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Colony  作者: Scherz
第六章 終わりと始まり
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15-1-9.街魔通り襲撃事件

 翌朝。目の下に隈を作った龍人と遼はげっそりした表情で登校していた。

 レイラと火乃花がシェフズをリリスの下に連れて行った後、2人で明け方まで店内を隈なく探したのだが大した成果を得る事が出来ていない。

 店内が戦闘の後か何かで破壊されていたので、激しい何かしらのやり取りがあった事は間違いない。しかし、そこから何が目的だったのかを導き出す事は出来なかった。こうなると手掛かりは襲われた張本人のシェフズ。

 街立魔法学院正門に到着した龍人と遼は正門奥にあるベンチに座って陽の光を浴びている火乃花とレイラを見つけて近寄って行った。


「火乃花、レイラ、おはよう。」

「あ、龍人君に遼君。魔法の台所を調べて何か見つかった?」

「それが全然。」

「やっぱりそうなるわよね。」


 火乃花は疲れ切った表情で空を仰ぐと溜息を吐く。爽やかな朝なのに龍人達の周りにはどんよりに近い雰囲気が漂っていた。


「あ、そうだ。シェフズの容体はどんな感じ?」


 遼が思い出したかのように問いかけると、レイラが表情をやや翳らせながら答える。


「それがね…怪我とかっていうのはリリス先生の治癒魔法で大分回復したの。でも、意識が戻らなくて…リリス先生は大分強いショックを受けた影響だと思うから、暫く安静にしていれば大丈夫って言ってたけど、心配だな。」

「そうなんだ。って事は、また振り出しに…違うね。これから聞かなきゃだよね。サーシャに。」


 この遼の言葉で4人全員が口を閉ざしてしまう。同じクラスのサーシャが天地の手先の可能性が高く、しかもシェフズを襲った犯人の第一候補であるという事実。そして、その事実を確認するためにサーシャに話を聞かなければならないのだが、余計な混乱を避けるために教室で聞く事は出来ない。

 ではどうするのか。ここが大きな問題だった。


「…とにかく教室に行こう。もうすぐ授業も始まるだろうし。」


 龍人の言葉に頷きつつ、4人は教室に向けて移動を開始する。

 念の為の補足事項ではあるが、街立魔法学院生は中央区との境目の警備にあたりつつも授業は継続することが決定していた。今の緊迫した状況がいつ迄続くのかもわからない状況で授業を無しにしてしまうと、最悪の場合長期間に渡って成長が止まってしまう。

 更に、警備という同じ仕事を続けているとモチベーションの低下にも繫がるため、日常という時間を設けることでリフレッシュを図るという側面もある。


「…よし。先ずはサーシャを見ても俺たちはいつも通りの対応で行こう。ここで教室の皆を不安にしても何も良い事が無いからな。」

「そうね。」

「分かった。」

「うん。」


 4人は教室のドア前で一旦深呼吸をすると、いつも通りのテンションでドアを開けて中に入っていく。


「おはよー。」


 眠気が抜けきらないいつものテンションで教室にいるクラスメイトに朝の挨拶をしながら、龍人は教室の1番端、窓側の席に座る。遼は龍人の隣に、火乃花とレイラは少し離れた定位置に座ってあれこれと話をしているようだ。


(よし、取り敢えずいつも通りって感じか。)


 教室内の雰囲気がいつもと変わらないのを確認した龍人は一旦ゆっくりと息を吐く。意図的にいつも通りを演出することの難しさは、まるで劇団員になったような気分である。

 そして、午前の授業の準備をしつつ教室内を見渡した龍人は1つの事実に気がついた。


(…あれ?サーシャがいない。いつもならこの時間には1人で静かに座ってるのに。)


