15-1-6.刺客
「本当にあのセクハラ教師はあり得ないわね。」
「まぁまぁ…ラルフは皆の雰囲気を和ませようとしてやってるのかもしれないしさ。」
ラルフにセクハラされた怒りが未だに収まらない火乃花と、怒りを鎮めるべく横で応答し続ける遼。前の2人のやり取りを後ろから眺めながら、龍人とレイラは今回の事件についてどう動くべきか話し合っていた。
「だろ?そもそも魔法の台所のシェフズが天地と繋がってるとは思えないんだよな。」
「うん。そんな素振り一切なかったし、シェフズさんはとても優しい人だよ。魔法街が1つになった方が良いって思っているのはあるかも知れないけど、学院間で戦闘を起こさせようとはしないと思う。」
「だよな。そうなるとサーシャが気になった不審な動きが何だったのか…って事になるよな。」
「私、昨日もアルバイトしてたけど全然気付かなかったんだよね…。」
龍人とレイラは思わず考え込んでしまう。シェフズが天地と繋がっている事が全く想像出来ないからこそ、何も思い浮かばないのだ。
つい先日まで平和だった時には感じることのなかった思いが2人の心を締め付ける。
余談ではあるが、彼らが歩いている街魔通りも魔法街が1つになった事で大分様変わりしていた。
それまでは昼夜問わず賑やかだった街魔通りは、人通りは多いのだが…どこか殺伐とした雰囲気を醸し出している。
「まぁ…シェフズに聞いた時にどんな反応が来るのか次第ってトコもあるよな。」
「うん。聞くの…怖いなぁ。」
懇意にしていた人が黒疑惑になる事態。これに対してやや弱気な龍人とレイラ。そんな様子を、ラルフの愚痴をずっと言っていた火乃花が見て声をかけた。
「あなた達…色々考え過ぎよ。先ずは動いてみて、そこで得た結果を元にまた動けばいいんじゃないの?」
「ま、そうなんだけどな。俺達、色々とシェフズにはお世話になってんじゃん?そう考えると少し複雑な気持ちになんないか?」
「その気持ちも分かるけど…でも、それこそがシェフズの目的かもしれないじゃない。だからこそ、シェフズの事を知っているとかそういう気持ちは全て捨てるべきね。」
「…火乃花は強いな。」
「そうかしら?龍人君も十分強いと思うわよ?ただ、少し優しすぎるだけじゃない?まぁ、それが龍人君の良い所なんだと思うけどね。」
「むむぅ。悩ましいな。」
「だーかーらっ、悩まないのが1番よ。」
「龍人、俺も火乃花と同意見だよ。悩んでも、悩まなくても俺達を待ってる結果は多分…変わらない。」
遼のこの言葉に龍人は目が覚める気持ちを味わう。
「……遼の言う通りだな。確かにどんだけ悩んでもシェフズが白か黒かの結果は変わらないか。」
「うん、そうだね。私も前を向かなきゃ。」
 
龍人とレイラが比較的前向きな気持ちに切り替わった所で、前方に魔法の台所が見えてくる。
魔法の台所は属性魔法を操る為に必要な魔具(魔具を使用する以外にも呪文魔法や召喚魔法などの様々な手段があるが、魔法街では魔具魔法がメジャー。)を扱う商店である。
南区随一の品揃えを誇る同店舗は、店主であるシェフズの人柄もあって常に賑わう繁盛店でもあった。
魔法街がひとつの島になると言う事件の最中でも、相変わらず多くの客で賑わっている。むしろ、平時よりも賑わっているのは気のせいではないだろう。
これから他区との戦闘が起きるかもしれないという心理効果が、より良い魔具を求めるという行動に移らせているのかも知れない。
龍人達は賑わう店内を奥のカウンターに向けて進んでいく。すると、その姿を認めた太ったヒゲ親父…シェフズ=ソーサリが陽気に片手を上げた。
「おうっ!龍人にレイラと…火乃花と遼もか!4人が揃って来るとか珍しいな!」
店が繁盛していて上機嫌なのか、いつもよりテンションが高い。
(本当にシェフズが黒とかあんのか?なんか…こーゆーテンションだと疑ってるのがバカらしく思えてくるな。)
とは言え、個人的な主観や感情が入っているのは間違いがない。龍人は自分の心を出来るだけフラットにする様に自分で言い聞かせ、シェフズに返事をした。
「最近あんまし来てなかったしな。でだ、ちょっと聞きたい事があるんだけど…どっかで時間貰えないか?」
「ん?……聞きたいことか?今は店が開いてるから厳しいな。閉店の時間に来てもらっていいか?」
