15-1-7.黒尽くめの女
(…なんだ?この魔力、どっかで戦った事あんぞ。)
黒尽くめの女性が放つ闇魔法の中に突っ込み、愛剣の夢幻に聖属性の波動を発生させながら進む龍人は、襲いくる闇魔法の魔力質をどこかで感じた気がしていた。
それがどこで戦った敵なのかは分からないが…。
(どっちにしろ、このまま攻撃を放たれてたら店もグチャグチャになっちまう。それにシェフズの安否も気になる。)
グンっと闇魔法の圧力が強くなる。このまま拮抗状態が続いても何も改善はしない…が、一気に突き抜けるのも躊躇われる状況だった。その原因はこの店だ。ぎっしりと陳列された魔具が何かの拍子に反応し、魔法をが暴発する可能性があるのだ。
今求められるのは無駄ない突破力と、最小限の被害。
「龍人君。」
後ろから声をかけられたのと同時に闇魔法の圧力がクンッと弱くなった。
「…火乃花、サンキュー。」
「こっちこそありがと。ちょっと油断してたわ。レイラが魔法障壁を展開してくれなかったら危なかったわね。」
「あぁ。とにかく黒尽くめの女を捕まえるぞ。」
「そうね。…龍人君、可能性の話だけど私達が戦ってる相手がシェフズの手先って可能性も忘れないでね。」
「……なるほどね。どっちにしろこの状況を打開しない事には話が進まない。俺が弾けさせる。」
「分かったわ。」
龍人は夢幻から発生させていた波動の威力を瞬間的に増幅させ、闇魔法を内側から大きく弾けるように広げた。そして、そのタイミングに合わせて火乃花が焔の槍を中心に叩き込み爆ぜさせる。闇が更に押し広げられ、龍人が展開した魔法陣の中心に火乃花の火球が直撃。焔のエネルギが魔法陣に叩き込められ、新たな魔法…焔の虎となって闇の中心に飛び込んで言った。
そして…焔の虎が凝縮し、エネルギーを一気に解放したタイミングで相手から放たれる闇の圧力がフッと消える。
「やったか!?」
「いや、あそこよ!」
火乃花の指し示す先で黒尽くめの女が店の奥に身を投げ、姿を消していく。
「逃すか!」
龍人は店の奥に向かって、火乃花は店の入り口から迂回すべく走り出す。
その時である。レイラの叫び声が響き渡った。
「いやぁぁぁ!!」
何事かと足を止めると店のカウンター横に恰幅の良い男性…シェフズ=ソーサリーが仰向けに倒れていた。
涙を浮かべながら駆け寄るレイラ。右手には金色の光が浮かび上がっていて、治癒魔法を掛けようとしているのが見てわかった。
(…これがもし、シェフズの策略で、倒れてるフリだったら…。いや、でも………くそっ、どう動く!?)
レイラのそばに居て万が一に備えるか。それとも逃げた女を追いかけるか。
「龍人!俺がここにいるから龍人はあいつを追いかけて!」
黒尽くめの女による攻撃をモロに受けて動きが鈍っていた遼が起き上がりつつ双銃を構える。
射撃をメインとする遼がいれば、例えシェフズが黒だったとしても対応は可能だろう。と、龍人は判断した。
「分かった。頼む!」
シェフズに治癒魔法をかけ始めたレイラから視線を外した龍人は、黒尽くめの女が姿を消した店の奥に向かって駆け出した。
奥の通路の角を曲がると突き当たりにあるのはドアだ。恐らく、裏口だろう。龍人は迷いなくドアを開けると店の外に飛び出した。
ヒンヤリとした夜風が頬を撫でる。周りを見回すが、街魔通りの裏路地はメインの通りよりも薄暗く、しかも黒尽くめの女の姿を見つける事ができない。
「…立ち止まっちまったから逃げられたか…?」
姿は見えないが…龍人は魔法使いである。目に見えなくても相手を探す手段を持ち合わせていた。
龍人は空間型ではなく、線型の探知結界を辺りに張りめぐらせる。
相手の黒尽くめという服装からして隠密系の行動は得意そうだが、火乃花が別ルートで追いかけている事を考えると、魔法を一切使わないで逃げ切ることは不可能なはずである。
ならば、逃げ切る為にどこかで使う魔力を察知出来れば、まだ追いつける可能性はあった。
「……見つけた!」
探知結界に魔力の反応を感知した龍人は、魔法陣を展開し、無詠唱魔法による浮遊を使って隣の店の屋上に飛び上がる。風魔法などを利用しての飛翔にしなかったのは、即座に魔法を発動する為だ。
屋上から魔力反応があった方向に向けて、屋根から屋根と飛んでいく。
すると、前方50m程の所から紅蓮の焔が空に向けて昇ったのがみえる。
(火乃花か?って事は戦ってるって事になるな…!)
