15-1-8.友の裏切り
裏路地に静かに佇むユウコ=シャッテン。全身黒尽くめで細身な体のラインがわかる服装は忍者のようである。とは言っても、胸元は少し緩めに作られているのか、バストラインが綺麗に浮き出てはいなかった。しかし、それでも盛り上がりが分かる事を考えると、彼女が巨乳であることは間違いのない事実だろう。
…と、普段の龍人だったらユウコを眺めながら考えるのだろうが、今は敵として(正確には今回も)現れたユウコを相手にそんな余裕は無かった。
以前、魔法協会南区支部の地下にてレイラが捕まり、ロジェスという人物が魔物の様な姿に変化した事件。その際にレイラを捕らえていた者達の1人であり、龍人はレイラ救出の為にユウコと死闘を繰り広げていた。
その時は龍人が龍人化【破龍】の前段階(当時はまだ力を制御しきれていなかった)を使う事で、ユウコをほぼ圧倒して退けることに成功していた。
だが、だからといって今回も同じ結果になるとは言えない。前回の戦闘から1年とちょっと。その間に龍人が大きく成長したのと同じで、相手も成長している筈なのだ。そして、その成長具合を楽観的に予想するのは…下手をすれば自分の死に直結してしまう。
(ユウコの属性は…【影】と【鉄】だった筈。って事は今の状況だと明らかに相手の方が有利か。)
龍人、火乃花、ユウコ。この3人が警戒して中々動きを取ることができない中、最初に動いたのはユウコだった。
「高嶺龍人…。また会うとは思っていたけれど、このタイミングだとは思わなかったわ。」
ふと龍人は違和感を覚える。確かユウコは男の様な話し方をしていた気がするのだが…。何故か今は女性口調になっていた。となると考えられるのは、偽者。
「…お前、本当にユウコ=シャッテンか?話し方が違う気がするな。」
「こんな時にそんな些細な事を気にするっていのは…まぁ、流石と評価すべきかしらね。以前は隠密時は男口調にしていたけれど、今はそれを止めたのよ。2回目に戦った時は今と同じ話し方だった筈よ。ただそれだけね。ともかく、この娘を今あなた達に渡す訳にはいかないわ。」
「……。一応聞くけど、なんでそいつがお前達の側にいるんだ。」
「聞かれて答えると思うのかしら?そうね…ひとつだけ言えるとしたら、今じゃなければ好きに聞いていいわ。」
「どういう…。」
「はぁ!」
龍人とユウコの話を横から遮る形で火乃花がユウコに接近し、焔鞭剣を横一直線に薙ぎ払う。
「せっかちな女ね。」
ギュルン!とユウコの足下から影が伸びると、それは刀身の形になって火乃花の斬撃を易々と受け止めた。
「まだよ!」
鍔迫り合いの形になった火乃花の焔鞭剣はブワッとその形を歪めたかと思うと、ユウコの方向に向けて爆ぜて爆炎を吐き出す。
紅蓮の焔に呑み込まれてユウコの姿が消える中、火乃花はすぐに地面に倒れる女の確認し…驚愕の表情を浮かべた。
「龍人君…これって…どいう事なのかしら。」
火乃花が驚くのも無理はない。何故ならば、そこに倒れているのは街立魔法学院2年生上位クラスのクラスメイトであり、今回シェフズの下に訪れる情報をくれた…サーシャ=メルファなのだから。
半分程脱がされた黒の仮面から溢れる切り揃えられた髪や、その顔立ちからサーシャである事に間違いが無かった。
「俺にも分からない。サーシャが天地の手下になる理由が全然思い当たらない。」
「そうよね。それに、あの女が言った『今じゃなければ好きに聞いていい』って言うのも気になるわ。」
「だな。取り敢えず…サーシャをリリスの所に連れて行くのが最善策だと思う。」