一瞬の間があった事から推測するに、恐らくシェフズは龍人達が聞きたい事が何なのかを察してのだろう。一瞬店内に視線を巡らせた後に、変わらぬテンションで再来を促してくる。
「だよなぁ。分かった。じゃあ夜にまた来るわ。」
「おう。頼むな!…っとお客さん!その棚は無闇矢鱈に触るもんじゃねぇぜ!」
と、強力な魔具の陳列コーナーを眺めていた客のところへシェフズは走って行ってしまったのだった。
「これだけ混んでいたら私達相手にあれこれ話している余裕は無いわよね。」
「んだな。ま、時間を潰してまた後で来るか。」
そして、その日の夜。
昼の間に街魔通り周辺で怪しい動きがないか聞き込みをしていた龍人達は、魔法の台所に向かっていた。
皆が真剣な顔をしているが、その中でも遼が1番だと真剣な…というよりも考え込みながら歩いていた。
「遼、まだ気にしてんのか?」
これから本命のシェフズの所に行くというのに、まるで心ここに在らずといった雰囲気の遼に龍人が声を掛ける。
「うん。そりゃぁ気になるよ。だってさ、サーシャが気付くんなら周りにいる人の誰かしら1人くらいは気づいていてもおかしくないと思うんだ。でも今日の聞き込みではシェフズが怪しいって話は一切無かったし、その周辺とか街魔通りで怪しい人の話も一切出てなかったよね。そう考えるとさ、シェフズが仮に黒の場合俺達が聞き込みした人達全員がグルって可能性も出て来るんだよね。」
突拍子も無いように聞こえるが、確かに的を得ている遼の分析に龍人達は思わず口を噤んでしまう。
「…でも。」
ここで異論を唱えるのはレイラだ。
「ここの店の店主さん達が全員で天地に関わるメリットってあるのかな?だって天地は魔法街を壊そうとしてるんだよね?」
「そこなんだよね。可能性として挙げられるのは、天地が全く違う目的で活動しているように見せているとか…かな。」
「全く違う…?どういうの?」
レイラは遼が言っていることを理解しきれていないようだが、横を歩いている火乃花は得心がいったのか深く頷いた。
「そういう事ね。魔法街の経済が上手く回っていないのは、行政区の人達が利益を自分たちのものにしているから。…こんな感じの前提条件を植え付けた上で、魔法街を陸続きにしてしまう事で行政区が行なっていた事を封じ、更には各区へ向かう手間を軽減。これによって経済が大きく活性化する。…ってとこかしらね。」
「なるほど。確かにそれならあり得るな。陸続きになった最初の方は各区で混乱が生じるかもしれないけど、各区の店主達は経済を良くするっていうひとつの理念のもとに動いてる。こんな感じで会ったこともない他区の店主への仲間意識を芽生えさせることで、今現在おきている事態への思考を停止させるって感じだな。」
火乃花の言っていることに頷きながら言う龍人の言葉を聞き、レイラの表情が曇る。
「……私、そんなの嫌だ。」
薄っすらと目に涙を浮かべながら言うレイラの姿に、3人の心の中に罪悪感が生まれる。例え、それが考えられる1例を言っていただけに過ぎないとしてもだ。
気まずい雰囲気が流れる中、龍人は火乃花に肩を小突かれる。
視線を送ると「あんたがなんとかしなさい」と言わんばかりの目線を向けていた。そして、何故か遼もレイラに気付かれないように頷いている。
(なんか…おかしくないか?なんで俺なんだ?まぁ最後に喋ったのは俺だけどさ。)
釈然としない何かがあるのは間違いないが…とにかく今の雰囲気を変える事は必要である。龍人はどうやってレイラを元気づけようかと頭をフル回転させ始める。
沈黙が流れる中、それを破ったのは意外にもレイラだった。
「あっ。」
何かを見つけたみたいな声を出したレイラに3人の目線が集中する。
「どうしたレイラ?」
「今…魔法の台所の1階部分が光ったの。」
「ん?シェフズが何かの魔具の調整をしてるんじゃないか?」
「…それは無いと思う。私、ずっとシェフズさんのと所でアルバイトしてるけど、シェフズさんが魔具の手入れをするのは朝だもん。」
「じゃぁ、レイラと一緒にバイトしてるショートカットの子とか?」
「違うと思うな…。あの子、最近風邪を引いちゃったみたいで休んでるの。」
「龍人君、レイラ…嫌な予感がするわね。」
