15-2-12.魔法街戦争
魔法街行政区の本部では、レイン=ディメンションがレーダーの前で頭を抱えていた。レーダーが映し出しているのは中央区の戦力状況だ。
「まさか、完全に中央区自体が完全に4つの区域に分断されてしまうとは思わなかったな…。」
「レイン様…。」
後ろに控える部下も神妙な面持ちでレーダーを凝視していた。
レインがここまで頭を抱えるのには理由があった。
実は、行政区の治安部隊を中央区での戦闘を止めるために派遣した矢先に4つの光が中央区支部から四方へ伸び、その光から結界壁が生成されて中央区自体が4つに分割されてしまったのだ。
これで余計な戦闘の勃発が防がれるのでは…なんて考えが一瞬頭を過ぎったが、残念ながらそんな甘い事は無かった。中央区支部に向かう場所のみ結界壁が途切れており…これはつまり、中央区支部のある場所が否応なく戦場となる事を意味していた。
更に、それまでは中央区全域を映していたレーダーが中央区支部付近しか表示しなくなっている。中央区支部自体にはノイズがかかり、分割された結界壁の内側にもノイズが掛かっている。見えるのは中央区支部の周りだけ…という状況。
「この結界壁を誰が発動させたのか…ね。」
「恐らく…奴等ではないかと。」
「そう考えるのは早計かもしれない。このレベルの結界であれば、バーフェンスも、セラフも、ヘヴィーも…魔聖であれば可能だろう。それを前提とすれば、各区の魔導師団4人が協力すれば可能だとも考えられる。」
本部の中に重い空気が流れる。誰が結界壁を発動させたとしても、良い方向に転ばないのは明白だった。
「…こうなったら、今までみたいに司令官でいるわけにはいかないか。」
「まさか、レイン様…?」
「あぁ。私が直接出向こうと思う。」
「しかし…!それではレイン様が危険にさらされてしまいます!もし、今回の結界壁が奴等や魔聖の誰かによる工作だった場合、レイン様をおびき出す為の罠である可能性も捨てきれません。そんな…そんな可能性がある中で向かわれるなど、自殺行為にも等しいかと思われます!」
必死に止めようとする部下を見てレインは口元を緩める。
「ありがとう。そうやって私の事を心配してくれる部下がいるのは、本当に幸せだよ。…だが、考えてみてほしい。私は大切な部下が傷付く状況をじっと安全な場所で見ているだけだ。」
「しかし、それが最高責任者であるが故の責とも言えます。」
「だとしたら、私は最高責任者という立場を捨てるよ。私はこの立場を守るためにいるわけではない。この魔法街を、皆が笑顔で過ごせる場所にするために最高責任者という立場を受けたに過ぎないんだ。」
「…レイン様。」
「だから…私は大勢の人が傷つきそうな今を黙って見過ごすことは出来ない。それは私が私自身を否定する事になるからだ。」
気付けば本部にいる全員の視線がレインへと集中していた。それまでは不安に揺れていた彼らの瞳は、レインの言葉を聞いている内に力強さを取り戻し始めていた。
レインに食い下がる部下の後ろに控えていた1人の女性が、部下の肩に優しく手を添える。
「レイン様の言う通りよ。貴方に止める事は出来ないと思うわ。…それなら私達にできる事はひとつ。レイン様が不慮の事態に巻き込まれないように、最新の情報を常に送る事じゃないかしら?」
「……わかった。」
「皆…ありがとう。」
頭を下げるレイン。
行政区の最高責任者が大勢の部下に対して頭を下げるなど、常識で考えればあってはならない事なのかもしれない。しかし、だからこそレインは多くの人々から支持を集める存在なのである。
「よし!レイン様の為にやるぞ!」
