15-1-13.撃退
蝙蝠が放つ合同闇魔法、鳩が放つ合同光魔法は魔法の精度という観点で見れば人間が扱うものと比べて著しく劣っていた。しかし、その精度というウィークポイントを補って余りある威力が、龍人達を苦しめていた。
「火乃花!もう一発来るぞ!」
蝙蝠から放たれた闇の奔流をどうにか受け流した龍人と火乃花は、続いて鳩が放った光の奔流に向けて魔法障壁を張り直す。そして、強力な圧力とともに光の本流が直撃する。
魔法障壁に掛かる強力な圧力がビリビリと腕に伝わる中、龍人と共に行動することになった火乃花はイラついた様子を見せていた。
「龍人君、この状況を打開する案はある?このままじゃジリ貧よ。」
「分かってんだけどな…。魔法が無効化される原因が分からないと手の打ちようがないだろ。」
「…そうよね。困ったわね。」
2人が一緒に行動することになったのには、とある理由がある。蝙蝠と鳩による波状攻撃を防ぐ中、防戦一方の状況に業を煮やした龍人と火乃花はほぼ同じタイミングで群れに向かって突っ込んだのだ。龍人は蝙蝠の群れへ。火乃花は鳩の群れへ。
至近距離で上級魔法を叩きつけた龍人と火乃花だったが、その攻撃すらも無効化されてしまった。挙げ句の果てに、反撃とばかりに至近距離から大量の高密度魔法を放たれ、龍人がギリギリのタイミングで転移魔法で火乃花と共に離脱をしたのだ。
そして、南区側に転移をしたはずなのだが何故か2人は反対側…中央区の奥に転移をしてしまう。
結果、龍人と火乃花は2人で蝙蝠と鳩の攻撃に対峙することになってしまったのだった。まぁ…前向きに考えれば一部の攻撃が南区に向かって放たれなくなったとも言えるが、それでも蝙蝠と鳩が放つ攻撃の1割程度が龍人達に割かれた程度。戦局に大きな変化があるとは言えなかった。
寧ろ他に誰も助けてくれない状況に陥ったのは非常にまずい。このまま中央区の中心へ進めば蝙蝠と鳩の攻撃から逃れることができるが、他区の人と会う可能性もあるし、別の動物に遭遇する可能性も捨てきれない。そもそもこの場を離れる明確な理由はないのだ。
今できる最善の選択は、南区に襲いかかる蝙蝠と鳩をできる限り早く撃退する事だった。
「…なぁ、火乃花。」
「なに?」
「転移魔法の転移先がブレた事に何か意味があるんじゃないかな?」
「…って事は、龍人君は転移先の設定は間違ってないって事かしら。」
「だな。確実にラルフのいる方に転移先を設定した。ギリギリのタイミングだったから正確じゃないけど、それでも正反対の方向に転移する程下手くそじゃない。」
「…成る程ね。魔法の経路が阻害されるって事と魔法が無効化される事に関連性がありそうね。」
闇魔法の直撃を防ぎきったそばから光魔法の奔流が直撃し、その衝撃に魔法障壁が一瞬形をブレさせる。このまま防御に徹していたら、魔法障壁を突破される可能性があった。
「…あ、龍人君。私もひとつ疑問があるわ。」
「なんだ?」
「蝙蝠も鳩も合同魔法とは言ってもかなり強力な魔法を放ち続けてるわ。正直、何かしらの方法で魔力補充をしてないと魔力切れになっていてもおかしくないはずよ。」
「……成る程ね。」
火乃花の言葉で何かに思い当たったのか、龍人はニヤリと笑みを浮かべた。
「なによ?」
火乃花が興味ありげに視線を送ると、龍人は親指をグッと立てる。
「魔法の無効化。魔力補充。そして転移魔法の阻害。…こりゃあ敵さんが一歩上だわな。ま、だからこそ答えにたどり着けたんだけど。」
「ちょっとどういう…きゃっ!」
龍人の言っている意味がよく分からないのか、火乃花が問いただそうとするが…龍人はそれを待たずに足下に強力な風魔法を発生させて飛び上がっていた。
狙うは蝙蝠の群れ。左手に夢幻を持ち変え、右手に展開した魔法陣から龍劔を取り出す。そして、蝙蝠が放つ闇魔法をギリギリのタイミングで避けつつ…砲弾のように蝙蝠の群れに突っ込んだのだった。
「ちょっと…特攻ってどういう事よ。」
龍人が取った突然の行動に火乃花は唖然と見上げるしかできない。魔法を無効化する蝙蝠の群れに突っ込んだところで、闇魔法によって迎撃され、痛手を負うに決まっているのだ。
しかし、結果は違うものだった。
「グギャァ!」
という断末魔のような声と共にパラパラと落ちてくるのは蝙蝠。そして、蝙蝠の群れの上部が膨らんだかと思うと、その箇所から駒のように回転した龍人が蝙蝠を切り裂きながら姿を現した。
「よしっ!火乃花!こいつら、無効化できるのは魔法だけだ!」
空中で体を回転させて頭を下にした龍人は、再び足下に風を纏って急降下する。
「グッギャァァアア!」
龍人が持つ2つの劔によって切り裂かれて絶命した蝙蝠が、体液を撒き散らしながらバラバラと降り注ぐ。
ダンッ!と着地した龍人は剣を振って血糊を飛ばすと龍劔を魔法陣の中に仕舞う。
「龍人君さっきのどういう事?魔法を無効化出来て、物理攻撃を全く防げない意味が分からないわ。」
