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Colony  作者: Scherz
第六章 終わりと始まり
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15-1-5.ラルフの想い

 学院長室での戦略会議後、龍人達4人は2年生上位クラスの教室に向かっていた。非常事態ではあるが、今日は12月5日。クリスマスが近づいていて、年明けの2月に行われる昇学試験に向けて各々が対策を練り始める時期でもある。

 そんな状況でクラスメイト達がどうしているのかが気になった遼が様子だけ見たいと言ったのだ。

 確かにこの状況下でクラスメイトが穏やかに過ごしているのか、それとも不安にかられているのかというのは気になるところである。


「教室の方が騒がしいね。」


 普段は街立魔法学院正門内にある転送魔法陣で教室前まで移動するのだが、生憎龍人達が居たのは学院長室。その為、校舎内を歩いて教室に向かっていたのだが…どうやら様子がおかしいらしい事に気付いたレイラが心配そうな声を上げた。

 確かに…騒がしい。漫画的表現をするならガヤガヤというよりも、ザワザワ。


「レイラ、もし教室内で喧嘩みたいになりそうだったら防御結界を使って止めてくれな。」

「え、うん。でも…そんな物騒な事になるかな?」

「あり得るわね。例えば…。」


 ドガァン!


 激しい音と共に教室のドアが内側から吹き飛ぶ。


「…おいおい喧嘩か?」


 2年生上位クラスは仲が良く、喧嘩が起きることはほぼほぼあり得ない。あったとしてもセクハラを受けた火乃花がラルフ相手に魔法をぶっ放す位である。

 そんなクラスのドアが内側から吹き飛ぶという異常事態に龍人は眉を顰めざるを得なかった。


「龍人!早く行って喧嘩を止めるよ!」

「オッケー。」


 龍人と遼は魔法を発動する準備をしながら教室の中に飛び込み、遼が喧嘩を止めるべく声を張った。


「ちょっと皆!不安なのは分かるけど、今は喧嘩をする場合じゃないよ!……ん?」

「……遼。ドンマイ。」


 内側からドアが吹き飛んだ割に、教室の中は至って平穏だった。


「お、遼さんっすね!待ってたっす!」


 元気な声で遼に声を掛けたのは旋毛から前髪に掛けての中心部分がツンツンに立った髪型をした、飄々とした雰囲気の細身の男…タム=スロットルだ。


「…あれ?さっき教室のドアが吹き飛んだよね?」

「あ、アレは俺が精霊魔法の特徴を見せてたっす。皆が皆の力を把握しようって話になったんすよ。」

「なんでまたそんな話になったんだ?」

「実はルーチェさんとバルクさんが行方不明っす。なので、クラスの皆で捜索隊を編成するつもりっすね。中央区に各区が引き寄せられた時に何かしらに巻き込まれた可能性があると思ってるっす。」

「ちょっと…それ本当なの?」


 遅れて教室に入って来た火乃花が驚きの声をあげる。


「本当っすよ。あの2人位の実力者が行方不明になるって事が問題っすね。」

「……それに、最近南区の中で怪しい動きをする人が多いの。」


 ボソッと小さな声で言ったのは綺麗に切りそろえられたオカッパ頭を揺らすサーシャ=メルファである。


「……どうせ私なんかの言う事を信じてもらえないと思うけど、毎日見かけるよ。その人達に何かをされた可能性も…。」


 ドヨーンとした空気がサーシャを中心に広がり始めたのを察知した遼が慌てて声を出す。


「あ、っと…えっと、サーシャが言ってる事も考慮に入れつつ探した方が良いね!俺達も協力するし、すぐに見つかるとおもうよ!」

「とは言ってもっすよ。南区にいるのか、中央区にいるのか、それとも他の区に連れ去られたのかも分からないんす。かなり時間がかかるはずっす。遼さん達は魔導師団の任務もあると思いますし…俺達に任せてくれれば大丈夫っす。」

「タム、そうは言ってもクラスメイトが行方不明なのにほっとけないだろ。」

「む…それもそうなんすけど…。」


 龍人の言葉を受けてタムは考え込んでしまう。


「今回に限ってはどっちの言い分も通らないんだわ。」


 突然割り込んできたのは、タムの横に転移魔法で出現したラルフだ。面倒臭そうに後頭部をポリポリしている。つい先程の学院長室で見せていた真剣な様子とは打って変り、いつも通りの今すぐにでも火乃花にセクハラをしそうな雰囲気である。


「どういう事っすか?ルーチェさんとバルクさんを探しに行く事が出来ないって事っすか?」

「だな。今南区は第7魔導師団とヘヴィー学院長がそれぞれ問題解決に向けて中央区へ向かった。んでもって俺は中央区との境界線を守る。このクラスのメンバーは俺と一緒に境界線付近に待機してもらう。」

