15-2-2.魔法街会議
レインは落ち着いた声で各区へ問い掛ける。
「今回、謎のフードを被った人物によって…魔法街は強制的に1つの島となった。これは魔法街統一思想が掲げる理念が実現した事になる。しかし、私は統一思想団体による工作だとは捉えていない。恐らく外的要因による工作だろう。この点に関して皆はどう考えているか教えて欲しい。」
いきなり意見を押し付けるのではなく、この場にいる者達の意見を聞くというスタンス。
最初に答えたのはヘヴィーだ。因みに、ヘヴィーは熊人形姿は流石に解除していた。
「私は天地による工作だと睨んでいるのである。南区へ動物達が攻め込んで来たんじゃが、それらもあからさまに北区と東区の手先と想像しやすい魔法しか使ってこなかったのである。もし私が今回の混乱に乗じて他区を攻撃するのなら、そんな愚策は講じないのである。」
「他区を潰すことができなかったから、言い訳を並べて自分達が犯人だと特定されないように予防線を張ってるのか?」
「バーフェンス…お主は他人を疑いすぎなのである。」
「人を信じて騙される方が馬鹿だろう。そもそもだ。北区に攻めて来たのは光魔法を使う鳩と多種多様な属性を使う犬だった。今のお前の言い分を言質に取れば、犬どもを北区に送ったのは南区という事になる。」
最初から対決姿勢のバーフェンスを見てセラフが口を開いた。
「お前…そうやって他区を疑う姿勢を取ることで自分が犯人という事実を隠してるんじゃないか?」
ふくよかな女性らしい体つきをした爆乳で、優しい目にピンク色のパーマという母性溢れる雰囲気のセラフだが、発する言葉はどちらかと言うとヤンキーよりだったりもする。
「ってか、そうやって最初に言い合いを始めることでどこかの区が犯人だっていう流れを作ろうとしてるんじゃないのか?北区と南区が結託してウチを陥れようとしてるっていう可能性もあるよな。」
「………。」
沈黙が流れる。この数分の話で既に犯人像は大きく割れていた。どこか1つの区による陰謀。複数の区が結託して行った陰謀。外的要因による陰謀。どれも信憑性があり、完全に肯定も否定も出来ない状況である。
「セラフ、バーフェンス、私は今のこの状況こそ天地が狙ったものだと思うのである。だからこそ手を取り合う必要があるのである。」
あくまでも3区の融和を促すヘヴィー。だが、セラフがここで反論する。
「一応可能性で言うぞ?そうやって手を取り合った後に後ろから北区と東区を攻撃して一人勝ちを狙ってる…そんな考え方も出来るだろ。」
「じゃが、それを言っていては3区が闘うしか道が残されないのである。」
「その逆もまた然りだってんだ。」
「…むぅ、困ったのである。」
遂にヘヴィーも黙ってしまう。再びの沈黙。
各魔導師団の面々は魔聖同士の言い合いに入る事はできず、気難しそうな顔で黙ったまま。そして、レインは比較的落ち着いた表情でこの場にいる者達を観察していた。成り行きをただ見守っているだけなのか、それとも何かしらの意図があって黙っているのか…それとも諦めているのか。
全員が口を閉ざす中1人の人物が手を上げ、それを確認したレインは意外そうな表情をする。
「マーガレットか。何かあるのなら気兼ねなく発言するといい。その為に皆を呼んだのだから。」
「ありがとうございます。…私、疑問がありますの。各区が中央区に引き寄せられる前に、半獣人が東区を襲いましたわ。それは他の区には無かったのでしょうか?」
「…いや、あったな。」
「あったねぇ。」
マーガレットの質問に答えたのは龍人と文隆。
「そうなんですわね。だとすると、今回の魔法街が陸続きになるまでの過程が出来すぎていますの。しかもですわ、半獣人が襲ったなんて大きなニュースにでもなりそうな内容が他区に流れない事自体がおかしいですわ。ここから推測できるのは情報封鎖がなされていたという事実。この情報を封鎖出来るのは各区では魔法協会支部長しかいませんの。つまり、各区の魔法協会支部長同士がひとつのラインで繋がっている可能性がありますの。」
この推論を聞いた浅野文隆が手を挙げる。
「その推論を貫いていくと面白い結論が見えるねぇ。各区支部長を束ねるのは中央区支部長だよねぇ。この中央区支部長に影響力を持っているのは…行政区だよねぇ。ここから飛躍した推論を重ねれば、黒幕がレインなんて可能性もあると思うよぉ。」
「浅野…それは暴論な気が…。」
文隆の隣に座る博樹が諌めようとするが、文隆は話を止めない。
