15-2-5.魔法街戦争勃発
バーフェンスによる南区襲撃から3日。事態は悪化の一途を辿っていた。
ダーク魔法学院のある北区に対して敵意を持った南区の魔法使い達は、徒党を組んで中央区へ乗り込み、北区の人間を見つけ次第攻撃。対する北区はシャイン魔法学院のある東区や街立魔法学院のある南区の人間を手当たり次第に攻撃し続けていた。東区の面々は積極的な攻撃は行わないが、攻撃されれば被害を出さないための反撃をする程度の動きにとどまっている。
この状況を受け、一旦はばらけて行動していた街立魔法学院の魔導師達(第7魔導師団、第8魔導師団、ラルフ、ヘヴィー)は再び学院長室に集まっていた。
「くそっ。バーフェンスの野郎…あいつのせいで完全に対立の構図が確立しちまった。」
「ラルフよ落ち着くのである。まだ可能性はあるのである。」
「これが落ち着いていられる訳がないですよ。中央区では今も各区の磨耗使い達が睨み合って小競り合いを続けているんですよ?このまま本格的に戦いが開始されたら…第2次魔法街戦争になりますよ。」
「うむ。分かっているのである。ここからは時間が勝負なのである。」
ヘヴィーは部屋に居る者達の顔をゆっくりと眺める。一人一人の表情を見て、瞳の奥を覗き込むよう見つめていく。
そして、全員の顔を眺めた後に小さく頷いた。
「皆の者、今は緊急事態なのである。南区としてこれから動かねばならぬのは、各区の魔導師団に魔法街和平の協力を取り付ける事。中央区での大規模戦闘が発生しないように調整をかける事。各区を裏で操っているものが居ないのかを調べる事。南区が奇襲を受ける事を前提として護衛に当たる事。もう1度魔聖達の意思を確認する事。…大まかに言うとこの様に分けられるのである。」
つい先日も同じ様な話で役割分担をしたのだが…まさかすぐに同じ様な内容で集まることになるとは思わなかった。…と言うのが皆の本音だろう。今回ばかりは軽口を叩く者は1人もいない。事態が一刻を争う事を理解しているからだ。
ヘヴィーによる今後の作戦が伝えられていく。その内容は奇抜…なんてことは無く、平凡と言えば平凡。だが、確実に効果が見込めるものでもあった。
「…という方針で動いていくのである。皆の動きひとつひとつが全ての結果につながる事を忘れてはいけないのである。」
「…うっし、久々に余力無しの戦いになりそうだね!俺、頑張るよっ!」
爽やかにやります宣言をしたのはルフトだ。フェザーウルフの髪を掻き上げながら、ニカッと笑う。ルフトは基本的にどんな時でも笑っていられる胆力の持主。この程度の状況下で深刻な顔をする人物ではなかった。まぁ、この発言によって部屋の中の雰囲気が軽くなったのも事実ではある。
「…一応聞くけど、今回の采配は本当に適任なのよね?」
「なんじゃ?私の采配に異論があるのであるか?あるのなら是非言って欲しいのである。」
「………いえ、適任なら問題無いわ。」
今回の采配に不満があるのか、火乃花の表情は優れない。
(まぁ…パートナーがカイゼだしな…。)
火乃花が今回2人1組で行動する相手はカイゼ=ルムフテ。背が低いが、背中で一本で纏めた赤髪が目立つ美形男子だ。戦うことに関しては抜群のセンスを有しているが、細かい事が苦手という…ややバルクに似たキャラでもある。
そんなカイゼと共に東区へ乗り込まなければならないのだ。…不安な気持ちもあるのだろう。
「火乃花ちゃん、カイゼは強いから心配ないんだよ!細かい事は苦手だけどそれを補える実力をもってるんだよ。」
フォローにならないフォローを入れたのはミラージュ。魔女っ子スタイルのミラージュは楽しそうにクルクルと回る。
(…なんか、第7魔導師団って全体的に楽観的な奴が多くないか?)