「ラルフ、上の学年の人達とかはどーすんだ?」


 龍人の質問にラルフは困ったように頭を掻く。


「それがよ、3年生の殆どがギルドの境界線防衛依頼を受けけちまってんだ。」

「ん?それなら問題ないんじゃないか?」

「そうでもないんだよ。ギルドの依頼で動くから、同じ目的で動いてるように見えても俺の管轄外になっちまうんだ。」

「管轄外でも同じ目的なら……あぁそっか。ギルドから秘密の依頼を受けてる可能性があんのか。」

「そういう事だ。厄介なことに南区部長と連絡が取れないから確認のしようもない。」

「依頼を受けた人達には守秘義務が発生する場合は話せないし…って事か。」


 同じ魔法学院の上級生が最悪の場合敵に回るかもしれないという厄介な状況に龍人は眉間に皺を寄せてしまう。これを打開する糸口が見つかれば良いのだが…。


「悩んでいてもしょうがないわ。今はすべき事をするべきよ。」


 腕を組んで凛と言い放ったのは火乃花だ。

 この言葉を聞いたラルフは目をパチっとさせると、ニヤリと笑った。


「まぁ、そうだな。そしたら早速動くか。」

「そうね。あ、ラルフ。私達はどう動けば良いのかしら。内側の問題に目を光らせるのは分かるけど、具体的な目星はないのかしら。」


 クーデターが起きる可能性。明言するのは避けているにしても、教室内で堂々と聞く火乃花にラルフの笑みが引き攣る。


「今のって…クーデターが起きるかもしれないって事っすか?」


 そして、火乃花の発言から事の真意を読み取る者が出ない訳もなく、タムがズバッと質問を被せて来た。

 少し焦り始めるラルフ。


「いや、まぁあくまでも可能性の話だ。現実になるかは微妙なラインだ。」

「でも、可能性があるんなら手伝いたいっす!」


 熱い瞳でギラギラと見るタム。2年生上位クラスの数人でも龍人達の任務を手伝ってくれれば…それたけでクーデターを未然に防げる可能性が高くなる。しかし…。


「タム。駄目だ。俺達は俺たちで動く。」


 ラルフが答えを出す前に断った龍人にタムは食い下がる。


「なんでっすか!?南区に潜んでる変なやつらを見つけるんなら、俺達が手伝った方が良いっすよ!」

「それは間違いないんだけどさ、プライオリティが違うと思うんだ。」

「タム…龍人の言う通りだ。」


 ラルフは龍人の言葉を聞いて何かが吹っ切れたのか、黒板に5つの丸を描く。中央にある丸の四方に4つの丸が隣接している形である。これを見た瞬間に、今の魔法街の状況だと全員が気づく。


「いいか?今の魔法街はこうなってる。敵の狙いが3つの魔法学院間での戦闘勃発だとすると…戦場は何処になる?」


 ここでラルフの言いたいことに気づいたのか、タムが表情に真剣味を帯びさせて低い声で答えた。


「…中央区っす。」

「そうだ。だからこそ、俺達は中央区に1番近いところで待機しなきゃなんないんだ。何かあった時に南区を守りつつ、戦闘を解決する糸口を見つけ出す。これが俺達の任務だ。」


 重要な任務に2年生の全員がゴクリと唾を飲み込む。


「ここで問題となるのが、戦闘が本格化するきっかけだ。これは南区視点で外的要因と内的要因の2つに分けられる。外的要因は他区による攻撃。内的要因は工作員による思想コントロールだ。」

「そう言うことっすね。だから、龍人さん達だけが内的要因を潰す為に少人数で動くんすね。」

「そういう事だ。1番可能性が高い外的要因を防ぐ為に南区境界線で俺が、中央区では第7魔導師団が動く。そして内的要因に関しては第8魔導師団が南区で動く。最悪の場合龍人の転移魔法陣ですぐに境界線にも来れるはずだしな。」


 ラルフが説明した内容は合理的であり、だからこそ教室内の誰からも反対の意が唱えられる事は無かった。

 だが、ここで龍人の頭に疑問が浮かぶ。


「なぁラルフ。確かにその戦略なら魔導師団を最大限有効活用出来る。でもよ、やっぱりさっき火乃花が言った通りにどうやって動けば良いのかが分からないぞ。目星のついてる奴がいるなら教えて欲しいな。」

「それについてなんだが…俺達が掴んでいるのは南区支部長がおかしい行動をしているって程度なんだわな。」

「あの…さっきサーシャさんが怪しい動きをしている人がいるって言ってたと思うんだ。…どんな人か覚えてないかな?」


 控えめがちに言ったレイラの言葉を受け、サーシャは顔をやや俯けながら話し始めた。因みにやる気がないのではなく、基本的にマイナス思考でネガティブ発言が多いので通常運転である事を明記しておこう。


