15-2-1.魔法街会議
「ほっほっほっ。良く私だと分かったのである。」
チョコンと体を起こした熊人形は頭をポリポリしながらラルフを見上げる。
「ヘヴィー学院長…さすがにその熊人形の姿を見て学院長だと気付かない人はいないですよ。」
「そうかも知れないのであるが、最近はこの姿を使っていなかったから…いけると思ったのであるが、残念なのである。」
「そもそも俺達相手に姿を隠す意味が無いですよ。」
「それもそうなのである。」
「で、学院長が何しに来たのかしら?」
ラルフとヘヴィーの話があまり進まないからか、火乃花が割り込んできた。
「そうだったのである。これから行政区で各区の魔導師団が集まって会議を行うのである。」
「…マジすか。」
魔導師団が集まると聞いた瞬間にラルフの顔が曇る。
「魔導師団が集まることがそんなに問題なのか?」
龍人の疑問は最もである。
各区を代表する魔導師団のメンバーが集まるという事は、その場で情報共有が出来れば…現状打破の可能性も見えるはずなのだ。
しかし、この考えは甘かった。
「大問題なんだよ。魔導師団だけが集まるんならいい。ただ、その場には…魔聖も居るはずだ。じゃなきゃヘヴィー学院長がわざわざここまで来ないだろ。」
「その通りなのである。」
「そーゆー事ね。」
これだけの説明で龍人は納得してしまう。
魔聖であるヘヴィー=グラム(街立魔法学院学院長)、バーフェンス=ダーク(ダーク魔法学院学院長)、セラフ=シャイン(シャイン魔法街学院学院長)、レイン=ディメンション(行政区最高責任者)の4人は、仲は悪くは無いが良くもない。
言ってしまえばバーフェンスは他の魔法学院をやや目の敵にしている節もあり、セラフと言い合いをする事が多々あった。それを諌めるのがヘヴィーであり、溜息を吐きながら見守るのがレイン…という基本的な絵が存在する。
この魔聖4人を交えた会議は、下手をすれば学院間の対立を深めてしまう危険性を大いにはらんでいるのだ。
懸念はあるが…会議が行われると決まっている以上は行かざるを得ない。
嫌な予感を抱えながらも、龍人を含む第8魔導師団とラルフ、ヘヴィーの6人は行政区へ向けて転移するのだった。
そして…行政区にある会議室に到着した龍人は…………抱きつかれていた。
「おい、離せって。」
「良いじゃないですの!私は龍人と会えて嬉しいのですわ!もう会えないかと思っていましたの。」
後ろから刺さるレイラの嫉妬混じりの視線(多分)が痛い龍人は、怖くて前を向くことしかできない。因みに、抱きついているのはシャイン魔法学院に所属する第6魔導師団のマーガレット=レルハだ。
父親が法務庁長官を務める、所謂お嬢様だ。
「いや、そもそも今はそーゆー場じゃ無いだろ?」
「関係ありませんわ。そもそも何も始まっておりませんの。」
マーガレットが抱きつく力が強くなり、龍人の鳩尾辺りに当たる柔らかい感触が更に押し付けられる。グラマラスな体型をしているマーガレットはボンキュッボンッという言葉を体現したスタイルの持ち主である。しかも亜麻色のサラサラロングヘアーにパッチリ二重、そして長い睫毛と非の打ち所がない容姿をしていた。
強いて欠点を挙げるならば、周りを一気に巻き込む勝気な性格だという事位か。そして龍人へのアプローチがヤケに積極的だという点も、今のように時と場合によって大迷惑ともなる。
顔のすぐ下から上目遣いで見上げるマーガレットは、悩殺力抜群だった。もしここが二人きりの空間なら…なんて想像をする暇は無かった。
龍人とマーガレットがラブコメみたいな事をしている横で魔法陣が出現すると、そこから5人の人物が現れる。そして、その中の1人である中分けの白髪を首辺りの長さで切り揃えた男が憎まれ口を叩いたのだ。
「ふんっ。街立とシャインは気楽なもんだな。魔法街がこの状況なのにイチャイチャか。お遊び気分で居るなら今すぐ消え去れ。」
イライラした様子のバーフェンスは龍人達に言い放つと、そのまま顔を背けて四角に並べられたテーブルの一角へ優雅に座る。後ろに続くのは浅野文隆、森博樹、デイジー=フィリップス、クジャ=パリ…第4魔導師団のメンバーだ。
龍人と比較的交流があるはずの彼らだが、目も合わせず厳しい表情を保ったままバーフェンスの横に座っていく。
