14-7-2.崩壊への序章
時は少しだけ遡り、煉火達と別れた龍人とレイラに視点は移る。
南区への転送魔法陣がある方向に歩く2人は、難しい顔をしながら話し込んでいた。
「…じゃあ、龍人君はキールって人が魔瘴クリスタルを蔓延させた目的が、魔法街を内側から崩して、各区撃破していくんじゃないって思ってるの?」
「あぁ。なんかさ、不自然なんだよな。魔瘴クリスタルの売人が捕まって、それがほぼ同時刻に報道されて、更に並行するように中央区の倉庫護衛依頼が出されて…しかも中央区の倉庫で魔瘴クリスタルを見つけらんなかったし。」
「でも…そしたら何が目的なんだろう。」
「んー、例えばだよ。魔瘴クリスタルは本当に中央区支部の倉庫にあったんじゃないかな。ただ、俺たちが調査を開始した時…つまり中央区倉庫護衛依頼が出されたタイミングで魔瘴クリスタルが別の場所に移動されたとか。これが本当だとするとどういう事か分かるか?」
「えっと…魔導師団とギルドチームが戦って、その騒ぎを聞きつけた警察も動くけど、そこに魔瘴クリスタルは無いわけだから…無駄な動きになっちゃうよね。私たちの時は煉火君が来たから警察は来なかったけど。」
「しかも世論は魔瘴クリスタルの売人報道で他区批判だろ?魔法街統一思想も完全に失速するだろ。それを防ごうとして動いている俺たちは、ギルドの依頼を受けたチームと戦ってる。このまま話が誰にも邪魔される事なく続いていったら…。」
「街立魔法学院、ダーク魔法学院、シャイン魔法学院が完全に敵対しちゃう気がするな。」
龍人の眉間に皺がよる。
「だよな。俺もそう思う。ただ、唯一の救いはまだ決定的な何かが起きてない事だ。クリスタルの売人が他区の住民票を持ってた事で世論は一気に動いたかもだけど、その売人が何かしらの工作員である可能性は消えてないからな。」
「あれ?…龍人君。つまり、区同士が敵対する決定的な理由が出て来たら……。」
「……確実に第2次魔法街戦争だろうな。」
「そんな…。」
戦争という言葉にレイラの瞳が揺れる。当たり前といえば当たり前の反応。戦う相手が魔獣などではなく人である事。そして基本的に命のやり取りになるのが戦争だ。例え機械街で似たような状況を体験したとしても、第三者として関わるのと当事者としてのそれは大きく異なる。
不安に揺れるレイラを見た龍人は軽く口を横に引いて表情を引き締めた。
「レイラ。だからこそ俺達がこれから起きるかもしれない何かを察知して防がなきゃなんないんだ。」
「…うん。どうやって見つけるか考えなきゃだよね。」
龍人とレイラは何が起きると各区の関係がさらに悪化するのかという…物騒極まりない事を話し合いながら歩いていく。なんの状況も知らない人が2人の会話を聞けば、もしかしたらテロの工作員と思うかもしれないのだか…まぁこの点については目を瞑ろうとしよう。
さて、あれこれと話しながら歩く内に南区への転送魔法陣が見えてくる。目的は南区に行き、ラルフかヘヴィーから情報を仕入れる事である。
「…ん?なんかざわついてないか?」
「本当だね。喧嘩でもあったのかな。」
転送魔法陣の周りには大勢の人々がたむろし、口々に何かを叫んでいた。
「どーゆことだ!?」
「なんで俺達が疑われなきゃいけねぇんだよ!」
聞こえてきた内容がどうも物騒な気配がする事を感じ取り、顔を見合わせた龍人とレイラはたむろする人々の1人に声を掛けた。
「おい、何がどうなってんだ?」
転送魔法陣の方に向けて叫んでいた男は、声を掛けられると振り向く。相当怒りが溜まっているのか、眉間にシワが寄っていた。
「ん?あぁ…、いきなり転送魔法陣を封鎖しやがったんだ。なんでも、魔法協会南区支部の倉庫から大量の魔瘴クリスタルってやつが見つかったらしい。でだ、犯人が逃げられないように区間の移動を禁止したんだとよ。いい迷惑だぜ。」
「…魔法協会南区支部の倉庫から魔瘴クリスタルか出たのか!?」
「そうだって言ってんだろ。ったくよ、誰の陰謀だかしんねぇが変な因縁を他区からつけられたら面倒だよな。ただでさえ夕方にあんな報道があったってのによ。本当にこのまま南区に戻れないと店の仕入れが間に合わないんだよな…………。おらー!さっさと転送魔法陣を使えるようにしやがれ!」
再び文句を叫ぶ男。
龍人はレイラに目で合図をすると一旦転送魔法陣から離れた場所に移動した。
「レイラ…。これはマズイやつだ。」
「うん。このままだと南区が他の区から攻撃されちゃうよね。」
「それだけじゃない。もし…もしも他の区にある魔法協会の倉庫で同じようにクリスタルが見つかったとしたら、更に区同士の対立が深まっちまう。」
「……!そんな…。」
最悪の未来。それが目の前にちらつき始めた事で狼狽えるレイラ。
(どうなってんだ。中央区支部の倉庫には無くて、南区支部の倉庫に魔瘴クリスタルがある理由が分からない。いや、さっき俺が言った通りに、他の区にも同じように魔瘴クリスタルを仕込めば…売人が捕まった時と同じ現象が起きるか。てか、第7魔導師団が南区支部を調べてたんじゃないのか?状況が読めない…いや、南区支部にもギルドの依頼を受けた奴がいて、調べたりするのを妨害されてたとしたらあり得るか。これからどう動けば…。)
これから取るべき行動が見えない龍人は動くことが出来なくなってしまう。仮に、自分の想像が現実だったとしたら…最早打つ手は無いに等しかった。
(いや、そうだとしたら次にどんな行動を起こす事で更に各区の関係を悪化させられる?…各区で同時に魔瘴クリスタルが見つかり、関係が悪化。その隙をついて各区を個別に撃破…?………俺だったら違う手段で魔法街を弱体化させる。なら、その手段を実現する為の手段は…?)
