでいた。そして…約15分程の戦闘は遼の放った重轟弾に向けて龍人が龍劔術【黒閃】を無謀にも叩き込み、引き起こされた爆発によって終わりを迎える。重力の激しい歪みによって空間が爆ぜ、それに飲み込まれた龍人。重轟弾を突き抜けて飛来した漆黒の斬撃によって吹き飛ばされた遼。立ち上がったのは遼。敗北者は龍人…である。
モニターがプツンと消えると、文隆と博樹はパチパチと乾いた拍手を送りながら龍人と遼に近づいていく。
「だぁぁ負けた!!」
突然両手を上げてガタン!とひっくり返る龍人。この大声にビクッと反応した遼は苦笑いを浮かべながらコメカミ辺りを人差し指でポリポリする。
「良い戦いだったねぇ。でも、龍人の最後の攻撃はちょっと無謀過ぎたんじゃないかなぁ?」
文隆が戦いを見ていた感想を言うと、龍人は床の上に寝っ転がったまま顔を文隆へ向けた。
「いやぁ、普段だと重轟弾に真正面から迎えないだろ?良い機会だと思って試してみたんだよ。【黒閃】で突き抜けられるとは思ってたんだけど、あの爆発を防ぐのは無理だったわ。」
「はは…。龍人って本当に無茶するよね。しかも本当に【黒閃】を突き抜けさせるし。」
「だろ?要は、重轟弾を突き抜ける攻撃を放ちつつ爆発地点から退避するのが必要って事だよな。龍劔術と転移魔法を同時発動出来れば…いけそうな気がする。」
「もぉ…こういう事をする為にここに連れて来たんじゃ無いんだよっ?」
腕を組んで厚ぼったい唇を尖らせるのは博樹だ。威厳がありそうなポーズだが、口を尖らせていたり…と、何故か可愛らしさを感じさせそうな雰囲気である。
「まぁそれは理解してるよ。でもさ、こんな便利なものがあるんだから使わないわけにはいかないだろ。」
「それは…そうなんだけど。そもそもここに来た目的はわかってるよ?」
「勿論。だからコレを使ってるってのもあるかな。」
「なら良いけど…いざという時に魔力がありませんってのは禁止だからねっ!?」
「博樹は心配し過ぎだよぉ。この2人がそんな愚を犯すワケないじゃないかぁ。」
龍人と遼が使っていたのは、2人の思考を繋ぐことで頭の中で擬似戦闘が行える装置である。誰が何のために発明したのかは分からないが、彼らがここに連れて来られる前から…正確に言えばこの場所が発見された当初からある設備である。
文隆の家で拘束された龍人と遼は、とある目的でこの場所に連れて来られていた。そして、その目的をより確実に遂行する為にこの装置を使う事になったのだが…2人は大分装置の使用をエンジョイしていた。何せ…この装置で戦いを行うのはこれで10回目を超えていた。あくまでも思考上での戦闘のため、魔力の使用がほとんど無いのだ。自分の実力を試すのには最高の装置である。
体をしならせて起き上がった龍人は、椅子を直しながら文隆と博樹を見る。
「んで、外の状況はどうなんだ?」
「それは、まだ言えないんだよねぇ。」
「…ったく、本当に軟禁状態だな。」
「何を言ってるんだい?君たちは北区に軟禁されているんだよぉ?その事実を履き違えることはして欲しく無いねぇ。」
「それは分かってる。ただ、状況くらい教えてくれても良いんじゃ無いか?」
「それは無理なんだよぉ。今この場所にいるって事は、それが叶わない状況なんだよねぇ。まぁ…もう少し大人しくしててくれれば大丈夫だよぉ〜。」
状況を一切知らせようとしない文隆の頑なな態度に、龍人は肩を竦めるしか無かった。遼
は2人のやり取りを聴きながら苦笑いを浮かべるのみで、口を挟む事はしない。今の状況を理解していて、無駄な抵抗はしない…という事だろうか。
文隆は口元をニヤリと歪めると、天井を見上げて小さく呟いた。
「もうすぐだよぉ〜。おれの立てた計画は、この魔法街を揺るがすんだからねぇ。」
静かに、静かに文隆の計画は進行していた。それは、区という領域を越え、魔法街全体を巻き込む形で。




