14-7-1.崩壊への序章
煉火、火乃花、遼の3人は魔法協会中央区支部を出て20分程走り、目的の店に到着していた。
キール=ビルドという男が経営している筈の店は、木で作られた質素な雰囲気の外観だ。周りの店舗と比べるとやや古けた感じはするが、特段の違和感がある店では無い。寧ろこんな店に今回の事件の黒幕が潜んでいるのか?…と疑いたくなってしまうほどである。
「ふぅん。店の中に気配は…無いな。グラサンの4人が聞いていた店の場所を変えるってのは本当だったのかな。」
「とにかく中に入ってみるしかないんじゃないかしら?」
「煉火、俺もそう思うよ。」
「あーはいはい。入る事に変わりは無いけど、用心しろよ?どんなトラップが仕掛けられてるか分かったもんじゃないからな。」
「分かってるわよ。探知結界を中に飛ばしても何の反応もないんだから、きっと大丈夫よ。」
「そう言うなって。用心するに越したことは無いんだからよ。」
煉火の言葉に頷いた火乃花は周囲を警戒しながら店のドアに手を伸ばす。
ギィィィィ
古ぼけた洋館ならホラーとしか思えない軋んだ音を立ててドアは何の抵抗もなく開く。
「…鍵が掛かってないわ。」
「ちっ。更に怪しすぎるな。…中に入るぞ。」
まるで店の中に招かれているかのような錯覚を覚えながら、煉火、火乃花、遼の3人は店の中に入っていく。
中はガランとした空間になっていた。恐らくクリスタルを展示していたであろうショーケースがズラリと並んでいるが、中にクリスタルは見つからない。値札は置きっ放しになっているが、特段高くも安くも無い相場通りの価格設定がされていた。
店の奥のカウンターにはだいぶ使い込まれた椅子が1脚置いてある。恐らく店主がそこに座っていたのだろう。
「普通だな。普通過ぎる。」
「そうね…。」
「でもこの陳列方法…ちょっとおかしくない?」
置かれたままの値札を眺めていた遼が首をかしげる。
「怪しい?どこがだ?」
「この陳列方法なんだけど、入り口に近い方に高いクリスタルが置かれていて…店の真ん中が1番安くて、奥はまた高くなってるんだ。」
「…ほぉ。遼、よく気付いたな。確かに変かも知れないな。けど、この並べ方になってるからどうなるってんだ?」
「すいませんね。これは、普通の客が入りにくいようにしてるんですよ。」
突如店の奥から聞こえた声に3人はバッと警戒しつつ視線を向ける。誰もいなかったはずのカウンターの椅子に、スーツをビシッと着こなしたムキムキ金髪角刈りのグラサンを掛けた男が腕を組み、足を組んで座っていた。どこぞの軍隊大佐的な偉そうな雰囲気である。
「ははっ…。俺に気配を感じさせないとか相当だな。」
いつでも魔法を発動できる態勢で構えを見せる煉火は顔の横に一筋の汗を垂らす。
「突然現れてしまってすいませんね。一応お伝えしておきますが、私はキール=ビルド。あなた達が探している人物だと思いますよ。」
自分から素性を明かすという行動に場の雰囲気が張り詰める。余裕があるからこその行動。ここで素性がバレても自分が倒されたり捕まることはないという自信があるからこのその行動に、3人の警戒心は否が応でも高まっていく。
「して、君たちがこの店に来た目的は何ですか?大方の予想はつきますが念の為聞かせて欲しいですね。すいません、用心深いもので。」
煉火が口を開く。
「俺たちがここに来たのは、魔瘴クリスタルの流通ルートを探るためだ。魔法協会ギルドに倉庫に保管してあるクリスタルの護衛依頼をしたのはお前だろ?」
「ええ、そうですよ。私はこの店でクリスタルを扱うのと同時に、中央区支部にクリスタルを納品させて頂いています。そのクリスタルが何度か盗難に遭いましてね。しかもその少し後にあの新聞報道ですよ。これは怪しい。そう思った私は犯人逮捕に貢献出来ればと依頼をだしたのですよ。」
「ふぅん。そうか。そんな建前は良いんだ。お前だろ?魔瘴クリスタルを各区への流通に紛れ込ませたのは。」