少しの考察後、視線を下に向けていた龍人はバッと顔を上げる。
「レイラ、分かったかもしんないぞ。」
「え、何?」
「多分だけど…。」
ブゥゥゥウン!
突如、強力な魔法反応が中央区支部の上空に現れる。あまりにも強力なそれに中央区に居る全ての者が視線を奪われた。
時を同じくして、キールの放った無数の空気による破裂を魔法障壁で防いだ煉火も中央区支部上空に視線を向けていた。
対峙するキールは湧き上がるニヤニヤ笑いを抑えることが出来ない。
「ククククク。すいませんねぇ。これで、私達の勝ちです。時は成就したのです!」
更に南区、東区、北区、行政区でも同様の現象が起きていた。各区の魔法協会支部上空に強力な魔力反応が現れ…ブゥンと1人の人物が姿を現したのだった。
いや、正確に言うのなら…立体映像が投影されたのだ。
見たことが無い人物。
その人物はフードを被っていた。しかし、フードの奥から爛々と光る紅い瞳は見る者の心を鷲掴みにする。恐怖という感情が手となり襲いかかる錯覚。
その人物は細身だった。まるでか弱い女性のように細く、しかし芯のある強さを感じさせる雰囲気を纏っていた。
魔法街に住む全ての者が視線を向ける中、その人物はゆっくりと語り始める。
「やぁ。この星は腐っているね。互いが互いを貶めるために魔瘴クリスタルに手を出すなんて。これを見てみなよ。」
中性的だが芯のある声が響き渡る。恐らく…男だろうか。フードの人物の横に映像が現れる。そこには各区の魔法協会支部が映っていた。そして映像は魔法協会支部の中に入っていき…倉庫へと到達する。
映像が映し出したのは山積みにされたクリスタル。そして、魔法協会の人間と思われる人物が龍人達と同じ方法でクリスタルを鑑定する。そして…押し出されたクリスタルの魔力を吸収した属性診断用のクリスタルは霧になり、【魔瘴】の文字を形成した。
これを見た魔法協会の人物達は慌てふためき、なにやらやり取りをすると数人が走り去る。
「ねぇ?この様子を見るに各区の魔法協会では自分の所に魔瘴クリスタルがあるとは思っていなかったんじゃないかな。つまり、これは他区からの差し金。きっと魔瘴クリスタルの報道がされた瞬間に各区が別の区へ仕掛けた結果…なのかな。悲しいね。魔法街統一思想でひとつになろうだなんて…他の区を陥れるためのブラフに過ぎなかったワケだ。」
フードの男はゆっくりと両手を広げる。その姿はまるで神が地上の民に祝福を施すかのよう。
「もうこんな茶番はやめよう。全ては魔法街が複数の島の集合体として存在するからだ。ならば…全てが1つになり、本音でぶつかり合う事で、初めて、本当の魔法街という星になれるはず。」
異変が起きる。
東区ではクリスマス用に設置されたもみの木が光輝く。
北区では防犯用に設置された魔法陣が輝く。
南区では緊急時に防御結界となるはずの魔法陣が輝く。
そして、龍人達がいる中央区ではそれぞれの区に行くための転送魔法陣が光を放ち始めた。
「いい加減、うわべだけの付き合いはやめよう。さぁ……ステージに乗るんだ。」
そして、各区で光輝いたものか強烈な光を天に向かって伸ばす。それらは魔法街という単位で結びつき、巨大な立体型魔法陣を形成する。
立体型魔法陣が具現化する力は集約。中央区を中心とし、東区、北区、南区、行政区が強制的に引き寄せられる。そして、5つの島は1つの島になった。
 