食い下がっていた部下がやる気に満ちた声を上げると、本部の人間達はそれまでの静寂が嘘のようにテキパキと動き始めた。
全ては魔法街に住む人々を守る為に。
レインが動くとういう決断。
これは第2次魔法街戦争に大きな影響を与える事となる。
さて、中央区に於ける南区の陣地最前線では、ルフトが首を傾げていた。釈然としないというのか一目で見て分かる表情と仕草だ。
「ルッフットちゃーん。どうしたの?」
ヤケに明るい声でピョンピョン飛び跳ねてきたのは、魔女っ子姿のみんなのアイドル☆ミラージュ=スターだ。(因みにアイドルは嘘…とも言えるし、本当とも言えるくらいに地下でファンクラブがあるのは事実。)
「ミラージュかっ。なんかさ、1番最初に中央区支部に飛び込んでいった所属不明の人が、何をしているのかが気になったんだよねっ。」
「ドユコトっ?」
「あの人が中央区支部に飛び込んだのがきっかけで各区の人達が中央区支部目掛けて突入したよね。んで、戦闘が激化しかけた時にいきなり結界壁が生成された。それが原因?で戦闘が一旦中止になって今の膠着状態じゃん?上手く俺たちの動きを操られてる気がしてならないんだ。」
「それはあるかもだよねっ!確かに結界壁が生成された時から中央区支部の中と、他の場所が探知魔法で探れなくなったもんね。」
「えっマジ?」
「ニシシっ。マジなんだよっ。」
「ますます怪しいね…。中央区支部に立て籠もっていた職員の人達がどうなったのかも気になるよ。」
中央区支部に立て籠もって戦闘中止を呼びかけていた職員達は、謎の人物が中央区支部に忍び込み、その後の3階で起きた爆発以降、一切の音沙汰が無い状況だ。
「いい事思いついたんだよっ!」
「ルフトさん、ミラージュさん。そろそろ他の人たちの我慢が限界かも。」
ピコン!と指を立てたミラージュの言葉を遮るようにして近づいてきたのは、ララ=ディヴィーネだ。後方部隊の指揮を取っていたララだが、その表情には疲れの影が見える。
「…そろそろそうなるんじゃないかなって思ってたけど、やっばりそうなるよね。」
「私が喝をいれてこよっか?」
「お願いだからやめてもらえるかな?」
「ちぇー。ドッバァーンのズッガァーンってやろうと思ってたのにっ。」
「それがダメなんだって。あーっと、さっき言ってた良い事って結局なに?」
ニカッとミラージュの顔が晴れやかになる。くるくるっとその場で回ると、人差し指を立て、ドォーン!という効果音が合いそうなポーズで中央区支部を指差した。
「あそこに乗り込むのが良いと思うんだよっ!」
ポカンと口を開けるルフトとララ。
「それ、私も良いと思うな。」
賛同の意を示したのは…レイラだった。彼女もまた、ルフト達と共に中央区支部周辺の治安維持を任されていた。
「レイラ…乗り込むとか危険すぎるって。」
「うん。そうなんだけど…何か重要なものが中央区支部にある気がするんだ。あそこだけ魔力の質が何か違うの。」
「魔力の質…ねぇ。」
ルフトは探知魔法を再度中央区支部へ向けて飛ばしてみるが…中の様子を読み取ることは出来なかった。明らかに何かが妨害していることに間違いはないだろう。
だが、何かが妨害しているだけならレイラが「質が違う」とは言わないはず。
ルフトの中で好奇心が芽生え、それが大胆な行動を選択させる。
「よしっ!俺とミラージュで乗り込んでくるよっ!」
「そうこなくっちゃだよねっ!じゃあルフトちゃん、空気を破裂させて吹っ飛ぶよ!」
「おっけー!じゃあ2人はここを守ってね。」
ルフトはニカッと笑うと空気を操り、ルーチェと自分の後ろに凝縮し…一気に解放させて物凄い勢いで中央区支部へ突っ込んでいった。
決断から行動までの迅速さに定評があるルフトらしい突っ込み方であった。