リリスとは、ラルフの妻であるリリス=ローゼスの事である。街立魔法学院の教員で、魔法街戦争時には属性【癒】を使って後方支援で尽力した事から癒しの天使という異名が付いた治癒魔法のスペシャリストである。彼女の下に連れて行けば、サーシャがおかしくなった理由が分かる可能性があった。
「だから言ったでしょう?今はダメだって。」
どこからともなく聞こえてくるユウコの声。同時に周囲にある影が上空に向かって伸び、それらは手裏剣の形になると嵐の様に龍人と火乃花目掛けて降り注いだ。
「火乃花、サーシャを守って防いでくれ!」
「分かったわ!」
龍人と火乃花は同時に物理障壁を展開し、手裏剣の着弾に備える。更に、ユウコの奇襲に備えて周囲に意識を張り巡らせる。
「 …そこだ!」
前方の影がユラっと蠢いたのを察知した龍人は炎の槍を、火乃花は数多の炎矢を叩き込む。
「甘いわね。」
フッと甘い吐息と共に囁き声が龍人の耳元から発せられる。
「…っ!?」
咄嗟に夢幻を後方へ振り抜くが刀身は何も捉えず、ただ空を切るのみ。更に、斜め下から先端の尖った影が龍人に向かって突き出るように向かってきていた。
ギリギリで展開した物理壁が影を受け止めるが、その強い衝撃によって後方へ飛ばされてしまう。
ブレる視界。体勢を立て直してすぐに反撃すべくユウコの姿を探す。
「きゃっ!」
だが、この時既に火乃花は鉄の檻に閉じ込められており、ユウコの肩にはサーシャが抱えられていた。
「サーシャを放せ!」
「だからさっきも言ったわよね。今はダメ。それ以降なら好きに話を聞いてもらって構わないわ。」
「…どういう意味だ。」
「それを話すほどの義理は無いわ。じゃ、あなた達に用はないから。ここで失礼するわね。」
「待て…!」
ユウコとサーシャの姿を包み込むように影が足下から螺旋状に伸びていく。龍人はなんとか止めようと光弾を放つが、影は着弾よりも早く2人の姿を覆い尽くし、地面へ吸い込まれるように消えていったのだった。
ユウコの姿が消えると同時に火乃花を閉じ込めていた鉄の檻はゆるゆると影に戻っていく。
「…逃げられちまった。」
「あのユウコって人、かなり強いわね。正直、この場所で殺す気でかかられてたら危なかったかもしれないわ。」
「あぁ…前に戦った時よりもかなり強くなってた。…にしても、サーシャが天地の手先として動いている意味が分からねぇ。シェフズを襲う理由が思い当たらないんだよな。」
「…私も同感よ。どちらにせよ、シェフズの安否が気になるから戻りましょ。」
「んだな。……なんで同じクラスメイト相手に疑心暗鬼にならなきゃいけないんだかな。」
「…。それこそが天地の目的って可能性もあるわよね。南区の魔法使いの結束を内側から崩すのが目的かも知れないわ。」
龍人と火乃花は顔を見合わせると、小さく溜息をついてから魔法の台所に向けて走り出した。
サーシャの目的も気になるが、まずはシェフズの安否である。彼が意識を取り戻せば、龍人達が到着する前に何が起きたのかがわかるのだから。
魔法の台所に戻った龍人達が見たのは、床に倒れたままのシェフズと必死に治癒魔法を使い続けるレイラだった。隣では遼が周囲に探知魔法を展開しつつ警戒に当たっていた。
「遼、レイラ!シェフズはどうだ?」
龍人と火乃花が2人の下に駆け寄ると、遼はどことなくホッとした表情をし、レイラは涙目を向けた。
「龍人君、火乃花さん…怪我はそんなにしてなかったんだけど、意識が戻らないの。」
「ちょっと見せて。」
火乃花はシェフズのそばにしゃがみ込むと、首筋や手首に手を添えて脈拍を確認し、口元に手を翳して呼吸のペースを確認する。
「…どうなの?」