このダーク魔法学院所属の面々が現れた事で、会議室の中にはピリピリした空気が流れ始めていた。
「マーガレット、私達も席に着きましょう。…なんて最もらしい事を言ってみる私。」
龍人に抱きつくマーガレットの手を掴んだのはマリア=ヘルベルト。夜会巻きが特徴的で、少し面長で顎が少し出ている大きな目をしたスレンダーな女性だ。
「……分かりましたわ。流石にこの状況で、これ以上は無理ですわね。」
不満そうな顔をしながらも龍人から離れていくマーガレットを見ながら、これ以上ってどこまで求めてるんだよ。…なんて突っ込みを入れたくなるが、熱い抱擁から解放された龍人はホッと息をつくのだった。
「龍人…ちょっと嬉しかったでしょ。」
街立の席に座ると同時に隣に座った遼が小声で囁いてくる。
「…何言ってんだよ。迷惑極まりないだろ。」
「でもさ、本気で嫌だったら力づくで引き離してるでしょ?」
「…ん、それは否定出来ない。」
「でしょ?あそこ迄露骨なアピールだと断りにくいし、気が惹かれるのも分かるけど、レイラが少し悲しそうだったから…気を付けた方が良いと思うよ。」
「そうだよな…。サンキュ。」
遼と話しながら龍人はレイラの様子を確認するためにチラッと視線を送るが、当の本人は遼の言った悲しそうな表情は一切していなかった。とは言え…抱きつかれている時にレイラがいる方向から嫉妬混じりの視線が来ていた(多分)ことも事実。下手をすれば三角関係が勃発してしまう可能性もあるのだ。
この問題を解決するには、龍人が自分自身の気持ちを固める必要があった。
1年生の入学時に出会い、夏合宿時に心が惹かれたレイラ。
1年生の対抗試合の時に出会い、勝気ながらも時折見せる乙女らしさに惹かれたマーガレット。
所謂美女2人の間で心が揺れ動く龍人は幸せ者だろう。しかも、両人から心を寄せられているのだ。一夫多妻制なら一気に解決もするのだが。
龍人の頭の中が恋愛一色になっていると、空間が歪んでとある人物が姿を現した。
「皆、今日は集まってくれてありがとう。」
優雅な身のこなしで歩く度に緩やかなパーマが掛かった薄青のロングヘアが揺れ、ついでに存在を主張する双丘が揺れる高身長の女性。透き通った蒼い目は見ていると吸い込まれそうな錯覚に襲われるくらいに綺麗だった。
女性の名はレイン=ディメンション。行政区最高責任者を務める人物だ。つまり、魔法街の代表である。
レインは集まった面々をゆっくりと眺めていく。透き通った視線は、其々の表情を注意深く観察しているように見えた。
ダーク魔法学院はバーフェンスと第4魔導師団。
シャイン魔法学院はセラフと第6魔導師団。
街立魔法学院はヘヴィーと第8魔導師団。
レインが沈黙を保つ中、再び空間が歪むと新たに3人の人物が姿を現わした。
1人は龍人達と一緒に会議室に来たと思っていたのにいつの間にか姿を消していたラルフ=ローゼス。1人はホーリー=ラブラドル。1人はクラック=トンパ。
彼らは第1魔導師団のメンバー。魔法街において最高戦力である魔聖に次ぐ実力の持ち主達だ。
その彼らは自身の所属する魔法学院ではなく、行政区最高責任者を務めるレインの後ろに並ぶ。これは、大きな意味を持っていた。
(…これは、4つの勢力みたいになんのか?)
龍人は一抹の不安を覚えてしまう。これから展開されるであろう会議の会話。それ次第でこの魔法街の行方が決定してしまうのだ。
チラッと視線を遼、火乃花、レイラに向ければ彼らも不安そうな顔をしていた。いや、この場にいる第1を除く魔導師団12人は何かしらの不安を抱えた表情をしていた。
龍人はふと思う。今のこの状況は、本当に最善の選択によって導き出されたものなのかと。もしかしたら誰もが気づかない中で誘導があり、それこそ天地が狙う通りの結果になっているのではないか…と。
ただこの疑問の答えを得る術は存在しない。出来る事は、結果を変える事だけである。誰もが望まぬ最悪な結果を回避し、皆が笑いあえる魔法街を…。
全員が席に着いたのを確認したレインは、静かに、だが会議室全体に通る声を発する。
「それでは、今後の魔法街について話そう。」
そして、決して忘れることの出来ない、魔法街の運命を変えた会議が始まった。