「それは簡単だよ。蝙蝠と鳩は魔法を吸収してんだ。だから物理攻撃は防げない。火乃花も蝙蝠と鳩が魔力切れにならないのが不思議だって言ってただろ?それは、俺たちの遠隔魔法を無効化しているように見せかけて、吸収してたって事だ。」
「…そういう事ね。魔法の吸収方法がわからないけど、攻略方法は分かったわね。それなら………。」
火乃花の口が止まる。
「どーしたんだ?」
不思議に思った龍人が問いかけると、口元をややヒクつかせながら火乃花はひとつの現実を突きつけた。
「私、単純な物理攻撃手段を持ってないわ。」
「………言われてみれば。」
火乃花が使う魔法は極属性【焔】。この属性魔法を発動するのは魔具魔法で、右手に装着した焔神ノ環、左手に装着した幻惑ノ環という腕輪型の魔具を使用している。普段使用する焔鞭剣も焔魔法による生成。つまり、これも魔法。他の攻撃手段はもちろん全て魔法。
「…何も出来ないじゃない。」
予断を許さない状況下ではあるが、火乃花は背後に沢山の縦線が出現する某国民的アニメの如く落ち込んでしまう。
「物理系の武器とか持ってないのか?」
「持ってないわ。まさかこんな場面になるとは思ってなかったわね。」
「なるほどな。そったら、街立の皆に物理なら効果あるって伝えてくれ。火乃花なら攻撃を抜けて行けるだろ。」
「分かったわ。…龍人君は1人で戦うつもりなの?」
「勿論。とっとと倒さないと、下手したら防撃結界が破られちまう。」
「それが最善策よね…無理しないでよ?」
「さんきゅっ。その辺りは無謀なことはしないつもりだ。」
火乃花が自分を気遣ってくれる事にほんの少し嬉しい気持ちを感じながら、龍人は夢幻を構えると風魔法を操って蝙蝠に向けて飛翔する。
視界の端では火乃花が南区側に向けて走り出していた。
(よし、ここで出来る限り打撃を与えて被害を少なくする!)
飛翔による加速を可能な限り早くしつつ、無詠唱魔法で身体能力と知覚、反射速度を引き上げた龍人は再び蝙蝠の群れに突っ込んでいった。
それから30分後。
物理攻撃に属する魔法や、武器による物理攻撃を連続で叩きつけられた蝙蝠と鳩の群れはその数を当初の1割程度にまで減らしていた。
南区の防撃結界前で戦う魔法使い達の中には、蝙蝠と鳩の撃退が出来るという結果が見え、安堵の表情を浮かべる者も現れていた。
単独で動いていた龍人も蝙蝠と鳩の攻撃の密度が減った事で、再び南区のメンバーと合流する事に成功していた。
「龍人…お前はキタルからの報告を聞いたか?」
「ん?なんだそれ。同じ教師のラルフにだけ言ったんじゃないか?」
「聞いてないか…ちっとお前達こい。」
ラルフは他の面子に残りの蝙蝠と鳩の討伐を支持すると、龍人、火乃花、遼、レイラを連れて集団から離れた位置に移動していく。魔導師団だけに伝えるつもりなのだろう、タムは討伐組に振られていた。
真剣な顔をしたラルフは声を潜めて衝撃の事実を語る。
「今回現れて倒された動物が霧になる前に何体か調べたらしいんだが…心臓にクリスタルが埋め込まれてたらしい。」
常識の範疇を超えた事実に龍人達は驚きを隠すことが出来ない。
「…どういう事だよ。心臓にクリスタルを埋め込むとか、常軌を逸してるだろ。」
「だが事実だ。こんな事をする奴で俺が思い付くのは…1人しかいない。」
「…サタナス=フェアズーフ。」
イかれた科学者の名前を呟いたのはレイラだ。過去に捕まり、魔力を吸われ続けた記憶が蘇ったのだろうか。体の前で手を組み、震えを抑えているようにも見える。
サタナスの名前を聞いたラルフはは小さく、だが確りと頷いた。
「あぁ。あいつしかいない。つまりだ、今回の事件にサタナスが…天地が関わっている可能性が高くなった。」
「……結局、天地が出てくるのね。何が目的なのかしら。」
「本当だよね。でも、天地のヘヴンって人…彼は本当に強かった。油断は出来ないね。」
火乃花と遼は天地が関わっている可能性が高いと聞いて得心がいったようでもあった。
「んで、その情報を知ってこれからどうすんだ?」
龍人の質問は最もである。外的要因が今回の襲撃に関わっている可能性が高いと分かった以上、シャインやダークと敵対するのはリスクが高かった。
「まぁ普通に考えれば東区と北区と手を取り合いたいんだが、恐らくそうはいかないな。天地が北区や東区と手を結んでいる可能性も捨てきれない。もちろんそれは俺達も同じ様に見られている可能性が高い。」
「他区も天地が関わっている可能性を掴んでんのか?」
「それは分からないな。それこそ話してみないと…。」
だが、今の魔法街の状況では話し合いなど出来るはずもなかった。互いが互いを疑う現状で、どうやって場を設ければ良いというのだろうか。
難しい問題に龍人達が頭を抱えていると、上から何かが落ちてくる。
ボトっという感じで落ちてきたのは熊人形だった。ひっくり返った熊人形のお尻はなぜか破け、いちごパンツが覗いている。
「「「「「…………。」」」」」
それを見た瞬間に全員の熊人形を見る目が疑問からジト目に変わる。
少しの沈黙の後、ラルフが頭を掻きながら呆れた声を出した。
「何やってんすか。ヘヴィー学院長。」
 