遼の問い掛けに厳しい表情をしていた火乃花は、少しだけ表情を緩めて答えた。
「問題ないと思うわ。脈拍も呼吸も正常よ。ただ、強いショックで意識を失ってるだけだと思うから、しばらく安静にしていれば意識が戻るんじゃないかしら。」
「…良かった………。」
ホッとした表情でペタンと座り込むレイラ。龍人と火乃花が戦っている間も緊張したまま治癒魔法を掛け続けていた為、その緊張の糸が解けて力が抜けたのだろう。
「一先ずだ、誰が敵か分からないからリリスの所につれていこう。」
「え、普通の病院じゃダメなの?」
龍人の提案に疑問を呈する遼。当然の反応ではあるが、黒尽くめの女を追いかけた後の顛末を伝えると、考え込むように厳しい表情をしながら頷いた。
「それは…困った事態だね。なんでサーシャが天地の人と一緒に動いてるんだろう。」
「分からないわ。ただ、サーシャが私達に使ってきた魔法は一切の手加減が無かったわ。」
「だな。俺達の事をなんとも思ってない位の躊躇ない攻撃だった。」
「そうなんだね。確かにそう考えたらリリス先生の所に連れて行くのは妥当だね。ラルフの奥さんだし、普通の病院と比べたら安心して預けられるね。」
「…私が連れて行く。」
シェフズが襲われ、しかもその犯人がサーシャかも知れないという事実にショックを隠しきれないレイラは、それでも気丈に自分がシェフズをリリスの下に連れて行くと主張した。
そして、龍人達にそれを拒む事は出来なかった。レイラがそう言う気持ちが痛いほどわかるからだ。
10歳の時に両親を亡くし、その後1人で生きてきたレイラが魔法の台所でバイトとして働き始めた頃から、シェフズはまるで父親のように優しくレイラと接していたのだ。
第2の父と言っても差し支えない存在の意識が戻らないのだ。そばに居たいという気持ちを遮る事は出来ない。
「レイラが連れて行くのでいいと思う。火乃花、一緒に行ってもらっていいか?」
「えぇ。2人はどうするの?」
「俺達は店の中を少し調べてみる。もしかしたらシェフズを襲った奴の痕跡が見つかるかも知れないし。」
「分かったわ。じゃぁレイラ、行きましょ。」
「うん。」
「転移魔法陣で街立魔法学院の近くまで送るな。」
「ありがと。」
龍人は転移魔法陣を展開するとレイラと火乃花、そしてシェフズの3人を転移させる。
「……。遼。」
「なに?」
「覚えてるよな。あの事。」
「…勿論だよ。」
龍人が言ったあの事とは、2人がかつて住んでいた森林街が天地によって壊滅させられた事件だ。その事件で森林街に住む人々は1人残らず命を奪われていた。生き残ったのは龍人と遼の2人だけ。遼と共に生活していた姉の藤崎茜も命を奪われていた。…その場面を見たわけではないが、どれだけ探しても見つからなかったのだ。命を奪われたと見て間違いが無いだろう。森林街の首都レフナンティでは原形を留めないレベルで殺された者も沢山いるのだ。見つからないからと言って…淡い期待をする事は出来なかった。
「俺は、2度と同じ事を繰り返させたく無い。」
「だね。俺も同じだよ。」
「絶対に阻止するぞ。例え、魔法街の中枢を握る奴らと争うことになっても、俺は南区に住む人達を守る。勿論、他区に住む俺の知っている人達もだ。」
「うん。絶対に守ろう。」
「…よし!何か痕跡がないか調べるか!」
「だね!俺、龍人よりは調べるの得意だと思うから寝てても良いよ?」
「言ってろし。」
前触れもなく明るい言い方に変えた龍人の意図を察したのだろう。遼も深刻モードをやめて軽口を叩く。
そして、龍人と遼は明け方近くまで魔法の台所の店内を調べ続けたのだった。
 