 隣に座る遼も同様に気づいたのだろう。龍人に視線だけで頷きを送ってくる。

 サーシャがいない理由。それは昨晩の戦いで実は深手を負っていたからか。それとも龍人達が知らない別の理由がある可能性も…。


「おい!大変だ!街魔通りで…!」


 それは突然起きた。クラスメイトの1人が慌てた様子で教室の中に入ってくると、息も絶え絶えに叫んだのだ。


「どうしたのよ。また誰かが騒ぎを起こしたの?」


 これに冷静に対処するのは火乃花。また迷惑な喧嘩でも始まったのか?と言いたげな面倒臭そうな表情である。


「違う。また、また魔法を使う動物が街魔通りに現れて暴れてんだ!」

「…おい、それマジか!?」


 ガタッと立ち上がったのは龍人だ。遼も隣で驚きの表情を浮かべ、レイラは不安に瞳を揺らしていた。


「マジだ!投稿中の学院生達が既に対処に当たってるけど、数が多すぎて手が回ってない。俺達もいかないとマズイ気がする!」

「どうしてここで魔法を使う動物がまた現れんだよ…。皆行くぞ!」


 教室にいた全員が緊迫した表情を浮かべながら一斉に行動を開始する。

 龍人が展開型魔法陣で使う魔法陣のストックを確認しながら移動を開始すると、隣にタムが寄ってきた。


「龍人さん、これって去年街魔通りに出たのと似た感じがするっす。」

「…あぁ、そうだろうな。この前の半獣人といい、誰かが裏で手引きをしてる筈だ。そいつを捕まえる事が出来ればいいんだけど。」

「そうっすね。俺、召喚魔法で周囲に怪しい奴がいないか探りつつ動いてみるっすね。」

「お、頼む。とにかく街魔通りで店をしてる人達が心配だ。速攻で行くぞ。」

「オッケーっす!」


 教室の外にある転送魔法陣を使い、正門内に設置された転送魔法陣へ移動した龍人達は、衝撃の光景を目にする事になる。

 なんと、正門に向けて多数の犬が属性魔法を撃ち込んでいたのだ。その数…100頭を優に超えている。

 嵐のような攻撃を防ぐのは魔法学院の1年生達と教師のキャサリン=シュヴァルツァーだ。長く揺れる金髪に赤縁のメガネ、そして高身長で抜群のプロポーションを誇る彼女は学院生達からの人気も高く、密かに同人誌のネタに…。と、こんな話題はどうでも良いとして、キャサリンが陣頭指揮を取って犬の攻撃をギリギリで防いでいた。


「マジか…これ、ヤバくないか?」

「龍人さんどうするっすか?学院がこの状況だと考えるに、街魔通りの他の場所も似たような感じの可能性が高いっす。」

「んー…どうするかな。」


 判断に難しい状況だった。街魔通り全体の状況が見えていない状態で、どのポイントから加勢に入るのか。場所を間違えれば防衛ラインが瓦解する可能性もあるのだ。


「龍人とタムじゃない。それに2年生上位クラスの皆もいるわね。それなら話が早いわ。」


 龍人達の存在に気づいたキャサリンが防衛を1年生達に一旦預けつつ龍人達のもとに駆け寄ってくる。激しい攻撃を防いでいた割には服装に乱れは一切感じられない。


「キャサリン、どーゆー状況なんだ?俺たちが登校してた時はこんな予兆も何もなかったはずだ。」

「それが急に現れたらしいわ。空中に魔法陣が浮かび上がったと思ったら、そこから魔法を使う動物が次々と出て来たらしいわ。しかも1年前と同じで魔法を使うとか勘弁して欲しいわよね。」

「魔法陣ねぇ…。」

「何か心当たりがあるのかしら?」

「いや、残念ながら。んでだ。街魔通りの状況って把握できてるか?俺たちはどこに向かうと1番良いか分かるか?」

「そうね…。」


 キャサリンは視線を正門前で奮闘を続ける1年生達に向ける。犬達からの怒涛の攻撃は止まることを知らず、絶え間なく襲いかかってきてはいるが…現状を見れば退ける事は出来ないにしても防ぐ事は出来ているように見える。


「ここは大丈夫だと思うわ。念のために何人か残してもらって、他の皆は魔法協会の方に向かって欲しいわね。後は…街魔通りの中央がどうなっているか分からないから、危険だけどそこに向かって欲しいわ。」

「魔法協会の方とど真ん中か。」


 魔法協会付近にはラルフが常駐している筈なので、そこで動物達から押し切られるというのは想像しにくかった。まぁ、このタイミングで中央区から総攻撃が降りかかれば危ないかも知れないが。しかし、それを防ぐ為に第7魔導師団が中央区に行っているのだ。可能性は低いと言える。


「そうすっと、上位クラスの皆が魔法協会で俺達第8魔導師団が中央区って感じかな。」

「そうだね。俺も龍人の案に賛成だよ。」


 妥当な配置に遼も首を縦に振っていた。火乃花とレイラも異論は無さそうで、力強い目線で頷いている。


「ちょっと待つっす。」


 だが、異論を唱える者がいた。


「タム…なにか問題があるか?」


 そう。タム=スロットルだ。


「あるっす。今回の魔法を使う動物の出現、南区の内側に送り込んだ奴らの工作員みたいなのがいる可能性が高いっす。それなら、そいつを見つけないと同じ事が起きる可能性が否めないっす。」