「他にも色々あるよねぇ。ヘヴィー学院長は魔法街統一思想の集会に現れて、反対意見の立場にいた行政区の奴らを言い負かしたらしいじゃないか。だとするなら、魔法街が陸続きになった今の状況はヘヴィー学院長が望んでいた結果とかなりニアなんじゃないかなぁ?」
「ふむ。では私が今回の騒動の仕掛け人の可能性があると言いたいのであるな?」
「そうなるよぉ。まぁこんな推論を重ねれば全員が容疑者になりえるけどねぇ。」
全員が容疑者。そうなれば、手を取り合う道は閉ざされてしまう。
ここまで静かに話を聞いていたラルフが静かに手を上げた。
「お前らさ、相手を疑う発言ばっかしてるけどよ、それじゃあどうにもなんないだろ。それこそ誰かが魔法街の絶対的な支配者にならない限り、融和は生まれないぞ。」
「ふん。そんな極論を挙げた所でどうなるというのだ。今重要なのは、首謀者が誰かという事だ。確たる証拠がない限り、疑いが晴れることはない。」
「…くそっ。」
バーフェンスの反論にイラついたのか、ラルフは腕を組んで下を向いてしまう。怒りを抑えているのだろう。今ここで戦いが始まれば…後には引けなくなる。魔法街が内側で争う事を嫌がるラルフは我慢するしかない。
…こんな調子で先に進まない会話が延々と繰り広げられた。
ひと通りの議論が繰り広げられた結果、各区間の状況は会議前とさして変わっていなかった。いや、寧ろ悪化したとも言えるだろう。
皆が皆譲らない状況の中、ずっと沈黙を保っていた龍人はゆっくりと手を上げた。
「あのさ、こういう場面でこーゆー事を言うのはナンセンスかも知れないんだけど、皆が…って言うか各区が今後の展開で何を望んでるのかが見えない気がすんだよな。何を前提で話してるのかが分かんないんだ。本音を隠して建前だけで他の人へ疑いの言葉を投げかけ続けても意味無いだろ。」
今回の会議に於ける核心を突く発言に魔聖達が小さく反応する。しかし、誰も口を開こうとはしない。
ならば…と、龍人は更に発言を続ける。
「そもそもだ、大げさな言い方をすれば魔法街を導く役目を担ってる魔聖が同じ方向を向いているのかが分からない。まずはそこからだろ。」
「……ふふふ。」
笑い声を漏らしたのはレインだ。美麗な表情を柔らげたレインはバーフェンス、セラフ、ヘヴィーを順番に見る。
「若者に言われてしまったな。龍人の発言に私達は誠意を持って答えるべきだろう。…私から答えようか。私は各区が手を取り合って魔法街が1つとなる道を探るべきだと考えている。」
「ほっほっ。ならば私も言うのである。私は統一思想集会に出た通り、魔法学院を1つにまとまる道を探りたいのである。」
セラフに続いてヘヴィーも本音を出した。残るはセラフとバーフェンス。
先に口を開いたのはセラフだった。腕を組んだ姿は爆乳を強調しているが、彼女にはそれを気にする様子が一切なかった。
「手を取り合う道も、対立する道も残されているだろ。ただ同じ魔法街にいるからって無闇矢鱈に信じるなんてのは真っ平ごめんだな。」
中立に近い考えを表明するセラフ。この場においては模範解答とも言える。
そして、全員の視線がバーフェンスへと注がれる。彼が何を言うのか。全員が手を取り合う道を選択肢に残しているか否かは、魔法街にとって大きな分かれ道となる。
中分けされた白髪を前からすくい上げる様に搔き上げたバーフェンスは、ほんの小さく溜息をついた…かに見えた。
「……俺は、誰とも手を取り合うつもりはない。」
完全なる拒否。それを告げるバーフェンスの横に並ぶ第4魔導師団の面々は一切表情を変えない。最初から覚悟していたのだろうか。だからこそこの部屋に入ってきた時からずっと表情が固く、他の誰も寄せ付けない雰囲気を出していたことを鑑みれば確かに納得感はあった。
「バーフェンス…本気なのか?」
レインが問い掛ける。
「この場で嘘を言う程落ちぶれてはいない。俺の邪魔をするのなら…叩き潰すまで。」
一切の協調姿勢を見せないバーフェンスの態度に龍人は驚きを隠すことが出来ない。
(なんでここまで強固な姿勢を崩さないんだ…?各区同士が争っても良い事なんて無いはず。ただただ疲弊して、そこを天地に横から殴られる構図が見えてるはずだ。)
龍人の問いに魔聖4人が答えた事で、場の空気は緊張感がより一層高まっていた。完全に本音を聞き出すタイミングを間違ったと言わざるを得ない。次にどうすれば、どういった話の展開を狙えば対立しない方向へ進むのか。全員が次なる動きを考えて沈黙する中、1つの動きがあった。