「その根拠はあるんですか?私はしがないクリスタル商人ですよ。」
根拠。そう言われてしまえば難しい問題である。そもそも、魔瘴クリスタルの存在は明らかにされているが、現状として魔瘴クリスタルの実物は一切確認されていないのだ。そうすると何故報道が出来たのかという疑問は残るが…。
黙り込んでしまった煉火を見てキールがニヤリと笑みを浮かべる。
「ちよっと兄さんどうするのよ。」
「…これは俺たちが不利だと思うな。」
火乃香と遼は自分達がキールを黒と決定づけられる根拠を持っていない事に気付き、表情を曇らせる。
「それにしても…不思議ですねぇ。何で警察官が一般市民と一緒に動いているのですか?まぁ巡回の途中で店の様子がおかしかったから中を覗いた。そして、そこの2人はこの店に用事があって来た。このタイミングが偶然重なったというなら分かります。」
キールが推測のようなものを並べ始めるが、煉火は口を閉ざしたまま動かない。
「しかしですよ、そこにいる赤髪の娘は第8魔導師団の霧崎火乃花。隣の男は藤崎遼。そして霧崎火乃花が兄さんと呼ぶという事は、貴方は霧崎煉火ですね。有名人が揃いも揃って私を嵌めるおつもりですか?」
「嵌めるって…言いがかりつけてるんじゃないわよ!」
一方的な論調に火乃花が抗議の声をあげる。
「言いがかり?貴方達が私を犯人に仕立てようとしているのも言いがかりです。その根拠を示せない癖に言いがかりと言う神経がわかりませんね。」
「な…!」
言葉に詰まる火乃花に対してキールはニンマリと笑みを濃くする。
「火乃花…キールの言う通りだと思う。俺たちが持ってる情報だとキールを追い詰めるのは無理だよ。」
悔しそうに言う遼。
「どうやら藤崎遼は物分かりが良いそうですね。私はこれから別の店に行かなければならないのですよ。すいませんがお引き取り願えませんかね。」
完敗。犯人で間違いないはずのキールが目の前にいるのに何も出来ない状況に、悔しさを隠せない火乃花と遼。そして、無表情でキールを見続けていた煉火が口を開く。
「言いたい事はそれだけか?」
「何を言っているのですか?だから私が犯人だと決めつける根拠がない訳で…。」
「それなら根拠なんていらないだろ。根拠がなくても俺はお前が犯人だと確信してる。お前が何を言おうと、俺がお前を捕まえるっていう結果に変わりはない。」
「……霧崎煉火、貴方は馬鹿なのですか?もし私が犯人でなかったとしたら、その責任を問われて貴方は警察組織から追放されますよ?」
「それに関しても問題ない。俺は自分で責任は取るし、そもそも今回は警察組織と関係なく動く許可も貰ってっからな。」
「………。」
まさかの形成逆転にキールは口を横一文字に結ぶと煉火を睨み付ける。
「だから、もう話はいいだろ。あとは俺たちに捕まるだけだ。」
「……くっくっくっ。まさか霧崎煉火がここまで大胆な男だとは思いませんでしたよ。良いでしょう。やるというなら受けて立ちましょう。」
ガタッと音を立ててキールが立ち上がる。鍛え抜かれた体、そして2mはあろうかという巨躯はそれたけで強烈な圧迫感を放っていた。
「よし。おい、火乃花と遼は店の外に出てろ。本当にやばい時以外は参加するなよ。」
「それってどういう….」
「いいから行くわよ。」
なぜ戦いに参加してはいけないのかが分からない遼が問おうとするが、火乃花はそれを遮って遼の腕を掴んで早歩きで店の外に向けて歩き出した。
「え、ちょっと火乃花…キールは強そうだし俺達も加勢した方が良いんじゃない?」
「良いのよ。むしろ…あぁなった時の兄さんと一緒に戦う方が危険よ。下手すると私達が巻き添えをくらって大怪我するわ。」
「それってどういう…。」
火乃花が言っている意味が分からないと遼が後ろを振り向いた時、つい今さっきいた店が内側から巻き上がる焔によって爆発する。