自分達第8魔導師団とは正反対の第7魔導師団の面々を眺めながら、龍人はちょっとだけ羨ましくも思うのだった。
そして…ヘヴィーが取り出した杖をコンっと鳴らす。これを合図に雑談をしていた者達は口を閉じる。
「では…行くのである。」
こうして、魔導師団の基本である4人1組というルールを壊しながらも、街立魔法学院のメンバーは動き始めるのだった。
中央区。
魔法街統一によって各区に属する者達の衝突が繰り返されているこの地区は、他の区と比べて大分消耗が激しくなっていた。
碁盤の目状に並んだ建物は所々壁が崩れていたり、窓が割れていたりと…かつての賑わいが嘘のような惨状である。度々発生する戦闘の影響で魔法協会中央区支部の機能が失われてから、1週間に1度行われていた建物の並び替えも行われていない。
と言うよりも、既に中央区に住む者はおらず、完全に廃墟と化しているという方が正確な表現に近かった。残っているのは魔法協会中央区支部で各区へ戦闘中止を叫ぶ…正義感の強い十数名の職員のみである。
こんな荒廃した中央区の道を進み、崩れた壁の瓦礫を跨いだ龍人は、隣を歩く遼へ声を掛けた。
「なぁ、ヤケに静かじゃないか?」
「本当だね。俺達が中央区に入る前の情報だと、散発的に戦闘が発生してるって話だったよね。」
「あぁ。一時的に戦闘が止まってるのか、それとも他の要因があるのか…だけど、まぁ分からないか。」
「だね…。流石に今の情報だけで静かな原因を見つけるのは難しいと思う。とにかく…警戒して進まないとだね。」
「だな。出来る限り誰とも戦闘を行わないで北区に到着したいしな。」
「目立ちすぎると北区に潜入できなくなっちゃうしね。」
こうして周囲を警戒しつつ、龍人と遼は中央区支部の近くまで誰とも遭遇せずに進む事に成功する。
問題はここからである。中央区支部を迂回するように大きく進めば東区か行政区のすぐ目の前を通る事になり、厄介な事態を招く可能性がある。かと言って中央区支部を堂々と横切るのは危険極まりない。かと言って、例えば東区と中央区支部の中心辺りは東区の住民が潜んでいる可能性が1番高い地域である。ここを通れば…接触の可能性が高くなるのは明白。
…となると。
「ダメだな。誰とも接触せずに進むのは無理そうな気がする。」
中央区支部周辺の様子を眺められる5階建レストランの最上階から下を覗き込む龍人は、困り顔で足をバタバタさせていた。
隣の遼に至っては仰向けに寝転がりながら愛銃のルシファーをくるくる回して遊んでいる始末。
完全にやる気をなくしているようにも見えるが、実はそうではない。周囲を線状の探知結界で調べた所、魔法協会中央区支部を中心として、ドーナツ状の部分に多数の反応があったのだ。
つまり、ここから先は戦闘なしで進む事が難しい状況なのである。この場所に辿り着くまでかなり警戒しながら進んできた龍人と遼は、精神的に疲れていたのだ。その為、これから始まるであろう熾烈な戦いに向けて息抜きをしているという訳だ。
中央区の天気は晴れ。12月の青空は澄んだ空気によってどこまでも透き通っていて、これが第2次魔法街戦争の勃発の危機に瀕していなければ…陽の光の温かさを感じながらのんびりすごすという自堕落な生活を送っていた筈である。更に言えば世の中はクリスマスが近づくに連れて浮き足立つ者が増え、ノエルマジックで彼氏彼女を手に入れようとする男女が様々な策を考え、その為の伏線を仕込み始める時期でもある。
(そんな季節に他の区との戦争が起きないようにする為に潜入ミッションを行うことになるなんて…誰も予想できないよな。)
のんびりと気楽な事を考えていると、視界の端に小さな人影を発見する。
その人影は辺りをキョロキョロ見回しながら建物の陰から陰へと高速で移動していく。そして、1分と立たずして魔法協会中央区支部に到達する。
(動きが素人じゃない。となると、何となく潜入するって訳ではなくて…ある程度の大きな目的を持っての潜入って可能性の方が高いか。…どうすっかな。)
中央区支部に入り込もうとしている人影を見ながら龍人は遼へ視線を送った。すると、遼も丁度同じタイミングで龍人に視線を送るとこだった。
「やっぱり龍人も悩む?」
「だなぁ。あいつが何かしらの良からぬ事を考えてるのは恐らく間違いがないし。だけど…あいつを攻撃しにいく事のリスクの方が高い気もするんだよな。下手に動いて大きな戦闘を誘発しちまったら、今ギリギリで均衡を保ってる各区の関係が瞬間的に崩れて、本当に潰し合うだけの戦争になっちまう可能性もあると踏んでる。」
「それ…分かる、下手に動くのがちょっと怖くなるよね。かといって、このまま眺めてるだけでも良くないしね。」
話しているうちに小さな人影は正面入り口の鍵を開けたのか、スルリとドアの隙間から建物の中に体を滑り込ませ、見えなくなってしまう。
明らかに怪しく、追いかけて何をするつもりなのか問いただしたい所だが…気になるものへ手当たり次第に干渉していったら、2人で北区に忍び込むという本来の目的から外れてしまう。
それを防ぐ為にも、行動指針をぶらさない必要があった。
「…遼。」
「なに?」
「俺達は北区に着くことだけを優先しよう。中央区を担当する人も決まってるし、俺達がここで動いたら動きが間に合わなくなる。」
「それって、例えばさっき侵入した人が中央区支部の人達を皆殺しにしようとしていたとしても…って事だよね?」
「極論だな…。けど、その覚悟だ。中央区の事は中央区を担当するあいつらを信じるしかない。その上で俺たちは俺たちのやる事をすべきだと思う。」
「………。分かった。」
龍人と遼は頷きあうともう一度周囲の状況を確認する。
そして、息を潜めて気配を消した。
中央区支部周辺は静まり返っていた。嵐の前の静けさとでも言おうか。逆にこの静けさが違和感を演出していた。なにもない静寂ではなく、多数の監視の目による静寂。
静かなのに穏やかではない張りつめたような空気があたり一帯を支配する。
そして、この緊迫したような膠着状態はひとつの異変によって破られた。その異変とは…中央区支部の3階部分から発生した爆発である。
 




