15-2-10.魔法街戦争 西区
魔法街の中央区に北区、南区、東区、中央区が引き寄せられて1つの島となる中…1つだけ独立したままの区があった。それは…西区である。
広大な都市が廃墟となった西区は、かつては魔法街で1番栄えた区とも言われている。しかし、何が起きて滅び、廃墟となり…そして魔獣が闊歩するようになったのかは全てが謎である。
魔獣が生息する西区は通称禁区と呼ばれていて、一般人の立ち入りは厳しく制限されている。この西区に入る事を許されるのは、基本的に魔法協会ギルドから魔獣討伐依頼を受けた者のみに限定される。一定数の実力者以外は立ち入ることが許されない禁区。しかし、1つだけ例外というものも存在した。
それがブラウニー家という存在だ。魔法街南区に籍を置くブラウニー家の当主はラスター=ブラウニー。魔法街行政区税務庁長官を務めるエリートである。インテリという訳ではなく実力も折り紙付き。魔法街に住む者なら誰でも知っているとある異名を持つ実力者だ。魔聖に選ばれないのが不思議だという声も少なくないラスターは、区に縛られないコネクションを持つ有力者の1人でもある。
このラスターが当主を務めるブラウニー家にはひとつの使命が与えられていた、それが…禁区の管理である。
但し、禁区の管理といっても大きな仕事があるわけではない。強力な魔獣が発生した場合などの魔獣関連の討伐依頼を魔法協会ギルドに依頼したり、中央区においてブラウニー家だけが知るとある事実の情報が漏れないように監視をする程度である。
普段は大してする事のない禁区の管理だが、魔法街が強制的に統一をされた今は大忙しだった。
「おいおい!俺の予想と違いすぎるだろ。なんでここからエレメンタルウルフが出てくんだよ!」
現在禁区では魔獣の異常発生によって大混乱をきたしていた。
普段は一人称が私で、厳格な話し方を心掛けているラスターだが、この時ばかりは魔法使いとして暴れていた時のように一人称を俺とし、かなりラフな話し方をしている。
最早体裁を取り繕う暇も余裕も無いのだ。彼がいるのは禁区中央に聳え立つ管理塔の50階にある管制室だ。
魔力を動力源にしたレーダーによって表示された中央区の地図と、魔獣を表す赤丸と魔法使いを表す青丸が表示されている。
今問題となっているのが…20以上の赤丸と交戦している4つの青丸の北から突如現れた30以上の赤丸…エレメンタルウルフの群れが南下を始めたのだ。
「こりゃああいつらでも厳しいぞ。…。」
状況を打開するための策を頭の中で早急に組み立てていくラスター。
因みに、この管制室にいるのはラスターだけでは無く…
「お父様。私とバルクくんが応援に使いますの。」
娘のルーチェ=ブラウニーとクラスメイトのバルク=フィレイアが後ろに控えていた。
何故この2人が禁区にいるのかと言うと…、魔法街統一が起きる前に2人でギルドランクを上げる為の魔獣討伐で禁区に来ていた事に起因する。
統一の影響で禁区最南端にある転送塔に設置されている各区へ繋がる転送魔法陣が無効化してしまったのだ。
帰る術を失った2人はルーチェの思い付きで管理塔に向かい、そこで偶然にも同じく禁区から出れなくなぅたラスターと合流を果たしたのだった。
その後、禁区に閉じ込められた魔法使い達を集めたラスター達は協力して生き延びることを選択した。…というのも、最南端の転送塔に張られていた防撃結界【人間透過】が解除されてしまった事。そして統一後から魔獣の発生頻度が急激に高くなり、管理塔目掛けて行動を開始した事。禁区の中で人間を守れる唯一の施設が管理塔だという事。等の理由から、管理塔を拠点とした生存策が最善との結論に至ったためだ。
このような背景もあり、禁区で生存している人間の全員が管理塔に集まっていた。その中には転送塔の1階にあるバーでマスターを務める白髪白ヒゲの初老の男もいる。
急遽結成された禁区サバイバルチームにとって光明となり得たのが、禁区の魔獣狩りで有名な…ブレイブインパクトの存在である。
リーダーのルーベン=ハーデスは黒髪短髪にがっしりとした体格、そして漆黒の鎧に全長2mはあろうかと思われる大剣が特徴的な有名人。
ブレイン役を担うキャラク=テーレは黒のパーカーがトレードマークの、青い瞳が印象的な知的な男。右目の上の髪が短く、左目に寄るにつれて長くなるアシンメトリのような髪型も特徴だ。
そして、薄紫のサラサラロングストレートヘアーを揺らすのはシャロル=ブリーフィア。一人称がアタイという少し変わったキャラだが、恋に関しては初心なスレンダー美女だ。
最後の1人はセイメイ=カミサト。スレンダーで高身長の美男子である。学者が着るようなデザインの緑色の服を着用し、小さな丸メガネをお洒落にかけた…オタクな女性にウケが良さそうなタイプの人間。そして常に咥えているタバコがトレードマークでもある。
この魔獣討伐で魔法街の最前線を走る4人がいる事で、禁区サバイバルチームの士気は下がるどころか上がっていた。総勢約30名(とは言ってもルーチェ、バルク、ルーベン、セイメイ、シャロル、キャラク、ラスター以外は無名の魔法使いばかりだが…)のメンバーでこの苦難を乗り越えよう!そして、奇跡の生還を果たした英雄チームとして讃えられよう!…なんていう雰囲気も出たりしていた。
実際問題、これだけのメンバーが揃っていればある程度の魔獣なら簡単に討伐する事が可能。例え禁区における魔獣発生率が上昇していたとしても、対処に難は無い。…はずだった。