「…ヤバイわね。兄さん本気だわ。もっと離れるわよ!」
「そんなに…!?」
身の危険を感じた遼と火乃花は線の焔がうねりながら立ち上る地点から距離を取るべく走り始めた。
うねる高熱の焔が自身を取り巻く状況にありながらも、キールが大佐風の余裕感を崩すことはなかった。
「中々ですね。すいませんか、私はこの程度では負けませんよ。」
「だろうな。そんな簡単な相手だとは思ってないよ。」
「謙虚で素晴らしい。…私は属性【圧縮】を操ります。属性【風】の2つ上の上位属性ですね。属性【風】でも風を集める事で圧縮した空気を操れます。しかし、私の属性【圧縮】は…圧縮した状態で発動できるのですよ。これは貴方の焔と同じ考え方です。」
いきなり自分の属性解説を始めたキールを理解出来ないのか、煉火は眉を顰める。
「つまりですよ、圧縮という作業だけでなく、その逆も即座に出来るという事なんですよ。」
バッと両手を横に広げたキールは両の手のひらに圧縮された空気を出現させる。そして2つの圧縮された空気はキールの胸の前で合わさっていき…。
「…そういうことか!ちっ…!」
キールの意図を理解した煉火は即座に左手を銃の形にし、まっすぐ伸ばした人差し指と中指の先に焔を凝縮する。そしてキールが胸の前で合わせた圧縮空気が解放され、荒れ狂う空気の塊と刃が瞬時に押し寄せる。
対する煉火は焦らず慎重に狙いを見定めて焔弾を複数発同時に発射。
空気と焔が2人の中間地点辺りで激突する。1つ1つの激突が大気を震わせて周囲の建物に影響を与えていく。
「はははっ!いい反応ですね!すいませんねぇ。それではもっと強力な攻撃でいきますよ?」
ブワッとキールの周囲が歪む。
「…圧縮空気を纏ったのか。」
「さぁ、この状態であなたに触れたら…さぞかし楽しいことになるでしょうね。圧縮は風の上位属性。ならば…高速移動もお手の物!」
フワッと風が靡いたかと思うとキールの姿がブレ、次の瞬間には煉火の鳩尾に拳を突き立てていた。
「ぐっ…!」
「ほぅ…これまた良い反応ですね。」
キールの拳には複数の圧縮空気が集まっているが、煉火は突き立てられた拳を右手で受け、その手に焔を纏うことで圧縮空気の解放を強制的に抑え込んでいた。
「お前…どうしてこのタイミングで正体を現した。お前達の目的が魔法街を内側から崩壊させることなら、今このタイミングで俺たちの前に出てくることがリスクだろ。」
「おや、私は自分が黒幕だなんて一言も言ってませんよ?あなた達が私が犯人だと決めつけているんではないですか。」
「はっ!よく言うぜ。各区で他区の住民票を持った魔瘴クリスタルの売人が捕まり、ほぼ同時刻にそのニュースが報道だぞ?その前からお前はクリスタル倉庫の依頼を出してる。しかも依頼を受けたやつに魔瘴クリスタルが倉庫で混入されているかもしれないと伝え、倉庫には魔導師団がいた…。偶然って言うには全てのタイミングがうまく重なりすぎてんだよ。」
「…ふふふふ。例えばですよ、それが真実だとしたら、私は何を狙っているんだと思うのですか?」
「そんなの決まってんだろ。魔法街統一思想が再び盛り上がったこのタイミングで各区同士の信頼を一気に落とす。そして…各区の連携が取りにくくなったタイミングで各個撃破するつもりだろ?」
バチバチ!という魔力が弾ける音が響き、キールの圧縮した空気が急激に膨張を始める。
「…すいませんね。」
「あ?なにがだ。」
キールの周りに浮かぶ圧縮空気がゆっくりと煉火とキールの手が鬩ぎ合うポイントに向けて移動を開始した。
「煉火、あなたの推論では既に私の目的が達せられたことになっています。各区の連携は今既に取りにくくなっていますからね。しかし、あなたは甘く見ている。現実はもっと残酷なものなのですよ!」
圧縮された無数の空気がキールと煉火を包み込むように出現する。そして、それら全てが同時に破裂した。