「タムの言う事は確かに当たってるわね。じゃぁ聞くけど、あなたはどうやってその工作員を見つけるつもりなのかしら?」


 キャサリンは女性秘書っぽくメガネを指で上げる仕草を取りながらタムに問いかける。秘書マニアが見たらヨダレが止まらない光景である確率120%。


「それは簡単っす。戦いながらも第3の目を使うっす。俺ならそれが出来るんすね。」

「…精霊魔法を同時使役するつもりなの?」

「そうっす。」

「危険が伴うわよ?それを分かって言ってるのかしら。」


 キャサリンの表情はタムの提案を聞いた瞬間に厳しいものに変わっていた。

 タムは魔法街の魔法使いとしては珍しく、魔具を媒体として属性魔法を発動する魔具魔法を使っていない。メインとして使うのが契約した精霊を使役する事による精霊魔法だ。

 精霊魔法には2種類あり、精霊の力のみを具現化する方法、精霊を直接召喚して使役する方法に分けられる。強力な属性魔法を使えるのは、勿論のこと精霊を召喚して使役する方法だ。だが、これには勿論リスクも存在する。精霊を召喚するには精霊と同調する必要があるのだ。これが複数となると、複数の精霊と同時に同調する必要が出てくる。一方間違えれば…精神を精霊に乗っ取られ、使役者が精霊化してしまう可能性もあるのだ。

 過去に無理して精霊の複数の使役をして精霊化し、仲間に襲いかかったという事例も報告されている。タムがそうなるとは言い切れないが、そうなる可能性があるからこそ、キャサリンはその危険性を示唆しているのだ。

 だが、タムは相変わらずの飄々とした表情のままニッと小さく笑みを浮かべた。その表情から窺えるのは余裕の2文字。


「大丈夫っす。俺、最近1人で同時使役の練習をしてたっす。今は同時に3体までなら使役出来るっす。」

「3体…!いつの間にそんなにせいちょうしたのよ。」

「ふっふっふっす。俺、これでもコツコツと努力してるっすよ。」


 誇らしげに胸を張るタム。

 この様子を見るに、龍人達と一緒に行った方が結果的に良い方向性に繋がりそうだった。


「じゃぁさ、タムは俺達と行動で良いんじゃないか?」

「いいの?魔導師団の基本的である4人行動じゃ無くなるわよ?」

「まぁそうだけど。なんならタムには周辺の探索に注力してもらって、レイラがタムと自分の2人を守りつつ俺たちのサポートをしてくれれば何とかなるだろ。」

「まぁ…そうね。」

「じゃぁ決まりね。」


 話の成り行きを見守っていた火乃花が、纏まった所でグンっと伸びをした。


「私達はど真ん中に突っ込むわ。街魔通りの北端にある魔法協会側に向かって進むか、南端の魔法学院に進むかはその状況次第で決めるわ。それで良いわよね?」

「えぇ、構わないわ。じゃぁ私は正門の防衛に戻るから。…頼んだわよ。」


 キャサリンは力強い視線をチラッと龍人に送ると、正門に駆けて戻っていった。

 最後に視線を送ってきた理由が気にはなる所だが…まずは行動あるのみ。


「よし。じゃぁ皆を魔法協会の所まで転移させるから、みんなまとまる感じで集まってくれ。」


 上位クラスのくらすめいとたちが一箇所に集まった所で龍人は魔法陣展開魔法を発動する。

 展開型魔法陣が龍人の周りに複数の現れ、続けて魔法陣分解魔法、魔法陣構築魔法と発動。展開型魔法陣が分解されパーツとなってクラスメイト達の足元に向かって移動して行く。そして、大きめの構築型魔法陣が程なくして完成。転移光を放ち始めた。


「じゃ、みんな頼んだぞ!」

「あぁ任せとけ!」

「街魔通りを守ってみせるわ!」

「龍人達も頑張れよ!」


 転移光が強くなり、クラスメイト達の姿がシュンッと消え去る。転移魔法陣が無事に発動を終えたのを確認した龍人は、遼、火乃花、レイラ、タムの方を向いた。


「そしたら俺達も行くか。転移した直後に戦闘になるかも知れないから、準備しとけよ?」

「勿論よ。」

「私はすぐに防御壁を張れるように準備しておくね。」

「俺はいつも通り戦うだけだよ。」

「任せるっす!絶対犯人を見つけるっすよ!」


 全員のやる気が十分なことを確認した龍人は、力強く頷くと転移魔法陣を発動。街魔通りの中心地点に向けて自分を含めた5人を転移光の中に投じたのだった。

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