火乃花の言葉に2人は同じ考えに辿り着き、表情を引き締める。
「…もしかしたら、俺達が想像していたよりも事態は深刻だったりするかも…。皆、急ごう。」
いつの間にか双銃を取り出していた遼が先頭を切って走り出し、3人もそれに続く。
夜の街魔通りは中心ラインに等間隔で置かれた魔力によって光る街灯があり、これのお陰で暗くなる事はない。街灯同士の中心に置かれた、街灯に魔力を供給する為の魔力蓄積機の影が長く伸びているので、ややホラーチックな雰囲気がなくもないが…。
その中を魔具を握り締めて走る4人の姿は、通行人の視線を集めていく。しかし、それを気にする余裕は無かった。
何故ならば…魔法の台所の1階部分がもう一度光り、店のドアが内側から吹き飛んだのだ。
「…火乃花、遼、レイラ!気配を消していくぞ!」
「分かったわ。」
「うん!」
「おっけー。」
各々が魔力を操作して気配を消し、すぐに魔法の台所に到着する。
店の中は…静寂に包まれていた。
龍人達はアイコンタクトで頷きあうと、音を立てないように最新の注意を払いながら店の中に入り込んでいく。
(…おかしい。誰の気配もしないぞ。)
店の中には人の気配が一切無かった。しかし、陳列棚は所々破壊されて倒れていたりと…明らかに何かしらの戦闘行為があった事を物語っている。それは店の奥にあるカウンターに近付くほどに激しくなっていた。
龍人達はカウンターの近くにある大きな陳列棚の影に隠れると、静かに奥を覗き込む。
(誰もいない…か。)
キュッと服が引っ張られる感触に目線を移すと、レイラが不安そうな顔で龍人の服を掴んでいた。
いつもお世話になっている自分の店の店主の安否が気遣われる中、不安な思いを抑え切る事が出来ないのだろう。
(この様子だと、店の中を壊した奴はもういないって感じ…ん?)
視界の端で何かが動いたのを察知した龍人はレイラから視線を外し、カウンターの方をもう一度中止する。そして、見つけた。闇に溶け込むように誰かが立っていた。微動だにせず、床を見つめる角度で顔を下に向けている。
龍人と反対側の陳列棚からカウンターの奥を覗いていた火乃花と遼も気付いたのだろう。龍人に視線を向け、小さく頷いていた。
約束の時間にシェフズがいない状況。そして、見たことの無い人物が闇の中に立っている。これは、どう考えても目の前にいる人物を取り押さえる必要があった。
(よし。あいつを押さえるか。1、2、3!)
龍人が送る無言の合図に合わせて4人は同時に動き出した。
火乃花は焔の鞭を生成して伸ばし、遼は相手の退路を断つべく弧を描きながら相手に向かう飛旋弾を放ち、レイラは店の内側に物理壁を張り巡らせ、龍人は光球で店の中を照らしつつ攻撃を仕掛ける。
突如襲いかかる四面楚歌の攻撃に怯むかと思いきや、暗闇に立つ人物…シルエット的に細身の女性か?は、動じる事なく右手を龍人達に向けた。
「なっ…!」
そこから起きた現象に龍人は思わず声を上げてしまう。黒尽くめの女性(恐らく)の右手から黒が広がったのだ。それは龍人の光球、火乃花の焔鞭、遼の飛旋弾を飲み込んで消し去ってしまう。
そして、強烈な衝撃が龍人達の正面から叩き付けられたのだった。
吹き飛ばされる感覚。そして何かにぶつかると同時に明滅する視界。後に残ったのは全身を襲う強烈な痛みだった。
「…くそっ。」
追撃があるかもしれないと、痛む身体に鞭を打って立ち上がると…龍人達の前で敵の攻撃を防ぐレイラの姿があった。敵と龍人達を隔てる様に展開された魔法障壁が迫り来る黒…恐らく属性【闇】による攻撃を受け止めている。
「レイラサンキュ。こうなったら全力で捕まえるぞ。…龍人化【破龍】。」
龍人は固有技名を唱え、自身の力を飛躍的に向上させる。身の内側に眠る龍の力を顕現させたのだ。余談ではあるが、龍人は自身の属性である真極属性【龍】については仲間にすら話していない。知っているのはラルフとヘヴィーのみ。仲間には属性【全】と偽っている。余りにも普通では無い属性のため、龍人のこの属性を狙う者によっていずれ仲間を巻き込む可能性があるから隠しているのだ。
さて、龍人化【破龍】を使った龍人は黒の稲妻を纏い、レイラの魔法障壁の先にある闇に向けて突進した。
 