「街魔通りに多いの。…私が最初に気になったのは魔法の台所の店主さんかな。…フフフフ。レイラさんがアルバイトしているお店だし、こんな事言ったら嫌われるのは分かってる。私ってそういう運命なの。」


 最終的に自虐発言をして低く暗く笑うサーシャに、ラルフを含めた全員が引き笑いを浮かべる事しかできない。しかし、その中で唯一優しさを見せた女性がいた。

 レイラは優しい微笑みを浮かべながらサーシャに近寄ると両手でサーシャの手を取り、握り締めた。


「サーシャさん、言ってくれてありがとう。私…魔法の台所の店主のシェフズさんを疑うのは嫌だけど、それに気づかないで大事な場面で知る方が辛いと思うんだ。サーシャさんはそこまで考えて言ってくれたんだよね。私、サーシャさんのそういう強いところ好きだな。」

「レイラさん…。」


 レイラとサーシャの周りにハートが浮かび上がった気がしたのは…気のせいだろう。ガールズラブという言葉が自然と浮かんできたのも…気のせいだろう。

 龍人はそう思い込むことにした。そして、ピンクっぽい雰囲気を断ち切る為に明るい声を出す。


「よしっ!そしたら俺達は魔法の台所に言って話を聞こう。そこから何かの手がかりを掴めるかもだしな。ラルフと皆は…境界線を頼んだぞ。」

「誰に言ってんだ?コレでも第1魔導師団のメンバーなんだぜ。」

「そうっすね。俺達も魔導師団には選ばれてないっすけど、実力では負けてないつもりっす。全力で南区を守ってみせるっすよ。」


 全員の意識が纏まったところで、ラルフはニヤッとした笑みを浮かべたまま全員の顔を見回した。その雰囲気からほんの少しだけ覚悟を感じ取り、全員が注目する。


「これはよ、本来は言うつもりが無かったんだが…。まぁいいか。隠す必要もないしな。」


 後頭部をポリポリしたラルフは静かに息を吐くと話し始めた。


「俺は5年前の魔法街戦争で大切な仲間を失った。まぁ…だからこそ今の力があるってのもあるんだが。だからこそだ。俺はもう誰も失いたくない。俺は、2度と魔法街戦争を起こしたくない。戦争によって得るものもある。けどな、失うものの方が遥かに大きく、それはずっと皆の心の中に刻まれちまう。俺は…ここにいる全員を何が何でも守る。だからよ、皆、今回は俺についてこい。」


 普段はおちゃらけていて、女子にセクハラを繰り返していて、そのくせ戦闘ではずば抜けた実力を持っていて。イマイチ尊敬出来るのか出来ないのか微妙だったラルフ。

 しかし、今の言葉を聞いた龍人はラルフが秘めた想いを理解する事が出来た気がしていた。


(成る程な。俺と同じだ。2度と仲間を失わないために…か。)


 龍人は…龍人と遼は魔法街に来る前に森林街に住んでいた。ゆったりと流れる穏やかな日々。しかし、それは突然襲来した天地の手先…セフ=スロイによって全てが壊された。遼の姉は行方知れずとなり、森林街の首都は壊滅。

 魔法街から救出に来たヘヴィーによって龍人と遼は魔法街に来ることになったのだが…他に生存者は居なかったという。

 この時に味わった想いに似たものを魔法街戦争でラルフは感じたのだろう。大切な人々の命が失われた瞬間、守れなかったと悟った瞬間、人の心は爆発的な感情に支配される。それは、決して良いものではない。時に人はその感情を糧にして成長し、時に感情に飲み込まれて自分自身を失う。

 2度と同じ事が繰り返さないように。その決意を持ち、更には皆を守ると言い切るラルフの覚悟は…龍人の胸を強く打った。

 ラルフの言葉を一人一人が噛み締める中、火乃花がラルフを睨み付ける。


「ラルフ…あんたそんなことまともな事を思ってるのに、私にセクハラを繰り返すとか…アホでしょ?」

「アホで結構。セクハラは俺のアイデンティティーだ。」

「それは納得出来ないわね。セクハラする暇があるなら、もっと真面目に指導しなさいよ。」

「なーに言ってんだ。俺はいつでも真面目だ。それに、俺のセクハラを実は楽しみにしてる男も多いだろ?なっ?」


 ラルフが教室内の男達に同意を求めるが、その瞬間男全員がさっとラルフから目線を逸らした。


「あなた達ねぇ…。」


 目線を逸らすイコール認めている事と同じだ。怒り出すかと思った火乃花だが、何か諦めがついたのかため息をつくにとどまった。


「ほーれ隙あり!」


 流石はラルフだろう。火乃花の気が緩んだ瞬間に後ろに移動し、両手で火乃花の胸を鷲掴みにする。Fカップの胸がムニムニと形を変え…。


 教室の中は怒り狂った火乃花が操る焔によって埋め尽くされたのだった。

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