龍人は宙高く飛び上がると、足の下に空気の塊を生成、それを圧縮して自身を前方に飛ばすようにして解放した。
ブワッという空気の壁に押し付けられる感覚が襲った直後、龍人は高速で目標地点に向けてぶっ飛んでいた。
そして、視界に火乃花と黒尽くめの女を捉える。
火乃花は属性【焔】で生成した焔鞭剣を巧みに操って斬りかかるが、相手も中々の実力。火乃花の斬撃を面を主体にした闇魔法で防ぎ、広げた闇を火乃花の視覚から叩き込まんと攻撃を仕掛けていた。
(相手はまだ俺に気付いてない。…なら、ちっと卑怯だけど属性【闇】に比較的有効な属性【光】で、奇襲して捕まえるのが1番かな。)
風を操って自身が直進する動きを少しずつ緩慢にさせながら、龍人化【破龍】によって使用可能になった魔法陣構築魔法を発動させる。通常はストックしておい魔法陣を展開し、それを分解した魔法陣の欠片を別の魔法陣に構築する魔法陣構築魔法だが、龍人化をすると展開分解の手順を飛ばし、魔法陣の欠片を出現させて魔法陣を構築する事が出来るのだ。
展開型魔法陣を経ずに完成させる構築型魔法陣。これは強力な魔法を発動する魔法陣を、一般的な常識から言えばあり得ない速度で発動出来るという龍人固有の能力である。
この魔法陣構築魔法で完成させた構築型魔法陣で龍人が発動したのは、20にも及ぶ光魔法のレーザーだ。次々と放たれるレーザーは、火乃花に向けて極大の闇の塊を放とうとしていた黒尽くめの女に横から突き刺さる。その衝撃に吹き飛ばされた女は吹き飛ばされ、塀に激突するとぐったりと地面に倒れこんだ。
「龍人君…!」
レーザーの急襲に警戒を露わにした火乃花だが、その主が龍人だと知るとほっとした表情を浮かべるのだった。
「遅くなって悪かった。…こいつ、誰なんだろうな。」
火乃花の隣に着地した龍人は地面に倒れる女を見て首を傾げる。
「もしかして、龍人君も彼女の魔力が気になった?」
「あぁ。って事は火乃花もか。」
「えぇ。どこかで戦った事がある気がするのよね。」
龍人と火乃花は揃って黒尽くめの女を見て首を傾げる。魔法街南区で属性【闇】を持つ者は少ない。とは言え、各個人が持つ属性は先天的属性、父からの継承属性、母からの継承属性の3つ。
中には1つの属性を最終手段として他の人に隠している場合もある。使用する属性魔法は個人の特定に繋がりやすいからだ。
つまり、こういった隠密系仕事をする時にしか使わない属性魔法を持つ事で、素性がバレるのを防ぐ事が出来るのだ。
こういった事情を鑑みると、龍人と火乃花が知っている範囲の属性【闇】の持ち主だけで当たりを付けるのは危険でもあった。
顔が見えればすぐに誰だか分かるのだが、女は何故か黒い布のような不思議な素材感の仮面みたいな物を被っていて、髪型も何も分からない状態である。
「一先ず気を失ってるみたいだし、動けないようにして頭の被り物みたいなのを外してみるか。」
「そうね。意識を取り戻したらまた闇魔法を使ってくるかもしれないから気をつけてね。」
「オッケー。じゃぁ火乃花はこの女の動きを見て、いざという時に対処頼む。顔を見るのは俺がやるよ。」
「分かったわ。」
龍人は倒れる黒尽くめの女に近付き、女の両手両足と首に光の輪を生成してはめる。そして、それらを基点とした光魔法の磁場を形成。更に女と自分を中心にした魔法陣を展開して闇魔法の威力が極力減衰するように、聖属性が優位になる空間を作り上げた。
「さて…と。誰なんだろうね。」
龍人は女の動きに最大限の注意を払いながら顔に手を伸ばしていく。女の顔を隠す謎の素材による仮面は…触ってみると、硬いような柔らかいような不思議な感触をしていた。だが、ある程度の伸縮性がある為、比較的簡単に顔から外す事が出来そうである。
この仮面の下から誰の顔が出てくるのか。どこかで感じた事のある魔力の持ち主とは誰なのか。
少しの躊躇いののち、龍人は仮面はゆっくりと仮面を顔から外していく。引っ張った事によって生じた隙間から黒髪が溢れ…その顔が夜空の下に現れ…龍人の手は仮面を半分まで引き上げたところで固まってしまう。
「………。」
「龍人君どうしたの?…誰なの?」
「火乃花。俺達…これからどうすりゃいいんだろうな。」
「どういう事?」
「こいつ…」
ヒュン!
小さな、だが確実に風を鋭く切る音が龍人の耳に飛び込む。同時に周りに展開していた聖属性の空間に何かが飛び込んできた。
「…!?」
龍人は咄嗟に展開していた魔法の1つを発動。物理壁と魔法壁を2重展開する。展開と同時にガン!と物理壁に突き刺さったのは、黒い針のようなものだった。
「これは…もしかして。」
火乃花にも同様の攻撃が襲いかかっていたようで、彼女の周りには何本もの黒い針が転がっている。
そして、針が飛んできた方向…路地の奥へ視線を向けた龍人に後ろから衝撃が襲う。
「ぐっ……!お前は…!」
地面を転がった龍人は体勢を立て直しつつ、自身に衝撃を与えた発生源…もう1人の黒尽くめの人物像を睨み付けた。
「龍人君…こいつの事知ってるの?」
火乃花はまだ気付いていないらしいが、龍人が忘れる事はない。目の前にいる人物は、かつて死闘を演じた相手の1人なのだから。
「あぁ…。こいつは前に話した魔法協会南区支部の地下で戦った、セフの手下の…ユウコ=シャッテンだ。」
「こいつが…。」
龍人が睨みつけ、火乃花が警戒心を露わにした視線を送る中…夜風に服の端を揺らすユウコは、薄暗い裏通りの中で黒い服装にも関わらず圧倒的な存在感を放っていた。
 