魔獣討伐の最前線に立つのは当然ブレイブインパクトの4人。そして、彼等とは別方面からの襲撃に備えて約20人の魔法使いが管理塔を中心とした配置で軽快に当たっていた。ここまでは順調。
しかし、西側に出現した魔物の群れを対処するために向かったブレイブインパクトは、突如南から現れた別の魔物の群れによる挟み撃ちを受けてしまう。その後なんとか4分の1位の魔獣を倒した所で今度は北から同等規模の魔獣の群れが出現し、ブレイブインパクト目掛けて南下を始めたのだった。
そして、この動きを管理塔の管制室で見て頭を抱えているという現在へと繋がる。
娘の応援に向かうという意思を聞くが、ラスターは腕を組んだまま反応を見せない。今の状況から判断するに、素早い対処を行わなければ…下手をすると最高戦力であるブレイブインパクトを失う危険性もあった。
「お父様。ここで彼等が倒されたら、私達がこの禁区で生き延びられる可能性は格段に下がりますの。」
「そうだぜ!俺とルーチェが合流すればあんな魔獣
パパッと倒せるぜ!」
やる気満々のルーチェとバルクだが…ラスターはレーダーへ向けた視線を外さずに首を横に振った。
「…ダメだ。俺の予想だと、このままで終わるはずがない。」
「どういう事ですの?」
「いいか。魔獣の出現方法が余りにも戦略的すぎる。偶然の連続が悪く重なったという風に考える事も出来るが…明らかにブレイブインパクトを孤立させ、そこに魔獣の群れが向かっていっている。」
「つまり、魔獣サイドに私達の動きに合わせて魔獣の発生をコントロールしている存在がいるっていう事ですの?」
「あぁ…。あまり考えたくはないが、その可能性は否定できないだろう。」
「…そんな存在が魔獣にいますの?」
「いる。上位の魔獣には人の言葉を操る存在もいる。という事は、俺たちよりも遥かに知能が優れている可能性もあるな。」
「そうなのですね…。そうすると、何故魔獣が私達を狙うのかですわね。今までは私達が魔獣の縄張りに入って討伐していたので、逆になっていますの。」
「何が原因なのか。それが分かればすぐにでも対処するんだけどな。」
「例えばよ、ここに魔獣が欲しがるお宝が眠ってるとかないか!?」
いきなり会話に混じってくるなり、ファンタジー系の妄想を言うバルク。そんな彼に呆れたのか、目を細めたラスターは肩を竦める。
「…そうだと良いんだがな。」
「だってよ、ブラウニー家が禁区を管理してるって事は、それなりの何かがあるんじゃないのか?」
「それがそうでも無いんだよ。ブラウニー家が禁区を管理しているのは、単に魔獣が溢れ、他の区へ侵入しないように…という監視の意味合いが強い。」
「ん?そんだったら南端の転送塔の転送魔法陣を無効化しちまえば良いんじゃないか?今も無効化してるし。」
「なるほどな。魔法街も当初はその考えだったらしい。しかしな、魔獣の中には転移魔法を操る存在もいる。それらを野放しにしていたら…結果は分かるだろう?だから年に数回、上位魔獣の討伐依頼が出るってわけだ。」
「マジか。って事は、時々魔獣の侵略の危機になってたって事か!?」
「まぁ極端に言えば…だがな。」
「なるほど…。だから魔法街でも折り紙つきの実力者のラスターが当主のブラウニー家が管理してるって事か。なんたってあの異名…」
「お父様!また魔獣ですの!」
会話を割って叫んだルーチェの言葉に反応してレーダーを見ると、管理塔東側から100頭規模の魔獣の群れが出現して接近を開始していた。
「ちっ…!だが、ルーチェとバルクがここに残っていて正解だったな。管理塔周辺の警備に当たってる20人をメインに防衛ラインを作り、俺たちが後ろから一気に蹴散らすぞ。」
「分かりましたの!」
「って事は、この管制室は一旦空にすんのか?」
「いや、マージに頼む。」
「…私か。良いだろう。ラスターが前線に出るのなら、私はここで上手くサポートさせてもらうよ。」
「おっ?…あ、転送塔のバーテンダー!」
ビシッと指をさして叫ぶバルク。無礼にも程がある。だが、バーテンダー…マージ=ハトは柔らかい笑みを浮かべるのみ。伊達に年齢を重ねている訳ではない心の広さが伺える。
「うん。私は転送塔でバーテンダーをしていたな。まぁ…もうあそこで働く事は出来ないが。」
「このじいさんで大丈夫なのか?」
本人を目の前にしてズケズケと失礼なことを言うバルクだが…、今の状況で仲間の実力を過信する事の危険さを知っているから…と思うしかない。まぁ、何も考えずに言っている可能性が非常に高いのは否めないのだが。
「じいさんだが、私はこの禁区で長年バーテンダーとして働いてきた。禁区や魔獣の知識ならラスターよりもあるだろう。そして、じいさんだからこその経験もある。安心して任せてもらえないだろうか?」
「だけどよー…。」
「バルク、マージなら大丈夫だ。俺が信頼する人物の1人だからな。」
「まぁ…ラスターがそこまで言うなら俺も信じるしかないな!マージ悪かったぜ!」
「ふふ。若い者は元気があって良いな。頼もしい限りだよ。」
「おうよ!任せとけ!」
ど直球なお馬鹿キャラのバルクだからこそ成り立ったとも言える会話だが、これにて人員配置が決まった。
「よし。そしたら先ずはこのちょいとしたピンチを皆で乗り切ってやろうじゃないか。」
「分かりましたの。」
「任せとけってんだ!」
こうして、禁区に取り残された者達は自らの生存を掛けた戦いの中に身を投じていく。




